武田良太氏は、福岡県第11区を地盤に国政で活動してきた政治家です。閣僚まで務めた一方、政治家としての出発点には国会議員秘書の経験と、初当選まで続いた長い選挙の日々がありました。
福岡で育ち、早稲田大学を経て亀井静香氏の秘書となりました。国政入り後は防衛・総務分野で役割を重ね、一度失った議席も取り戻しています。
- 福岡・田川で育ち、少年時代からラグビーに親しんだ後、早稲田大学へ進みました。
- 亀井静香氏の秘書として政治の現場へ入り、長い挑戦期間を経て衆議院議員になりました。
- 防衛、防災、総務の分野で政府・党の役職を経験し、議席喪失後にも国政へ戻っています。
武田良太の生い立ち|赤池町の少年時代、8歳で始めたラグビー
1968年4月1日、武田氏は福岡県田川郡赤池町に生まれました。赤池町は後の町村合併で、現在の福智町となっています。
子どものころは活発で、両親が体力を使わせようと考えたことから、8歳でラグビーを始めました。本人は、小さな体でボールに振り回されながら競技に取り組んでいた当時を振り返っています。
13歳になるとクラブ選抜の一員としてオーストラリアへ遠征し、クイーンズランドやブリスベンの選抜チームと対戦しました。本人にとって初めての海外経験でもありました。
初の外国。人と国土の大きさに圧倒された記憶が残ります。
出典:自由民主党「『思い出の一枚』武田 良太 衆議院議員」(2026年7月17日)
ラグビーとの縁は大人になってからも続いています。2026年には国会ラグビークラブ会長となり、2035年のラグビーワールドカップ日本招致にも取り組む考えを示しています。
武田良太の学歴|明治学園中、小倉高校から早稲田大学へ
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 中学校 | 明治学園中学校 | ― | ― | ― |
| 高校 | 福岡県立小倉高等学校 | ― | 69(2026年度版) | ― |
| 大学 | 早稲田大学 | 文学部英文学専修 | 67.5(文学部・2027年度参考) | 卒業 |
| 大学院 | 早稲田大学大学院 | 公共経営研究科 | 大学院は偏差値で単純比較しない | 修了 |
※大学院は偏差値で単純比較していません。
中学校は北九州市の明治学園中学校で学び、その後は福岡県立小倉高等学校へ進みました。高校卒業後は上京し、早稲田大学文学部で英文学を学びます。
大学時代について本人は、勉強やサークル活動に没頭したというより、旅行をしたり友人と過ごしたりしながら、多くの人と出会った時期だったと話しています。会社員や公務員になる道を明確に描いていたわけでもありませんでした。
1992年3月に大学を卒業。国会議員となった後にも学び直し、2009年3月には早稲田大学大学院公共経営研究科を修了しています。
武田良太の経歴|亀井静香氏の秘書となり、25歳で国政へ挑む
本人は、叔父に政治家がいたことから、若いころから政治の世界には関心を持っていたと振り返っています。その叔父は、自由民主党幹事長などを務めた田中六助氏でした。
大学を卒業した1992年4月、亀井静香衆議院議員の秘書になります。武田氏自身が後に語った進路の決定点は、亀井氏の秘書になったことでした。
覚悟を決めたきっかけは、亀井静香先生の秘書になったこと。
出典:学生新聞オンライン「国家公安委員会委員長 武田 良太」(2020年10月1日)
秘書になった翌1993年7月には、第40回衆議院議員総選挙の旧福岡4区から自民党公認で初出馬しました。当時25歳。14,172票で7位となり、定数4の議席には届きませんでした。
3度の落選を越え、2003年に初当選
小選挙区制へ移行した1996年には福岡11区へ出馬しましたが、42,152票で落選。2000年も65,838票まで票を伸ばしたものの、当選には届きませんでした。
初出馬から初当選までには約10年を要しました。本人は後年、この期間を単に苦しい時期としてではなく、選挙を重ねるたびに支援してくれる人が増えていく手応えのある時期として振り返っています。
2003年11月、第43回衆院選では無所属で福岡11区から立候補。78,882票を得て、4度目の挑戦で初当選しました。
2005年の第44回衆院選では自民党公認を得ず、再び無所属で出馬します。山本幸三氏との接戦を78,757票で制し、2回目の当選を果たしました。その後は自民党へ復党し、2009年以降も福岡11区で議席を重ねていきます。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1993年 7月18日 | 第40回衆議院議員総選挙 初出馬 | 旧福岡県 第4区 | 自由民主党 | 落選 | 14172 7 |
| 1996年 10月20日 | 第41回衆議院議員総選挙 小選挙区制移行後、福岡11区から出馬 | 福岡県 第11区 | 自由民主党 | 落選 | 42152 3 |
| 2000年 6月25日 | 第42回衆議院議員総選挙 国政選挙3度目の落選 | 福岡県 第11区 | 自由民主党 | 落選 | 65838 2 |
| 2003年 11月9日 | 第43回衆議院議員総選挙 4度目の国政挑戦で初当選 | 福岡県 第11区 | 無所属 | 当選 | 78882 1 |
| 2005年 9月11日 | 第44回衆議院議員総選挙 自民党公認を得ず無所属で出馬し再選 | 福岡県 第11区 | 無所属 | 当選 | 78757 1 |
| 2009年 8月30日 | 第45回衆議院議員総選挙 | 福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 106334 1 |
| 2012年 12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙 | 福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 86443 1 |
| 2014年 12月14日 | 第47回衆議院議員総選挙 | 福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 85488 1 |
| 2017年 10月22日 | 第48回衆議院議員総選挙 比例九州ブロック重複立候補 | 福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 81129 1 |
| 2021年 10月31日 | 第49回衆議院議員総選挙 7回目の当選。比例九州ブロック重複立候補 | 福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 75997 1 |
| 2024年 10月27日 | 第50回衆議院議員総選挙 比例重複立候補なし。2003年の初当選後、初めて議席を失う | 福岡県 第11区 | 自由民主党 | 落選 | 56607 2 |
| 2026年 2月8日 | 第51回衆議院議員総選挙 比例九州ブロック重複立候補。国政へ復帰し当選8回 | 福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 62419 1 |
防衛・安全保障分野で役職を重ねる
国会で主要な役職を担うようになると、防衛・安全保障は武田氏の政治経歴の大きな分野になりました。2008年8月、福田改造内閣で防衛大臣政務官に就任し、麻生内閣でも務めます。
2012年には自民党国防部会長、同年12月には衆議院安全保障委員長に就任。2013年9月には第2次安倍内閣で防衛副大臣となりました。
安全保障をめぐっては、軍事・防衛だけでなく、エネルギーや食料を含めて国の基盤を考える姿勢を早い時期から示していました。
安全保障体制は強くしていかなければなりません。
出典:NetIB-News「安全保障の強化と九州東回りの発展を(前)~衆議院議員 武田 良太 氏」(2013年2月22日)
国家公安委員会委員長として初入閣、総務大臣へ
2019年9月、第4次安倍第2次改造内閣で、国家公安委員会委員長として初入閣しました。内閣府特命担当大臣(防災)に加え、行政改革、国家公務員制度、国土強靱化も担当しています。
翌2020年9月には菅内閣で総務大臣に就任しました。地方行政、通信・放送、郵政など幅広い分野を所管する閣僚を務めることになります。
2026年7月、安倍晋三元首相の死去から4年となった日に事務所公式Xが掲載した投稿では、当時の内閣で国家公安委員会委員長や防災担当大臣として働いた時期に触れています。
2024年、党の役職停止と衆院選での議席喪失
2024年4月4日、自民党党紀委員会が公表した「政治倫理に係る事案」の処分一覧で、武田氏は党の役職停止1年間となりました。
同年10月27日の第50回衆院選では、自民党から福岡11区に立候補しました。武田氏は56,607票、日本維新の会の村上智信氏は58,842票。2,235票差で2位となり、比例代表との重複立候補もなかったため、2003年の初当選後初めて国会議席を失いました。
2026年、福岡11区で国政復帰
再び候補者として臨んだのが、2026年2月8日の第51回衆院選です。福岡11区で62,419票を獲得し、村上氏らを上回って当選しました。
約1年4か月ぶりに国政へ復帰し、通算8回目の当選となりました。
1年半どん底でしたが、お一人おひとりに支えられ、当選を果たすことができました。
出典:NetIB-News「【速報】福岡11区、武田良太氏(自民)が当選確実」(2026年2月8日)
復帰後は、党内外の政策グループや議員連盟でも活動を再開しています。5月には総合安全保障研究会のメンバーとともに「国力研究会」へ参加したことを事務所公式Xで発信しました。
武田良太氏が掲げる政策・政治姿勢
地域の暮らしと産業を支える政策
武田氏の政策では、物価高による家計負担への対応と、福岡11区の地域産業を支える施策が並びます。農林水産業や中小企業では、人手不足、事業承継、コスト上昇への対策を掲げています。
生活基盤では、子育て、医療・介護、住宅、地域交通を対象とし、観光資源の活用や空き家対策、鉄道・BRT・デマンド交通などを組み合わせて地域を維持する方針を示しています。
国防だけに限らない「総合安全保障」
2026年4月には総合安全保障研究会の会長となりました。そこで扱う「安全保障」は国防だけを意味せず、食料、エネルギー、経済安全保障、災害への対応なども含む考え方です。
それを実行に移すための政策集団を立ち上げたということですね。
出典:FNNプライムオンライン「【直撃】事実上の“武田派”始動か…グループ結成の真意 武田良太元総務大臣が語る(上) 福岡」(2026年4月25日)
研究会では個別の安全保障課題も扱っています。4月の勉強会では、沖縄県辺野古で起きた事故について問題提起したことを事務所公式Xで伝えています。
総務大臣時代の通信・放送分野
本人サイトの「主な取り組み・実績」では、総務大臣時代の施策として、携帯電話料金の引き下げに向けた競争環境の整備や、NHK受信料の値下げにつながる制度見直しを挙げています。
通信料金では乗り換えやすい環境づくりなどを進め、放送分野ではNHKの剰余金を受信料引き下げの原資に充てる仕組みの整備を取り組みとして示しています。
防災・国土強靱化と消防
国家公安委員会委員長と同時に防災・国土強靱化を担当した経験から、防災分野も継続して扱っています。本人サイトは、国土強靱化の5か年加速化対策や緊急防災・減災事業債、消防団員の処遇改善を主な取り組みとして挙げています。
郵便局ネットワークを地域インフラとして扱う
国政復帰後は、自民党郵政事業に関する特命委員会委員長に就任しました。郵便局ネットワークを地域生活を支える社会インフラとして維持する立場から、郵政制度の見直しに関わっています。
2026年6月16日には、郵政民営化法等の改正案が衆議院本会議で可決されたことを事務所公式Xで報告しました。
同法案は参議院でも可決され、6月25日に法律第50号として公布されました。
日韓議員外交
2026年3月には日韓議員連盟会長に就任しました。6月には韓国の李在明大統領と面会するなど、議員外交にも携わっています。
面会後の事務所公式Xでは、今後の日韓関係を未来志向で築くことや、対話を継続していく姿勢を示しました。
武田良太氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
安全保障・日米同盟
「日米同盟の重要性、この維持強化に努めていくこと、これが重要であるというふうに考えております。」
防衛副大臣として、日米同盟の維持・強化を日本の安全保障政策上の重要事項とする認識を示した。
防災・国土強靱化
「防災は国家の基本的かつ極めて重要な任務であるとの認識に立ち、災害に強くしなやかな国づくりを進めてまいる所存であります。」
防災・国土強靱化担当大臣として、防災を国家の基本的任務と位置付け、災害に強い国づくりを進める方針を表明した。
携帯電話料金・通信市場の競争
「常日頃、公正な市場競争の環境をつくるということを私は申し述べております。」
総務大臣として、携帯電話料金をめぐる政策では、政府による料金決定ではなく、公正な市場競争を促す環境整備を重視する姿勢を示した。
公共放送・NHK改革
「公共放送として国民・視聴者に対して何ができるかを真摯に検討いただきたいと考えております。」
NHKについて、公共放送としての役割を前提に、業務のスリム化や受信料見直しを含め、視聴者負担を意識した改革を求める考えを示した。
郵政事業・郵便局ネットワーク
「国民生活を支え、地域に貢献する郵政事業、郵便局の将来像を考えていきたいと考えております。」
総務大臣として、全国の郵便局ネットワークとデータの活用を通じ、地域住民の生活を支える郵便局の役割とデジタル時代の郵政事業の将来像を検討する方針を示した。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
動画で見る武田良太氏の語り
本人名義の「良チャンネル」では、少年時代や政治の世界へ入った時期、選挙への挑戦などを本人の言葉で振り返る動画も公開されています。
武田良太氏の現在情報
2024年衆院選で議席を失った後、2026年2月の第51回衆院選で福岡11区から当選し国政へ復帰。2026年9月時点でも総合安全保障研究会をはじめ、郵政政策や議員外交など複数分野で活動している。
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- 氏名、生年月日、選挙区、所属、学歴、秘書歴、主要役職、当選回数を確認
- 亀井静香氏秘書、初出馬、初当選、政府・党・議員連盟等の主要役職を確認
- 地域産業、子育て・医療・介護、地域交通、防災、安全保障等の政策を確認
- 大学卒業、亀井静香氏秘書、大学院修了、総務大臣までの主要経歴を確認
- 少年時代のラグビー、13歳のオーストラリア遠征を確認
- 1993年から2017年までの衆議院議員総選挙の記録を確認
- 2021年衆院選の選挙記録を確認
- 2024年衆院選福岡11区の選挙記録を確認
- 2026年衆院選福岡11区の選挙記録を確認
- 総合安全保障研究会の設立意図と安全保障観に関する本人発言を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月24日 第51回衆院選での国政復帰、当選回数8回、福岡11区、自由民主党所属、自民党内・議員連盟等の現職役職を最新確認。
- 2026年9月24日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。














