吉田忠智の経歴・学歴と生い立ち|大分県職員から県議、社民党党首を経て参議院3期へ

ひと目でわかるプロフィール 吉田忠智
よしだ ただとも
出身地
大分県臼杵市
初当選
2000年(大分県議会議員補欠選挙)
最終学歴
九州大学農学部農業工学科
主な前職
地方公務員
政界入り
労働組合から、地方議員から
生年月日 1956年3月7日

吉田忠智の生い立ち|大分県臼杵市で生まれ、工業高校から九州大学へ

吉田忠智氏は1956年3月7日、大分県臼杵市に生まれました。本人の公式プロフィールでは、臼杵市立福良ヶ丘小学校、臼杵市立東中学校を経て、大分県立鶴崎工業高校を卒業したことが確認できます。

参議院の公式プロフィールでは、両親が厳しい暮らしの中で子どもたちを育てる姿を、自身の原点の一つとして紹介しています。のちに労働問題や地域社会の課題へ関わっていく以前から、働くことや生活を身近に感じる環境で育ちました。

高校卒業後は九州大学農学部農業工学科へ進学し、1979年に卒業しました。農業工学は、農地や水利、農村の基盤整備など、地域の暮らしと産業を支える分野です。

大学卒業後に選んだ進路は、大分県庁でした。ここから約20年にわたり、地方行政の現場で働くことになります。

大分県庁では農業土木技術者として地域整備に携わる

1979年、大分県庁へ入庁した吉田氏は、農業土木技術者として農業農村整備や地域活性化に携わりました。国会議員になる前の経歴の中で、行政実務を長く経験していることが特徴です。

県職員として働く一方、労働組合の活動にも関わりました。公式プロフィールでは、大分県職員労働組合の書記長、委員長を歴任したことが紹介されています。

行政組織の中で地域整備を担当しながら、働く側の立場から職場や雇用の問題にも向き合う経験を重ねました。県職員と労働組合の双方で積んだ経験は、その後の地方議会、国会で扱う政策分野につながっていきます。

2000年に大分県議へ初当選し、地方政治へ

吉田氏は2000年8月に大分県庁を退職し、同年の大分県議会議員補欠選挙へ立候補しました。大分県選挙管理委員会の記録では、2000年8月27日の大分市選挙区補欠選挙で当選しています。

その後は大分県議会議員を3期務めました。県議会では県民クラブ幹事長、商工労働委員長、予算特別委員会副委員長などを経験しています。

県議時代の質問を見ると、雇用、農業、公共交通、行財政改革、福祉・介護労働者の待遇、環境政策など幅広いテーマを扱っていました。2008年の県議会では、若者の雇用施策や中小企業対策、地球温暖化対策などについて質問しています。

県庁職員として行政の実務を経験した後、議会から行政を問い、政策を提案する側へ移ったことになります。地方行政から地方議会へという転身が、最初の大きな政治的転機でした。

2010年の参院選で初当選し、国政へ進出

2010年7月の第22回参議院議員通常選挙で、吉田氏は社会民主党から比例代表に立候補しました。130,745.822票を獲得して初当選し、地方議会から国政へ活動の舞台を移します。

参議院では総務、国土交通、予算などの委員会で質問を重ねました。地方自治体での行政経験が長かったことから、地方財政や自治体職員、地域社会の維持といった問題を継続して扱っています。

官製ワーキングプアの改善、自治体非正規職員の処遇を改善し

出典:参議院 地方・消費者問題に関する特別委員会(2016年4月1日)

この質疑では、自治体で働く非正規職員や外部委託先の労働条件を取り上げました。県職員、労働組合、県議会という経歴を経て国会へ進んだ吉田氏にとって、地方行政と雇用は継続的な政策テーマの一つになりました。

社会民主党党首に就任 国政政党を率いた4年余り

2013年11月、吉田氏は社会民主党党首に就任しました。参議院の公式プロフィールでは、2期にわたり約4年4か月党首を務めたとされています。

党首時代は、憲法、安全保障、労働政策、地方自治などについて国会で発言しました。2014年の参議院予算委員会では、政府による憲法解釈変更のあり方を取り上げています。

内閣が替わるごとに憲法解釈が変わるということにもなりかねません。

出典:参議院 予算委員会(2014年3月12日)

2016年の第24回参議院議員通常選挙では比例代表に立候補しましたが、社民党の獲得議席は1議席で、吉田氏は153,197.646票を得たものの落選しました。国会議員の議席をいったん失うことになります。

その後、2018年に社民党党首を退任。国会の外にいた時期を挟み、2019年の第25回参議院議員通常選挙に再び比例代表から立候補しました。

吉田忠智の学歴|鶴崎工業高校から九州大学農学部へ

吉田忠智氏は、大分県職員として農業土木の仕事に携わり、県職員労働組合での活動と大分県議会議員3期を経て国政へ進んだ参議院議員です。2010年に参議院比例代表で初当選し、その後は社会民主党党首、参議院行政監視委員長などを務めました。

2025年の参議院議員通常選挙では大分県選挙区から当選し、国政へ復帰しています。この記事では、臼杵市での生い立ち、鶴崎工業高校から九州大学農学部へ進んだ学歴、大分県庁時代、県議会、社民党党首、立憲民主党での活動までを時系列でたどります。

吉田忠智氏を理解する3つのポイント
  1. 大分県臼杵市で育ち、県立鶴崎工業高校から九州大学農学部農業工学科へ進みました。
  2. 大分県庁の農業土木技術者と県職員労働組合での活動を経て、2000年に大分県議会議員へ初当選しました。
  3. 参議院では比例代表と大分県選挙区の双方で当選経験があり、社会民主党党首を経て現在は立憲民主党に所属しています。

吉田忠智の経歴|2019年に参議院へ復帰し、2020年に立憲民主党へ

2019年7月の参議院議員通常選挙では、社会民主党比例代表で149,287票を得て当選し、3年ぶりに国政へ復帰しました。

復帰後は総務委員会などで地方財政や地域行政を扱いました。2020年3月、新型コロナウイルス感染症が広がった時期の総務委員会では、感染症対策と地方交付税、地方財源、自治体の技術職員体制などを質問しています。

新型コロナウイルス対策、地方交付税制度と地方財源確保

出典:参議院 総務委員会(2020年3月18日)

2020年、社民党の一部議員らが立憲民主党へ合流した際、吉田氏も立憲民主党へ参加しました。以後は立憲民主党大分県連の代表などを務めています。

社民党党首を経験した後に立憲民主党へ所属を移したことは、国政での所属歴における大きな変化です。

2023年の参院補選で惜敗、2025年に大分県選挙区で当選

2023年4月、吉田氏は参議院大分県選出議員補欠選挙へ立候補しました。大分県選挙管理委員会の開票結果では195,781票を獲得しましたが、白坂亜紀氏の196,122票に341票及ばず落選しました。

2025年7月の第27回参議院議員通常選挙では、再び大分県選挙区から立候補します。大分県選挙管理委員会の確定結果では207,250票を得て当選し、参議院議員として3期目を迎えました。

比例代表で2度当選した後、初めて大分県選挙区から通常選挙で議席を得たことになります。参議院の公式プロフィールでも、2010年、2019年、2025年の3回当選と記載されています。

2026年時点では、参議院憲法審査会の筆頭幹事、国土交通委員会委員、決算委員会委員を務めています。立憲民主党では常任幹事会議長、決算・行政監視部会長、大分県連代表などの役職を担っています。

人生年表 吉田忠智さんの歩み
1956年3月7日
大分県臼杵市に生まれる
福良ヶ丘小学校、東中学校へ進学
1979年
九州大学農学部農業工学科を卒業
大分県庁へ入庁し農業土木技術者として勤務
1991年
大分県職員労働組合書記長
労働組合活動に携わる
2000年
大分県議会議員に初当選
大分市選挙区の補欠選挙
2010年7月
第22回参議院議員通常選挙で初当選
社会民主党・比例代表
2013年11月
社会民主党党首に就任
約4年4か月党首を務める
2016年7月
第24回参議院議員通常選挙で落選
比例代表
2019年7月
第25回参議院議員通常選挙で当選
比例代表で国政復帰
2020年
立憲民主党へ参加
立憲民主党大分県連代表などを務める
2023年4月
参議院大分県選出議員補欠選挙で落選
341票差で惜敗
2025年7月
第27回参議院議員通常選挙で当選
大分県選挙区、参議院議員3期目

地方自治、働く人、地域経済を軸にした政策活動

地方自治と自治体財政

吉田氏が国会で継続して扱ってきたテーマの一つが、地方自治体の財政と行政サービスです。県庁と県議会の双方を経験してきたことから、自治体の人員体制、地方交付税、地域公共サービスの維持などを取り上げています。

労働政策と雇用

県職員労働組合で書記長・委員長を経験した吉田氏は、国会でも非正規雇用や自治体職員の処遇、雇用環境をテーマにしてきました。県議時代にも福祉・介護労働者の待遇や若者の雇用政策などを質問しています。

憲法と安全保障

社民党党首時代から、憲法や安全保障政策について国会で発言してきました。2022年の参議院内閣委員会では、防衛費の拡大をめぐる議論の中で、安全保障環境の変化を踏まえながらも、政策判断には冷静な議論が必要だという立場を示しています。

こういうときにこそやっぱり冷静な私は議論が必要だと

出典:参議院 内閣委員会(2022年12月6日)

県職員、県議、政党党首を経て再び大分選挙区の参議院議員へ

吉田忠智氏の経歴は、大分県庁の技術職員から始まりました。農業農村整備に携わり、県職員労働組合で活動し、大分県議会議員を3期務めた後、2010年に参議院議員へ初当選しています。

国政では社会民主党党首を経験し、2016年の落選と2019年の復帰を経て、2020年に立憲民主党へ参加しました。2023年の参院補欠選挙ではわずかな差で議席を逃しましたが、2025年の通常選挙で大分県選挙区から当選しています。

地方行政、労働運動、地方議会、政党運営、国会という複数の立場を経験していることが、吉田氏の歩みをたどるうえでの特徴です。現在も大分県選出の参議院議員として、地方自治、労働、地域経済、憲法・安全保障などの議論に関わっています。

吉田忠智氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

自治体職員・労働政策

憲法解釈と安全保障

このテーマの関連発言をさらに見る 1件

地方財政と新型コロナ対策

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

吉田忠智氏の現在情報

2026年10月2日 時点
現在の公職 参議院議員
現在の所属 立憲民主党
選挙区・選出地域 大分県選挙区
現在の期・任期 参議院議員3期目
現在の主な役職
立憲民主党 常任幹事会議長 立憲民主党 決算・行政監視部会 部会長 参議院憲法審査会 筆頭幹事 国土交通委員会 委員 決算委員会 委員

大分県選挙区選出の参議院議員として3期目。立憲民主党の常任幹事会議長を務め、国会では憲法審査会、国土交通委員会、決算委員会などで活動している。

選挙歴 吉田忠智の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
大分県議会議員補欠選挙
県議初当選
大分市選挙区 社会民主党 当選
大分県議会議員選挙
県議2期目
大分市選挙区 社会民主党 当選 12992
大分県議会議員選挙
県議3期目
大分市選挙区 社会民主党 当選 12536
第22回参議院議員通常選挙
参議院初当選
比例代表 社会民主党 当選 130745.822
第24回参議院議員通常選挙
比例代表 社会民主党 落選 153197.646
第25回参議院議員通常選挙
国政復帰
比例代表 社会民主党 当選
参議院大分県選出議員補欠選挙
定数:1
当選者との差341票
大分県 選挙区 立憲民主党 落選 195781 2
第27回参議院議員通常選挙
参議院3期目
大分県 選挙区 立憲民主党 当選 207250
政治人生の転機 吉田忠智の政治人生の転機
01
2000年
大分県議会議員へ
大分県庁と県職員労働組合での活動を経て、地方議会の議員へ転身した。
なぜ転機なのか 行政職員から政策を審議する議員へ立場が変わったため。
02
2010年7月
参議院議員に初当選
社会民主党の比例代表で国政へ進出した。
なぜ転機なのか 地方議会から国会へ活動の舞台が広がったため。
03
2013年11月
社会民主党党首に就任
国政政党を率いる立場となった。
なぜ転機なのか 議員としての活動に加え、政党運営の責任を担うようになったため。
04
2020年
立憲民主党へ参加
社会民主党を離れ、立憲民主党へ参加した。
なぜ転機なのか 長く所属した政党を離れ、国政での所属基盤が大きく変わったため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料

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