井上信治の経歴・学歴と生い立ち|国土交通省官僚から衆議院議員、初入閣まで

井上信治
ひと目でわかるプロフィール 井上信治
いのうえ しんじ
出身地
東京都千代田区御茶ノ水
初当選
2003年(第43回衆議院議員総選挙)
最終学歴
英国ケンブリッジ大学大学院土地経済学部修士課程修了
主な前職
官僚・国家公務員
政界入り
官僚から
生年月日 1969年10月7日
血液型 A型

井上信治氏は、東京25区から国政へ進んだ自由民主党の衆議院議員です。国土交通省・外務省で行政実務を経験した後、2003年に国政へ入りました。

眼科医が多い家庭で育ちながら、中学生のころには政治家を志すようになり、行政官を経て選挙に挑戦しています。この記事では、その進路がどのように形づくられ、環境行政や大阪・関西万博などの仕事へ広がっていったのかをたどります。

井上信治氏を理解する3つのポイント
  1. 医療家系に生まれ、中学時代から政治家を志し、建設省・外務省で行政実務を経験した
  2. 官僚を退職し、自民党の公募・予備選を経て東京25区から国政へ進んだ
  3. 環境副大臣として原発事故関連の課題を担当し、その後は万博・科学技術・宇宙政策などを所管する国務大臣を務めた

井上信治の生い立ち|眼科医の家に生まれ、医師ではなく政治家を志すまで

井上信治氏は1969年10月7日、東京都千代田区御茶ノ水にある井上眼科病院の理事長の次男として生まれました。祖父や両親も医師という環境で育ち、本人も幼いころは医師になって人の役に立ちたいと考えていたと振り返っています。

男4人兄弟の次男で、本人以外の3人は両親の跡を継いで眼科医になりました。子どものころはボーイスカウトに入り、小学校ではサッカー部で朝練習に取り組んでいます。

進路への意識が変わったのは中学校へ入るころでした。医師として患者一人ひとりを助けることとは別に、より多くの人に関わる仕事を考えるようになり、同級生と将来や社会について話す中で、政治家という進路を意識するようになったと本人は説明しています。

人のために何か役に立つような仕事に就きたい

出典:井上信治公式サイト「なぜ政治家を目指すのか?」(公開日記載なし)

井上信治の学歴|学習院初等科から開成中高、東京大学法学部へ

学歴一覧井上信治の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校学習院初等科―――
中学校開成中学校――中高一貫
高校開成高等学校―77(2026年度版)―
大学東京大学法学部67.5(文科一類・2027年度参考)卒業
大学院ケンブリッジ大学大学院土地経済学日本式の偏差値なし修士課程修了

※海外大学院は日本式偏差値で比較していません。

学習院初等科を1982年に卒業し、開成中学校、開成高等学校へ進学しました。本人の公式プロフィールでは、中高時代を「厳しい一貫教育の男子校」で過ごしたと振り返っています。

開成高校で特に記憶に残っている行事の一つが運動会です。高校2、3年では同じクラスの仲間と棒倒しに取り組み、井上氏の所属した赤組は勝利できなかったものの、クラスの団結や友情が強く印象に残ったと後年語っています。

仲間との結束の大切さや戦うための姿勢を学びました

出典:自由民主党「『思い出の一枚』幹事長代理・井上 信治 衆議院議員」(2025年10月21日)

高校卒業後は東京大学法学部へ進みました。政治家を目指すうえで法律や行政の知識と経験を身につけたいと考え、大学では政治学や行政学を学び、卒業後は中央省庁へ進む道を選びます。

井上信治の経歴|建設省で都市・住宅・空港を担当し、外務省ではコソボ情勢に向き合う

1994年3月に東京大学法学部を卒業すると、同年4月に建設省へ入省しました。最初の配属は河川局水政課です。

1995年には住宅局市街地建築課へ移り、阪神・淡路大震災を受けた震災に強いまちづくりの法整備に携わりました。都市計画や住宅政策を行政実務として扱った時期です。

その後、英国へ留学し、ケンブリッジ大学大学院土地経済学部で都市計画、交通、住宅政策を学びました。1998年9月に修士課程を修了し、卒業論文では歴史的な町並みを保存する政策の変遷を扱っています。

同年10月には外務省欧亜局東欧課へ出向しました。NATOによるコソボ空爆が起きた時期と重なり、G8各国との交渉や紛争後の人道・復興支援を担当しています。本人の回想では、コソボ情勢への対応で連日の徹夜勤務も経験しました。

2000年からは国土交通省航空局で伊丹空港や福岡空港の騒音・環境対策を担当しました。本人の経歴ページでは、約2年間で両空港へ200回近く足を運び、住民や自治体から直接要望を聞いたとしています。

現場を見て、地元で話を聞いて、そういうところから始めようと思った

出典:関西テレビ「井上信治万博担当大臣に訊く!」(2020年12月1日)

2002年には住宅局建築指導課の課長補佐となり、建築物のバリアフリー化やシックハウス問題を担当しました。河川、都市・住宅、空港、外交と、政治家になる前の約10年間に複数の行政分野を経験しています。

官僚を辞め、自民党の公募・予備選から東京25区へ

2003年5月、国土交通省を退職しました。本人が政治について身近に話を聞いていた人物の一人に、縁戚でもあった元防衛庁長官・石川要三氏がいました。

西多摩を選んだ理由について、井上氏は国土交通省で得た知識や経験を地域づくりに生かせる地域だと考えたと説明しています。同年7月、自民党の公募・予備選を経て東京都第25選挙区支部長に就任しました。

11月9日の第43回衆議院議員総選挙では、東京25区から自由民主党公認で立候補。80,443票を得て、初めて衆議院議員に当選しました。

選挙活動では、選挙カーだけに頼らず自転車で地域を回るスタイルも続けてきました。本人は、有権者との距離を近く保つことを理由に挙げています。

青年局長を3期務め、2009年の政権交代期も議席を維持

2005年の衆院選で2期目の当選を果たし、2006年には自民党副幹事長に就任。2007年からは自民党青年局長を3期務めました。全国を回る機会が増え、各地の党関係者との接点も広がった時期です。

2009年8月の第45回衆院選では、自民党が政権を失う選挙となる中、東京25区で106,201票を得て3期目の議席を確保しました。本人はその後の約3年3か月の野党時代について、多くの人と話す中で「国民のために」という初心を見直した時期だったと振り返っています。

野党期には党内閣部会長、国会対策副委員長、行政改革推進本部事務局長、総務部会長などを担当。2012年12月の衆院選で4期目に当選すると、政府側の役職へ移ります。

環境副大臣として福島の原発事故対応に携わる

2012年12月、環境副大臣兼内閣府副大臣に就任しました。東日本大震災と福島第一原発事故を受けた除染や指定廃棄物、原子力防災などの課題を担当しています。

2013年に再任され、2015年10月には同じ環境副大臣兼内閣府副大臣へ再び就任しました。環境省の就任会見では、福島の課題について被災地へ足を運び、地元の意向を聞きながら進める考えを示しています。

被災者の方々のために一日も早い本当の復興を実現したい

出典:環境省「井上副大臣・平口副大臣就任記者会見録」(2015年10月9日)

本人のプロフィールでは、副大臣時代に被災地へ200回以上足を運んだと記しています。副大臣を離れていた時期にも党の復興関連組織で関わり、福島の復興を継続的なテーマとして扱ってきました。

内閣委員長や党務を経て、2020年に初入閣

環境副大臣を最初に離れた後の2014年9月には、衆議院内閣委員長に就任しました。委員長退任後は再び環境副大臣を務め、その後は党副幹事長、団体総局長、選挙対策委員長代理など党務でも役職を重ねています。

2016年以降は副幹事長を複数期務め、財務金融委員会、総務委員会、内閣委員会でも筆頭理事を経験しました。

そして2020年9月、菅内閣で国際博覧会担当大臣・内閣府特命担当大臣として初入閣しました。国際博覧会に加え、科学技術政策、宇宙政策、クールジャパン戦略、知的財産戦略、消費者・食品安全など幅広い分野を担当しています。

人生年表 井上信治さんの歩み
1969年10月7日
東京都千代田区で生まれる
御茶ノ水の井上眼科病院理事長の次男として生まれる
1982年3月
学習院初等科を卒業
1985年3月
開成中学校を卒業
1988年3月
開成高等学校を卒業
1994年3月
東京大学法学部を卒業
1994年4月
建設省に入省
河川局水政課から官僚生活を始める
1998年9月
ケンブリッジ大学大学院土地経済学部修士課程を修了
都市計画・交通・住宅政策を学ぶ
1998年10月
外務省欧亜局東欧課へ出向
コソボ情勢への対応や人道・復興支援を担当
2000年8月
国土交通省航空局で空港環境対策を担当
伊丹空港や福岡空港の騒音・環境対策に携わる
2003年5月
国土交通省を退職
2003年7月
自由民主党東京都第25選挙区支部長に就任
公募・予備選を経て選ばれる
2003年11月
衆議院議員に初当選
第43回衆議院議員総選挙・東京25区
2007年8月
自由民主党青年局長に就任
2012年12月
環境副大臣兼内閣府副大臣に就任
原発事故対応などを担当
2014年9月
衆議院内閣委員長に就任
2020年9月
初入閣
国際博覧会担当大臣・内閣府特命担当大臣に就任
2022年8月
自由民主党幹事長代理に就任
2024年8月
自由民主党東京都支部連合会会長に就任
2026年2月
9期目の当選
第51回衆議院議員総選挙・東京25区

大阪・関西万博と科学技術・宇宙政策を所管

初入閣した2020年は、大阪・関西万博が開催準備を本格化させる段階でした。井上氏は就任後、地元の大阪・関西へ足を運び、自治体や関係者と意見交換しながら準備にあたる姿勢を示しました。

日本の成長、活性化につなげていきたいと思います。

出典:消費者庁「井上内閣府特命担当大臣記者会見要旨」(2020年9月17日)

科学技術政策では、次期科学技術・イノベーション基本計画の策定や統合イノベーション戦略の具体化を所管しました。宇宙政策では2020年に改訂された宇宙基本計画の実行、消費者行政ではデジタル化など環境変化に対応する制度の見直しを課題として挙げています。

万博だけを担当する大臣ではなく、科学技術、宇宙、知的財産、消費者・食品安全まで複数の政策領域を横断して所管したのが、この入閣期の特徴でした。

選挙歴 井上信治の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第43回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
初当選
東京都 第25区 自由民主党 当選 80,443票 1位
第44回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
2期目
東京都 第25区 自由民主党 当選 113,800票 1位
第45回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
3期目
東京都 第25区 自由民主党 当選 106,201.000票 1位
第46回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
4期目
東京都 第25区 自由民主党 当選 100,523票 1位
第47回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
5期目。同姓候補がいたため按分票を含む
東京都 第25区 自由民主党 当選 100,081.929票 1位
第48回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
6期目。同姓候補がいたため按分票を含む
東京都 第25区 自由民主党 当選 112,014.943票 1位
第49回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
7期目
東京都 第25区 自由民主党 当選 131,430.000票 1位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
8期目
東京都 第25区 自由民主党 当選 110,488.000票 1位
第51回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
9期目
東京都 第25区 自由民主党 当選 109,606.000票 1位

井上信治氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

福島の除染・中間貯蔵

大阪・関西万博

科学技術・イノベーション

消費者保護とデジタル取引

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

9期連続当選へ、党運営でも役職を重ねる

2021年10月の衆院選では7期目の当選。同年11月に自民党環境・温暖化対策調査会長となり、2022年8月には幹事長代理に就任しました。

2024年8月には自由民主党東京都支部連合会会長に就任。同年10月の第50回衆院選で8期目の議席を得た後、政調会長代理や衆議院予算委員会筆頭理事を務めました。

2025年10月には再び幹事長代理となり、衆議院厚生労働委員会筆頭理事も担当。2026年2月8日の第51回衆院選では109,606票を得て、2003年の初当選から9期連続で東京25区の議席を獲得しました。

井上信治氏が掲げる政策・政治姿勢

物価高対策と所得向上

経済政策では「責任ある積極財政」を掲げ、物価高への対応とともに、賃上げ、人手不足の緩和、中小企業の競争力強化を通じた所得向上を主張しています。

単に物価対策を一時的な給付に限定せず、賃金や企業の生産力を含めて家計の所得環境を改善するという構成です。

年金・医療・介護を含む社会保障

社会保障では年金、医療、介護、福祉、子育て支援を挙げています。高齢化が進む中で、健康寿命の延伸やデジタル技術の活用も組み合わせ、制度の持続可能性を確保する考えを示しています。

政治資金の透明化と政治改革

政治改革では、自民党議員の政治資金をめぐる問題への反省を明記し、法制度の厳格化や資金の流れの透明化を掲げています。

政治への信頼を必ず取り戻します。

出典:井上信治公式サイト「Policy」(公開日記載なし)

2025年12月には、BS朝日の「朝まで生テレビ!」で、物価高対策と政治改革をテーマにした討論へ出演しました。

西多摩・昭島の交通、防災、地域振興

地元政策では、西多摩と昭島の経済・観光振興、医療・教育、防災を挙げています。横田基地をめぐる課題、JR各線の改善、多摩都市モノレールの延伸、国営昭和記念公園の活用なども継続的な政策項目です。

国土交通省で都市・住宅・交通分野を担当した経歴とは別に、選挙区では交通網や地域基盤そのものを具体的な政策対象として掲げています。

気候変動への「適応」を危機管理投資として扱う

環境・温暖化対策調査会は2026年6月、井上氏を調査会長として、気候変動への適応を「危機管理投資」と位置づける提言を政府へ申し入れました。

提言には、熱中症による死亡者を早期に1000人未満へ減らす目標、流域治水などの防災強化、2030年までに「適応先進モデル地域」を国内30か所につくる構想、早期警戒システムなど日本の技術を海外へ展開する方針が盛り込まれています。温室効果ガスの削減だけでなく、既に生じている気候変動の被害へ備える政策を前面に出した内容です。

政治人生の転機 井上信治の政治人生の転機
01
2003年
国土交通省を退職し、東京25区から国政へ
約10年間の官僚生活を終え、自民党の公募・予備選を経て東京25区支部長となり、同年11月に初当選。
なぜ転機なのか 行政官から国会議員へ進路を切り替えたため。
02
2012年12月
環境副大臣として福島の原発事故対応を担う
環境副大臣兼内閣府副大臣に就任し、除染や指定廃棄物など東日本大震災・原発事故関連の課題を担当。
なぜ転機なのか 政府の一員として原発事故後の環境行政と復興課題を直接担う立場になったため。
03
2020年9月
国際博覧会担当大臣として初入閣
菅内閣で国際博覧会担当大臣・内閣府特命担当大臣に就任し、科学技術、宇宙、消費者・食品安全なども所管。
なぜ転機なのか 副大臣や国会委員長を経て、初めて国務大臣として政策分野を所管する立場になったため。

動画で見る井上信治氏の国会運営

2025年3月の自民党公式「CafeSta」では、当時の衆議院予算委員会筆頭理事として、予算委員会の運営や与野党協議について解説しています。国会審議を支える理事の仕事を本人の説明で確認できる動画です。

井上信治氏の現在情報

2026年9月24日 時点
現在の公職 衆議院議員
現在の所属 自由民主党
選挙区・選出地域 東京25区
現在の期・任期 衆議院議員9期目
現在の主な役職
自由民主党幹事長代理 自由民主党東京都支部連合会会長 与党実務者協議会会長 自由民主党環境・温暖化対策調査会長 衆議院厚生労働委員会筆頭理事

2026年2月の第51回衆議院議員総選挙で9期目の当選。党務を担う一方、環境・温暖化対策調査会では2026年6月に気候変動適応を危機管理投資と位置づける提言を取りまとめるなど、政策調査活動も確認できます。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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