上野賢一郎の経歴・学歴と生い立ち|長浜の商店街から自治官僚、厚生労働大臣就任まで

上野賢一郎
ひと目でわかるプロフィール 上野賢一郎
うえの けんいちろう
出身地
滋賀県長浜市
初当選
2005年(第44回衆議院議員総選挙)
最終学歴
京都大学法学部卒業
主な前職
大学教員・研究者、官僚・国家公務員
政界入り
官僚から
生年月日 1965年8月3日
血液型 A型

上野賢一郎氏は滋賀県長浜市出身。地方行政を担う官僚として働いた後に政界へ進み、選挙の勝敗と国政離脱を挟みながら、行政、財政、社会保障の仕事を重ねてきました。

この記事では、商店街で過ごした少年時代から自治省入り、国政への挑戦、厚生労働分野へ軸足を広げていくまでの歩みをたどります。

上野賢一郎氏を理解する3つのポイント
  1. 長浜の商店街で育ち、高校時代から地方の変化を身近に見てきた
  2. 官僚から選挙へ進み、落選や知事選への挑戦を経て国政へ戻った
  3. 国土交通・財務・社会保障をまたいで政策実務を経験し、厚生労働大臣に就任した

上野賢一郎の生い立ち|長浜の商店街と虎姫高校で育った「地方」への視線

1965年8月3日、滋賀県長浜市に生まれました。実家は長浜の商店街にあった荒物屋で、本人はその長男として育っています。

小学生の頃には店番をし、年末になると家族と一緒に祝い箸を袋へ詰める作業も手伝いました。本人の回想では、数千本に及ぶこともあったといいます。商店街の中で家業を手伝いながら過ごした少年時代でした。

高校へ進む頃には、商店街の人通りが減り、昔からの店が閉じていく光景も目にしました。後年、自身が政治を目指した理由を振り返った文章では、その一つとして地方の再生を挙げています。

そのうちの一つは、地方の再生です。

出典:東京姉水会60周年記念誌「再び、スタートラインに。」(公開日記載なし)

滋賀県立虎姫高等学校では陸上競技部に所属し、長距離を走りました。県大会への出場や余呉湖のマラソンに加え、虎御前山を駆け上がる練習を重ね、自宅から学校まで走って通うこともあったと記しています。

地元との関係は政治家になった後も続いています。2026年9月には、彦根城の世界遺産登録に向けた活動について、自身のXで長年の取り組みに触れました。

上野賢一郎の学歴|京都大学から自治省へ―行政の現場を選んだ進路

虎姫高校を卒業後は京都大学法学部へ進学しました。大学を卒業した1990年4月、自治省に入省します。

その後の官僚時代には、自治省だけでなく国土庁、通商産業省、総務省、内閣官房などで勤務しました。地方自治を出発点としながら、国土政策や産業政策、中央省庁の行政実務にも携わった経歴です。

本人は後年、国の役所を進路として選んだことについても、地方の再生に貢献したいという思いがあったと振り返っています。商店街で感じた地域の変化と、官僚として選んだ仕事を本人自身が結び付けて語っています。

人生年表 上野賢一郎さんの歩み
1965年8月3日
滋賀県長浜市に生まれる
長浜の商店街にある荒物屋の長男として育つ
1990年3月
京都大学法学部を卒業
1990年4月
自治省に入省
国土庁、通商産業省、総務省、内閣官房などで勤務
2003年11月
第43回衆議院議員総選挙に初出馬
滋賀1区で落選
2005年9月
第44回衆議院議員総選挙で初当選
滋賀1区
2009年8月
第45回衆議院議員総選挙で落選
2010年
大正大学人間学部特命教授を務める
2010年6月
自由民主党を離党
滋賀県知事選への立候補を表明
2010年7月
滋賀県知事選挙に無所属で出馬
落選
2012年12月
第46回衆議院議員総選挙で国政復帰
滋賀2区で当選
2014年9月
国土交通大臣政務官に就任
2017年8月
財務副大臣に就任
2021年10月
衆議院内閣委員長に就任
2025年10月
厚生労働大臣に就任
高市内閣で初入閣
2026年2月
第51回衆議院議員総選挙で7選
滋賀2区
2026年9月
厚生労働大臣に留任
第2次高市改造内閣

上野賢一郎の経歴|二度の落選を越え、2005年に国政へ

官僚から選挙政治へ移ったのは2003年です。自由民主党から滋賀1区の衆議院議員総選挙へ立候補しましたが、最初の選挙では議席を得られませんでした。

翌2004年には参議院滋賀県選挙区へ挑戦します。ここでも落選し、国政選挙では二度続けて当選に届きませんでした。

三度目となった2005年の衆議院議員総選挙では滋賀1区から立候補し、衆議院議員として初当選しました。

国会入り後は、2007年に自民党税制調査会の幹事を務めるなど、財政・税制分野にも関わり始めます。官僚時代とは異なり、国会と党組織の双方から政策形成に参加する立場になりました。

2009年の落選、滋賀県知事選、そして滋賀2区からの再出発

2009年の衆議院議員総選挙では滋賀1区で敗れ、一度国会の議席を失います。国政を離れていた時期には、大正大学人間学部の特命教授も務めました。

2010年6月には自由民主党を離党し、滋賀県知事選への出馬を表明します。滋賀型の分権や経済戦略を掲げ、国会への復帰ではなく県政トップを目指す道を選びました。

一党一派に関わらず、多くの人とともに戦いたい

出典:滋賀報知新聞「知事選 前衆議員の上野氏が出馬表明」(2010年6月9日)

7月の知事選では現職の嘉田由紀子氏に敗れました。その後、選挙区再編後の滋賀2区へ活動の場を移し、2012年の衆議院議員総選挙には再び自由民主党から立候補します。

この選挙で当選し、約3年ぶりに国政へ復帰しました。以後の衆議院選挙では滋賀2区から当選を重ねています。

選挙歴 上野賢一郎の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第43回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
初出馬。候補者3人。
滋賀県 第1区 自由民主党 落選 64,002票 2位
第20回参議院議員通常選挙
定数:1 比例復活:該当なし
候補者3人。
滋賀県 選挙区 自由民主党 落選 251,196票 2位
第44回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(小選挙区当選)
候補者3人。衆議院議員として初当選。
滋賀県 第1区 自由民主党 当選 94,671票 1位
第45回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
候補者4人。議席を失う。
滋賀県 第1区 自由民主党 落選 82,262票 2位
滋賀県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
候補者3人。出馬表明時に自由民主党を離党。
滋賀県 無所属 落選 208,707票 2位
第46回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(小選挙区当選)
候補者4人。国政へ復帰。
滋賀県 第2区 自由民主党 当選 67,182票 1位
第47回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(小選挙区当選)
候補者3人。
滋賀県 第2区 自由民主党 当選 65,102票 1位
第48回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(小選挙区当選)
候補者4人。
滋賀県 第2区 自由民主党 当選 73,694票 1位
第49回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(小選挙区当選)
候補者2人。
滋賀県 第2区 自由民主党 当選 83,502票 1位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(小選挙区当選)
候補者3人。
滋賀県 第2区 自由民主党 当選 99,347票 1位
第51回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(小選挙区当選)
候補者3人。7回目の当選。
滋賀県 第2区 自由民主党 当選 141,853票 1位

国土交通と財務を経て、党・国会の政策実務へ

国政復帰後は党や国会の役職に加え、政府内で政策を執行する立場も経験します。2014年9月には国土交通大臣政務官に就任しました。

2015年には自民党財務金融部会長、2016年には経済産業部会長を務め、財政と産業の両分野を担当します。

2017年8月には財務副大臣に就任し、同年の衆議院選挙後も続投しました。2018年にも財務副大臣を務め、税制や国の財政に近い立場で仕事を続けています。

2019年には自民党副幹事長、2021年には衆議院内閣委員長を務めました。2022年には自民党政務調査会副会長となり、同年には衆議院厚生労働委員会の理事も担っています。

厚生労働分野へ軸足を広げ、2025年に初入閣

厚生労働委員会では筆頭理事も経験し、年金制度などの法案審議に関わりました。2025年5月の厚生労働委員会では、年金制度改正案の修正案提出者として答弁に立っています。

将来世代の基礎年金の給付水準の向上を図る

出典:衆議院「第217回国会 厚生労働委員会 第22号」(2025年5月28日)

2025年10月、高市内閣の発足に伴い、厚生労働大臣として初入閣しました。就任時には、全世代型社会保障、賃上げに向けた労働市場改革、感染症対策、予防医療など幅広い課題を担当することになります。

責任の重大さに身の引き締まる思いです

出典:厚生労働省「上野大臣就任挨拶概要」(2025年10月22日)

2026年2月の衆議院議員総選挙では滋賀2区で7回目の当選を果たし、第2次高市内閣でも厚生労働大臣を続けました。9月17日の内閣改造でも留任しています。

上野賢一郎氏の政策・政治姿勢

地域インフラ、物流、PFI

国土交通大臣政務官を経験した後も、党内では物流、住宅・土地・都市政策、水政策・国土保全などの分野を担当してきました。2023年にはPFI推進特命委員長も務め、公共施設やインフラへ民間の資金・ノウハウを活用する政策分野に携わっています。

衆議院公式プロフィールには、物流調査会長、住宅土地・都市政策調査会幹事長、水政策・国土保全調査会事務局長などの役職も記載されています。

年金と全世代型社会保障

厚生労働大臣就任後は、全世代型社会保障の構築と、税・社会保障を一体で考える改革が所管課題となりました。医療・介護など必要な給付と、現役世代を含む負担のあり方を並行して扱う立場です。

2026年9月の内閣改造後も、社会保障制度の持続可能性や医療・介護現場の賃金・物価上昇への対応を課題として挙げています。

「U.E.N.O.Plan」と攻めの予防医療

2026年7月、厚生労働省は「U.E.N.O.Plan」と名付けた「攻めの予防医療」の施策を公表しました。

重点領域は「栄養・食生活」「がん・循環器病等」「歯科保健」「認知症」「リハビリテーション」「性差に由来するヘルスケア」の6分野です。健康情報を知らせるだけでなく、行政や保険者側から働きかけ、受診や生活行動の変化につなげる考え方を打ち出しています。

主体的に健康づくりに取り組んでいただくことが重要

出典:厚生労働省「上野大臣会見概要」(2026年7月23日)

がん対策では2028年度までに検診受診率60%、精密検査受診率90%を目標とし、歯科では希望者が毎年健診を受けられる仕組みの制度化へ向けた取り組みを進めています。

創薬力と医薬品・医療物資の安定供給

2026年7月には政府と製薬企業、スタートアップ、大学、ベンチャーキャピタルなどが参加する「創薬力向上のための官民協議会」が開催されました。創薬エコシステムの強化や、日本で新薬を利用できる時期が海外より遅れるドラッグラグ・ドラッグロスへの対応がテーマとなっています。

医療物資の供給網も所管課題の一つです。2026年9月のマレーシア訪問では、感染症対策やデジタル分野での連携とともに、医療用手袋の供給についても発信しました。

労働時間法制と賃上げ

労働政策では、賃金上昇を持続させる環境づくりと、働き方をめぐるルールの見直しが並行して進められています。2026年9月には厚生労働省の毎月勤労統計に触れ、実質賃金や賃上げ支援策について自身のXで発信しました。

労働時間法制については、働く人の健康確保や長時間労働、待遇などの条件を踏まえ、労働政策審議会で議論を進める考えを示しています。

労使の皆様のご意見を十分にお聴きしながら

出典:厚生労働省「上野大臣会見概要」(2026年9月18日)

ASEANとの保健医療協力

厚生労働大臣としては国際保健分野にも携わっています。2026年9月には第1回日ASEAN保健大臣会合に出席し、高齢化への対応などを共有しました。

現地では医療・リハビリテーション関連施設も訪問し、日本の医療機器の活用について意見交換しています。

同じマレーシア訪問中にはクアラルンプール日本人墓地を訪れ、献花したことも発信しました。現地日本人会による墓地管理や、日本人学校の児童・生徒による清掃活動にも触れています。

9月17日の内閣改造後も厚生労働大臣に留任し、副大臣・大臣政務官を含む新たな厚生労働省の政務三役体制が発足しました。

2026年に報じられた選挙事務所をめぐる指摘

2026年7月3日、週刊文春は、2024年の衆議院議員総選挙で、滋賀県選挙管理委員会へ届け出た事務所以外にも選挙活動に使われた拠点があったのではないかと報じました。報道では、政治資金収支報告書に記載された事務所賃料や関係者への取材を根拠として示しています。

7月7日の厚生労働大臣会見で、上野氏は法令違反ではないとの認識を示した一方、報道を受けて詳細な事実関係を確認する必要があるとして、「現在まだ確認中」と説明しました。

2026年9月25日時点で、ここで確認できるのは報道による指摘と本人の説明までです。捜査・起訴・判決などの確定した刑事司法判断として扱う内容ではありません。

政治人生の転機 上野賢一郎の政治人生の転機
01
2003年
官僚から選挙政治へ
自治省などでの行政実務から離れ、滋賀1区の衆議院議員総選挙へ初出馬した。
なぜ転機なのか 行政官として政策に関わる立場から、自ら選挙へ立候補する道に進んだため。
02
2005年9月
三度目の国政選挙で衆議院初当選
2003年衆院選、2004年参院選での落選を経て、2005年の滋賀1区で初当選した。
なぜ転機なのか 国政への複数回の挑戦を経て、初めて議席を得たため。
03
2009~2012年
議席喪失と知事選を経た国政復帰
2009年に衆議院議席を失い、2010年には自民党を離れて滋賀県知事選へ出馬。2012年に滋賀2区から衆議院へ復帰した。
なぜ転機なのか 国政離脱、知事選への方向転換を経て、再び国会議員として政治活動を再構築したため。
04
2025年10月
厚生労働大臣として初入閣
国土交通大臣政務官、財務副大臣、党・国会の政策役職を経て厚生労働大臣に就任した。
なぜ転機なのか 政務三役や委員会運営を担う立場から、厚生労働行政を所管する国務大臣となったため。

上野賢一郎氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

年金制度・基礎年金

攻めの予防医療

創薬・先端医療

労働時間法制・過労死防止

公的医療保険と社会保障の持続可能性

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

本人の自己紹介を動画で見る

本人公式YouTubeでは、経歴や自身について語る自己紹介動画も公開されています。文章とは異なり、本人の話し方や雰囲気を確認できる動画です。

上野賢一郎氏の現在情報

2026年9月29日 時点
現在の公職 衆議院議員・厚生労働大臣
現在の所属 自由民主党
選挙区・選出地域 滋賀2区
現在の期・任期 衆議院議員7期目
現在の主な役職
厚生労働大臣(第2次高市改造内閣)

全世代型社会保障、医療・介護、労働時間法制と賃上げ環境、攻めの予防医療、創薬・先端医療などの厚生労働行政を担当している。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー
その他の参考資料

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