稲田朋美の経歴・学歴と生い立ち|弁護士から衆議院、防衛大臣と党幹部へ

ひと目でわかるプロフィール 稲田朋美
いなだ ともみ
出身地
福井県今立郡今立町(現・越前市)
初当選
2005年(第44回衆議院議員総選挙)
最終学歴
早稲田大学法学部卒業
主な前職
弁護士
政界入り
専門職から
生年月日 1959年2月20日
血液型 AB型

稲田朋美氏は、弁護士から政治の世界へ入り、福井県第1区で衆議院議員を重ねてきた政治家です。内閣府特命担当大臣、自民党政務調査会長、防衛大臣、幹事長代行など、政府と党の双方で要職を経験してきました。

その歩みをたどると、保守政治家として知られる一方、女性活躍や性的少数者をめぐる政策にも取り組むようになった変化、そして弁護士としての原点へ戻るような再審制度改革への活動も見えてきます。

稲田朋美氏を理解する3つのポイント
  1. 福井に生まれ、京都・大阪で育った後、早稲田大学法学部から司法試験へ進み、1985年に弁護士登録しました。
  2. 弁護士時代の裁判活動をきっかけに政治へ関わり、2005年の郵政選挙で福井1区から衆議院議員に初当選しました。
  3. 内閣府特命担当大臣、自民党政調会長、防衛大臣、幹事長代行などを歴任し、2026年の衆院選で8選しています。

雪深い今立町に生まれ、京都・大阪を移った子ども時代

稲田朋美氏は1959年2月20日、福井県今立郡今立町、現在の越前市に生まれました。本人が出演したラジオ番組では、雪の多い農村地域で未熟児として生まれ、一時は命も危ぶまれたと紹介されています。

出生後は京都、大阪、再び京都へと生活の場を移しました。父は教育者で、稲田氏は後年、大学進学、結婚、そして政治家への立候補という人生の大きな選択をめぐって、父から反対されたことがあったと振り返っています。

家庭は裕福ではなかったものの、本人の回想では温かい家庭でした。母親からは「運がいい子」と言われて育ったといい、本人自身も人生の節目を語る際にこの言葉を思い返しています。

乙訓高校から早稲田大学へ 大学4年で司法試験を決意

京都府立乙訓高等学校を卒業した後、早稲田大学法学部へ進学します。大学卒業を控えた時代は、4年制大学を出た女性の就職先が今ほど広くなかった時代でした。

稲田氏は大学4年で進路を考える中、司法試験への挑戦を決めました。司法試験なら男女が同じ試験を受け、合否も同じ基準で決まることも、法律家を目指す理由の一つになったと後年語っています。

最初の司法試験には合格できませんでした。その後は1日十数時間に及ぶ勉強を続け、1982年に司法試験へ合格。司法修習を経て1985年に弁護士登録します。

司法修習後の就職活動でも、女性であることを理由に簡単には勤務先が決まらなかった経験がありました。大阪の法律事務所へ自ら働きかけ、弁護士としての仕事を始めています。

弁護士として働き、子育てをしながら法律実務を続ける

弁護士になった当初の稲田氏に、政治家になる考えはほとんどありませんでした。大阪で弁護士として働き、結婚後は子どもを育てながら法律実務を続けています。

当時は、出産や育児をしながら専門職を続ける女性も今ほど多くありませんでした。後年、女性の働き方を語る際には、自身が仕事と家庭を両立してきた経験にも繰り返し触れています。

やがて新聞や雑誌を読む中で歴史認識をめぐる問題へ関心を深め、いわゆる「百人斬り競争」をめぐる名誉毀損訴訟で原告側代理人を務めました。本人は、この裁判活動が政治の世界へ進む経緯の一つになったと説明しています。

国家の名誉を守るということです。

出典:私のカクゴ「稲田朋美」(公開日記載なし)

2005年、安倍晋三氏から福井1区での出馬を打診される

政治人生が突然動いたのは2005年夏でした。稲田氏は自民党の勉強会に招かれ、弁護士として取り組んでいた裁判について講演します。その場にいたのが、当時自民党幹事長代理だった安倍晋三氏でした。

郵政民営化法案をめぐって衆議院が解散すると、その約半月後、安倍氏から出生地である福井県での立候補を打診されます。福井1区では、郵政民営化法案に反対した前職の松宮勲氏が無所属で出馬することになっていました。

父や弁護士としての恩師からは反対されました。一方で夫から背中を押され、46歳で初めて国政選挙へ挑戦します。

2005年9月11日の第44回衆院選では、自民党公認候補として51,242票を獲得。民主党の笹木龍三氏との差はわずか373票でした。法律事務所で働いていた弁護士が、短期間の選挙戦を経て国会議員になりました。

この「373票」は、その後も本人が初心を語る際にたびたび持ち出してきた数字です。2021年に後援会向けに出した文書でも、最初の選挙を「三七三票(みなさん)の僅差」で勝利したと振り返っています。

2009年の逆風を乗り越え、第2次安倍政権で初入閣

初当選後は「伝統と創造の会」を立ち上げ、保守的な政策や歴史認識、安全保障、憲法などについて発信を続けました。

2009年の衆院選では自民党が全国的に大敗しましたが、福井1区では小選挙区の議席を守り2選。2012年の衆院選でも当選し、3期目に入ります。

第2次安倍内閣が発足した2012年12月、内閣府特命担当大臣として初入閣しました。規制改革に加え、行政改革、公務員制度改革、クールジャパン戦略、再チャレンジなど幅広い分野を担当します。

2014年には自民党政務調査会長へ。政府が決めた政策を説明するだけではなく、党として選挙公約や政策をまとめる立場になりました。

実現可能な公約を掲げることが責任政党の務め。

出典:自由民主党「『実現可能な公約掲げる』稲田政務調査会長が政権公約を発表」(2014年11月25日)
人生年表 稲田朋美さんの歩み
1959年2月20日
福井県今立郡今立町(現・越前市)で生まれる
1977年3月
京都府立乙訓高等学校を卒業
1981年3月
早稲田大学法学部を卒業
1982年
司法試験に合格
1983年
第37期司法修習生となる
1985年4月
弁護士登録
2005年9月11日
第44回衆議院議員総選挙で初当選
福井県第1区
2006年2月
「伝統と創造の会」会長に就任
2009年11月
自由民主党福井県支部連合会会長に就任
2012年12月
内閣府特命担当大臣などで初入閣
規制改革、行政改革、公務員制度改革などを担当
2014年9月
自由民主党政務調査会長に就任
2016年8月3日
防衛大臣に就任
第3次安倍第2次改造内閣
2017年7月28日
防衛大臣を辞任
南スーダンPKO日報問題をめぐり監督責任を取る
2018年10月
自由民主党筆頭副幹事長・総裁特別補佐に就任
2019年9月
自由民主党幹事長代行に就任
2023年9月
自由民主党幹事長代理に就任
2024年10月27日
第50回衆議院議員総選挙で7選
福井県第1区
2026年2月8日
第51回衆議院議員総選挙で8選
福井県第1区
2026年4月
自由民主党福井県支部連合会会長に再就任
県連定期大会で選任

防衛大臣として安全保障政策の前面へ

2016年8月3日、第3次安倍第2次改造内閣で防衛大臣に就任しました。就任時は北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の周辺海空域での活動が大きな安全保障課題となっていた時期です。

大臣在任中には国内の自衛隊部隊だけでなく、ジブチや南スーダンの派遣部隊も視察しました。2017年の年頭の辞では、現場の隊員に接してきた経験に触れながら、平和安全法制に基づく任務を進める考えを示しています。

しかし2017年、南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報をめぐる情報公開と文書管理が大きな問題になります。防衛省は特別防衛監察を実施し、同年7月28日、稲田氏は大臣を辞任しました。

防衛大臣としての職を辞することと致しました。

出典:ログミー「稲田朋美防衛相、辞任会見」(2017年7月28日)

南スーダンPKO日報問題では、防衛省内の情報公開・文書管理に不適切な処理があった一方、特別防衛監察は稲田氏本人が日報の非公表を了承した事実を認定していません。稲田氏は防衛省トップとして監督責任を取り辞任しました。

選挙歴 稲田朋美の選挙歴
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年月日 選挙 選挙区・地域 所属 結果 得票・順位
第44回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
初出馬・初当選。次点との差は373票
福井県 第1区 自由民主党 当選 51,242票 1位
第45回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
衆議院2期目
福井県 第1区 自由民主党 当選 78,969票 1位
第46回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
衆議院3期目
福井県 第1区 自由民主党 当選 68,027票 1位
第47回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
衆議院4期目
福井県 第1区 自由民主党 当選 116,855票 1位
第48回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
衆議院5期目
福井県 第1区 自由民主党 当選 116,969票 1位
第49回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
衆議院6期目
福井県 第1区 自由民主党 当選 136,171票 1位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
衆議院7期目
福井県 第1区 自由民主党 当選 86,906票 1位
第51回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
衆議院8期目
福井県 第1区 自由民主党 当選 93,292票 1位

防衛相辞任後、再び自民党執行部へ

大臣辞任後も福井1区の議席を維持し、2017年10月の衆院選で5選しました。翌2018年には自民党筆頭副幹事長・総裁特別補佐となり、党執行部へ戻ります。

同年には整備新幹線等鉄道調査会会長にも就任。2019年9月には幹事長代行、2023年には幹事長代理を務めました。

政治活動の軸には、憲法改正や防衛力の強化といった従来からの政策を残しながら、女性の社会参加や少数者をめぐる課題も前面に出すようになります。

政治人生の転機 稲田朋美の政治人生の転機
01
2005年8月~9月
弁護士から国政へ
自民党の勉強会で講師を務めたことを契機に、安倍晋三氏から福井1区での出馬を打診され、第44回衆院選で初当選した。
なぜ転機なのか 20年間続けた法律家としての仕事から、選挙と国政の世界へ進路を切り替えたため。
02
2012年12月
第2次安倍内閣で初入閣
内閣府特命担当大臣(規制改革)などに就任し、行政改革、公務員制度改革、クールジャパン戦略などを担当した。
なぜ転機なのか 国会議員として法案を審議する立場から、政府の政策を執行する閣僚へ進んだため。
03
2016年8月~2017年7月
防衛大臣就任と辞任
2016年8月に防衛大臣へ就任。翌2017年7月、南スーダンPKO日報をめぐる情報公開・文書管理問題を受け、監督責任を取って辞任した。
なぜ転機なのか 安全保障政策を担う重要閣僚となった一方、約1年後に大臣職を辞する大きな政治的な節目を迎えたため。
04
2018年~2019年
党執行部への復帰
2018年に自民党筆頭副幹事長・総裁特別補佐、2019年には幹事長代行に就任した。
なぜ転機なのか 防衛大臣辞任後、再び自民党執行部の中枢で党運営を担う立場へ戻ったため。

「保守」と女性活躍・LGBT支援を同時に掲げるようになる

稲田氏はもともと、憲法、安全保障、歴史認識などを重視する保守政治家として存在感を高めてきました。その後、自らの女性弁護士としての経験や政治の世界で感じた男女差にも触れ、女性活躍を強く訴えるようになります。

大きな夢を持ってほしい。

出典:自由民主党中央政治大学院「首都圏第15期インターンシップ集合研修」(2022年3月25日)

性的少数者をめぐる政策でも、自民党内でLGBT理解増進に取り組みました。従来の支持層の一部から強い反発を受けながらも、本人は「保守」と多様性を両立させる立場を示しています。

2023年の通常国会では、性的指向・ジェンダーアイデンティティの多様性について国民の理解を増進する法律が成立しました。稲田氏は自民党内の議論に関わってきた立場から、成立後に次のように記しています。

2年越しの宿題を果たしたようで感慨深いです。

出典:稲田朋美公式サイト「通常国会が閉会」(2023年6月21日)

7選後も福井を政治基盤に活動

2021年の第49回衆院選では福井1区で6選。2024年10月の第50回衆院選でも小選挙区で勝利し、7期目に入りました。

地元政策では、北陸新幹線の敦賀以西、道路・鉄道を含む国土強靱化、豪雪対策、農林水産業、中小企業、医療・福祉などを継続して扱っています。

福井では雪そのものが生活や経済、医療、物流を左右します。2026年には自民党の豪雪地帯対策に関するプロジェクトチームで、自治体の除雪負担、人手不足、財政支援などを議論しました。

地域の学校や住民との接点も発信しています。2026年3月には大野市の九頭竜中学校竣工式典へ出席した様子を紹介しました。

北陸新幹線の敦賀以西をめぐる議論

稲田氏が長く担当してきた政策の一つが整備新幹線です。自民党整備新幹線等鉄道調査会会長として、北陸新幹線だけでなく、全国の基本計画路線を含む鉄道ネットワークの整備にも関わってきました。

敦賀以西については建設費や工期、環境、地域負担などをめぐって複数案が議論されてきました。2026年7月には、与党側が小浜・京都ルートのうち桂川案を提示する方針をまとめています。

これは直ちに着工が決まったという意味ではありません。環境影響評価や財源、沿線自治体との調整など、事業化までにはなお手続が残ります。

弁護士としての原点が重なる再審制度改革

近年、稲田氏が強く取り組んできたのが再審制度の見直しです。刑事裁判のやり直しを求める再審について、証拠開示のあり方や、再審開始決定に対する検察官の不服申し立てなどを党内で議論してきました。

福井県では、福井女子中学生殺人事件で再審無罪が確定しています。弁護士資格を持ち、福井を地盤とする稲田氏は、2026年の自民党法務部会・司法制度調査会でも政府案に対して強く意見を述べました。

2026年7月17日には、再審手続を見直す刑事訴訟法等の改正法が成立し、7月24日に公布されました。稲田氏が党内で求めてきた内容がすべてそのまま盛り込まれたわけではありませんが、100年以上大きな法改正がなかった再審制度が動く国会となりました。

政策では「強さ」と「優しさ」を並べる

稲田氏の政策を一つの方向だけで捉えるのは難しくなっています。防衛力強化や憲法改正を重視する一方で、女性活躍、シングルマザー支援、LGBTを含む少数者への理解、医療・社会保障にも力を入れてきました。

福井では北陸新幹線や豪雪対策、農林水産業、中小企業、地域医療を扱い、国政では司法制度改革や行政のデジタル化にも活動範囲を広げています。

2025年の福井での国政報告会では、社会保障の財源や実現可能性を伴わない政策への警戒を示しました。

政治家はできることだけをいい、言った限りはやらないとだめです。

出典:稲田朋美公式サイト「令和7年11月8日 福井国政報告会」(2025年11月9日)

2026年に8選 福井県連会長と党の政策組織で活動

2026年2月8日の第51回衆院選では福井1区で93,292票を獲得し、衆議院議員8期目に入りました。

2026年8月時点では、自民党福井県連会長、整備新幹線等鉄道調査会会長を務めています。行政改革推進本部では「デジタルに関するPT」の座長として、AIリーガルテック、医療AI、オンライン診療、インフラDX、行政AIなどの社会実装をめぐる提言にも携わっています。

政府の大臣職には就いていません。閣僚や党幹部を歴任した後も、一衆議院議員として福井と国政の政策課題に取り組む立場にあります。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー
  • 出生時のエピソード、福井から京都・大阪への移動、父との関係、学生時代から弁護士になるまでの歩みを確認
その他の参考資料

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