自見はなこの経歴・学歴と生い立ち|小児科医から参議院2期、こども政策・万博担当大臣まで

ひと目でわかるプロフィール 自見はなこ
じみ はなこ
出身地
長崎県佐世保市生まれ/福岡県北九州市育ち
初当選
2016年(第24回参議院議員通常選挙)
最終学歴
東海大学医学部医学科
主な前職
医師
生年月日 1976年2月15日

自見はなこ氏は、小児科医・内科医として医療現場に立った後、2016年に参議院議員へ初当選し、厚生労働大臣政務官、内閣府大臣政務官、内閣府特命担当大臣などを務めてきた政治家です。

医療政策だけでなく、成育基本法、産後ケア、こども家庭庁、地域医療、地方創生など、子どもと家族の暮らしに直結する政策を長く扱ってきました。

2026年現在は参議院議員2期目。参議院では厚生労働委員会理事、予算委員会、沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会理事などを務め、党でも地域未来戦略に関わっています。

自見はなこ氏を理解する3つのポイント
  1. 筑波大学で国際関係を学んだ後、東海大学医学部へ進学。小児科医・内科医として医療現場で勤務した。
  2. 2016年に参議院比例代表で初当選し、厚生労働大臣政務官として新型コロナ対応や子ども政策に関与。2022年に再選した。
  3. 2023年9月に内閣府特命担当大臣・国際博覧会担当大臣へ就任。退任後も医療・こども政策・地域未来戦略を中心に活動している。

自見はなこの生い立ち|長崎県佐世保市に生まれ、福岡県北九州市で育つ

自見はなこ氏は1976年2月15日、長崎県佐世保市生まれで、福岡県北九州市で育ちました。

父は、医師出身の政治家として衆参両院議員を務め、郵政大臣や金融担当大臣などを歴任した自見庄三郎氏です。

父が医師であり政治家でもあったことから、自見氏にとって「医療」と「政治」は幼いころから身近なテーマでした。ただし、政治家になる前にまず医療現場へ進んだ点が自見氏の経歴の特徴です。

北九州市立霧丘小学校を卒業後、1991年にアメリカへ渡り、マサチューセッツ州のBrookline High Schoolを卒業しました。10代で海外生活を経験したことは、その後に筑波大学で国際関係を学ぶ進路にもつながります。

「一生懸命」

出典:首相官邸「厚生労働大臣政務官 自見はなこ」(本人の座右の銘)

父・自見庄三郎氏と「医師から政治へ」という共通点

自見庄三郎氏も医師免許を持ち、医療政策と政治に関わってきた人物です。自見はなこ氏も医師として勤務した後に国政へ進んだため、父娘には「医療現場を知る政治家」という共通点があります。

ただし、自見はなこ氏の政策は父の経歴をなぞるだけではありません。小児医療、産後ケア、女性医療職の働き方、子どもの成育環境など、本人の臨床経験から発展したテーマが多く見られます。

夫は橋本岳氏|本名は「橋本英子」

自見氏の本名は「橋本英子」です。2021年末に、元衆議院議員の橋本岳氏と再婚しました。

橋本氏は元首相・橋本龍太郎氏の次男で、厚生労働副大臣などを務めた政治家です。自見氏と橋本氏はともに厚生労働行政に携わった経験を持ちます。

自見はなこの学歴|筑波大学で国際関係を学び、東海大学医学部へ

学歴一覧自見はなこの学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校北九州市立霧丘小学校――福岡県北九州市
高校Brookline High School―米国公立高校のため日本式偏差値なし米国マサチューセッツ州
大学筑波大学第三学群国際関係学類62.5(現・国際総合学類、2027年度参考)1998年卒業
大学東海大学医学部医学科65.0(医学科・2027年度)2004年卒業

※偏差値は自見氏の在学当時ではなく現在の入試難易度の目安です。筑波大学は旧・国際関係学類に対応する現・国際総合学類を参考値として掲載しています。

自見氏は、高校卒業後に筑波大学第三学群国際関係学類へ進学しました。国際政治や世界の制度を学んだ後、1998年に筑波大学を卒業しています。

その後、進路を大きく変えて東海大学医学部医学科へ進み、2004年3月に医学部を卒業しました。国際関係学から医学へ進むという、政治家の中でもかなり珍しい学歴です。

医学部卒業後は医師として臨床へ進みます。学歴上の専門が一度切り替わっていますが、後の政治活動を見ると、国際的な視点と医療の専門性の両方が政策形成に生かされています。

自見はなこの経歴|小児科医から参議院議員へ

2004年4月、東海大学医学部附属病院で初期研修を開始しました。その後、池上総合病院で内科研修を行い、2007年には東京大学医学部附属病院小児科へ進みます。

2008年には青梅市立総合病院小児科、2009年からは虎の門病院小児科で勤務しました。虎の門病院では2010年以降、非常勤として医療現場との関わりを続けています。

医師として小児科・内科を経験し、子どもの診療だけではなく、家族全体の生活や地域医療にも向き合ってきました。こうした臨床経験が、後の政策テーマにつながっています。

「誰もが心も身体も健やかに、安心して暮らせる社会を実現します」

出典:自見はなこ公式ウェブサイト

医師会・医療団体での活動から国政を志す

臨床医として働きながら、日本医師会男女共同参画委員会委員、日本医師連盟参与、日本小児科医連盟参与などを務めました。2016年には東海大学医学部医学科客員准教授にも就任しています。

医療現場だけでは解決しにくい制度上の課題に関わるなかで、政治の側から制度を変える道へ進みました。

2016年参院選で初当選|自民党比例代表で21万562票

2016年7月の第24回参議院議員通常選挙で、自由民主党の比例代表候補として初当選しました。得票は210,562票で、自民党候補者の中で当選圏に入りました。

初当選後は参議院厚生労働委員会などに所属し、医師経験を直接生かせる分野で活動を始めます。

成育基本法と産後ケアを推進

国会議員としての初期から力を入れた政策の一つが、妊娠期から子どもの成長まで切れ目なく支援する成育基本法です。

超党派議員連盟の事務局長として成育基本法の議員立法に関わり、産後ケア事業の全国展開にも取り組みました。

「産後ケア事業…全国展開に取り組んできている」

出典:国会会議録・2023年4月5日

産後ケアは、出産直後の母親の身体的・精神的負担を軽減し、育児不安や孤立を防ぐための支援です。自見氏は小児科医として母子を診てきた経験から、医療と子育て支援を分けずにつなぐ政策を重視してきました。

厚生労働大臣政務官として新型コロナ初期対応

2019年9月、第4次安倍第2次改造内閣で厚生労働大臣政務官に就任しました。

任期中に新型コロナウイルス感染症が発生し、2020年には横浜港に停泊したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の対応に関わり、厚生労働大臣政務官として約3週間にわたり船内対応にあたりました。

感染症対応では、行政の意思決定だけでなく、医療従事者や患者の状況を理解できる医師経験が求められる局面でした。自見氏にとって、臨床と政治の両方の経験が重なる大きな転機となりました。

こども家庭庁創設の議論に関わる

自見氏は、山田太郎氏らとともに、子どもに関する政策を省庁横断で扱う組織の必要性を訴え、こども家庭庁創設の議論を進める中心メンバーの一人として活動しました。

従来は、保育、教育、母子保健、虐待対策などが複数省庁にまたがっていました。自見氏は医療・福祉・子育てを一体で考える立場から、縦割りを越えた政策体制づくりを進めました。

2026年5月には「こども家庭庁は本当にいらないの?」をテーマに自ら解説し、こども家庭庁が担う役割や政策の必要性を説明しました。

2022年参院選で再選|2期目へ

2022年7月の第26回参議院議員通常選挙で再選しました。比例代表で213,369票を獲得し、参議院議員2期目に入ります。

同年8月には第2次岸田改造内閣で内閣府大臣政務官に就任しました。国会だけでなく政府側でも政策を実行する立場が増えていきます。

2023年9月、内閣府特命担当大臣・万博担当大臣へ

2023年9月、第2次岸田第2次改造内閣で初入閣しました。

担当は、沖縄及び北方対策、消費者及び食品安全、地方創生、アイヌ施策を所管する内閣府特命担当大臣と、国際博覧会担当大臣です。

医療・こども政策を中心に活動してきた自見氏にとって、大臣就任後は地方創生、沖縄・北方、消費者行政、大阪・関西万博など担当範囲が大きく広がりました。

万博担当では、会場整備や参加国との調整、開催準備を政府側から進める立場を担いました。2024年10月に石破内閣が発足すると大臣を退任しています。

人生年表 自見はなこさんの歩み
1976年2月15日
長崎県佐世保市に生まれる
福岡県北九州市で育つ
1988年
北九州市立霧丘小学校を卒業
福岡県での学校生活を経て海外へ
1994年
Brookline High Schoolを卒業
米国マサチューセッツ州で高校生活
1998年8月
筑波大学第三学群国際関係学類を卒業
国際関係を学ぶ
2004年3月
東海大学医学部医学科を卒業
医師の道へ
2004年4月
東海大学医学部附属病院で初期研修
臨床医として勤務開始
2007年4月
東京大学医学部小児科へ
小児科医として研修・勤務
2008年4月
青梅市立総合病院小児科
地域医療に従事
2009年4月
虎の門病院小児科
2010年以降は非常勤として継続
2016年7月
第24回参議院議員通常選挙で初当選
自民党比例代表、210562票
2019年9月
厚生労働大臣政務官に就任
第4次安倍第2次改造内閣
2020年
ダイヤモンド・プリンセス号対応
新型コロナ初期対応に従事
2022年7月
第26回参議院議員通常選挙で再選
自民党比例代表、213369票
2022年8月
内閣府大臣政務官に就任
第2次岸田改造内閣
2023年9月
内閣府特命担当大臣・国際博覧会担当大臣に就任
初入閣
2024年10月
大臣を退任
石破内閣発足に伴い退任
2026年
参議院2期目として活動
厚生労働委員会理事、予算委員会、地域未来戦略本部事務局長など

自見はなこ氏が重視してきた政策・政治姿勢

医療・介護・福祉を地域で支える

自見氏の政策の中心には、医療・介護・福祉を持続可能な形で地域に残すという考えがあります。国民皆保険の維持、地域包括ケアの推進、医療従事者が働き続けられる環境づくりなどを重視しています。

2025年8月には、大学病院で教育・診療・研究を担う医師の待遇改善を大きな政策目標として掲げました。医療人材を確保するには、制度だけでなく現場で働く人の待遇を立て直す必要があるという問題意識が表れています。

同年7月には、社会保障改革をめぐり、医療現場の実情を踏まえた建設的な議論が必要だと訴えました。医療費や社会保険料の改革を進めるにしても、現場の機能を損なわない設計を重視しています。

特に人口減少地域では、病院や診療所を単独で維持することが難しくなります。2026年には地域未来戦略本部の事務局長として、郵便局や診療車などを活用したオンライン診療の検討にも関わっています。

また、訪日外国人の医療費未払い対策にも継続的に取り組んできました。2025年11月には、一定額以上の医療費不払い情報を入国審査へ活用する政府の検討が進み、医療機関の未収金問題を制度面から改善する動きが具体化しました。

こども・妊産婦への切れ目ない支援

成育基本法、産後ケア、液体ミルク、こども家庭庁など、自見氏の政策には妊娠・出産・乳幼児期から成長期まで支援をつなげる発想が一貫しています。

「子供の権利を守っていくためにも、しっかりとした御対応を」

出典:参議院会議録・2026年5月22日

2026年の国会では、子どもの出自を知る権利について政府全体での対応を求めています。制度だけでなく、子どもの権利そのものを政策判断の中心に置く姿勢が表れています。

同年5月には、児童精神医療の診療報酬をめぐり、現場から寄せられた声を国会で取り上げ、制度改善につながった経緯を伝えました。子ども本人だけでなく、家族や支援する医療従事者の声を制度改善につなげる姿勢も、自見氏の医療政策に通じています。

地方創生を「仕事と医療」の両面から進める

大臣経験後は、地方創生分野でも活動を続けています。2026年には自民党地域未来戦略本部の事務局長として、地域に稼げる産業と良質な雇用を生み出すこと、人材・インフラ・金融支援を一体で進めることを重視しています。

一方で、地方で暮らし続けるためには医療へのアクセスも欠かせません。オンライン診療や移動手段、郵便局など既存インフラの活用を組み合わせる考えは、小児科医として地域医療に関わった経験ともつながっています。

選挙歴 自見はなこの選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第24回参議院議員通常選挙
定数:48
初当選
比例代表 自由民主党 当選 210562 党内9位
第26回参議院議員通常選挙
2期目
比例代表 自由民主党 当選 213369 党内当選圏

自見はなこ氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

産後ケアの全国展開

医療的ケア児と産後支援

子どもの権利

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

自見はなこの歩みから見える特徴

自見氏の経歴の特徴は、国際関係を学んだ学生、医学生、小児科医、国会議員、政府の政務官、国務大臣という異なる立場を経験してきた点です。

政治家として扱うテーマも、医療制度だけではありません。産後ケアや成育基本法、こども家庭庁、沖縄・北方、地方創生、万博、地域医療などへ広がっています。

一方で、その中心には「子どもや家族が、必要な医療や支援へつながれる社会をつくる」という小児科医時代からの問題意識があります。

大臣経験を経た後も、医療・こども政策を軸にしながら、地方の産業・雇用・医療をどう維持するかというテーマへ活動領域を広げています。

自見はなこ氏の現在情報

2026年10月5日 時点
現在の公職 参議院議員
現在の所属 自由民主党・無所属の会
選挙区・選出地域 比例代表
現在の期・任期 参議院議員2期目
現在の主な役職
参議院厚生労働委員会理事 参議院予算委員会委員 参議院沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会理事 自由民主党総務会副会長 自由民主党地域未来戦略本部事務局長

参議院議員2期目。小児科医としての経験を背景に医療・介護・福祉、こども政策を中心に活動し、2026年は地域未来戦略や地域医療のオンライン診療などにも取り組んでいる。

政治人生の転機 自見はなこの政治人生の転機
01
1998年
筑波大学第三学群国際関係学類を卒業
国際関係を学んだ後、医学の道へ進んだ。
なぜ転機なのか 国際分野から医療へ専門領域を大きく転換したため。
02
2004年
東海大学医学部医学科を卒業
医師として臨床現場へ進んだ。
なぜ転機なのか 小児科・内科の経験が後の政策形成の土台となったため。
03
2016年7月
参議院議員へ初当選
自民党比例代表で210562票を得て初当選。
なぜ転機なのか 医療現場から国政へ活動の舞台が変わったため。
04
2019年9月
厚生労働大臣政務官に就任
医療・福祉行政を政府側で担った。
なぜ転機なのか 新型コロナ初期対応を含む大きな行政経験となったため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
その他の参考資料

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