赤松健の経歴・学歴と生い立ち|ゲーム少年から漫画家、参議院議員・デジタル大臣政務官へ

赤松健
ひと目でわかるプロフィール 赤松健
あかまつ けん
出身地
愛知県名古屋市
初当選
2022年(第26回参議院議員通常選挙)
最終学歴
中央大学文学部卒業
主な前職
会社経営者、自営業
政界入り
専門職から
生年月日 1968年7月5日
血液型 B型

赤松健氏は、漫画を描く仕事だけでなく、プログラミング、電子出版、著作権をめぐる活動を長く経験してきた政治家です。創作物を作る側から制度へ意見を届ける側へ進み、さらに国会へ活動の場を移しました。

漫画家として知られる以前には、自作ゲームを商品化した高校生でもありました。漫画家になるまでの試行錯誤と、創作の現場から政治へ近づいていった過程をたどります。

赤松健氏を理解する3つのポイント
  1. プログラミングと創作に早くから親しみ、ゲーム制作を経て漫画家へ進んだ
  2. 漫画・電子出版の実務から、著作権や表現をめぐる政策ロビーへ活動領域を広げた
  3. 国政入り後は文化、知的財産、クリエイター支援、デジタル分野を主要な政策領域としてきた

赤松健の生い立ち|名古屋に生まれ、転居を重ねた少年時代

赤松健氏は1968年7月5日、愛知県名古屋市に生まれました。父親の仕事の関係で転居が多く、山形、東京都北区、熊本市、東京都東久留米市、川崎市などで生活しています。本人は、なかでも東久留米で過ごした期間が長かったと振り返っています。

子どもの頃は粘土やブロック、プラモデルなど、手を動かして何かを作ることが好きでした。一方、中学校ではサッカー部やテニス部にも所属しています。

生活を大きく変えたのはコンピューターとの出会いでした。中学生の頃、NHKの「マイコン入門」を見始め、近所の家電売り場に置かれていたPC-8001に触れます。その後はポケットコンピューターを使ってBASICによるプログラミングに没頭しました。

中学2年では自作ゲームを雑誌へ投稿し、単行本への掲載と原稿料を経験しています。自分で作ったものが他人に届き、それに対して初めて報酬を得た経験でした。

「インベーダー」や「パックマン」のようなゲームをやりたい、いや”作りたい”という欲求だけが漠然とありました。

出典:赤松健公式サイト「漫画家ではない、ゲームプログラマーとしての赤松健」(2022年5月3日)

赤松健の学歴|海城高校でゲームを作り、全国発売を経験

学歴一覧赤松健の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
高校海城高等学校―現在は高校募集なし中高一貫
大学中央大学文学部52.5〜57.5(文学部・2027年度参考)卒業

※海城高校は現在高校募集がないため高校受験偏差値を置いていません。

中学校までは公立校に通い、高校は海城高等学校へ進学しました。高校ではマイコン部に入り、部長も務めています。PC-8801 mkIIを使い、BASICより処理速度の速いマシン語も学びました。

高校時代に作ったのがアクションRPG「PALADIN」です。夏休みの大半を使って開発したゲームをソフトハウスのボーステックへ自ら持ち込み、商品として発売されました。

高校生のうちに自作ゲームが全国で販売され、印税を受け取る経験をしたことで、赤松氏は物語や作品を作る仕事そのものを進路として意識するようになります。

映画、アニメ、ゲーム、漫画、小説など、物語を作る職業を自分なりに調べることへ時間を使った結果、高校卒業後は2年間の浪人生活も経験しました。

中央大学で創作を続け、編集者志望から漫画家へ

進学先は中央大学文学部でした。小説を学ぶことを考えて国文科を選びましたが、大学では映画、アニメ、ゲーム、漫画、小説など複数の創作系サークルや研究会へ参加しています。大学1年で制作した8ミリ映画が映像フェスティバルで賞を得たこともありました。

漫画については、夏休みごとに作品を描き、「少年マガジン」「少年サンデー」「少年ジャンプ」の編集部へ持ち込んでいました。コミックマーケットでは同人誌を制作し、商業漫画家のアシスタントも短期間経験しています。

当初は、制作現場を支える編集者の方が自分に合っているのではないかと考え、大学卒業後には編集プロダクションの採用がほぼ決まるところまで進みました。

その時期に週刊少年マガジンの新人漫画賞を受賞します。編集部から漫画家になることを勧められ、1993年に漫画家としてデビューしました。

「ラブひな」「ネギま!」へ、漫画家として長期連載

1994年には「A・Iが止まらない!」の連載が始まりました。週刊連載では苦戦したものの、月刊誌へ移った後に支持を伸ばし、パソコン通信を通じて読者と直接交流するなど、当時からデジタル技術を作品づくりやファンとの接点に使っていました。

1998年に始まった「ラブひな」はアニメやゲームなどにも展開され、2001年には第25回講談社漫画賞少年部門を受賞。2003年からは「魔法先生ネギま!」、2013年からは「UQ HOLDER!」を連載しました。

商業漫画を続ける一方、出版された作品が絶版になった後の扱いにも関心を向けます。中古流通や違法配信では作品が読まれても作者へ収益が戻らないという問題から、作者の許可を得た絶版漫画へ広告を付け、無料配信する「Jコミ」を立ち上げました。

読者は合法的に無料で作品を読め、広告収益を作者へ戻す仕組みでした。既刊作品を単に販売し直すのではなく、散逸を防ぎながら利用可能な状態にするという発想も含まれていました。

できるだけ多くの絶版作品をここに集めて、合法的に世界へ発信していきたい。

出典:DREAM GATE「第153回 株式会社Jコミ 代表取締役社長/漫画家 赤松 健」(2012年10月5日)

漫画家とアシスタントを結ぶマッチングサービス「GANMO」の運営などにも携わり、漫画そのものだけでなく、創作を支えるデジタルサービスへ活動を広げていきました。

赤松健の経歴|著作権と表現の自由をめぐり、国会へ足を運ぶ

政治との接点が強くなったのは、法律が漫画や同人活動へ与える影響について発言するようになってからです。

2013年、児童ポルノ禁止法改正をめぐる議論の中で国会議員への働きかけを行い、この時期に参議院議員の山田太郎氏と出会いました。その後もTPPに伴う著作権侵害の非親告罪化やダウンロード違法化など、創作と著作権に関わる制度の議論へ参加しています。

政治が一面のみを見て法改正を進めようとすることを危惧し、独自にロビー活動を行っておりました。

出典:表現の自由を守る会「表現の自由を守る会とは?」(公開日記載なし)

日本漫画家協会には2012年に入会し、2018年には常務理事へ就任。2021年8月には「表現の自由を守る会」の最高顧問となりました。創作者として意見を述べるだけでなく、継続して政治過程へ働きかける活動が、漫画制作とは別の柱になっていきます。

2022年、ロビー活動をする側から参議院選挙へ

2021年12月、赤松氏は自由民主党の参議院議員選挙公認候補となりました。それまでのロビー活動では、政治家へ資料や意見を届け、制度を動かすよう求める立場でしたが、自ら国政選挙へ出る道を選びます。

私自身が直接政治に関わっていく必要があると決心しました。

出典:表現の自由を守る会「赤松健 ~2022参院選公認候補決定について~」(2021年12月28日)

公認後は同人誌即売会や街頭、インターネットで活動を続け、漫画・アニメ・ゲームを取り巻く制度やクリエイターの環境を主な争点として発信しました。

2022年6月22日に第26回参議院議員通常選挙へ届け出を行い、比例代表で立候補しました。7月10日の投開票では528,053票を獲得し、初めての国政選挙で参議院議員に当選しています。

国会での委員会活動から文部科学大臣政務官へ

参議院入り後は文教科学委員会、消費者問題に関する特別委員会、議院運営委員会などで活動を始めました。2023年11月には文教科学委員会理事となり、文化、著作権、教育、デジタルアーカイブなどを国会質疑でも扱うようになります。

2024年11月13日、第2次石破内閣で文部科学大臣政務官兼復興大臣政務官に就任しました。議員として質問する側に加え、政府の政務三役として行政を担う立場を経験しています。

約1年間の政務官時代の区切りについては、本人が「赤松健の国会にっき」でも記録しました。

政府役職を離れた後は、再び参議院の委員会活動と自由民主党内の政策立案へ軸足を移し、コンテンツ産業、クリエイター支援、デジタル分野の提言づくりに関わっています。

赤松健氏の政策・政治姿勢

表現規制には根拠と手続きを求める

表現の自由については、漫画やアニメ、ゲームなどの創作物を一律に規制することへ慎重な立場を取っています。規制を検討する場合には、対象となる問題と表現との関係を具体的に示し、科学的・合理的な根拠を確認することを重視しています。

行政による法規制だけでなく、海外の制度や巨大プラットフォームによる基準変更、自治体レベルのゲーム規制なども政策対象として扱ってきました。創作の自由と、実際に保護すべき利益を分けて検討するという姿勢です。

海賊版対策とAI時代の著作権

知的財産では、無許諾の海賊版対策と、正規利用を阻害しない制度設計の両方を扱っています。生成AIについても、技術そのものを止めるのではなく、学習や生成物の利用と著作権、クリエイターへの対価還元をどう整理するかを国会で質問してきました。

2024年6月の参議院決算委員会では、AIと知的財産をめぐる政府の検討について質問し、創作者と利用者が判断に使える指針を求めています。

分かりやすいガイドラインのようなものを出すべきだと思っています

出典:国会会議録検索システム「第213回国会 参議院決算委員会 第9号」(2024年6月10日)

クリエイター支援を文化政策と産業政策の両面で扱う

2026年には、自民党文化立国調査会のクリエイター・アーティスト育成支援PT座長として提言を取りまとめました。人材育成を単年度の事業で終わらせず、複数年度の支援や活動基盤の強化へつなげる内容が盛り込まれています。

知的財産戦略調査会のコンテンツ戦略小委員会では事務局長を務め、マンガ、アニメ、ゲーム、音楽、実写を成長分野として位置付け、海外展開、人材、資金、経営などを含む政策提言にも参加しました。

クリエイター本人から政策担当者が直接話を聞く仕組みも重視しています。2026年6月の超党派MANGA議連総会では現役漫画家から収益構造、生原稿やデジタル原稿の保存、電子書籍などについて意見を聴取しました。

作品や資料を後世へ残すデジタルアーカイブ

アーカイブ政策では、完成した漫画やゲームだけでなく、生原稿、中間生成物、古いゲーム媒体、博物館資料のメタデータなど、時間とともに失われやすい資料を保存対象として捉えています。

2024年の国会質疑ではゲームソフトの保存、2025年には博物館のデジタル化や専門人材の不足を取り上げました。個々の施設だけで保存を完結させず、機関同士でノウハウやデータを共有する仕組みも求めています。

その議論は、資料の保存や利活用を横断的な制度として扱う段階へ進んでいます。

マンガ外交と海外市場を現地で調べる

漫画を外交・国際交流に使う活動にも継続して関わっています。国会入り後も、海外の漫画家や文化関係者と接する機会へ参加し、作品の受け入れられ方を政策の材料として見ています。

2024年のタイ視察では、書店、テレビ事業者、文化省、国家ソフトパワー委員会、国会関係者などから、日本の漫画・アニメの受容、市場、現地クリエイター育成策を聞き取りました。議員一人で現場を回り、制度だけでなく流通や消費者の状況も調べています。

タイ側から自国の漫画産業をどう育てるべきか尋ねられた際には、日本作品の輸出だけを前提にせず、まず現地で読者と市場を育てる考えを示しました。

タイ国民がじっくり育てていくことが、実は遠回りのようでいて近道だと思う。

出典:赤松健公式サイト「【視察報告】タイ王国(2024年)」(2024年8月26日)

AI・Web3から量子、スーパーコンピューターまで

デジタル政策は著作権に限りません。量子コンピューター、スーパーコンピューター、宇宙開発、フュージョンエネルギー、サイバーセキュリティなど、研究開発や計算基盤への長期投資も政策テーマにしています。

2026年の自民党「デジタル・ニッポン2026」ではデジタル社会推進本部の事務局次長に名を連ね、AI・web3小委員会でも事務局次長を務めました。漫画家になる前から続くコンピューターへの関心が、国政では技術政策の分野にも広がっています。

人生年表 赤松健さんの歩み
1968年7月5日
愛知県名古屋市で生まれる
幼少期を熊本市、東京都東久留米市などで過ごす
1985年
高校時代に制作したゲーム「PALADIN」が全国発売
ボーステックから発売されたアクションRPG
1987年3月
海城高等学校を卒業
1993年3月
中央大学文学部を卒業
1993年9月
漫画家デビュー
第50回週刊少年マガジン新人漫画賞審査員特別賞を受賞
1998年10月
「ラブひな」の連載を開始
2001年5月
第25回講談社漫画賞少年部門を受賞
「ラブひな」
2003年2月
「魔法先生ネギま!」の連載を開始
2008年1月
株式会社Jコミを設立
代表取締役社長に就任
2010年11月
絶版漫画配信サービス「Jコミ」を開始
2013年
児童ポルノ禁止法改正をめぐり国会ロビー活動
この活動を通じ山田太郎参議院議員と出会う
2018年6月
日本漫画家協会常務理事に就任
2021年8月
「表現の自由を守る会」最高顧問に就任
2021年12月
参議院議員選挙への出馬方針を公表
自由民主党の公認候補となる
2022年7月10日
第26回参議院議員通常選挙で初当選
比例代表、528,053票
2023年11月
参議院文教科学委員会理事に就任
2024年11月13日
文部科学大臣政務官兼復興大臣政務官に就任
第2次石破内閣
2025年10月
文部科学大臣政務官兼復興大臣政務官を退任

赤松健氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

漫画海賊版対策

ゲーム文化の保存

著作権教育とメディアリテラシー

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

動画で見る赤松健氏の政界入り

参院選への公認が決まった時点で、本人が出馬の理由や漫画家としての活動との関係を説明した動画が公式チャンネルで公開されています。

赤松健氏の現在情報

2026年9月29日 時点
現在の公職 参議院議員・大臣政務官
現在の所属 自由民主党
選挙区・選出地域 比例代表
現在の期・任期 参議院議員1期目
現在の主な役職
デジタル大臣政務官 内閣府大臣政務官

2026年9月18日、第2次高市改造内閣でデジタル大臣政務官兼内閣府大臣政務官に就任。文化・コンテンツ、知的財産、クリエイター支援、デジタル政策に関わる経験を政府側でも担っている。

選挙歴 赤松健の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第26回参議院議員通常選挙
定数:50 比例復活:該当なし
自由民主党は比例代表で18議席を獲得。赤松健氏は特定枠を除く同党候補者の個人名得票で最多。
比例代表 自由民主党 当選 528,053票 3位(自由民主党名簿)
政治人生の転機 赤松健の政治人生の転機
01
高校時代
自作ゲームが全国発売
プログラミングに没頭し、自作アクションRPG「PALADIN」が商品として全国発売された。
なぜ転機なのか 自分の創作物を社会へ送り出し、対価を得る経験を初めてしたため。
02
1993年
新人賞を経て漫画家へ
大学卒業前後に週刊少年マガジン新人漫画賞を受賞し、編集職ではなく漫画家の道を選んだ。
なぜ転機なのか 創作を職業にする進路が定まったため。
03
2013年
創作者から国会ロビー活動へ
児童ポルノ禁止法改正をめぐる議論で、クリエイターの立場から国会議員への働きかけを始めた。
なぜ転機なのか 漫画制作の外側にある法律・政策へ継続的に関わる契機となったため。
04
2022年7月
参議院議員に初当選
自由民主党公認で比例代表に立候補し、初当選した。
なぜ転機なのか 外部から政策へ働きかける立場から、立法府の一員へ立場が変わったため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー
その他の参考資料

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