阿部守一の経歴・学歴と生い立ち|自治省から長野県副知事、県知事へ進んだ地方自治の歩み

阿部守一
ひと目でわかるプロフィール 阿部守一
あべ しゅいち
出身地
東京都
初当選
2010年(長野県知事選挙)
最終学歴
東京大学法学部
主な前職
地方公務員、官僚・国家公務員
政界入り
官僚から
生年月日 1960年12月21日

阿部守一氏は、中央省庁と自治体の双方で地方行政に携わり、やがて選挙で県政を担う立場へ進んだ政治家です。

子どもの頃の性格や学校生活、官僚時代に経験した病気、長野県副知事から霞が関を離れた選択までたどると、知事になる以前にもいくつもの転換点があったことが分かります。

阿部守一氏を理解する3つのポイント
  1. 東京での少年期から、国と地方を行き来する行政の仕事へ進みました。
  2. 官僚、副知事、副市長という実務経験を重ねた後、選挙で選ばれる知事へ転じました。
  3. 県民参加や制度改革を県政で進め、地方自治の立場から国への提言にも関わってきました。

阿部守一の生い立ち|東京で育った内気な鉄道少年

阿部守一氏は1960年12月21日に東京都で生まれました。本人が出演した番組では、東京の国立で育った少年時代について詳しく振り返っています。

子どもの頃はかなり内気で、授業参観でもなかなか手を挙げられない性格だったといいます。一方で、時刻表を眺めたり鉄道に親しんだりすることが好きな少年でした。

中学受験にも挑戦しましたが、受験した学校には合格できませんでした。後に長く行政組織のトップを務める人物の少年期は、人前へ積極的に出るタイプというより、自分の関心のあるものへ静かに向き合う時期から始まっています。

阿部守一の学歴|高校中退と編入を経験し、東京大学法学部へ

学校生活はそのまま一直線に進んだわけではありません。自身の著書『社会を変えよう、現場から』の紹介には、高校中退と編入学を経験したことが記されています。

高校へ進んだ後、学校生活に違和感を抱いた時期があり、既定の進路からいったん外れました。本人出演番組でも、学生時代に「自由」を求めながら葛藤したことが取り上げられています。

その後は大学進学へ向けて学び、東京大学法学部へ進みました。1984年3月に卒業しています。

大学を出た後に選んだのは民間企業ではなく、地方自治を所管する自治省でした。ここから、40年以上にわたって地方自治に関わる仕事が続いていきます。

学歴一覧阿部守一の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
大学東京大学法学部67.5(文科一類・2027年度参考)1984年卒業後、自治省へ

※偏差値は阿部氏の在学当時ではなく現在の入試難易度の目安です。東京大学法学部は科類制のため文科一類を参考値として掲載しています。

自治省に入り、国と地方の双方で行政を経験

1984年4月、自治省に入省しました。後の総務省につながる官庁で、地方自治制度や自治体行政を扱う仕事に携わります。

勤務先は霞が関だけではありません。山口県、岩手県、神奈川県、愛媛県など地方自治の現場にも赴任し、国側から制度を見る仕事と、自治体側で制度を運用する仕事の両方を経験しました。

地方によって人口規模も産業も行政課題も異なります。異なる自治体を渡り歩いた期間は、その後の長野県勤務より前に、複数地域の行政を内側から見る機会になりました。

ギラン・バレー症候群で行政を「利用する側」から見る

官僚生活の中で、仕事とは別の大きな出来事もありました。2000年にギラン・バレー症候群を発症し、入院療養を経験しています。

症状が進む中で、当初は原因が分からず、医療機関などを回った経験がありました。手足を自由に動かしにくい状態になり、それまで行政サービスを提供する側だった阿部氏自身が、支援や医療を必要とする側に立つことになります。

ギラン・バレー症候群っていう病気になった経験が大きいですかねぇ……。

出典:東洋経済オンライン「困っている人をたらい回しにしたくない 寝たきりを経験した長野県知事だから、見えたこと(上)」(2014年6月5日)

この経験について阿部氏は、行政や医療の縦割りによって困っている人が次々と別の窓口へ回される状態を避けたいという考えを語っています。病気そのものだけでなく、サービスを受ける側から制度を見たことを行政運営の問題意識として言葉にしています。

阿部守一の経歴|長野県副知事から、総務省を離れて横浜市へ

療養後の2001年1月、長野県企画局長に就任しました。同年10月には長野県副知事となり、自治省から派遣される立場を越えて県政運営の中枢を担います。

2004年7月には総務省へ戻り、過疎対策室長を務めました。人口が減る地域の行政や地域政策を国側で担当した時期です。

大きく進路を変えたのは2007年です。総務省を退職し、横浜市副市長へ就任しました。

中央官庁に籍を残しながら自治体へ出向するのではなく、国家公務員としての経歴に区切りを付けて大都市行政へ移った形です。横浜市では、副市長として行政組織や市政運営を担う立場になりました。

2009年10月には内閣府行政刷新会議事務局次長となります。民主党政権下で注目された「事業仕分け」を支える事務局で、国の事業や予算のあり方を検証する実務に携わりました。

事業仕分けを経て2010年の長野県知事選へ

長野県では2010年、村井仁知事の任期満了に伴う知事選が行われました。阿部氏は内閣府での仕事から選挙へ進み、無所属で立候補します。

選挙は接戦となりました。阿部氏は362,903票、腰原愛正氏は357,882票。差は5,021票でした。

2010年8月8日の長野県知事選で初当選し、9月1日に知事へ就任します。行政官、副知事、副市長として任命される立場から、有権者の投票で選ばれる立場へ変わりました。

選挙では民主党、社会民主党、国民新党から推薦を受けましたが、阿部氏自身は民主党員ではありませんでした。就任後は政党ではなく県民全体に向けて仕事をするとの姿勢を示しています。

私は県民主権という言い方をさせていただいています。

出典:長野県「知事会見2010年11月25日」(2010年11月25日)
人生年表 阿部守一さんの歩み
1960年12月21日
東京都で生まれる
1984年3月
東京大学法学部を卒業
1984年4月
自治省に入省
地方自治行政に携わる
2000年
ギラン・バレー症候群を発症
入院療養を経験
2001年1月
長野県企画局長に就任
2001年10月
長野県副知事に就任
2004年7月
総務省過疎対策室長に就任
2007年4月
横浜市副市長に就任
総務省を退職して自治体行政の現場へ移る
2009年10月
内閣府行政刷新会議事務局次長に就任
事業仕分けの実務に携わる
2010年8月8日
長野県知事選挙で初当選
362,903票
2010年9月1日
長野県知事に就任
2019年12月6日
長野県が気候非常事態を宣言
2050年の二酸化炭素排出実質ゼロを掲げる
2019年12月12日
全国知事会副会長に就任
2023年6月24日
全国過疎地域連盟会長に就任
2025年9月3日
全国知事会会長に就任
2026年8月9日
長野県知事選挙で5選
573,742票
2026年9月1日
長野県知事5期目を開始

県政で向き合ってきた政策と政治姿勢

知事としての政策には、県民が政策形成へ参加する仕組み、人口減少を前提にした社会設計、気候変動、教育、産業構造の転換など、長期間にまたがるテーマがあります。

県民が政策づくりへ参加する仕組み

県政への参加を投票だけで終わらせず、行政の事業づくりにも広げる仕組みを進めてきました。県民参加型予算を経て、2026年には「県民提案・投票制度~信州みらいスイッチ~」を開始しています。

県民から事業案を募り、県公式LINEを使った投票を行い、支持を得た提案を施策化・予算化する仕組みです。行政が完成した政策を示すだけでなく、事業をつくる段階へ県民が関わる制度として設計されました。

同時に「長野県共創デザインラボ」も始め、県庁職員と県民、企業などが課題解決を一緒に考える場を設けています。

人口減少を前提に社会の仕組みを組み替える

人口減少については、人口を増やす施策だけではなく、人口が減る社会そのものへ制度を合わせる議論にも踏み込んでいます。

阿部氏は2026年の会見で「スマートシュリンク」に触れ、これまで拡大を前提にしてきたインフラや行政サービスを、人口規模に合わせてどう再設計するかという問題を提起しました。

特に挙げたのが公共交通と医療です。高齢化で自家用車を運転できない人が増えれば移動手段の確保が必要になり、医療では年齢構成の変化に応じて医療機関の役割分担や連携も変える必要があるとしています。

気候非常事態宣言とゼロカーボン

環境政策では、2019年の台風19号災害などを背景に、県議会の決議を受けて長野県として気候非常事態を宣言しました。

2050年に二酸化炭素排出量実質ゼロを実現する決意を固めたところであります。

出典:長野県「気候非常事態宣言 知事・議会合同会見」(2019年12月6日)

宣言では、省エネルギーや再生可能エネルギーの普及、エネルギーの自立分散、災害に強い地域づくりを組み合わせています。後年の政策でも、住宅・建築物の省エネや再生可能エネルギー、地域の脱炭素を継続的な県政課題に置いています。

教育を「未来への投資」と位置づける

2026年の政策集では、「未来1」を学びへの投資とし、子どもを一つの型へ合わせる教育から、一人ひとりの個性、関心、発達、学習状況に応じた教育への転換を掲げました。

教育は信州の未来を創る最も重要な投資です。

出典:「ともに創る希望と安心 7つの未来―信州2030ビジョン―」(公開日記載なし)

具体策として、少人数学習、個別最適な学び、探究学習、ICT・AI活用、フリースクールなど多様な学びの選択肢、県立高校の再編・特色化を掲げています。これらは2026年知事選で示した政策であり、今後の実施状況とは分けて見る必要があります。

AIを地域産業の生産性向上へ使う構想

同じ政策集では、人口減少と人手不足が進む中で地域経済の生産性を上げる手段として、AIやデジタル技術を前面に出しています。

中小企業や小規模事業者も含めたAI活用を掲げ、製造、農林業、観光、医療・福祉、建設など幅広い業種への導入支援、専門家派遣、人材育成、企業間での成功事例共有を政策に盛り込みました。

創業から成長段階までの企業支援、事業承継、働き方の多様化も組み合わせ、デジタル化だけを単独の目的にするのではなく、地域で働く人の賃金や生産性へつなげる構想になっています。

全国知事会会長へ、地方自治の現場から国へ提言

知事として県政を担う一方、全国の都道府県が共同で国へ政策提言する全国知事会でも役割を広げました。2019年12月に副会長へ就任しています。

2025年8月の全国知事会議で次期会長に選ばれ、同年9月3日に全国知事会会長へ就任しました。長野県知事が全国知事会会長となるのは初めてでした。

現場から、日本を動かす。

出典:全国知事会「全国知事会会長メッセージ」(2025年9月3日)

会長就任時には、人口減少対策、ジェンダー平等、国と地方の役割分担、地方自治・民主主義の改革を重点課題に挙げました。国の政策に要望するだけでなく、47都道府県が共通課題について具体的な制度改革案を示す方向を打ち出しています。

国会に地方の意見を反映する仕組み、参議院選挙区の合区、被選挙権年齢、統一地方選挙のあり方など、県単独では解決できない制度も全国知事会で扱う課題にしています。

16年の県政を経て、5度目の知事選へ

2026年に4期目の任期満了が近づくと、阿部氏自身の多選も論点になりました。4月の会見では、長期間の経験が役立つ面を認める一方、長く続けること自体について県民から異なる見方があり得ると語っています。

あまり長くやること自体が民主主義の活性化というような観点も含めて課題ではないか

出典:長野県「知事会見2026年4月28日」(2026年4月28日)

その後、5期目を目指して立候補しました。2026年8月9日の知事選は、無所属現職の阿部氏と無所属新人の武田良介氏による選挙となります。

開票結果は阿部氏573,742票、武田氏92,366票でした。阿部氏は2026年知事選で5選し、9月1日から5期目へ入りました。

選挙歴 阿部守一の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
長野県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
初当選。民主党、社会民主党、国民新党から推薦を受けた。2位の腰原愛正氏は357,882票で、得票差は5,021票。
長野県 無所属 当選 362,903票 1位
長野県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
2選。
長野県 無所属 当選 626,462票 1位
長野県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
3選。
長野県 無所属 当選 635,365票 1位
長野県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
4選。
長野県 無所属 当選 615,728票 1位
長野県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
5選。武田良介氏は92,366票。
長野県 無所属 当選 573,742票 1位

阿部守一氏の記者会見をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の記者会見まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

人口減少社会への制度再設計

中東情勢と物価・産業対策

防災・減災と県土強靱化

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

阿部守一氏の知事会見を動画で見る

5期目初日の2026年9月1日には知事会見を開き、選挙で掲げた政策を具体化する「信州未来・100日アクション」を説明しました。長野県が公開している会見映像では、政策を説明する際の話し方も確認できます。

阿部守一氏の現在情報

2026年9月8日 時点
現在の公職 長野県知事
現在の所属 無所属
選挙区・選出地域 長野県
現在の期・任期 長野県知事5期目
現在の主な役職
全国知事会会長

選挙で掲げた政策を具体化する「信州未来・100日アクション」を始動し、地方税財政や地方自治制度など国と地方にまたがる課題にも取り組んでいます。

関連書籍
阿部守一さんの著書・関連書籍
長野県の長寿力
書籍
長野県の長寿力
著者:阿部守一 / 出版社:ワニブックス / 発売日:2014年04月
社会を変えよう、現場から
書籍
社会を変えよう、現場から
著者:阿部 守一 / 出版社:地方・小出版流通センター / 発売日:2010年07月

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政治人生の転機 阿部守一の政治人生の転機
01
2001年10月
長野県政の中枢へ
長野県企画局長から副知事へ就任し、県政運営を執行側で担う立場となった。
なぜ転機なのか 中央省庁で地方自治を扱う立場から、長野県政そのものを運営する経験へ踏み込んだため。
02
2007年4月
総務省を離れ、横浜市副市長へ
総務省を退職し、横浜市副市長として大都市行政に移った。
なぜ転機なのか 国家公務員としての官僚人生を終え、自治体経営を直接担う進路を選んだため。
03
2010年8月
選挙で選ばれる知事へ
長野県知事選で362,903票を得て初当選した。
なぜ転機なのか 行政実務を担う職員・副知事から、住民の選挙で選ばれる政治家へ立場が変わったため。
04
2025年9月
全国知事会会長へ
全国47都道府県の知事で構成する全国知事会の会長に就任した。
なぜ転機なのか 長野県政に加え、地方自治を代表して国との制度・政策協議に臨む役割を担うことになったため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー
その他の参考資料

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