丸川珠代の経歴・学歴と生い立ち|テレビ朝日アナウンサーから参院3期、閣僚経験を経て衆議院へ

丸川珠代
ひと目でわかるプロフィール 丸川珠代
まるかわ たまよ
出身地
兵庫県氷上郡石生
初当選
2007年(第21回参議院議員通常選挙)
最終学歴
東京大学経済学部
主な前職
テレビ・放送関係
政界入り
民間企業から
生年月日 1971年1月19日
血液型 B型

丸川珠代氏は、テレビ朝日のアナウンサーから政治の世界へ転身し、参議院議員を3期務めた政治家です。環境大臣や東京オリンピック・パラリンピック担当大臣などを経験し、その後は参議院から衆議院へ活動の場を移しました。

放送局でニュースや討論番組に関わった時代から、国政選挙への挑戦、初入閣、そして一度の落選を経て衆議院へ進むまで、歩みにはいくつもの大きな転換があります。

丸川珠代氏を理解する3つのポイント
  1. 兵庫県に生まれ神戸で育ち、東京大学経済学部を卒業後、テレビ朝日でアナウンサーとして活動しました。
  2. 2007年に参議院東京選挙区から初当選し、環境大臣や東京オリンピック・パラリンピック担当大臣などを歴任しました。
  3. 2024年の衆院選では東京7区で落選しましたが、2026年の同区で衆議院議員へ初当選しました。

丸川珠代の生い立ち|兵庫県に生まれ、神戸・御影で過ごした18年間

丸川珠代氏は1971年1月19日、父親の故郷だった兵庫県氷上郡石生に生まれました。本人のプロフィールでは、18歳まで神戸市東灘区御影で過ごしたとしています。

自身の家庭について、本人はひとり親家庭で育ったことを明らかにしています。母親が働きながら教育を支え、祖母と母親が年金を頼りに生活していた時期もあったと振り返っています。

私は、ひとり親家庭で育ちました。

出典:丸川珠代公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

後年、母親と祖母の介護を同時に経験したことも本人が公表しています。社会保障や認知症施策、ひとり親家庭への支援を政治活動のテーマとして掲げる際、自身の家庭での経験にも触れてきました。

丸川珠代の学歴|東京大学経済学部からテレビ朝日のアナウンサーへ

学歴一覧丸川珠代の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
大学東京大学経済学部67.5(文科二類・2027年度参考)卒業

※公開資料で確認できる学歴を掲載しています。東京大学経済学部の数値は本人在学当時ではなく、文科二類の2027年度入試難易度を参考値としたものです。

神戸で高校時代までを過ごした後に上京し、東京大学へ進学しました。1993年3月に経済学部を卒業し、翌4月にテレビ朝日へ入社します。

テレビ朝日ではアナウンサーとして活動し、「ビートたけしのTVタックル」「朝まで生テレビ」などを担当しました。政治家になる前に、報道や政治討論を扱う番組の現場を経験していたことが、その後の経歴とは異なる大きな特徴です。

報道の現場を経験した丸川氏は、現在も過去の取材経験に触れることがあります。2026年3月には、地下鉄サリン事件の取材時に中野坂上駅で見た状況を本人Xで振り返っています。

約14年間にわたり放送局に勤務した後、2007年5月にテレビ朝日を退職しました。この時点で40歳を前にした転職ではなく、選挙への挑戦という形で新たな道へ進みます。

丸川珠代の経歴|2007年、アナウンサーから参議院議員へ

テレビ朝日を離れて間もない2007年7月、第21回参議院議員通常選挙に自由民主党から東京都選挙区で立候補しました。

東京都全体で691,367票を獲得し、定数5のうち4位で初当選。アナウンサーから国会議員へ活動の場を移しました。

初当選後は自民党女性局長などを務め、2012年12月には厚生労働大臣政務官に就任。翌2013年の参議院選挙では1,064,660票を得て再選しています。

2期目には党の厚生労働部会長、参議院厚生労働委員長など、社会保障や医療分野に関係する役職を経験しました。

環境大臣として初入閣、パリ協定の時期を担う

2015年10月、丸川氏は環境大臣として初入閣し、内閣府特命担当大臣の原子力防災も兼務しました。

就任時には、福島県の復興、除染、中間貯蔵施設の整備、放射性物質汚染廃棄物への対応などを課題として挙げています。

全力を尽くしたいと思っております。

出典:環境省「丸川大臣就任記者会見録」(2015年10月7日)

在任中の2015年12月には、COP21で温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定が採択されました。環境行政を担当する閣僚として、国際的な気候変動政策に向き合った時期です。

東京オリンピック・パラリンピック担当大臣を2度経験

2016年8月には、東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣へ就任しました。東京都選挙区選出の議員でもあり、大会準備に関する政府側の調整を担います。

この最初の在任は2017年まででしたが、2021年2月に同担当大臣へ再び就任。同時に女性活躍担当、内閣府特命担当大臣(男女共同参画)も務めました。

2021年は新型コロナウイルス感染症の影響が続く中で、大会準備と男女共同参画政策の双方に携わることになります。

今ほど、男女共同参画が重要な、求められる時代はありません。

出典:内閣府「『国際女性の日』に寄せて 丸川大臣メッセージ」(2021年3月8日)

女性活躍・男女共同参画担当としては、第5次男女共同参画基本計画を踏まえ、女性の登用やコロナ禍で女性が受けた雇用・生活面の影響などを政策課題として扱いました。

人生年表 丸川珠代さんの歩み
1971年1月19日
兵庫県氷上郡石生に生まれる
神戸市東灘区御影で18歳まで過ごす
1993年3月
東京大学経済学部を卒業
1993年4月
テレビ朝日に入社
アナウンサーとして「ビートたけしのTVタックル」「朝まで生テレビ」などを担当
2007年5月
テレビ朝日を退職
2007年7月
第21回参議院議員通常選挙で初当選
東京都選挙区・自由民主党
2012年12月
厚生労働大臣政務官に就任
2013年7月
第23回参議院議員通常選挙で再選
東京都選挙区
2014年9月
参議院厚生労働委員長に就任
2015年10月
環境大臣に就任
内閣府特命担当大臣(原子力防災)を兼務
2016年8月
東京オリンピック・パラリンピック担当大臣に就任
2019年7月
第25回参議院議員通常選挙で3選
東京都選挙区
2019年10月
参議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長に就任
2021年2月
東京オリンピック・パラリンピック担当大臣に再任
女性活躍担当・男女共同参画担当を兼務
2024年10月
第50回衆議院議員総選挙に東京7区から出馬
55,848票で落選
2026年2月8日
第51回衆議院議員総選挙で初当選
東京7区で80,421票

参議院3期の間に医療・認知症・ゲノム政策へ

2019年の参議院選挙では1,143,458.963票を得て3選しました。参議院では北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長も務めています。

一方で、長く取り組んできた分野の一つが医療・社会保障です。本人は認知症施策、医療データの活用、ゲノム医療などを継続的な政策テーマに掲げています。

2023年には、本人が関与してきたゲノム医療推進法と認知症基本法が成立しました。次世代医療基盤法の改正や、女性議員の育成・登用に関する自民党内の取り組みにも関わっています。

ひとり親家庭への支援では、養育費の確保をめぐる民法改正にも取り組んだと公表しています。家庭で経験した介護については、本人が社会保障に対する考えを語る際にも触れています。

社会保障は「希望の源」です。

出典:丸川珠代公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

2024年、参議院から衆議院への転身に挑戦

参議院議員を3期務めた後、丸川氏は2024年の第50回衆議院議員総選挙で東京7区から立候補しました。選挙区は港区と渋谷区です。

この選挙での得票は55,848票。立憲民主党の松尾明弘氏が86,252票を獲得し、丸川氏は2位で落選しました。比例代表との重複立候補はなく、2007年の初当選以来続いていた国会議員としての議席を失いました。

政治資金をめぐっては、旧安倍派から還流された政治資金パーティー収入の一部が収支報告書に記載されていなかった問題で、自民党から戒告処分を受けています。2024年衆院選でも「政治とカネ」は選挙戦の論点の一つとなりました。

この問題をめぐっては、2026年1月に本人が共同通信社から訂正と謝罪を受けたことをXで公表しています。

落選後も東京7区を拠点として政治活動を続け、次の国政選挙を目指しました。

2026年、東京7区で再挑戦して衆議院初当選

2026年2月8日の第51回衆議院議員総選挙では、再び東京7区から自由民主党公認で立候補しました。

丸川氏は80,421票を獲得。中道改革連合の松尾明弘氏らを上回り、東京7区で衆議院議員へ初当選しました。

選挙期間中の動画広告に関する報道については、本人がXで事実関係を説明しています。

参議院で3回当選した経歴を持ちながら、衆議院では1期目という形で新たな国会活動を始めています。

国政復帰後の党活動についても、本人Xで継続的に発信しています。

同年3月11日の衆議院予算委員会では、衆議院議員として初めて質問に立ち、首都直下地震、物価高、イノベーションなどを取り上げました。

衆議院議員となって初めての質問でございます。

出典:衆議院「第221回国会 予算委員会 第9号」(2026年3月11日)

丸川珠代氏が掲げる政策・政治姿勢

医療・介護とイノベーション

長期的に取り組んできた分野の一つが医療と介護です。認知症、ゲノム医療、医療情報の利活用に加え、バイオ・ライフサイエンスなどの技術を国内で実用化し、その成果を生活へ還元することを掲げています。

日本のイノベーションの力で、日本人が豊かになる。

出典:丸川珠代公式サイト「ご挨拶」(2026年掲載)

女性活躍と男女共同参画

自民党女性局長や女性活躍担当大臣、男女共同参画担当大臣を経験しました。コロナ禍では女性の非正規雇用、自殺、DVなどへの影響を政策課題として取り上げ、意思決定過程への女性の参画を進める方針を示しました。

環境・脱炭素政策

環境大臣経験者として、気候変動やフロン対策などの環境政策にも関わってきました。2015年の環境相在任期は、国際社会でパリ協定が採択された時期と重なります。

経済成長と人材育成

2026年の政策では、賃上げや投資減税に加え、バイオやAIなど新産業を担う人材の育成、リスキリングへの国の支援を掲げています。

経済安全保障と国家の自律性

レアメタルや医薬品などの安定確保、宇宙・海洋分野への投資、サイバー防衛、情報収集・分析体制の強化も政策として示しています。

子育てと社会保障制度改革

子育て家庭に対する家事・ベビーシッター支援の拡充や、現役世代の負担を意識した医療保険制度の改革などを掲げています。ひとり親家庭で育った経験や家族の介護経験についても、自身の社会保障政策の原点として語っています。

本人公式YouTubeでは、子育て世代を支える教育の無償化について自身の考えを説明しています。

国政復帰後は国会活動だけでなく、党の災害対応にも参加しています。2026年8月には熊本地震への対応をめぐる党対策本部で、地元から状況と要望を聞いたことを本人Xで報告しました。

放送の現場から参議院、閣僚、そして衆議院へ

丸川氏の政治経歴は、テレビ局から参議院へ進んだ2007年、初入閣した2015年、衆議院への転身を試みた2024年、そして再挑戦で衆議院初当選を果たした2026年と、活動の舞台が何度も変わっています。

参議院では3期を務め、厚生労働、環境、女性活躍、五輪・パラリンピックなど幅広い政策領域を経験しました。2026年3月の予算委員会では、東京7区の地域課題と自身が継続してきたイノベーション政策を衆議院での最初の質問テーマに選んでいます。

丸川珠代氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

医療・イノベーション

女性活躍・男女共同参画

気候変動・脱炭素

介護・社会保障

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

丸川珠代氏の現在情報

2026年9月28日 時点
現在の公職 衆議院議員
現在の所属 自由民主党
選挙区・選出地域 東京7区
現在の期・任期 衆議院議員1期目
現在の主な役職
衆議院予算委員会委員 衆議院経済産業委員会委員 衆議院憲法審査会委員 自由民主党東京都連女性局長

2026年2月の第51回衆議院議員総選挙で東京7区から初当選。参議院3期、環境大臣や五輪・パラリンピック担当大臣などの経験を持ち、衆議院では予算委員会、経済産業委員会、憲法審査会に所属している。

選挙歴 丸川珠代の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第21回参議院議員通常選挙
定数:5 比例復活:該当なし
初当選
東京都 選挙区 自由民主党 当選 691,367票 4位
第23回参議院議員通常選挙
定数:5 比例復活:該当なし
2期目
東京都 選挙区 自由民主党 当選 1,064,660票 1位
第25回参議院議員通常選挙
定数:6 比例復活:該当なし
3期目
東京都 選挙区 自由民主党 当選 1,143,458.963票 1位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
参議院から衆議院への転身を目指して出馬。立憲民主党の松尾明弘氏が86,252票で当選
東京 7区 自由民主党 落選 55,848票 2位
第51回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(小選挙区当選)
衆議院初当選
東京 7区 自由民主党 当選 80,421票 1位
政治人生の転機 丸川珠代の政治人生の転機
01
2007年
テレビ朝日を退職し国政へ
14年間勤務したテレビ朝日を退職し、参議院東京選挙区から初出馬して当選した。
なぜ転機なのか 放送局のアナウンサーから国会議員へ職業と活動の場が大きく変わったため。
02
2015年10月
環境大臣として初入閣
環境大臣と原子力防災担当大臣に就任した。
なぜ転機なのか 国会議員としての活動から、国の行政を担う閣僚へ役割が広がったため。
03
2024年10月
衆議院への転身に挑み落選
東京7区から衆議院議員総選挙に出馬し、55,848票で落選した。
なぜ転機なのか 参議院で3期務めた政治活動から衆議院への転身を目指し、一度国会議員の議席を失う結果となったため。
04
2026年2月
東京7区で衆議院初当選
同じ東京7区に再び出馬し、80,421票を得て当選した。
なぜ転機なのか 落選を経て国政へ復帰し、参議院から衆議院へ活動の場が変わったため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料

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