英利アルフィヤ氏は、千葉県第5区選出の衆議院議員です。2026年8月時点では3期目で、第2次高市内閣の外務大臣政務官を務めています。
北九州市で生まれ、中国とアメリカで学生時代を送りました。大学院修了後は日本銀行へ入り、その後はニューヨークの国連本部へ。政治家になるまでにも、複数の国と組織をまたぐ経歴を歩んでいます。
- 北九州市で生まれ、中国のアメリカンスクール、米ジョージタウン大学・大学院で学び、日本銀行と国連で勤務した。
- 国連を離れて2022年の参院選に初挑戦。落選後、2023年の千葉5区補欠選挙で衆議院議員に初当選した。
- 2024年に比例復活で2期目となり外務大臣政務官へ。2026年には千葉5区で小選挙区当選し3期目に入った。
北九州市で生まれた英利アルフィヤ氏|「英利」が名字、「アルフィヤ」が名前
英利アルフィヤ氏は1988年10月16日、福岡県北九州市に生まれました。「英利(えり)」が名字で、「アルフィヤ」が名前です。
本人は、両親がウイグル出身で、1999年に家族で日本国籍を取得したことを公表しています。英利氏自身は日本生まれで、子どもの頃から自分を日本人と認識していたと振り返っています。
日本国籍を取得する前、父親から「これから家族で日本人になるけど、どう思う?」と尋ねられた際、当時の英利氏はこう答えたそうです。
私はずっと日本人だったよ
出典:えりアルフィヤ公式サイト「名前を失うということ」(2022年6月6日)
幼少期は北九州市の明治学園小学校へ通いました。好きな科目は国語と社会。アニメやゲームも好きで、本人のプロフィールには「セーラームーン」や「ポケモン」「桃鉄」に親しんだ子ども時代が記されています。
10歳から上海・広州へ|アメリカンスクールで過ごした学生時代
10歳の頃、メーカー企業に勤めていた父親の転勤に伴って海外生活が始まります。1999年9月に上海アメリカンスクール小学部へ移り、翌2000年には広州アメリカンスクール中学部へ進みました。
広州へ移る際には6年生を飛び級しています。自分より年上の生徒と同じクラスになり、言葉も文化も異なる環境へなじむため、人一倍努力したと振り返っています。
名前についても、この時期に印象的な経験がありました。学校では戸籍上の表記をもとにした名前を使っていましたが、担任教師に本来の「アルフィヤ」という呼び方を伝えると、「Arfiya」と呼んでもらえるようになったといいます。
自分の名前やアイデンティティーを自分で表現してよいと知った経験は、本人が後に名前や人権について発信するときにも繰り返し登場しています。
高校では、学生の意見を学校運営へ反映する仕組みを提案。学生投票を経て、広州アメリカンスクールで日本人生徒として初めて生徒会長を務めました。
ジョージタウン大学で国際政治を学ぶ
2006年、米国のジョージタウン大学外交政策学部へ進学します。中国での生活を通じ、人と文化、貧困と豊かさ、平和と戦争の関係をさらに学びたいと考えたことが進学の背景にありました。
専攻は国際政治です。大学では国際生徒・留学生会会長、中央アジア会会長、外交政策学院学術評議会の学年代表、学生寮の寮長なども務めました。
在学中にはワシントンのCSIS、ニューヨークの国連日本政府代表部、ジュネーブのWHO本部、中国シティバンク上海などでインターンシップを経験。教室だけでなく、国際機関や金融の現場にも足を踏み入れています。
2010年5月に外交政策学部国際政治学科を卒業した後も同大学に残り、ロシア・東欧・中央ユーラシア研究を専攻。2012年5月に大学院修士課程を修了しました。
日本銀行へ入行|仙台支店で震災後の地域経済も見る
大学院修了後の2012年7月、英利氏は日本銀行へ入行しました。本人は、世界金融危機に加えて、海外滞在中に起きた東日本大震災を経験したことから、日本経済の復興と金融システムの安定に関わりたいと考えたと説明しています。
最初は国際局でIMF・世界銀行総会の準備や国際関係を担当。その後は仙台支店で発券、業務、営業に携わり、金融機構局では国際課や考査企画課で勤務しました。
仙台では東日本大震災後の地域経済を追い、金融機構局では地方銀行の実地考査にも関わりました。国際政治を学んだ学生時代から、中央銀行の実務を担う社会人生活へと環境が変わります。
日本銀行から国連本部へ|政務・人権・安全保安に携わる
2016年8月、外務省のジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)試験に合格したことを機に日本銀行を退職。同年10月からニューヨークの国連事務局本部で働き始めました。
国連では、事務次長・管理局長室、政務局アジア太平洋部、安全保安分野などを経験します。最後は国連事務次長補付特別補佐官を務め、国連改革、平和・安全保障、人権問題、ウクライナ緊急危機対応を含む国連活動の安全保安などに携わりました。
国連職員として各国の政治や選挙を見る一方、日本の国会では女性や多様な経歴を持つ議員が少ないことに危機感を持つようになったといいます。
政治へ進んだ理由について、本人は次のように振り返っています。
変えようと思ったら自分がまずチャレンジするしかない
出典:えりアルフィヤ公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)
2022年、国連を離れて初めて国政選挙へ
2022年、国連での仕事を終え、日本へ戻りました。同年7月10日の第26回参議院議員通常選挙では、自由民主党公認で全国比例から立候補します。
帰国後わずか約6週間で迎えた初めての国政選挙でした。個人名票は54,646票。自民党の名簿登載者33人のうち28位となり、初挑戦では議席を得られませんでした。
選挙期間中には、自身が経験してきた名前やアイデンティティーにも触れながら、選択的夫婦別姓などについてXで発信しています。
落選後も政治への挑戦は終わりませんでした。翌年、活動の舞台が全国比例から千葉県市川市・浦安市へ移ります。
自民党の公募で千葉5区へ|2023年の補欠選挙で初当選
2023年2月、自由民主党千葉県第五選挙区支部長の公募へ応募し、支部長に選ばれました。千葉5区は市川市の一部と浦安市からなる、東京都心への通勤者も多い都市型の選挙区です。
約2か月後の4月23日、衆議院千葉5区補欠選挙へ立候補。7人が争う選挙となり、英利氏は50,578票を得ました。
2022年の参院選落選から約9か月後、衆議院議員に初当選。34歳で国会へ入ります。
日本銀行と国連での経験から政治へ進んだ経緯は、2023年の補欠選挙時に本人が公式YouTubeでも語っています。
初当選後は法務委員会、文部科学委員会、財務金融委員会、消費者問題に関する特別委員会などを経験。自民党でも女性局、青年局、広報などの活動に加わりました。
同年7月には、テレビ業界で女性だけを「女子アナ」と呼ぶ慣習を取り上げ、男女で呼び方が異なることについて自身の考えを発信しています。
2023年9月には米TIME誌の「TIME100 Next」に選ばれました。国内で国会活動を始める一方、国際経験を持つ若手政治家として海外からも注目を受けるようになります。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2022年 7月10日 |
第26回参議院議員通常選挙
初出馬。自由民主党は比例代表で18議席を獲得。
|
比例代表 (全国) | 自由民主党 | 落選 | 54,646票 自由民主党名簿登載者内28位 |
| 2023年 4月23日 |
衆議院千葉県第5区選出議員補欠選挙
衆議院議員初当選。
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千葉県 第5区 | 自由民主党 | 当選 | 50,578票 1位 |
| 2024年 10月27日 |
第50回衆議院議員総選挙
小選挙区では矢崎堅太郎氏に次ぐ2位。比例南関東ブロックで復活当選し2期目。
|
千葉県 第5区 | 自由民主党 | 当選 (比例復活) | 59,636票 2位 |
| 2026年 2月8日 |
第51回衆議院議員総選挙
3期目。総選挙では初めて千葉5区で小選挙区当選。
|
千葉県 第5区 | 自由民主党 | 当選 | 85,073票 1位 |
2024年衆院選は千葉5区で敗れるも比例復活
初当選から約1年半後の2024年10月、第50回衆議院議員総選挙を迎えました。千葉5区では自由民主党公認で立候補し、59,636票を獲得します。
立憲民主党の矢崎堅太郎氏が66,031票を獲得し、英利氏との差は6,395票。小選挙区では2位となりましたが、比例南関東ブロックで復活当選し、議席を維持しました。
選挙後、本人は地元への感謝とともに結果を受け止めています。
私の力不足により選挙区での当選は叶いませんでした
出典:えりアルフィヤ公式サイト「第50回衆議院選挙において、59,636人の市川・浦安のみなさまに『えり』と書いていただきました。」(2024年10月30日)
2期目へ進んだ直後、政治家としての役割はさらに変わります。
第2次石破内閣で外務大臣政務官へ
2024年11月、英利氏は第2次石破内閣で外務大臣政務官に就任しました。日本銀行の国際部門、国連本部での勤務を経て、政府の外交実務を担う側へ移ります。
外務大臣政務官として各国政府関係者との会談や国際会議への出席を重ねました。2025年10月に高市内閣が発足した際にも同職へ再任されています。
2025年5月にはBBCウズベク語放送の取材を受け、日本で暮らすウズベキスタン出身者の生活やキャリアなどについて発信しました。
学生時代から複数の言語・文化に接し、国連で国際政治に携わってきた経歴を、国会議員になった後は外交の場で使う機会が増えていきました。
国籍や経歴をめぐる虚偽情報への法的対応
英利氏をめぐっては、国籍や経歴に関する情報がSNS上で繰り返し拡散され、本人が訂正や法的対応を行う事態にもなりました。
2024年11月には、本人公式Xで自身をスパイなどとする主張に反論しています。
2025年12月、本人はX Corp.に対する発信者情報開示を申し立て、同年11月25日付で東京地方裁判所が対象15投稿すべてについて開示を認める仮処分決定を出したと公表しました。
事実に反する誹謗中傷については、断じて容認することはできません。
出典:えりアルフィヤ公式サイト「誹謗中傷対応に関するご報告」(2025年12月29日)
発信者情報開示の仮処分決定は、投稿者の特定に向けた手続上の判断です。個々の投稿についての損害賠償責任や刑事責任が最終的に確定したことを意味するものではありません。
2026年、千葉5区で85,073票を獲得して3選
2026年2月8日の第51回衆議院議員総選挙では、再び千葉5区から立候補しました。
千葉県選挙管理委員会の確定結果では、英利氏85,073票、国民民主党の岡野純子氏53,532票、中道改革連合の矢崎堅太郎氏47,990票などとなりました。
英利氏は千葉5区で1位となり、3期目の当選。2024年の比例復活を経て、総選挙では初めて小選挙区から議席を獲得しました。
同年2月に発足した第2次高市内閣でも外務大臣政務官に再任されています。
英利アルフィヤ氏が重視する政策・政治姿勢
- 外交・安全保障とインテリジェンス
- 人権・価値観外交と国際発信
- 物価高・賃上げと地域経済
- 子育て・社会保障と多様な暮らし
- 防災・交通インフラと市川・浦安
- 環境保全・エネルギーと地域産業
2026年の衆院選では、市川・浦安の地域課題、外交・安全保障、経済を大きな柱として政策を示しました。ここでは本人が継続して発信してきたテーマと、国会・政府で実際に関わってきた分野を分けて見ていきます。
外交・安全保障とインテリジェンス
外務大臣政務官としての経験を踏まえ、防衛力、外交力、インテリジェンス能力、経済・海洋・サイバー・食料安全保障の強化を掲げています。
2026年1月の政策発表では、外務大臣政務官としてそれまでに10回、13カ国へ出張したと説明しました。
7ヶ国語と国連で培った経験や人脈を駆使し、更なる防衛力・外交力の強化に努めます。
出典:えりアルフィヤ公式サイト「市川・浦安から、強く豊かな日本へ」(2026年1月23日)
人権・価値観外交と国際発信
国連勤務時代から扱ってきた人権も、政治家になってからの継続テーマです。ウクライナ、パレスチナ、ウイグルなどの人権問題について超党派で議論し、人権・価値観外交と海外への情報発信を掲げています。
2026年4月には、世界経済フォーラムの「Young Global Leaders 2026」に選出されたことを本人が発信しました。
物価高・賃上げと地域経済
経済分野では「責任ある積極財政」を掲げ、物価高対策、賃上げ、戦略的な投資、中小・小規模事業者への支援、サプライチェーン強靱化などを挙げています。
日本銀行で国際金融や地域経済を経験した経歴もあり、本人は「日銀出身の政治家」として地域と日本経済を後押しする考えを示しています。
子育て・社会保障と多様な暮らし
市川市・浦安市では、子育て・教育支援、全世代型社会保障、介護・医療従事者の確保などを課題に挙げてきました。
若者や女性の政治参加も継続的に発信している分野です。「すべての日本人の声が聞こえ、その顔が見え、多様なライフスタイルに寄り添う政治」を目指すとして、働き方や政治参加のあり方にも取り組んでいます。
防災・交通インフラと市川・浦安
地元政策では、首都直下地震を想定した防災・減災、河川・護岸整備、浸水対策、耐震化、道路整備、渋滞緩和、首都交通網との連携を掲げています。
市川市と浦安市は都心に近い一方、湾岸部や河川を抱えています。国、県、市の連携を使い、生活に直結するインフラ整備を進めることを地域政策の一つにしています。
環境保全・エネルギーと地域産業
三番瀬を含む環境保全、気候変動への対応、脱炭素とエネルギーの安定供給も掲げています。農林水産品の生産性向上や国内外への販路開拓も地域政策に含めています。
外交分野では経済関係にも携わり、2026年8月には中央アジア訪問の途中、イスタンブールのテュルク諸国機構事務局を訪問。オムラリエフ事務局長と、それぞれキルギス語とウイグル語を交えて話した様子を発信しました。
2026年8月時点の英利アルフィヤ氏
2026年8月時点では、英利アルフィヤ氏は千葉県第5区選出の衆議院議員3期目です。自由民主党に所属し、第2次高市内閣の外務大臣政務官を務めています。
外務省の2026年8月17日付幹部名簿でも、大臣政務官として在職が確認できます。外交実務では国際会議や各国政府関係者との協議を続ける一方、市川市・浦安市を政治活動の基盤としています。
本人公式サイトには、「市川・浦安から、強く豊かな日本へ」とともに、政治活動で重視する言葉が掲げられています。
挑戦しない国に未来なし
出典:えりアルフィヤ公式ホームページ(公開日記載なし)
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氏名、読み、出生地、千葉5区、自由民主党所属、当選回数、外務大臣政務官、主要経歴を確認
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生年月日、学歴、日本銀行・国連勤務、2023年初当選、2024年・2026年衆院選、外務大臣政務官歴を確認
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2026年8月17日時点で外務大臣政務官を務めていることを確認
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千葉5区、当選3回、生年月日、外務大臣政務官、学歴・職歴、公式サイト・X・YouTubeを確認
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幼少期、上海・広州での学生時代、ジョージタウン大学、日本銀行、国連、政界入り、2022年参院選、2023年初当選を確認
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名字・名前の読み、幼少期の国籍取得、海外転居、名前・アイデンティティーに関する本人の経験を確認
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2026年時点で掲げる地元政策、外交・安全保障、インテリジェンス、経済、社会保障、環境・エネルギー政策を確認
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2023年千葉5区補欠選挙の候補者、党派、当選順位、得票数を確認
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2024年千葉5区の59,636票、順位、各候補得票数を確認
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2026年千葉5区の85,073票と小選挙区当選を確認
この記事の更新履歴
- 2026年8月23日 記事を新規作成。現況情報を確認



















































