宮本徹の経歴・学歴と生い立ち|学生自治会から衆議院3期、教育無償化を追う歩み

宮本徹
ひと目でわかるプロフィール 宮本徹
みやもと とおる
出身地
兵庫県三木市
初当選
2014年(第47回衆議院議員総選挙)
最終学歴
東京大学教育学部卒業
主な前職
政党職員
政界入り
政党職員から
生年月日 1972年1月22日

宮本徹氏は、日本共産党で衆議院議員を3期務めた政治家です。国会に入る以前から学生自治会や東京・多摩地域で活動し、選挙への挑戦を重ねてきました。

国会では教育、雇用、社会保障、行政監視など幅広いテーマを扱いました。なかでも教育無償化は、大学時代の卒業論文から続くテーマです。

宮本徹氏を理解する3つのポイント
  1. 学生自治会と地域政治の現場を経て、自ら選挙へ挑戦した政治家です。
  2. 複数回の落選後に衆議院へ入り、3期にわたって国会論戦を続けました。
  3. 教育無償化を長く掲げ、雇用・社会保障・ジェンダー格差などにも取り組んできました。

宮本徹の生い立ち|兵庫県三木市で育ち、音楽と文学に親しむ

宮本徹氏は1972年1月22日、兵庫県三木市で生まれました。少年期から音楽や文学に親しみ、本人のプロフィールではTHE BLUE HEARTS、本多勝一、灰谷健次郎、宮沢賢治らから影響を受けた存在として挙げています。

宮本徹の学歴|東京大学文科一類へ進学、学生自治会で活動

学歴一覧宮本徹の学歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
大学東京大学文科一類入学 → 教育学部卒業67.5(文科一類・2027年度前期)1991年入学

※偏差値は本人の在学当時ではなく現在の入試難易度の目安です。東京大学は進学選択制度のため、入学区分である文科一類の2027年度ボーダーを参考表示しています。

宮本氏は1991年に東京大学文科一類へ進学し、その後、教育学部を卒業しました。大学では学生自治会活動に深く関わり、教養学部学生自治会委員長などを務めています。

東京大学は進学選択制度を採用しているため、教育学部そのものへ入学する方式ではありません。現在の文科一類の2027年度前期ボーダー偏差値は67.5で、ここでは入学時の区分に対応する参考値として示します。

1991年に東京大学文科一類へ進学しました。大学では教養学部学生自治会委員長を務め、その後、本郷キャンパスでも学生自治会中央委員会議長を担いました。

学生時代から、社会や大学運営をめぐる問題に自ら働きかける活動へ深く関わっていたことが、宮本氏の経歴の早い段階から見えてきます。

宮本徹の経歴|学生自治会で学費問題と政治の現場に向き合う

大学時代には、佐川急便をめぐる政界汚職が社会問題となりました。宮本氏は学生の抗議の声を集め、佐川急便の飛脚を模した姿で自民党本部まで届けに行ったと振り返っています。

もう一つ、長く続くテーマとなったのが学費でした。学生自治会で学費値上げに反対する活動に取り組み、卒業論文でも教育無償化をテーマにしました。

「おかしなこと、困っている人、ほっておけない」

出典:宮本徹公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

学生時代には旧統一協会をめぐる被害問題にも関わっていました。政治の世界を進路として考えるようになった時期について、宮本氏はその後の政局や沖縄で起きた事件などを挙げ、政治の方向そのものを変える仕事に関わろうと考えたと説明しています。

「政治の顔の向きをかえなければ、日本はダメになる」

出典:宮本徹公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

党職員として武蔵野・三鷹の地域政治へ

東京大学教育学部を卒業後、日本共産党の職員として政治活動に入りました。武蔵野・三鷹地域では、地区委員長などを務めながら約8年間にわたって地域活動に携わっています。

この時期には、選挙だけでなく住民運動や自治体政策にも関わりました。武蔵野市の中学校給食を求める活動、認可保育園の増設を求める運動、青山の「こどもの城」などの存続を求める取り組み、原発事故後の脱原発運動などが本人の経歴に記されています。

2005年7月、東京都議会議員選挙の武蔵野市選挙区に日本共産党から立候補しました。得票は6,064票で3位となり、定数1の議席には届きませんでした。

その約2か月後の衆院選では東京18区へ。民主党の菅直人氏、自民党の土屋正忠氏と争い、21,542票で落選しました。本人は後年、この選挙で力不足を感じ、地域でさらに力をつける決意をしたと振り返っています。

2012年の再挑戦を経て、2014年に衆議院へ

次の衆院選挑戦は2012年でした。比例東京ブロックの日本共産党名簿2位で立候補しましたが、同党が得た議席は1で、当選には届きませんでした。

2014年12月の第47回衆院選では、再び比例東京ブロックから立候補。日本共産党は東京ブロックで3議席を得て、宮本氏は3度目の衆院選挑戦で初当選しました。

「私は入党の原点が反戦平和の活動です。」

出典:日本共産党東京都委員会「新衆院議員インタビュー 宮本徹さん(42)」(2014年12月23日)

初当選後は衆議院予算委員会や厚生労働委員会などで質問を重ねました。議席を得たことで、地域活動で扱ってきた生活問題を国会で直接取り上げる立場へ移ります。

東京20区へ移り、比例復活で2期・3期目

2017年の衆院選では東京20区に立候補しました。小選挙区では57,741票を得て2位でしたが、比例東京ブロックで復活当選し、2期目に入りました。

2021年も東京20区から出馬。小選挙区では66,516票で2位となり、再び比例東京ブロックで当選しました。これで衆議院議員は3期となります。

小選挙区で議席を直接獲得するには至らなかった一方、2017年と2021年は比例重複制度によって国会活動を継続しました。

国会で続けた行政監視と問題追及

宮本氏の国会活動には、政策提案だけでなく政府や行政を監視する質問も多く見られます。2019年には「桜を見る会」の予算や参加者をめぐる問題を国会で質問し、その後も関連する政府対応を追及しました。

学生時代から関わっていた旧統一協会をめぐっては、2022年に名称変更の経緯や解散命令請求をめぐる政府の法解釈などを取り上げました。

そのほか、シェアハウス投資をめぐる金融問題、社会保障、労働条件、障害者施策などへ質問範囲を広げました。本人サイトの「国会10年のあゆみ」では、国会質問のテーマを年度別に整理しています。

教育無償化を学生時代から追い続ける

宮本氏が自ら「ライフワーク」と位置づけているのが教育無償化です。大学卒業後に突然掲げたテーマではなく、学生自治会時代に学費値上げ問題と向き合ったところから続いています。

国会では大学授業料、奨学金、学校給食、教育費負担などを取り上げてきました。2022年には、政府が教育・軍事費をどう配分するのかを問う街頭での発信も行っています。

自治体の取り組みにも目を向け、学校給食の無償化が広がる動きを紹介しています。

教育費を家庭の経済力だけに委ねないことは、学生時代から国会議員時代まで継続した政策軸でした。

最低賃金と雇用、男女の賃金格差

労働分野では、最低賃金の引き上げと中小企業への支援を組み合わせる政策を繰り返し訴えました。非正規雇用の待遇改善、長時間労働の是正なども扱っています。

男女間の賃金格差については、企業による格差情報の開示だけでなく、その対象範囲や是正の仕組みまで厚生労働委員会で質問しました。

「男女の賃金格差の公表の義務づけまではやらないと」

出典:国会会議録検索システム「第208回国会 衆議院 厚生労働委員会 第16号」(2022年4月22日)

2021年の衆院選時には、最低賃金を時給1500円へ引き上げる政策について、中小企業支援と同時に進める考えを示しました。

「これくらいの賃金水準は政治の責任で実現すべきだと思います。」

出典:宮本徹公式サイト「解散にあたり。東京20区から政権交代の流れをつくりましょう」(2021年)

社会保障と「暮らせる条件」を具体的に問う

社会保障分野では、年金、介護、障害福祉、保育、子育て支援などを扱ってきました。制度の理念だけでなく、利用者が実際にサービスを受けられる条件や家計負担を国会質問の対象にしています。

住まいについても、生活を支える基盤として政策課題に位置づけています。

障害者施策では、青年期の居場所、移動支援、働き方などを国会で取り上げてきました。衆議院議席を失った後も、日本共産党の「障害者の権利委員会」副責任者を務めています。

平和・安全保障と気候問題

宮本氏は、共産党に入った原点の一つとして反戦平和の活動を挙げています。衆議院初当選後には安全保障法制をめぐる国会審議にも参加しました。

気候変動については、温室効果ガス削減やエネルギー政策を生活・産業政策と結びつけて発信しています。

2026年の総選挙でも、暮らしと平和を主要な争点として掲げました。

「政治は国民の幸せのためにあります。」

出典:宮本徹公式サイト「宮本徹 総選挙政策の訴え(要旨)」(2026年)

2024年に議席を失い、2026年も東京20区で挑戦

2024年10月27日の第50回衆院選では、東京20区で58,215票を得て2位となりました。比例東京ブロックでも議席を得られず、2014年以来3期務めた衆議院議席を失いました。

その後も東京20区を中心に活動し、2026年2月8日の第51回衆院選へ日本共産党公認で立候補。45,031票で3位となり、比例でも当選には至りませんでした。

2026年の選挙では、物価高への対応、賃上げ、社会保障、教育費などを訴えました。衆議院議員だった時期に取り上げてきた課題を、議席喪失後の選挙でも掲げています。

人生年表 宮本徹さんの歩み
1972年1月22日
兵庫県三木市で生まれる
1991年
東京大学文科一類に入学
教養学部学生自治会委員長、のち本郷の中央委員会議長を務める
大学在学中
学費値上げ反対運動などに取り組む
教育無償化を卒業論文のテーマとする
東京大学卒業後
日本共産党の職員として活動
武蔵野・三鷹地域などで党活動に携わる
2005年7月
東京都議会議員選挙に初出馬
武蔵野市選挙区で落選
2005年9月
第44回衆議院議員総選挙に立候補
東京18区で落選
2012年12月
第46回衆議院議員総選挙に立候補
比例東京ブロックで落選
2014年12月
第47回衆議院議員総選挙で初当選
比例東京ブロック、日本共産党名簿2位
2017年10月
第48回衆議院議員総選挙で再選
東京20区で小選挙区落選後、比例東京ブロックで当選
2021年10月
第49回衆議院議員総選挙で3選
東京20区で小選挙区落選後、比例東京ブロックで当選
2024年10月
第50回衆議院議員総選挙で落選
東京20区2位、比例復活ならず議席を失う
2026年2月
第51回衆議院議員総選挙に立候補
東京20区3位、比例復活ならず

動画で見る宮本徹氏の政策説明

教育費をめぐる考え方を本人の説明で確認できる動画として、宮本徹事務所の公式チャンネルでは大学学費の問題を扱っています。

宮本徹氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

消費税と家計負担

社会保険料と少子化対策財源

インボイス制度と高齢者就業

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

宮本徹氏の現在情報

2026年9月12日 時点
現在の所属 日本共産党
現在の主な役職
日本共産党中央委員 障害者の権利委員会副責任者

2026年2月8日の衆議院議員総選挙では東京20区で45,031票・3位となり、比例でも当選には至りませんでした。その後も国政復帰を目指す政治活動を継続しています。

選挙歴 宮本徹の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第17回東京都議会議員選挙
定数:1 比例復活:なし
宮本徹氏にとって確認できる最初の実出馬。
武蔵野市選挙区 日本共産党 落選 6,064票 3位
第44回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
菅直人氏、土屋正忠氏と争った。
東京 18区 日本共産党 落選 21,542票 3位
第46回衆議院議員総選挙
定数:17 比例復活:該当なし
日本共産党の東京都での比例得票は484,365票、獲得議席は1。名簿2位の宮本氏は当選に届かなかった。
比例東京ブロック 日本共産党 落選 個人得票なし(拘束名簿式) 日本共産党名簿2位
第47回衆議院議員総選挙
定数:17 比例復活:該当なし
日本共産党は東京ブロックで885,927票を得て3議席を獲得。宮本氏は初当選。
比例東京ブロック 日本共産党 当選 個人得票なし(拘束名簿式) 日本共産党名簿2位
第48回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり
東京20区では木原誠二氏に次ぐ2位。比例東京ブロックで再選。
東京20区・比例東京ブロック重複 日本共産党 比例当選 57,741票(小選挙区) 2位
第49回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり
東京20区では木原誠二氏に次ぐ2位。比例東京ブロックで3選。
東京20区・比例東京ブロック重複 日本共産党 比例当選 66,516票(小選挙区) 2位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
小選挙区2位。比例復活ならず、3期務めた衆議院議席を失った。
東京20区・比例東京ブロック重複 日本共産党 落選 58,215票(小選挙区) 2位
第51回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
木原誠二氏108,985票、大西健太郎氏46,910票に次ぐ3位。比例でも当選せず。
東京20区・比例東京ブロック重複 日本共産党 落選 45,031票(小選挙区) 3位
政治人生の転機 宮本徹の政治人生の転機
01
大学在学中
学生自治会活動と教育問題への関心
東京大学で学生自治会活動に携わり、学費値上げ反対運動などを経験。教育無償化を卒業論文のテーマにしました。
なぜ転機なのか のちにライフワークとする教育無償化へ長期的に取り組む原点となる学生時代でした。
02
2005年
地方選挙と国政選挙へ初挑戦
東京都議選武蔵野市選挙区に初出馬し、同年の衆院選では東京18区から立候補しました。
なぜ転機なのか 党職員として地域政治に携わる立場から、自ら候補者として選挙へ挑む側に移りました。
03
2014年12月
3度目の衆院選で初当選
比例東京ブロックの日本共産党名簿2位で初当選しました。
なぜ転機なのか 地域での党活動と複数回の国政挑戦を経て、衆議院議員として国会活動を始めました。
04
2024年10月
3期務めた衆議院議席を失う
東京20区で2位となり、比例復活もなく落選しました。
なぜ転機なのか 2014年以来続いた衆議院議員としての在職が終わり、国政復帰を目指す活動へ移りました。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料

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