花角英世の経歴・学歴と生い立ち|国交官僚・副知事を経て新潟県知事へ

花角英世
ひと目でわかるプロフィール 花角英世
はなずみ ひでよ
出身地
新潟県佐渡市
初当選
2018年(新潟県知事選挙)
最終学歴
東京大学法学部卒業
主な前職
官僚・国家公務員
政界入り
官僚から
生年月日 1958年5月22日

新潟県政で「住んでよし、訪れてよし」を掲げる花角英世氏。知事になるまでの時間をたどると、航空、鉄道、自動車、観光、海事などを渡り歩いた長い行政官としての歩みがあります。

佐渡から進学し、国の行政、新潟県庁、海上保安庁を経て選挙政治へ進んだ経緯と、知事就任後に向き合ってきた主要な課題を時系列でたどります。

花角英世氏を理解する3つのポイント
  1. 交通・観光・航空・海事を横断してきた国土交通行政のキャリアを持つ
  2. 国と新潟県の行政現場を行き来した後、選挙で選ばれる知事へ転じた
  3. 県政では財政基盤、安全・安心、地域の活力という長期課題に取り組んできた

花角英世の生い立ち|佐渡で生まれ、新潟で育った学生時代

花角英世氏は1958年5月22日、新潟県佐渡市に生まれました。公開されている経歴では幼少期の細かなエピソードは多くありませんが、新潟県で学び、その後東京の大学へ進んでいます。

花角英世の学歴|新潟高校から東京大学法学部へ

学歴一覧花角英世の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
高校新潟県立新潟高等学校―72〜73(2026年度・学科別)1977年3月卒業
大学東京大学法学部67.5(文科一類・2027年度)1982年3月卒業/法学部は原則文科一類から進学

※偏差値・難易度は本人の在学当時ではなく、現在の入試難易度の目安です。新潟高校は2026年度版、東京大学は河合塾Kei-Netの2027年度・文科一類のボーダー偏差値を記載しています。

花角氏は新潟県立新潟高等学校を卒業した後、東京大学法学部へ進みました。新潟県から東京へ進学し、法律・行政を学ぶ環境へ移ったことが、その後の官僚人生につながる大きな転機です。

大学卒業後は運輸省へ入り、交通・航空・海事・観光など幅広い行政分野を歩んでいます。学歴だけを見るのではなく、法学部での学びがその後の行政キャリアへどうつながったかまで見ると、経歴の流れが分かりやすくなります。

高校・大学の現在の入試難易度の目安は、学歴一覧にまとめています。

1977年3月に新潟県立新潟高等学校を卒業し、東京大学法学部へ進学しています。

大学卒業は1982年3月。学生時代の細かなエピソードを公に語る機会は多くありませんが、その後の職業人生は一貫して行政の現場を歩くことになります。

趣味として公表しているのは山歩きや街歩きです。知事就任後の2018年、休日について尋ねられた際には、次のように話していました。

休日ができたら、ふらっとまち歩きをしてみたい

出典:新潟建設新聞「花角英世新潟県知事インタビュー『住んでよし、訪れて良しの新潟へ』」(2018年10月17日)

花角英世の経歴|運輸省で交通・航空・海事・観光行政を歩く

大学卒業直後の1982年4月、運輸省に入省しました。若手・中堅期には地域交通局、航空局、海上交通局で勤務し、地域交通から航空管制の保安、海事産業まで異なる交通分野を経験します。

1994年2月には外務省へ出向し、在イタリア日本国大使館一等書記官となりました。帰国後は大臣官房文書課企画官などを経て、1999年10月には運輸大臣秘書官に就いています。

2000年7月には関東運輸局自動車第一部長。2002年7月には国土交通省を離れ、つくばエクスプレスを運営する首都圏新都市鉄道株式会社の経営企画部長を務めました。

国土交通省へ戻った後は、自動車の技術安全部門から観光行政へ活動領域を広げます。観光事業課長、観光政策課長を経て、2008年10月には観光庁発足時の総務課長となりました。

その後は自動車交通局総務課長、大阪航空局次長を経て、2011年8月に大阪航空局長。2012年9月には海事局・港湾局を担当する大臣官房審議官となり、陸・海・空と観光の各分野を横断する官僚経歴を重ねました。

新潟県副知事から海上保安庁次長へ

長く国の行政に携わった後、2013年4月に新潟県副知事へ就任します。ここで、中央省庁ではなく新潟県そのものの行政運営に直接関わる立場になりました。

副知事を務めたのは2015年まで。同年9月には国へ戻り、海上保安庁次長に就任しました。海上保安庁では長官に次ぐ幹部として勤務し、2018年1月の衆議院予算委員会にも政府参考人として出席しています。

2018年5月15日、海上保安庁次長を辞職します。運輸省への入省から36年余りを経て、ここから初めて選挙によって公職を目指す道へ入りました。

前知事辞任後の2018年知事選へ

2018年の新潟県知事選は、米山隆一前知事の辞任に伴って行われました。元副知事で海上保安庁次長だった花角氏には、県内の団体などから出馬要請が寄せられ、5月に立候補の意思を表明します。

選挙では無所属で立候補しました。自民党・公明党が支援する一方、本人は県政を国政政党間の対立だけで捉えない姿勢を示し、県民の安全・安心や地域経済などを訴えました。

6月10日の知事選で546,670票を獲得し、初当選。長く任命によって役職を担ってきた行政官から、県民の投票で選ばれる知事へ立場が変わりました。

6月12日に初登庁し、新潟県知事として県政運営を始めています。

就任直後に向き合った行財政改革

知事就任後、県政運営の土台として重い課題になったのが財政でした。新潟県は歳出歳入改革を急ぐ必要があるとして、外部有識者を交えた行財政改革推進会議を設けます。

2019年10月、「新潟県行財政改革行動計画」を策定。県職員給与や議員報酬の削減、補助金の見直しなどを含む歳出歳入改革を進めました。

花角氏は2023年のインタビューで、就任時には財政調整基金が約2年で底をつくと見込まれる状態だったと振り返っています。同インタビューでは、計画最終年度の2023年度に単年度収支の均衡などの目標へ到達したとの認識を示しました。

財政面の余力を確保する作業と並行して、防災、健康、起業・創業、交流人口の拡大を県政の柱として進めていきます。

2期目に深めた「新潟の魅力」の発信

2022年5月29日の知事選では703,694票を得て再選しました。2期目に入ると、財政基盤の立て直しだけでなく、新潟県が持つ資源や産業をどう成長につなげるかというテーマが前面に出てきます。

就任後に行った約3,000人規模の県民意識調査について、花角氏は2023年のインタビューで興味深い数字を紹介しています。「新潟県が好き」と答えた人は約8割だった一方、「魅力的」とした人は約6割、「魅力を発信すべき」は約5割、自ら発信している人は1割未満だったという結果です。

もっと県民のみなさんが新潟の魅力に気づき、誇りを持って語れるようになってほしい

出典:自治体通信Online「成長発展へのポテンシャルを活かし、県民自らが魅力を語りたくなる社会へ」(2023年12月18日)

「佐渡島の金山」世界遺産登録まで

知事在任中の大きな出来事の一つが、「佐渡島の金山」の世界文化遺産登録です。県は佐渡市や国、民間団体などとともに世界遺産登録に向けた活動を続けました。

国内推薦候補に選ばれた後には、ユネスコへの推薦をめぐって政府内で調整が続きました。2026年のNST新潟総合テレビの取材では、当時、花角氏が政府側へ強く働きかけていたことを鷲尾英一郎衆議院議員が振り返っています。

2024年7月27日、「佐渡島の金山」は世界文化遺産に登録されました。花角氏自身もインドで開かれた世界遺産委員会の現地に立ち会っています。

私の夢というよりも、長い間、一生懸命運動してきた人たちの思いに共感できた

出典:NST新潟総合テレビ「新潟・花角知事が語る“県政の夢”…1・2期目に尽力した世界遺産登録」(2026年6月6日)

柏崎刈羽原発をめぐる判断

東京電力柏崎刈羽原子力発電所の再稼働は、花角県政を通じて長く議論が続いた課題です。2024年3月21日、県は国から6、7号機の再稼働に向けた政府方針への理解要請を受けました。

県は技術委員会による安全性の確認、避難に関する課題、県民の受け止めなどを材料に議論を続けます。花角氏は自ら結論を示した後、その結論について県民の意思を確認するという考えを繰り返し示していました。

2025年11月21日、国の理解要請を了解する判断を表明。同時に、その判断を行ったことと、判断に沿って知事の職務を続けることについて、県議会に信任・不信任の判断を仰ぐ方法を選びました。

12月22日、新潟県議会は再稼働関連の補正予算に関する附帯決議を可決し、知事が職務を続けることを「是」とする意思を表明しました。翌23日、花角氏は国への理解要請を了解する旨を正式に伝えています。

柏崎刈羽原発6号機は2026年4月16日、約14年ぶりに営業運転を開始しました。県はその後も、6方向への避難路整備や学校体育館24か所の気密化・空調整備など、原子力防災対策を進めています。

2026年の知事選で3選

2期目の任期が終盤に入った2026年2月、花角氏は3期目を目指して知事選へ立候補する意向を表明しました。決断の理由を一つの政策に絞るのではなく、やり残した仕事やこれから進められる仕事を含めて考えたと説明しています。

私がやるべきことがある、やれることがある

出典:新潟県「令和8年2月18日 新潟県知事 定例記者会見」(2026年2月18日)

4月6日には、本人公式XでSNS発信を再開しました。

選挙戦最終日の発信では、街宣用マイクを使える時間が終わった後も活動を続ける様子を伝えています。

5月31日の投開票では554,012票を獲得。土田竜吾氏、安中聡氏を上回り、新潟県知事に3選しました。

人生年表 花角英世さんの歩み
1958年5月22日
新潟県佐渡市で生まれる
1977年3月
新潟県立新潟高等学校を卒業
1982年3月
東京大学法学部を卒業
1982年4月
運輸省に入省
交通・航空・海事・観光行政などを担当
1994年2月
在イタリア日本国大使館一等書記官に就任
1999年10月
運輸大臣秘書官に就任
2002年7月
首都圏新都市鉄道株式会社経営企画部長に就任
2008年10月
観光庁総務課長に就任
観光庁発足時の総務課長
2011年8月
大阪航空局長に就任
2013年4月
新潟県副知事に就任
2015年9月
海上保安庁次長に就任
2018年5月15日
海上保安庁次長を辞職
新潟県知事選への出馬を表明
2018年6月10日
新潟県知事選で初当選
2022年5月29日
新潟県知事選で再選
2024年7月27日
「佐渡島の金山」が世界文化遺産に登録
知事として登録推進に取り組む
2025年11月21日
柏崎刈羽原発6・7号機再稼働に関する国の理解要請を了解する判断を表明
県議会に信任・不信任の判断を仰ぐ方針を示す
2026年5月31日
新潟県知事選で3選

花角県政が重視する政策

3期目が正式に始まった2026年6月10日、県政運営の基本姿勢を問われた花角氏は、最初に安全・安心を挙げました。

県民の安全と安心を守るということが第一

出典:新潟県「令和8年6月10日 新潟県知事 定例記者会見」(2026年6月10日)

人口減少と若者・女性に選ばれる職場

2026年6月の県議会では、人口減少問題を県政の最重要課題と位置付けました。2025年国勢調査の速報値では県人口が約207万人となり、2025年の出生数も9,580人まで減少しています。

特に問題視しているのが、就職時期の若者、とりわけ女性の県外流出です。働きやすい職場づくりを進める県の企業認定制度「Ni-ful(ニーフル)」は、2026年5月末までに800社を超える企業を認定しました。

固定的な性別役割分担意識の解消も人口減少対策の一部として扱い、市町村との連携や若者との意見交換を進める方針を示しています。

防災・減災

自然災害への対応では、避難所の衛生、プライバシー、暑さ・寒さへの対策を含む環境整備方針の策定を進めています。

2025年度の冬は雪による死者が25人に達し、過去10年間で最多となりました。県は屋根雪下ろし時の安全対策、担い手確保、新技術の活用などを含む雪害防止の緊急対策をまとめています。

地域医療の持続可能性

医療では、人口減少と医療需要の変化を前提に圏域単位で医療提供体制を組み直す方針です。上越圏域では医療再編の全体像について関係者の合意が形成され、具体化に向けた協議が続いています。

医師確保策では大学医学部の地域枠を拡大し、2027年度分として合計83人の地域枠設置を国へ申請しました。

2026年5月、本人公式Xでも2期8年の取り組みの一つとして地域医療を取り上げています。

起業支援と成長投資

起業・創業支援では、2021年度までに県内8か所の起業家支援拠点を整備。花角氏は2023年のインタビューで、3年半に145人の起業家が誕生したと説明しています。

3期目では成長投資の対象をさらに広げています。2026年には食品産業を基盤とする「フードテック」の産業クラスター構想を進めるほか、新潟東港エリアなど県内3地域が国のGX戦略地域制度の「有望地域」に選定されました。

米どころ新潟の農業をどう持続させるか

農業では主食用米だけでなく、加工用米、輸出用米、米粉用米、酒造好適米など需要のある非主食用米への転換を促し、新潟米全体で所得を高める方針です。

高温への対応では、極早生の高温耐性品種「なつひめ」の一般栽培が2026年に始まりました。園芸では収益性の高い経営体づくりや中山間地域の農業維持も課題としています。

県内をつなぐ交通ネットワーク

交通政策では、豪雨災害で不通区間を抱える米坂線や大糸線の将来像について沿線自治体・鉄道事業者との協議を続けています。

さらに、新潟地域と上越地域を結ぶ鉄道の高速化を進め、将来的には羽越新幹線を見据えた国家プロジェクトに位置付けることを目指しています。新潟空港の2025年度利用者数は約115万人となり、感染症拡大前の2019年度を上回りました。

佐渡などを支える離島航路では、船舶価格の上昇による更新負担を課題とし、国の支援拡充を求めています。運輸官僚として扱ってきた鉄道、航空、海運が、知事としても県土づくりの主要分野になっています。

選挙歴 花角英世の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
新潟県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
新潟県 無所属 当選 546,670票 1位
新潟県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
新潟県 無所属 当選 703,694票 1位
新潟県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
新潟県 無所属 当選 554,012票 1位

花角英世氏の記者会見をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の記者会見まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

柏崎刈羽原発と安全確認

財政運営と当初予算

人口減少への適応と対策

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

就任時の会見を動画で見る

2018年6月12日の初登庁後に行われた知事就任記者会見は、新潟県公式YouTubeで公開されています。文章だけでは分かりにくい話し方や受け答えも確認できます。

花角英世氏の現在情報

2026年9月8日 時点
現在の公職 新潟県知事
現在の所属 無所属
選挙区・選出地域 新潟県
現在の期・任期 新潟県知事3期目

人口減少を県政の最重要課題に位置付け、若者・女性に選ばれる職場づくり、安全・防災、成長投資、地域医療、農業、交通ネットワークなどを進める方針を示している。柏崎刈羽原発6号機の営業運転開始後も、避難路や屋内退避環境を含む原子力防災を継続課題としている。

政治人生の転機 花角英世の政治人生の転機
01
2013年4月
国土交通省から新潟県副知事へ
国の交通行政を歩んできた中で、新潟県副知事として県政運営に直接関わる立場へ移った。
なぜ転機なのか 中央省庁を中心としたキャリアから、故郷の県行政へ活動の軸が移ったため。
02
2018年6月
初めての選挙で新潟県知事に当選
海上保安庁次長を辞職して知事選へ立候補し、初当選した。
なぜ転機なのか 任命される行政官から、有権者の選挙で選ばれる首長へ立場が変わったため。
03
2025年11月
柏崎刈羽原発再稼働への判断
国からの再稼働に関する理解要請を了解する判断を表明し、その判断と知事続投について県議会の判断を仰いだ。
なぜ転機なのか 就任以来長期にわたり県政上の重要課題だった再稼働問題について、自ら結論を示したため。
04
2026年5月31日
新潟県知事選で3選
3度目の知事選で554,012票を獲得して当選した。
なぜ転機なのか 県政運営が3期目へ入り、人口減少や地域交通など長期課題を引き続き担うことになったため。
公式Xの最新投稿

本文内の関連投稿に加えて、本人の公式Xから最新の投稿を表示しています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
報道・インタビュー

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