上野賢一郎氏は滋賀県長浜市出身。地方行政を担う官僚として働いた後に政界へ進み、選挙の勝敗と国政離脱を挟みながら、行政、財政、社会保障の仕事を重ねてきました。
この記事では、商店街で過ごした少年時代から自治省入り、国政への挑戦、厚生労働分野へ軸足を広げていくまでの歩みをたどります。
- 長浜の商店街で育ち、高校時代から地方の変化を身近に見てきた
- 官僚から選挙へ進み、落選や知事選への挑戦を経て国政へ戻った
- 国土交通・財務・社会保障をまたいで政策実務を経験し、厚生労働大臣に就任した
上野賢一郎の生い立ち|長浜の商店街と虎姫高校で育った「地方」への視線
1965年8月3日、滋賀県長浜市に生まれました。実家は長浜の商店街にあった荒物屋で、本人はその長男として育っています。
小学生の頃には店番をし、年末になると家族と一緒に祝い箸を袋へ詰める作業も手伝いました。本人の回想では、数千本に及ぶこともあったといいます。商店街の中で家業を手伝いながら過ごした少年時代でした。
高校へ進む頃には、商店街の人通りが減り、昔からの店が閉じていく光景も目にしました。後年、自身が政治を目指した理由を振り返った文章では、その一つとして地方の再生を挙げています。
そのうちの一つは、地方の再生です。
出典:東京姉水会60周年記念誌「再び、スタートラインに。」(公開日記載なし)
滋賀県立虎姫高等学校では陸上競技部に所属し、長距離を走りました。県大会への出場や余呉湖のマラソンに加え、虎御前山を駆け上がる練習を重ね、自宅から学校まで走って通うこともあったと記しています。
地元との関係は政治家になった後も続いています。2026年9月には、彦根城の世界遺産登録に向けた活動について、自身のXで長年の取り組みに触れました。
上野賢一郎の学歴|京都大学から自治省へ―行政の現場を選んだ進路
虎姫高校を卒業後は京都大学法学部へ進学しました。大学を卒業した1990年4月、自治省に入省します。
その後の官僚時代には、自治省だけでなく国土庁、通商産業省、総務省、内閣官房などで勤務しました。地方自治を出発点としながら、国土政策や産業政策、中央省庁の行政実務にも携わった経歴です。
本人は後年、国の役所を進路として選んだことについても、地方の再生に貢献したいという思いがあったと振り返っています。商店街で感じた地域の変化と、官僚として選んだ仕事を本人自身が結び付けて語っています。
上野賢一郎の経歴|二度の落選を越え、2005年に国政へ
官僚から選挙政治へ移ったのは2003年です。自由民主党から滋賀1区の衆議院議員総選挙へ立候補しましたが、最初の選挙では議席を得られませんでした。
翌2004年には参議院滋賀県選挙区へ挑戦します。ここでも落選し、国政選挙では二度続けて当選に届きませんでした。
三度目となった2005年の衆議院議員総選挙では滋賀1区から立候補し、衆議院議員として初当選しました。
国会入り後は、2007年に自民党税制調査会の幹事を務めるなど、財政・税制分野にも関わり始めます。官僚時代とは異なり、国会と党組織の双方から政策形成に参加する立場になりました。
2009年の落選、滋賀県知事選、そして滋賀2区からの再出発
2009年の衆議院議員総選挙では滋賀1区で敗れ、一度国会の議席を失います。国政を離れていた時期には、大正大学人間学部の特命教授も務めました。
2010年6月には自由民主党を離党し、滋賀県知事選への出馬を表明します。滋賀型の分権や経済戦略を掲げ、国会への復帰ではなく県政トップを目指す道を選びました。
一党一派に関わらず、多くの人とともに戦いたい
出典:滋賀報知新聞「知事選 前衆議員の上野氏が出馬表明」(2010年6月9日)
7月の知事選では現職の嘉田由紀子氏に敗れました。その後、選挙区再編後の滋賀2区へ活動の場を移し、2012年の衆議院議員総選挙には再び自由民主党から立候補します。
この選挙で当選し、約3年ぶりに国政へ復帰しました。以後の衆議院選挙では滋賀2区から当選を重ねています。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2003年 11月9日 | 第43回衆議院議員総選挙 初出馬。候補者3人。 | 滋賀県 第1区 | 自由民主党 | 落選 | 64,002票 2位 |
| 2004年 7月11日 | 第20回参議院議員通常選挙 候補者3人。 | 滋賀県 選挙区 | 自由民主党 | 落選 | 251,196票 2位 |
| 2005年 9月11日 | 第44回衆議院議員総選挙 候補者3人。衆議院議員として初当選。 | 滋賀県 第1区 | 自由民主党 | 当選 | 94,671票 1位 |
| 2009年 8月30日 | 第45回衆議院議員総選挙 候補者4人。議席を失う。 | 滋賀県 第1区 | 自由民主党 | 落選 | 82,262票 2位 |
| 2010年 7月11日 | 滋賀県知事選挙 候補者3人。出馬表明時に自由民主党を離党。 | 滋賀県 | 無所属 | 落選 | 208,707票 2位 |
| 2012年 12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙 候補者4人。国政へ復帰。 | 滋賀県 第2区 | 自由民主党 | 当選 | 67,182票 1位 |
| 2014年 12月14日 | 第47回衆議院議員総選挙 候補者3人。 | 滋賀県 第2区 | 自由民主党 | 当選 | 65,102票 1位 |
| 2017年 10月22日 | 第48回衆議院議員総選挙 候補者4人。 | 滋賀県 第2区 | 自由民主党 | 当選 | 73,694票 1位 |
| 2021年 10月31日 | 第49回衆議院議員総選挙 候補者2人。 | 滋賀県 第2区 | 自由民主党 | 当選 | 83,502票 1位 |
| 2024年 10月27日 | 第50回衆議院議員総選挙 候補者3人。 | 滋賀県 第2区 | 自由民主党 | 当選 | 99,347票 1位 |
| 2026年 2月8日 | 第51回衆議院議員総選挙 候補者3人。7回目の当選。 | 滋賀県 第2区 | 自由民主党 | 当選 | 141,853票 1位 |
国土交通と財務を経て、党・国会の政策実務へ
国政復帰後は党や国会の役職に加え、政府内で政策を執行する立場も経験します。2014年9月には国土交通大臣政務官に就任しました。
2015年には自民党財務金融部会長、2016年には経済産業部会長を務め、財政と産業の両分野を担当します。
2017年8月には財務副大臣に就任し、同年の衆議院選挙後も続投しました。2018年にも財務副大臣を務め、税制や国の財政に近い立場で仕事を続けています。
2019年には自民党副幹事長、2021年には衆議院内閣委員長を務めました。2022年には自民党政務調査会副会長となり、同年には衆議院厚生労働委員会の理事も担っています。
厚生労働分野へ軸足を広げ、2025年に初入閣
厚生労働委員会では筆頭理事も経験し、年金制度などの法案審議に関わりました。2025年5月の厚生労働委員会では、年金制度改正案の修正案提出者として答弁に立っています。
将来世代の基礎年金の給付水準の向上を図る
出典:衆議院「第217回国会 厚生労働委員会 第22号」(2025年5月28日)
2025年10月、高市内閣の発足に伴い、厚生労働大臣として初入閣しました。就任時には、全世代型社会保障、賃上げに向けた労働市場改革、感染症対策、予防医療など幅広い課題を担当することになります。
責任の重大さに身の引き締まる思いです
出典:厚生労働省「上野大臣就任挨拶概要」(2025年10月22日)
2026年2月の衆議院議員総選挙では滋賀2区で7回目の当選を果たし、第2次高市内閣でも厚生労働大臣を続けました。9月17日の内閣改造でも留任しています。
上野賢一郎氏の政策・政治姿勢
地域インフラ、物流、PFI
国土交通大臣政務官を経験した後も、党内では物流、住宅・土地・都市政策、水政策・国土保全などの分野を担当してきました。2023年にはPFI推進特命委員長も務め、公共施設やインフラへ民間の資金・ノウハウを活用する政策分野に携わっています。
衆議院公式プロフィールには、物流調査会長、住宅土地・都市政策調査会幹事長、水政策・国土保全調査会事務局長などの役職も記載されています。
年金と全世代型社会保障
厚生労働大臣就任後は、全世代型社会保障の構築と、税・社会保障を一体で考える改革が所管課題となりました。医療・介護など必要な給付と、現役世代を含む負担のあり方を並行して扱う立場です。
2026年9月の内閣改造後も、社会保障制度の持続可能性や医療・介護現場の賃金・物価上昇への対応を課題として挙げています。
「U.E.N.O.Plan」と攻めの予防医療
2026年7月、厚生労働省は「U.E.N.O.Plan」と名付けた「攻めの予防医療」の施策を公表しました。
重点領域は「栄養・食生活」「がん・循環器病等」「歯科保健」「認知症」「リハビリテーション」「性差に由来するヘルスケア」の6分野です。健康情報を知らせるだけでなく、行政や保険者側から働きかけ、受診や生活行動の変化につなげる考え方を打ち出しています。
主体的に健康づくりに取り組んでいただくことが重要
出典:厚生労働省「上野大臣会見概要」(2026年7月23日)
がん対策では2028年度までに検診受診率60%、精密検査受診率90%を目標とし、歯科では希望者が毎年健診を受けられる仕組みの制度化へ向けた取り組みを進めています。
創薬力と医薬品・医療物資の安定供給
2026年7月には政府と製薬企業、スタートアップ、大学、ベンチャーキャピタルなどが参加する「創薬力向上のための官民協議会」が開催されました。創薬エコシステムの強化や、日本で新薬を利用できる時期が海外より遅れるドラッグラグ・ドラッグロスへの対応がテーマとなっています。
医療物資の供給網も所管課題の一つです。2026年9月のマレーシア訪問では、感染症対策やデジタル分野での連携とともに、医療用手袋の供給についても発信しました。
労働時間法制と賃上げ
労働政策では、賃金上昇を持続させる環境づくりと、働き方をめぐるルールの見直しが並行して進められています。2026年9月には厚生労働省の毎月勤労統計に触れ、実質賃金や賃上げ支援策について自身のXで発信しました。
労働時間法制については、働く人の健康確保や長時間労働、待遇などの条件を踏まえ、労働政策審議会で議論を進める考えを示しています。
労使の皆様のご意見を十分にお聴きしながら
出典:厚生労働省「上野大臣会見概要」(2026年9月18日)
ASEANとの保健医療協力
厚生労働大臣としては国際保健分野にも携わっています。2026年9月には第1回日ASEAN保健大臣会合に出席し、高齢化への対応などを共有しました。
現地では医療・リハビリテーション関連施設も訪問し、日本の医療機器の活用について意見交換しています。
同じマレーシア訪問中にはクアラルンプール日本人墓地を訪れ、献花したことも発信しました。現地日本人会による墓地管理や、日本人学校の児童・生徒による清掃活動にも触れています。
9月17日の内閣改造後も厚生労働大臣に留任し、副大臣・大臣政務官を含む新たな厚生労働省の政務三役体制が発足しました。
2026年に報じられた選挙事務所をめぐる指摘
2026年7月3日、週刊文春は、2024年の衆議院議員総選挙で、滋賀県選挙管理委員会へ届け出た事務所以外にも選挙活動に使われた拠点があったのではないかと報じました。報道では、政治資金収支報告書に記載された事務所賃料や関係者への取材を根拠として示しています。
7月7日の厚生労働大臣会見で、上野氏は法令違反ではないとの認識を示した一方、報道を受けて詳細な事実関係を確認する必要があるとして、「現在まだ確認中」と説明しました。
2026年9月25日時点で、ここで確認できるのは報道による指摘と本人の説明までです。捜査・起訴・判決などの確定した刑事司法判断として扱う内容ではありません。
上野賢一郎氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
年金制度・基礎年金
「将来世代の基礎年金の給付水準の向上を図る」
年金制度改正案の修正案をめぐる質疑で、基礎年金の給付水準低下が見込まれる場合の対応と、将来世代の給付水準を確保する考えを示した。
攻めの予防医療
「幅広い観点での取組というのが非常に大切になると考えております。」
攻めの予防医療について、がん検診や歯科健診を含む幅広い施策を検討し、リハビリテーションなども含めた政策の検討を進める考えを述べた。
創薬・先端医療
「革新的なシーズを生み出すスタートアップの存在はますます重要になっていると認識をしております。」
創薬分野で、アカデミアやスタートアップなど複数の主体が連携する創薬モデルを踏まえ、国内の創薬スタートアップ基盤を強化する必要性を示した。
労働時間法制・過労死防止
「働くことで命を落としたり健康を損なうことが決してあってはならない」
労働時間規制の検討に際し、働く人の健康確保と過労死防止を前提として検討する必要があるとの認識を示した。
公的医療保険と社会保障の持続可能性
「これをしっかりと持続可能なものにしていくこと、これが非常に大事であります」
国民皆保険制度を将来世代へ引き継ぐため、医療の確保と現役世代を中心とする保険料負担のバランスを踏まえて改革を進める考えを示した。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
本人の自己紹介を動画で見る
本人公式YouTubeでは、経歴や自身について語る自己紹介動画も公開されています。文章とは異なり、本人の話し方や雰囲気を確認できる動画です。
上野賢一郎氏の現在情報
全世代型社会保障、医療・介護、労働時間法制と賃上げ環境、攻めの予防医療、創薬・先端医療などの厚生労働行政を担当している。
- 生年月日、出身地、学歴、官僚歴、政府・党・国会役職、滋賀2区、当選7回、厚生労働大臣を確認
- 2026年9月17日の第2次高市改造内閣発足と厚生労働大臣留任を確認
- 長浜での生い立ち、経歴、大正大学人間学部特命教授などを確認
- 2025年の年金制度改正をめぐる上野氏の発言を確認
- 厚生労働大臣就任と就任時の所管課題を確認
- 攻めの予防医療の重点領域と施策を確認
- 内閣改造後の留任と社会保障、医療・介護、労働時間法制などの政策課題を確認
- 選挙事務所をめぐる報道に対する本人説明を確認
- 2003年から2026年までの国政選挙・滋賀県知事選の公式結果確認先
- 2010年の自由民主党離党、滋賀県知事選出馬表明、本人発言、政策方針を確認
- 2024年衆院選の選挙事務所をめぐって2026年7月に報じられた指摘の内容を確認
- 長浜の商店街での少年時代、家業の手伝い、虎姫高校陸上部、地方再生を政治志向の一つとした本人の回想を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の経歴上重要な年月日を赤文字で補強し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月25日 記事を新規作成。第2次高市改造内閣での厚生労働大臣留任と最新の公職・所属・選挙区・当選回数・政策動向を確認
- 2026年9月25日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。




















