舟山康江の経歴・学歴と生い立ち|農水官僚から山形・小国町、落選と国政復帰まで

舟山康江
ひと目でわかるプロフィール 舟山康江
ふなやま やすえ
出身地
埼玉県越谷市
初当選
2007年(第21回参議院議員通常選挙)
最終学歴
北海道大学農学部農業経済学科卒業
主な前職
会社経営者、官僚・国家公務員
政界入り
官僚から
生年月日 1966年5月26日

舟山康江氏は、農政の実務、雪国での暮らし、選挙での当落、地域農業への回帰を経験しながら政治活動を続けてきた人物です。

官僚からそのまま国会へ進んだのではありません。結婚を機に山形県小国町へ移り、民間企業で働きながら地域で暮らした時期を挟んで、国政への挑戦が始まりました。

舟山康江氏を理解する3つのポイント
  1. 幼い頃から農業に親しみ、農業経済を学んで農林水産行政の道へ進みました。
  2. 結婚後は山形県小国町で生活し、地域で暮らす中から国政選挙へ挑戦しました。
  3. 落選後に農業の現場へ戻った経験を持ち、国政復帰後も農政と地域課題を主要な活動分野としてきました。

舟山康江の生い立ち|越谷の少女時代と、旭川の農家で過ごした夏

舟山康江氏は1966年5月26日、埼玉県越谷市に生まれました。父母と妹との4人家族で育ち、小学校では学級委員長、中学校では陸上部に所属していました。

本人は、厳格な母に育てられ、曲がったことを見過ごせない性格だった一方、子どもの頃は泣き虫だったと振り返っています。

毎年の夏休みに楽しみにしていたのが、母方の祖父母が暮らす北海道旭川市への滞在でした。祖父母は農家で、育てた米や野菜をリヤカーに積み、街まで売りに出て生計を立てていました。

山々に囲まれた風景の中で農家の暮らしを間近に見た経験を、本人は後に農業への「原体験・原風景」と表現しています。農業への関心は、政策を学ぶよりずっと前の子ども時代から始まっていました。

舟山康江の学歴|浦和一女での挫折から、北海道大学の農業経済へ

中学時代までは成績も良かったという舟山氏ですが、埼玉県立浦和第一女子高等学校へ進むと状況が変わります。文武両道の同級生に囲まれて自信を失い、本人が「超」が付くほどの落ちこぼれだったと振り返る時期を経験しました。

一方で、高校時代にはアフリカの飢餓問題や世界各地で開かれたチャリティーコンサートに関心を持ちました。「飢餓をなくしたい」「砂漠でも育つ作物をつくりたい」と考え、農業に関わる仕事を意識するようになります。

1年間の予備校生活を経て北海道大学農学部へ進学。当初は農学科を志望していましたが、学科振り分けの結果、第5志望だった農業経済学科へ進みました。

大学では合気道や体育会本部の活動にも熱中しました。農業経済を学ぶうち、国の政策に沿って真面目に経営している農家でも借金を抱え、厳しい経営に置かれる現実を知ったといいます。

農業そのものを学びたいという関心から、農業政策を変える仕事への関心へと視野が広がっていきました。

学歴一覧舟山康江の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
高校埼玉県立浦和第一女子高等学校―72(2026年度版)―
大学北海道大学農学部農業経済学科62.5(農学部・2027年度方式別参考)卒業

※偏差値・難易度は舟山氏の在学当時ではなく現在の目安です。浦和第一女子高校は2026年度版、北海道大学農学部は河合塾Kei-Netの2027年度入試データを参照しています。

農林水産省で国際交渉と国民生活政策を経験

1990年3月に北海道大学を卒業し、同年4月に農林水産省へ入省しました。

日本の農業を変えたくて、農林水産省へ入省しました。

出典:舟山やすえ公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

最初の配属先は経済局国際部でした。農産物の自由化や関税をめぐる海外との交渉に加え、国会答弁の作成にも携わっています。

その後は関東農政局、経済企画庁、近畿農政局、大臣官房などを経験。経済企画庁では少子高齢化をテーマにした白書の制作に関わり、海外事例の収集やスウェーデンの福祉に関する調査も行いました。

舟山康江氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

食料安全保障と国内生産

農地確保と水田機能

農業の多面的機能と地域

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

結婚を機に山形県小国町へ―会社専務と雪国の暮らし

2000年、予備校時代に知り合った男性との結婚を機に農林水産省を退職しました。夫の地元である山形県小国町へ移り、小国ガスエネルギー株式会社の専務として働き始めます。

会社ではガス関係や危険物の資格も取得しました。雪深い小国町では除雪も日常生活の一部となり、子育てをしながら地域で暮らす生活が始まりました。

10年間の官僚生活を終え、雪国の地域社会と民間企業へ生活の場を移したのが2000年でした。

雪のある暮らしは、後年の本人発信にも日常の背景として登場します。

2004年、断るつもりだった出馬要請

小国町へ移って約4年。舟山氏のもとに、当時の国会議員だった近藤洋介氏と鹿野道彦氏から参議院選への出馬を求める連絡が入りました。

きっかけをつくったのは、農水省時代の元上司でした。長野県で国会議員になっていた元上司が、「元部下が山形に嫁いだ」と伝えたことから候補者探しの対象になったと本人は振り返っています。

当初は断るつもりでした。鹿野氏が自宅まで訪ね、さらに上京した際には、子育てをしながら活動する新人女性議員と話す機会もありました。

最後に鹿野氏から、農水省を志した頃の思いを問われました。

その志は捨てたんですか?

出典:舟山やすえ公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

2004年4月19日に立候補を表明し、7月の参院選へ民主党公認で挑みました。結果は落選でした。

本人は「駄目だったら次」という気持ちではなかったと振り返っていますが、民主党山形県連が常任幹事として迎え、政治活動を継続します。

その後、3人目の子どもを授かった際には政治活動を辞めることも考えました。鹿野氏から出産を最優先にするよう促され、活動を続けることになりました。

人生年表 舟山康江さんの歩み
1966年5月26日
埼玉県越谷市で生まれる
1985年3月
埼玉県立浦和第一女子高等学校を卒業
1990年3月
北海道大学農学部農業経済学科を卒業
1990年4月
農林水産省に入省
経済局国際部、関東農政局、経済企画庁、近畿農政局などに勤務
2000年3月
農林水産省を退職
2000年4月
結婚を機に山形県小国町へ転居
小国ガスエネルギー株式会社専務に就任
2004年7月11日
第20回参議院議員通常選挙へ初出馬
山形県選挙区で落選
2007年7月29日
第21回参議院議員通常選挙で初当選
山形県選挙区
2009年9月
農林水産大臣政務官に就任
2010年9月まで務める
2012年7月
民主党を離党し新会派「みどりの風」を設立
その後、政党となったみどりの風の共同代表を務める
2013年7月21日
第23回参議院議員通常選挙で落選
JA女性部の一員として地域農業の現場へ戻る
2014年8月
一般社団法人置賜自給圏推進機構の設立に参加
常務理事に就任
2016年7月10日
第24回参議院議員通常選挙で国政復帰
無所属の野党統一候補として当選
2018年5月
会派国会対策委員長に就任
2020年9月まで務める
2020年9月
国民民主党に入党
政務調査会長に就任
2022年7月10日
第26回参議院議員通常選挙で3選
山形県選挙区

舟山康江の経歴|2007年に初当選、農林水産大臣政務官へ

2007年7月の第21回参議院議員通常選挙に再挑戦し、山形県選挙区で初当選しました。最初の落選から3年を経て、国政で農業政策に携わる立場を得ました。

2009年9月の鳩山内閣では農林水産大臣政務官に就任。翌2010年4月には農業者戸別所得補償制度のモデル対策の加入受付が始まり、2011年度から本格実施へ移りました。

制度導入にあたっては全国キャラバンを企画し、各地の農業者と車座で意見を交わしたとしています。農水省時代とは違い、政治任用の立場から制度づくりに関わる経験となりました。

選挙歴 舟山康江の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第20回参議院議員通常選挙
定数:1 比例復活:該当なし
初出馬。自民党現職の岸宏一氏に次ぐ2位。
山形県 選挙区 民主党 落選 243,672票 2位
第21回参議院議員通常選挙
定数:1 比例復活:該当なし
初当選。
山形県 選挙区 民主党 当選 371,071票 1位
第23回参議院議員通常選挙
定数:1 比例復活:該当なし
自民党新人の大沼瑞穂氏に次ぐ2位。
山形県 選挙区 みどりの風 落選 252,040票 2位
第24回参議院議員通常選挙
定数:1 比例復活:該当なし
無所属の野党統一候補として出馬し、3年ぶりに国政復帰。
山形県 選挙区 無所属 当選 344,356票 1位
第26回参議院議員通常選挙
定数:1 比例復活:該当なし
3期目の当選。
山形県 選挙区 国民民主党 当選 269,494票 1位

民主党を離れ、「みどりの風」へ

2012年7月、舟山氏は民主党を離党し、亀井亜紀子氏、行田邦子氏、谷岡郁子氏と新会派「みどりの風」を設立しました。

みどりの風が政党となった後は共同代表を務め、国会改革を担当。2013年の第23回参院選には、みどりの風から山形県選挙区へ立候補しました。

この選挙では議席を守れず、国会を離れることになります。

落選後、JA女性部として再び農業の現場へ

2013年の落選後に選んだ活動の場は、小国町の農業現場でした。JA女性部の一員として地域農業へ戻り、国会議員ではない立場から農村での活動を再開します。

2014年8月には一般社団法人置賜自給圏推進機構の設立に参加し、常務理事に就任しました。置賜地域の食、エネルギー、地域資源を地域内で循環させる取り組みに関わっています。

その後も山形県内の農業・漁業の現場を訪ねる活動は続いています。

2016年、無所属の野党統一候補として国政復帰

2016年の第24回参院選では、無所属の野党統一候補として山形県選挙区から再挑戦しました。344,356票を獲得して当選し、3年ぶりに国政へ復帰します。

この選挙を前に、2004年の初出馬時に対立候補だった自民党の岸宏一氏は勇退しました。舟山氏は、初当選後に岸氏から党派を超えて指導を受けたと振り返っています。

県民の声を聞き、与野党の枠だけで判断せず是々非々で国会発言する姿勢についても、岸氏の背中から学んだと本人は説明しています。2016年の当選後には、岸氏が使用していた事務所を引き継ぎました。

選挙期間だけでなく、地域を回って直接訴える活動の様子はその後のXにも記録されています。

2020年に国民民主党へ―政調会長から参院議員会長へ

国政復帰後は、2018年5月から国民民主党などで構成する会派の国会対策委員長を務めました。2020年の政党再編では、新たに発足する国民民主党への参加を選びます。

入党にあたっては、政党の中で政策を磨き、提案する役割を担うことが有権者の負託に応える道だと説明しました。

主義主張や立ち位置を変えるつもりは全くありません

出典:舟山やすえ公式サイト「国民民主党入党のご報告」(2020年9月15日)

新党では政務調査会長を務め、2021年には党筆頭副代表に就任しました。2022年7月の参院選で3期目の当選を果たし、その後、会派の議員会長も担っています。

舟山康江氏が重視してきた政策・政治姿勢

食料安全保障と農業者への直接支払い

舟山氏の政策で一貫して比重が大きいのが農林水産分野です。食料自給を安全保障の問題として捉え、食料自給率50%、有機農業面積30%を目標に掲げています。

農業者の所得を下支えする直接支払いの再構築、環境に配慮した農法への加算、帰農支援なども提案しています。公的新品種育成法案では、国や都道府県が基礎的食料の種子確保に責任を持つ仕組みを議員立法として準備しました。

2026年6月、日本・メルコスールEPA交渉をめぐり農林水産相へ申し入れた際には、次のように訴えています。

命に直結する食料安全保障が脅かされることがあってはならない。

出典:国民民主党「『日本・メルコスールEPA交渉に関する要請』を鈴木憲和農林水産大臣へ申し入れ」(2026年6月29日)

県内の生産現場へ足を運ぶ活動も続けています。

豪雪地帯と地方のエネルギー負担

雪国で車が生活に欠かせない実情から、ガソリン税・軽油引取税の上乗せ税率廃止や、灯油・重油・LPガスなどの負担軽減を掲げています。

2022年の豪雪地帯対策特別措置法改正をめぐる与野党協議には国民民主党を代表して参加しました。本人の政策実績では、除雪機の更新、除排雪事業者の確保・育成、流雪溝整備などに関する意見を法案や附帯決議へ盛り込むよう提案したとしています。

教育・子育ての家計負担を減らす

教育政策では、幼児教育・保育から高校までの負担軽減、学校給食・教材費・修学旅行費の無償化、児童手当や奨学金などに設けられた所得制限の撤廃を掲げています。

政治参加についても、若者の被選挙権年齢の引き下げ、ネット投票、女性候補者を支えるメンター制度などを提案しています。

税制を通じた中間層の再生

税制では基礎控除の拡大、ガソリン税の負担軽減、消費税減税などを掲げる一方、金融所得や超富裕層への課税も含め、再分配機能を強める考えを示しています。

所得税の「年収の壁」をめぐる動きについても本人のXで発信しています。

行政監視と「対決より解決」

舟山氏は、参議院の役割として行政監視と政策提案の両方を重視しています。政府の問題を指摘するだけでなく、具体的な代案を示す姿勢を自身の活動方針に掲げています。

現場を歩き地域の声を届けることが私の原点。

出典:舟山やすえ公式サイト(公開日記載なし)

具体策としては、公文書改ざんや隠蔽への罰則強化、国会による経済・財政の将来推計機能の整備などを掲げています。

超党派で取り組む人権外交

農政や地域政策以外では、人権外交にも取り組んでいます。政策では、人権侵害に関わった個人・団体への資産凍結や査証規制を可能にする法制度、人権デューデリジェンスに関する法整備を提案しています。

2026年8月には、超党派議員連盟の活動について本人が発信しました。

政治人生の転機 舟山康江の政治人生の転機
01
2000年
農林水産省を辞め、山形県小国町へ
結婚を機に10年間勤めた農林水産省を退職し、夫の地元・小国町へ移住した。
なぜ転機なのか 中央省庁で政策を担う生活から、雪国の地域社会と民間企業の現場へ生活基盤を移したため。
02
2004年~2007年
初出馬の落選を経て参議院議員へ
2004年の初挑戦では落選したが、政治活動を続け、2007年の参院選で初当選した。
なぜ転機なのか 農水官僚・民間企業勤務から、国政を担う公職へ進んだため。
03
2013年
落選し、地域農業の現場へ戻る
参院選で議席を失い、小国町でJA女性部の一員として農業現場での活動を再開した。
なぜ転機なのか 国会から地域の農業現場へ活動の場を移し、その後の再挑戦までの基盤を築いたため。
04
2016年
無所属の野党統一候補として国政復帰
山形県選挙区から再挑戦し、344,356票を得て当選した。
なぜ転機なのか 3年間の落選期間を経て、再び参議院議員として国政へ戻ったため。

動画で見る舟山康江氏

本人公式サイトから案内されているYouTubeでは、舟山氏自身が人物像や政治活動を紹介しています。文章とは異なり、本人の話し方や表情を確認できます。

舟山康江氏の現在情報

2026年9月3日 時点
現在の公職 参議院議員
現在の所属 国民民主党
選挙区・選出地域 山形県
現在の期・任期 参議院議員3期目
現在の主な役職
国民民主党参議院議員会長 国民民主党両院議員総会長 国民民主党農林水産調査会長 参議院こども・子育て・若者活躍に関する特別委員長

食料安全保障や水田政策などの農政課題を継続して扱い、参議院では農林水産委員会、政治倫理審査会にも所属しています。2026年6月には日本・メルコスールEPA交渉で重要農産物への配慮を農林水産相に求めました。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料

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