二階俊博氏は、和歌山県御坊市を政治活動の原点とし、国会議員秘書、和歌山県議を経て国政へ進んだ政治家です。
衆議院議員として13期にわたり議席を持ち、運輸大臣、経済産業大臣、自民党総務会長・幹事長などを経験しました。この記事では、その長い政治経歴だけでなく、戦時中の少年時代から2024年の政界引退までを時系列でたどります。
- 和歌山県御坊市で育ち、中央大学卒業後は国会議員秘書として政治の現場を経験しました。
- 県議2期を経て国政へ進み、政党再編を経験しながら衆議院議員として13期連続で当選しました。
- 閣僚や自民党幹事長を務め、地方インフラ、防災・国土強靱化、観光などを長く政治課題として扱いました。
二階俊博の生い立ち|戦時中の疎開を経験した御坊での少年時代
二階俊博氏は1939年2月17日、和歌山県御坊市新町に生まれました。父・俊太郎氏は和歌山県議会議員、母・菊枝氏は医師でした。
小学校へ入る頃は太平洋戦争のさなかでした。1945年4月、疎開先の印南町立稲原小学校へ入学しますが、戦況が厳しくなると現在の日高川町山野へ再び疎開。終戦後、御坊市へ戻って御坊小学校へ転入しています。
私は子供の頃、戦争を経験し、疎開先の小学校で終戦を迎えました。
出典:自由民主党「第198回国会における二階俊博幹事長代表質問」(2019年1月30日)
1951年に御坊小学校、1954年に御坊中学校を卒業し、和歌山県立日高高等学校へ進学しました。1956年に日高高校が春の選抜高校野球へ初出場した際には、応援団長を務めています。
二階俊博の学歴|日高高校・中央大学から国会議員秘書へ
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 御坊市立御坊小学校 | ― | ― | 和歌山県御坊市 |
| 中学校 | 御坊市立御坊中学校 | ― | ― | ― |
| 高校 | 和歌山県立日高高等学校 | ― | 53(2026年度版) | ― |
| 大学 | 中央大学 | 法学部政治学科 | 57.5〜62.5(法学部・2027年度) | 卒業 |
※偏差値・難易度は二階氏の在学当時ではなく現在の目安です。
1957年、高校卒業後に上京し、中央大学法学部政治学科へ進みました。1961年3月に卒業すると、同年4月から衆議院議員・遠藤三郎氏の秘書となります。
遠藤氏は静岡県選出で、建設大臣も務めた政治家でした。二階氏は約11年間、そのもとで国政の実務に接しました。
後年、自らが政界へ進んだ背景を尋ねられたインタビューでは、地方で育った経験についてこう語っています。
我々は開発発展の遅れている地域の出身ですからね。
出典:文春オンライン「『お前は何アゲだ? 何で俺だけ“たたき上げ”なんだ!』“最後の怪物幹事長”二階俊博がキレた瞬間」(2020年10月15日)
遠藤氏が1971年12月に死去した後、二階氏は地元・和歌山から自ら選挙へ出る道を選びます。
二階俊博の経歴|110票差で県議初当選、御坊から政治家として出発
1975年4月13日の和歌山県議選で初当選しました。御坊市選挙区は定数1。9,386票を獲得し、次点との差は110票でした。
初当選時は無所属でしたが、その後に自由民主党へ入り、県議会では清新自民党県議団に所属しました。建設常任委員会委員長などを経験し、1979年の県議選では無投票で2期目の当選を果たします。
県議2期を経た1983年、活動の舞台を国政へ移しました。第37回衆院選で旧和歌山2区から初当選し、44歳で衆議院議員となります。
自民党を離れた1990年代と、運輸大臣への初入閣
国政では交通・運輸分野を中心に経験を重ね、1990年には第2次海部内閣で運輸政務次官を務めました。
1993年には自由民主党を離れ、新生党から第40回衆院選へ出馬して当選。細川内閣でも運輸政務次官を務めます。その後は新進党、自由党と、1990年代の政党再編の中で所属を移しました。
1999年10月、第2次改造小渕内閣で運輸大臣兼北海道開発庁長官として初入閣。翌2000年に保守党の結成へ参加し、第1次森内閣でも同じ職を担いました。
2002年には保守新党が発足し、幹事長などを担当。2003年11月の衆院選後、保守新党の解党に伴って自由民主党へ合流しました。
自民党復帰後、経済産業大臣・総務会長へ
自民党へ戻った後は党総務局長、衆議院郵政民営化特別委員長などを経て、2005年10月に第3次小泉改造内閣で経済産業大臣へ就任しました。
2007年には自民党総務会長を務め、2008年8月の福田改造内閣で再び経済産業大臣となります。続く麻生内閣でも同職を務め、2009年9月まで在任しました。
自民党が野党となった後も和歌山3区の議席を維持し、2013年には衆議院予算委員長、2014年9月には再び自民党総務会長に就きました。
2016年から5年間、自民党幹事長を務める
2016年8月3日、自民党幹事長に就任しました。安倍晋三総裁のもとで就任し、2020年に菅義偉総裁へ交代した後も幹事長を続けます。
2020年9月、新たな党執行部が発足した際には、菅総裁を支える立場から次のように述べました。
党は一丸となって新総裁をお支えし、国民のための政治を行う
出典:自由民主党「新執行部の陣容決定 党一丸で国民のための政治を行う」(2020年9月15日)
2021年10月1日に甘利明氏が後任幹事長へ就任するまで、二階氏の連続在任期間は1,886日に及びました。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1975年 4月13日 | 和歌山県議会議員選挙 36歳で初当選。次点との差は110票。その後、自由民主党へ入党し清新自民党県議団に参加。 | 御坊市選挙区 | 無所属 | 当選 | 9,386票 1位 |
| 1979年 4月8日 | 和歌山県議会議員選挙 2期目。御坊市選挙区は無投票。 | 御坊市選挙区 | 自由民主党 | 当選 | 無投票 1位 |
| 1983年 12月18日 | 第37回衆議院議員総選挙 国政初挑戦・初当選。 | 旧和歌山 2区 | 自由民主党 | 当選 | 53,611票 2位 |
| 1986年 7月6日 | 第38回衆議院議員総選挙 衆議院2期目。 | 旧和歌山 2区 | 自由民主党 | 当選 | 58,722票 2位 |
| 1990年 2月18日 | 第39回衆議院議員総選挙 衆議院3期目。 | 旧和歌山 2区 | 自由民主党 | 当選 | 57,663票 3位 |
| 1993年 7月18日 | 第40回衆議院議員総選挙 自民党を離れ、新生党公認で当選。 | 旧和歌山 2区 | 新生党 | 当選 | 104,600票 1位 |
| 1996年 10月20日 | 第41回衆議院議員総選挙 小選挙区制移行後、和歌山3区で当選。 | 和歌山 3区 | 新進党 | 当選 | 115,681票 1位 |
| 2000年 6月25日 | 第42回衆議院議員総選挙 保守党公認。 | 和歌山 3区 | 保守党 | 当選 | 138,527票 1位 |
| 2003年 11月9日 | 第43回衆議院議員総選挙 選挙後の11月17日に保守新党が解党し、自由民主党へ合流。 | 和歌山 3区 | 保守新党 | 当選 | 148,274票 1位 |
| 2005年 9月11日 | 第44回衆議院議員総選挙 自由民主党復帰後初の総選挙。 | 和歌山 3区 | 自由民主党 | 当選 | 145,735票 1位 |
| 2009年 8月30日 | 第45回衆議院議員総選挙 本人公式年表には8月31日とあるが、正式投票日は8月30日。 | 和歌山 3区 | 自由民主党 | 当選 | 117,237票 1位 |
| 2012年 12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙 本人公式年表には和歌山2区とあるが、和歌山県選挙管理委員会の記録を優先し和歌山3区を採用。 | 和歌山 3区 | 自由民主党 | 当選 | 112,916票 1位 |
| 2014年 12月14日 | 第47回衆議院議員総選挙 本人公式年表の108,250票ではなく、和歌山県選挙管理委員会の108,257票を採用。 | 和歌山 3区 | 自由民主党 | 当選 | 108,257票 1位 |
| 2017年 10月22日 | 第48回衆議院議員総選挙 衆議院12期目。 | 和歌山 3区 | 自由民主党 | 当選 | 109,488票 1位 |
| 2021年 10月31日 | 第49回衆議院議員総選挙 衆議院13期目。最後の出馬。 | 和歌山 3区 | 自由民主党 | 当選 | 102,834票 1位 |
二階俊博氏が長く取り組んだ政策・政治テーマ
地方の道路・交通インフラ
二階氏の政治活動では、地元の紀伊半島をはじめとする地方の道路・交通インフラが長期間にわたるテーマでした。本人の公式年表には、阪和自動車道や紀勢線、那智勝浦道路など、和歌山県内の交通網整備に関する出来事が数多く記録されています。
地方と大都市のインフラ格差への問題意識は、若い頃から自身が語ってきた「故郷」を軸とする政治姿勢とも重なっています。
津波対策と国土強靱化
防災分野では、2011年に成立した津波対策の推進に関する法律案、2013年に成立した防災・減災等に資する国土強靱化基本法案などで提出者の一人となりました。
南海トラフ巨大地震の被害が想定される和歌山県を地盤としてきたこともあり、国会や党内で継続的に防災・減災を取り上げています。
国民の安心安全を守り、強くしなやかな国づくりに力を入れていく
出典:自由民主党「第193回国会における二階俊博幹事長代表質問」(2017年1月23日)
「世界津波の日」と防災教育
2015年12月、第70回国連総会で11月5日を「世界津波の日」とする決議が採択されました。日本を含む142か国が共同提案し、その後は各国の高校生が防災について学ぶ「世界津波の日」高校生サミットが開かれています。
2018年には和歌山市で高校生サミットが開催され、48か国から高校生が参加しました。二階氏も開会行事や関連行事に出席しています。
観光立国と双方向の観光交流
運輸行政を経験した二階氏は観光政策にも長く関わり、全国旅行業協会の会長も務めました。訪日客を増やすことだけでなく、日本人が海外へ出ることを含む交流を重視する姿勢を示しています。
インバウンドだけではなく、「双方向」での「観光交流」が重要である
出典:自由民主党「第196回国会における二階俊博幹事長代表質問」(2018年1月24日)
農業基盤と土地改良
農業・農村分野では、全国土地改良事業団体連合会で会長を務め、農地や農業用水、農村基盤の整備に関わってきました。
国会議員を引退した後もこの分野での活動は続いており、2026年4月現在の同連合会役員名簿でも会長として二階氏の名前が掲載されています。
政治資金問題、不出馬表明から政界引退へ
2024年、二階氏が率いてきた志帥会などをめぐる政治資金パーティー収入の不記載問題が政治上の大きな論点となりました。
二階氏側では2018年から2022年までの5年間に計3,526万円の不記載が確認され、秘書が政治資金規正法違反で略式起訴されました。二階氏本人は立件されていません。
二階氏本人は立件されていません。秘書や旧二階派の会計責任者に対する刑事手続とは分けて記載しています。
2024年3月25日、次期衆院選へ出馬しない意向を表明しました。
次期衆院選に出馬しないことを伝えた
出典:TBS NEWS DIG「自民・二階元幹事長が次期衆院選への不出馬表明」(2024年3月25日)
自民党は同年4月、二階氏が不出馬を表明して政治的責任を取ったことを理由として、党紀委員会への審査要請を行わないと説明しました。
そして2024年10月9日、衆議院の解散に伴って議員生活を終えます。1983年の衆院初当選から13期、40年以上にわたる国政での活動に区切りをつけました。
政界引退後の活動
2026年9月時点で、二階氏は国会議員などの公職には就いていません。
一方、2026年に確認できる公開資料では、自由民主党和歌山県連名誉顧問として地元との関わりを持ち、全国土地改良事業団体連合会の会長も継続しています。
全国旅行業協会では2025年6月に会長を退き、名誉会長に推戴されました。国政を離れた後も、長く関わってきた農業基盤や観光分野の団体で活動しています。
二階俊博氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
地方交通・交通インフラ
「交通関係インフラの相互間の緊密な連携が図られるように努力をしたい」
運輸大臣として、港湾・空港と道路を含む交通インフラの連携強化を進める考えを示しました。
国土強靱化・防災
「大規模災害等から人命や財産を守るということは、政治の最も重要な責務であると考えております。」
大規模災害への備えを狭義の防災に限定せず、国土政策や産業政策も含めて総合的に進める考えを説明しました。
このテーマの関連発言をさらに見る 1件
災害対応では日頃からの備えと訓練が重要であり、子どもを含む地域全体で行動できる体制づくりが必要だと述べました。
国会会議録で発言全文を見る津波防災・防災教育
「これは津波の日を制定してみんなに呼びかけなきゃ、本当に来たときにはひどいことになるよ」
2010年のチリ地震津波で避難行動が十分に取られなかった経験を挙げ、津波防災の日の制定と防災教育の必要性を説明しました。
観光と地域経済
「こういうときこそみんなで北海道へ行っていただくように、関係者の皆さんの御協力をお願いしたい」
有珠山噴火後の北海道について、安全な地域まで一律に旅行を控える風評を避け、観光を通じて地域経済を支える必要性を述べました。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
二階俊博氏の現在情報
2024年10月9日の衆議院解散に伴って国会議員を退き、政界を引退。2026年9月時点では、全国土地改良事業団体連合会会長、全国旅行業協会名誉会長などを務めています。
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- 出生地、学歴、閣僚歴、衆議院役職歴、主要経歴を確認
- 幼少期、学校歴、秘書歴、県議歴、国政経歴、党役職、主要政策活動を確認
- 当選回数、主要党役職・閣僚歴、政策実績、公式ウェブサイトを確認
- 戦争・疎開体験を本人が振り返った発言を確認
- 世界津波の日、共同提案国、高校生サミット、二階氏の参加を確認
- 2024年の政治資金問題を受けた党内対応と二階氏の不出馬表明に関する説明を確認
- 2026年4月1日時点の会長職を確認
- 政界引退後の名誉会長就任を確認
- 国土強靱化・防災に関する二階俊博氏本人の国会発言を確認
- 2000年衆院選・和歌山3区の得票数を確認
- 2003年衆院選・和歌山3区の得票数を確認
- 2005年以降の衆議院選挙について投票日、選挙区、得票数を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月23日 記事を新規作成。経歴・学歴・全選挙歴・政治経歴・政策・政界引退後の現況情報を確認
- 2026年9月23日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。




















