武田良太氏は、福岡11区を地盤とする自由民主党の衆議院議員です。2026年8月時点で当選8回を数え、総務大臣や国家公安委員会委員長、防衛副大臣などを経験しています。
政治家になるまでには、福岡での少年時代、早稲田大学への進学、亀井静香氏の秘書生活、そして当選まで10年を要した選挙の日々がありました。議席を失った2024年から、2026年の国政復帰へ至る歩みも含めてたどります。
- 福岡県赤池町で育ち、8歳からラグビーを経験。明治学園中、小倉高校を経て早稲田大学へ進みました。
- 亀井静香氏の秘書をきっかけに政治を志し、3度の落選を経て2003年に福岡11区で初当選しました。
- 防衛副大臣、国家公安委員会委員長、総務大臣などを歴任し、2024年の落選後、2026年に国政へ復帰しました。
赤池町で育ち、8歳からラグビーを始めた少年時代
武田良太氏は1968年4月1日、福岡県田川郡赤池町に生まれました。赤池町はその後の町村合併によって、現在は福智町となっています。
子どものころはかなり活発だったようです。両親が、あり余る体力を使わせようと考えて始めさせたのがラグビーでした。8歳から楕円球を追う生活が始まります。
8歳の私は体が小さくボールに振り回される日々でした。
出典:自由民主党「『思い出の一枚』武田 良太 衆議院議員」(2026年7月17日)
13歳のときにはクラブ選抜の一員としてオーストラリアへ遠征しました。クインズランド・ブリスベン選抜と3試合を戦って3勝し、現地紙にも写真が掲載されたと振り返っています。
これが初めての海外経験でした。武田氏の記憶には、人の体格や国土の大きさに圧倒されたことが残っています。ラグビーとの縁はその後も続き、2026年には国会ラグビークラブ会長に就いています。
明治学園中、小倉高校から早稲田大学へ
中学校は北九州市の明治学園中学校へ進み、その後、福岡県立小倉高等学校で学びました。高校卒業後は上京し、早稲田大学文学部英文学専修へ進学しています。
本人の大学時代の回想は、いわゆる政治家の「優等生型プロフィール」とは少し違います。勉強やサークルに熱中した記憶はあまりなく、旅行をしたり仲間と過ごしたりしながら、さまざまな人と出会った時期だったと語っています。
1992年3月に大学を卒業しました。国会議員となった後も学び直し、2009年には早稲田大学大学院公共経営研究科を修了しています。
亀井静香氏の秘書になり、政治を志す
大学を卒業した1992年4月、武田氏は亀井静香衆議院議員の秘書となりました。叔父に政治家がいたことから以前から政治の世界には関心を持っていましたが、本人が進路を決定づけた出来事として挙げているのは、亀井氏の秘書になったことです。
覚悟を決めたきっかけは、亀井静香先生の秘書になったこと。
出典:学生新聞オンライン「国家公安委員会委員長 武田 良太」(2020年10月1日)
秘書になった翌1993年7月には、旧福岡4区から第40回衆議院議員総選挙へ自民党公認で出馬しました。25歳での初挑戦でしたが、定数4に対して7位となり落選します。
3度の落選、10年かけてつかんだ初当選
小選挙区制へ移行した1996年には福岡11区から再び立候補しましたが落選。2000年の衆院選でも、無所属の山本幸三氏に及ばず議席を得られませんでした。
最初の立候補から、落選は3回。ところが本人は後年、この10年間を単純に「苦労の時代」とは振り返っていません。選挙を重ねるたびに支持者が増えている手応えがあり、政治家に近づいている感覚を持っていたと語っています。
転機は2003年11月でした。第43回衆院選では自民党公認ではなく無所属で福岡11区から出馬し、4度目の挑戦で初当選。最初の立候補から10年が経っていました。
2005年の郵政民営化と無所属での再選
初当選後の2004年に自民党へ入りましたが、間もなく大きな選択を迫られます。2005年、武田氏は郵政民営化法案に反対しました。
当時、地方の郵便局ネットワークを維持するための仕組みを法律上明確にすべきだとの立場を示していました。郵政民営化を争点とした同年の衆院選では自民党公認を得られず、再び無所属で福岡11区から立候補します。
対立候補の山本幸三氏との票差はわずか449票。厳しい選挙を制して2回目の当選を果たしました。その後は自民党に復帰し、2009年の衆院選では自民党公認で3選しています。
2003年と2005年の当選時の党派はいずれも無所属です。2026年8月時点では自由民主党に所属しています。
防衛・安全保障分野を歩み、2019年に初入閣
国会議員として経験を重ねるなかで、武田氏が主要な役職を担った分野の一つが防衛・安全保障です。2008年8月、福田改造内閣で防衛大臣政務官に就き、麻生内閣でも続けて務めました。
2012年には自民党国防部会長、衆議院安全保障委員長を務め、翌2013年9月には第2次安倍内閣で防衛副大臣に就任しました。
そして2019年9月、第4次安倍第2次改造内閣で国家公安委員会委員長として初入閣。内閣府特命担当大臣(防災)に加え、行政改革、国家公務員制度、国土強靱化も担当しました。
菅内閣で総務大臣へ
2020年9月に菅内閣が発足すると、武田氏は総務大臣に就任しました。防衛副大臣、国家公安委員会委員長を経て、地方行政や情報通信、郵政などを所管する総務省のトップを務めることになります。
2021年10月の第49回衆院選では福岡11区で7回目の当選。同年11月には、自民党災害対策特別委員会委員長に就いています。
2024年の落選から2026年の国政復帰へ
2003年から続いてきた連続当選が途切れたのは、2024年10月の第50回衆院選でした。福岡11区で日本維新の会の村上智信氏に敗れ、比例代表との重複立候補もしていなかったため、議席を失います。
武田氏はその後、選挙結果を自身の責任として受け止め、「政治の原点に立ち戻る」として地域を回る活動を続けました。2024年12月には自民党福岡県第11選挙区支部長に再任されています。
そして2026年2月8日の第51回衆院選で、福岡11区から当選して国政へ復帰。これが8回目の当選となりました。
1年半どん底でしたが、お一人おひとりに支えられ、当選を果たすことができました。
出典:NetIB-News「【速報】福岡11区、武田良太氏(自民)が当選確実」(2026年2月8日)
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1993年 7月18日 |
第40回衆議院議員総選挙
初出馬
|
旧福岡 4区 | 自由民主党 | 落選 | 14,172票 7位 |
| 1996年 10月20日 |
第41回衆議院議員総選挙
小選挙区制移行後、福岡11区から出馬
|
福岡県 第11区 | 自由民主党 | 落選 | 42,152票 3位 |
| 2000年 6月25日 |
第42回衆議院議員総選挙
3度目の落選
|
福岡県 第11区 | 自由民主党 | 落選 | 65,838票 2位 |
| 2003年 11月9日 |
第43回衆議院議員総選挙
4度目の挑戦で初当選
|
福岡県 第11区 | 無所属 | 当選 | 78,882票 1位 |
| 2005年 9月11日 |
第44回衆議院議員総選挙
郵政民営化法案に反対し、自民党公認を得ず無所属で出馬
|
福岡県 第11区 | 無所属 | 当選 | 78,757票 1位 |
| 2009年 8月30日 |
第45回衆議院議員総選挙
|
福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 106,334票 1位 |
| 2012年 12月16日 |
第46回衆議院議員総選挙
|
福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 86,443票 1位 |
| 2014年 12月14日 |
第47回衆議院議員総選挙
|
福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 85,488票 1位 |
| 2017年 10月22日 |
第48回衆議院議員総選挙
|
福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 81,129票 1位 |
| 2021年 10月31日 |
第49回衆議院議員総選挙
7回目の当選
|
福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 75,997票 1位 |
| 2024年 10月27日 |
第50回衆議院議員総選挙
2003年の初当選後、初めて議席を失う
|
福岡県 第11区 | 自由民主党 | 落選 | 56,607票 2位 |
| 2026年 2月8日 |
第51回衆議院議員総選挙
国政へ復帰、当選8回
|
福岡県 第11区 | 自由民主党 | 当選 | 62,419票 1位 |
2026年に掲げる政策と国政復帰後の活動
2026年8月時点で、本人が政策として掲げているテーマは、物価高への対応から地域産業、交通、防災、外交まで幅があります。福岡11区を構成する田川・京築・豊築の地域課題を意識した内容も多く見られます。
- 物価高対策による家計負担の軽減
- 農林水産業、中小事業者、観光など地域産業への支援
- 鉄道、BRT、デマンド交通など地域交通の確保
- 子育て、医療・介護、住宅、インフラ、防災を含む暮らしの基盤整備
- 平和と安全を重視する外交・安全保障
国政復帰後の5月には「国力研究会」への参加を発信し、高市早苗首相を支える姿勢とともに、暮らしの声を政策へ反映していく考えを示しました。
もう一つ、長く関わってきたのが郵政です。2026年2月には自民党郵政事業に関する特命委員会委員長に就任。6月には郵政民営化法などの改正案が衆議院を通過したことを報告し、郵便局ネットワークを地域の社会インフラとして維持する考えを発信しています。
外交面では2026年3月に日韓議員連盟会長へ就任しました。6月には韓国の李在明大統領との面会を発信し、日韓関係について「未来志向」の関係を築いていく姿勢を示しています。
2026年8月時点では、福岡11区選出の衆議院議員として8期目を務めています。少年時代から続けてきたラグビーでも国会ラグビークラブ会長となり、2035年ラグビーワールドカップの日本招致に取り組んでいます。
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現職、選挙区、学歴、秘書歴、主要役職、当選回数を確認
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生年月日、福岡11区、当選8回、主要政治経歴、本人公式サイト・Xを確認
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亀井静香氏秘書、初出馬、初当選、歴代役職、2026年の役職を確認
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物価高対策、地域産業、子育て、地域交通、インフラ・防災、外交などの政策を確認
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8歳からのラグビー、13歳のオーストラリア遠征、国会ラグビー議員連盟での活動を確認
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2026年の国政復帰後の現況、当選8回、所属政党、選挙区、基本プロフィールを確認
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第40回から第49回までの衆議院議員総選挙の過去選挙記録を確認
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2024年衆院選福岡11区の結果を確認
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2026年衆院選福岡11区の結果と国政復帰を確認
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大学時代、政治への関心、亀井静香氏の秘書が政界を目指す契機だったこと、落選時代の本人回想を確認
この記事の更新履歴
- 2026年8月21日 記事を新規作成。現況情報を確認















