赤嶺政賢氏は、米軍統治下にあった戦後の沖縄で育ち、八重山の高校教員、日本共産党専従、那覇市議を経て国政へ進んだ政治家です。
衆議院議員として9期を務め、米軍基地、沖縄の平和と暮らし、教育、離島振興などを継続して取り上げてきました。ここでは、政治家になる前の歩みから2026年の衆院選までを時系列でたどります。
- 米軍統治下の沖縄で育ち、八重山の教員から政治活動へ進みました。
- 那覇市議を経て国政へ進み、沖縄の基地・平和問題を長く国会で扱いました。
- 「オール沖縄」の候補として沖縄1区を担い、衆議院議員を9期務めました。
赤嶺政賢の生い立ち|戦争の傷痕が残る小禄で育った少年時代
赤嶺政賢氏は1947年12月18日、旧小禄村、現在の那覇市で生まれました。宇栄原の農家で、5人きょうだいの3番目として育っています。
幼少期の沖縄は米軍の直接統治下にありました。実家は米軍那覇基地に近く、父親の畑仕事を手伝うようになると、畑に残っていた沖縄戦の犠牲者の遺骨の断片を集め、畑の四隅に積むことも子どもの仕事だったと後年振り返っています。
高台にあった高良小学校では、米軍那覇飛行場の航空機の爆音で授業が中断することもありました。戦後と米軍統治は、歴史の教科書の中ではなく、日常生活の中にありました。
基地のない平和で豊かな沖縄をつくりたい。これが私の原点です。
出典:赤嶺政賢公式サイト「想いと政策」(公開日記載なし)
赤嶺政賢の学歴|那覇高校から、復帰前の沖縄を離れて東京へ
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 那覇市立高良小学校 | ― | ― | 那覇市で学ぶ |
| 中学校 | 那覇市立小禄中学校 | ― | ― | ― |
| 高校 | 琉球政府立那覇高等学校 | ― | 制度差のため単純比較しない | 復帰前の沖縄の学校制度 |
| 大学 | 東京教育大学 | 文学部 | 旧大学のため現在偏差値と単純比較しない | 卒業 |
※本人在学時の学校制度と現在の制度が異なるため、無理に現在偏差値へ換算していません。
高良小学校、小禄中学校を経て那覇高等学校へ進み、高校では合唱部に所属しました。卒業した1966年、国費留学生として東京教育大学文学部に進学します。
大学では南灯寮や桐花寮で暮らし、在本土沖縄県学生会連絡会の事務局長、東京沖縄県学生会の事務長として、沖縄の施政権返還やベトナム戦争反対を訴える活動に加わりました。
私は、大学に進学するときに、パスポートを持って上京しました。この屈辱は生涯忘れません。
出典:衆議院「第217回国会 本会議 第11号」(2025年3月25日)
沖縄の米軍統治に対する問題意識を強める中、1967年、大学在学中に日本共産党へ入党しました。本人は、当時の沖縄が置かれた状況を変えたいという思いから入党したと説明しています。
赤嶺政賢の経歴|石垣島の高校教員から政治活動の専従へ
1971年に東京教育大学を卒業すると沖縄へ戻り、石垣島の八重山高校、八重山商工高校で教壇に立ちました。担当は国語で、政治家になる前には高校教員として生徒と向き合っています。
八重山では、台風や干ばつが生活を直撃し、離島で暮らす家庭が日々の生活費や子どもの教育費に苦しむ姿を見ました。本人はその経験を振り返り、政治を変える必要を感じたとしています。
1974年に教員を辞め、日本共産党八重山郡委員会の専従職員へ転身しました。学校教育から地域の政治活動へ、職業上の進路が大きく変わります。
教員を離れた後も、教育は国政で扱うテーマの一つとなりました。八重山の教育現場をめぐっては、教科書採択問題についても国会で質問しています。
那覇市議3期、生活相談を受ける地域政治の現場へ
党専従として活動したのち、1985年の那覇市議選で初当選しました。地域に生活相談所を設け、市民から寄せられる暮らしの相談を受けながら3期を務めています。
市議在任中の1994年には日本共産党沖縄県委員長に選ばれました。1997年には党幹部会委員となり、市議3期を終えた後は国政を目指します。
2000年、比例九州ブロックから衆議院へ
2000年の第42回衆院選では、日本共産党の古堅実吉氏の後継として立候補しました。沖縄1区では当選に届かなかったものの、比例九州ブロックで衆議院議員に初当選します。
初当選時は、衆議院の定数480人の最後となる480番目の当選でした。その後、2003年、2005年にも比例代表で議席を得て、2009年は比例九州ブロック単独候補として4期目の当選。2012年も沖縄1区から立候補し、比例代表で5期目に入りました。
国会では沖縄の米軍基地問題を中心に、安全保障や九州・沖縄各地の課題を扱いました。初期には党調査団の一員として2001年にパキスタン、2003年にイラクを訪れ、自衛隊の海外派遣をめぐる論戦にも参加しています。
「オール沖縄」の候補として沖縄1区で小選挙区初勝利
沖縄の選挙構図が大きく変わったのが2014年です。前年には仲井眞弘多知事が辺野古の埋め立てを承認し、2014年の沖縄県知事選では辺野古新基地建設に反対する翁長雄志氏が当選しました。
同年12月の衆院選では、辺野古新基地建設反対を共通項とする「オール沖縄」の沖縄1区候補として出馬。57,935票を得て、小選挙区で初めて議席を獲得しました。
以後、2017年、2021年、2024年の衆院選でも沖縄1区で当選しています。2021年の選挙後には、自身の勝利について次の投稿を残しました。
2024年10月の衆院選では49,838票を獲得し、9期目の当選。選挙後のインタビューでは、自身が政治活動で重視する関係についてこう語っています。
沖縄の政治家は県民の大衆運動と結びついてこそという信念があります。
出典:赤嶺政賢公式サイト「総選挙・沖縄1区『オール沖縄の団結の勝利』 赤嶺議員に聞く」(2024年11月29日)
2025年3月には、衆議院から在職25年の表彰を受けました。2000年の初当選から9回の当選を重ねた時点での表彰でした。
赤嶺政賢氏が重視してきた政策
米軍基地と日米地位協定
基地政策では、普天間飛行場の閉鎖・撤去と辺野古新基地建設の中止、オスプレイの撤去を掲げてきました。日米地位協定については抜本改定を求め、航空法や環境法など国内法を米軍にも適用するよう主張しています。
PFAS汚染では、米軍基地に残るPFAS含有泡消火剤の撤去、沖縄県による基地への立ち入り調査、汚染土壌の除去などを求めています。
オスプレイをめぐっては、普天間飛行場での訓練と沖縄の基地負担の関係についても発信してきました。
南西諸島の軍事化と平和外交
宮古島、石垣島、与那国島など南西諸島への自衛隊配備やミサイル部隊の強化にも反対してきました。港湾・空港の軍事利用拡大を問題視し、軍事的緊張を高める政策ではなく外交による緊張緩和を求めています。
憲法9条の改定に反対し、核兵器禁止条約への日本の参加も政策として掲げています。
賃金・税・社会保障と暮らし
暮らしの分野では、最低賃金を全国一律1,500円以上へ引き上げることと、中小企業への賃上げ支援をセットで進める立場です。介護・保育分野の賃金引き上げ、消費税5%への減税、インボイス制度廃止、国民健康保険料の負担軽減なども掲げています。
経済を元気にするには県民の暮らしの応援が大事だ
出典:しんぶん赤旗「沖縄知事選 平和でこその経済」(2026年8月30日)
辺野古新基地建設に投入される予算と、暮らしへの財政支出を対比させた発信も行っています。
教育と子育て
教育政策では、大学・専門学校などの学費負担軽減、給付型奨学金の拡充、学校給食の無償化を掲げています。沖縄で続く教員不足については、長時間労働の是正や教員配置の拡充を求め、30人以下学級の実現も政策に挙げています。
子どもの貧困対策では、教育だけでなく家計や福祉を含めた支援を求めてきました。
沖縄経済・離島振興と環境
沖縄経済では、地元企業への発注拡大、観光産業の振興、サトウキビをはじめとする農業支援、離島の輸送コスト軽減などを掲げています。那覇都市圏の公共交通については、鉄軌道やLRTを含む交通体系の整備を求めています。
環境問題も離島の暮らしと切り離さず扱っています。2021年に沖縄各地で軽石漂着が問題となった際には、漁港などの現場を調査しました。
ジェンダーと人権
ジェンダー政策では、同性婚の法制化や男女の賃金格差是正などを掲げています。
選択的夫婦別姓についても導入を支持しており、2021年の衆院選では自身の考えを投稿しました。
2026年総選挙で議席を失う
2026年2月8日の第51回衆院選でも沖縄1区から立候補しました。赤嶺氏は53,231票を得ましたが、自民党の国場幸之助氏が58,808票を獲得し、赤嶺氏は2位となりました。
この落選により、2000年の初当選から9期続いた衆議院議員としての在職を終えました。
県民の平和とくらしを守るたたかいを強めていく決意です。
出典:赤嶺政賢公式サイト「選挙結果を受けて」(2026年2月8日)
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1985年 7月14日 | 那覇市議会議員選挙 初出馬・初当選 | 那覇市 | 日本共産党 | 当選 | 3,013.722票 14位 |
| 1989年 7月9日 | 那覇市議会議員選挙 2期目 | 那覇市 | 日本共産党 | 当選 | 3,317.627票 11位 |
| 1993年 7月18日 | 那覇市議会議員選挙 3期目 | 那覇市 | 日本共産党 | 当選 | 3,058.947票 23位 |
| 2000年 6月25日 | 第42回衆議院議員総選挙 衆議院初当選。比例九州ブロックで当選 | 沖縄1区・比例九州ブロック | 日本共産党 | 比例代表で当選 | 50,709票(沖縄1区) 2位(沖縄1区) |
| 2003年 11月9日 | 第43回衆議院議員総選挙 衆議院2期目 | 沖縄1区・比例九州ブロック | 日本共産党 | 比例代表で当選 | 19,528票(沖縄1区) 4位(沖縄1区) |
| 2005年 9月11日 | 第44回衆議院議員総選挙 衆議院3期目 | 沖縄1区・比例九州ブロック | 日本共産党 | 比例代表で当選 | 23,123票(沖縄1区) 3位(沖縄1区) |
| 2009年 8月30日 | 第45回衆議院議員総選挙 日本共産党が1議席を獲得し、名簿1位の赤嶺氏が当選。衆議院4期目 | 比例九州ブロック | 日本共産党 | 当選 | 425,276票(日本共産党の比例九州ブロック得票) 1位(名簿順位) |
| 2012年 12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙 衆議院5期目 | 沖縄1区・比例九州ブロック | 日本共産党 | 比例代表で当選 | 27,856票(沖縄1区) 3位(沖縄1区) |
| 2014年 12月14日 | 第47回衆議院議員総選挙 「オール沖縄」候補として沖縄1区で小選挙区初当選。衆議院6期目 | 沖縄 1区 | 日本共産党 | 当選 | 57,935票 1位 |
| 2017年 10月22日 | 第48回衆議院議員総選挙 衆議院7期目 | 沖縄 1区 | 日本共産党 | 当選 | 60,605票 1位 |
| 2021年 10月31日 | 第49回衆議院議員総選挙 衆議院8期目 | 沖縄 1区 | 日本共産党 | 当選 | 61,519票 1位 |
| 2024年 10月27日 | 第50回衆議院議員総選挙 衆議院9期目 | 沖縄 1区 | 日本共産党 | 当選 | 49,838票 1位 |
| 2026年 2月8日 | 第51回衆議院議員総選挙 国場幸之助氏58,808票に次ぐ次点。9期続いた衆議院議員在職を終えた | 沖縄 1区 | 日本共産党 | 落選 | 53,231票 2位 |
赤嶺政賢氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
普天間基地と辺野古移設
「何よりも大事なことは辺野古に移すことなんだ」
赤嶺氏は、普天間飛行場の危険性が形成された歴史的経緯を無視して辺野古移設を唯一の解決策とする政府説明を批判し、沖縄の基地負担の背景を踏まえるよう求めた。
米軍性犯罪と再発防止
「米軍の性犯罪の再発防止」
沖縄での米兵による性犯罪を取り上げ、通報制度の厳格な運用と、政府が実効性ある再発防止策を講じる必要性を訴えた。
能動的サイバー防御
「能動的サイバー防御はやめるべきです」
自衛隊によるアクセス・無害化措置などについて、国際法上の適法性や事態のエスカレーションを懸念し、軍事的対応より国際ルールづくりと外交を重視する立場を示した。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
公式動画
2026年の衆院選では、これまでの政治活動や沖縄をめぐる主張をまとめた本人公式のプロモーション映像も公開されました。
赤嶺政賢氏の現在情報
2026年2月の衆議院議員総選挙で落選後も政治活動を継続し、2026年9月時点では沖縄県知事選や県内地方選挙に関わる活動を行っている。
- 生年月日、出身地、学歴、教員歴、党専従、那覇市議、衆議院経歴、党役職を確認
- 幼少期の体験、入党経緯、八重山での経験、基地・教育・暮らしなどの政策を確認
- 在職25年表彰、9期の議員歴、進学時の経験などを確認
- オール沖縄に対する認識、政治活動と県民運動との関係を確認
- 2026年衆院選落選後の本人の受け止めと政治活動継続の意思を確認
- 1985年、1989年、1993年の那覇市議選結果を確認
- 2012年以降の衆議院沖縄1区選挙結果などを確認
- 2024年衆院選沖縄1区の候補者別得票数を確認
- 2026年衆院選沖縄1区の最終結果を確認
- 2026年9月時点で県内選挙に関わる政治活動を継続していることを確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月28日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月12日 記事を新規作成。2026年衆院選後の現況、所属、党役職、政治活動状況を確認



















