石丸伸二の経歴・学歴と生い立ち|銀行アナリストから安芸高田市長、都知事選と「再生の道」へ

石丸伸二
ひと目でわかるプロフィール 石丸伸二
いしまる しんじ
出身地
広島県高田郡吉田町(現・広島県安芸高田市)
初当選
2020年(安芸高田市長選挙)
最終学歴
京都大学経済学部卒業
主な前職
会社員、金融関係
政界入り
民間企業から
生年月日 1982年8月12日
血液型 O型

石丸伸二氏は、広島県の地方都市で育ち、京都大学を経て銀行のアナリストとなった後、38歳で故郷の市長選へ飛び込んだ人物です。

安芸高田市長時代には議会との緊張関係やインターネットを使った発信で全国的に知られ、その後は東京都知事選、地域政党の設立へと活動の舞台を移しました。政治家になる前の人生から、その選択を時系列でたどります。

石丸伸二氏を理解する3つのポイント
  1. 広島の地方都市から京都大学へ進み、銀行では経済分析やニューヨーク駐在を経験した
  2. 2020年に金融業界から地元政治へ転じ、安芸高田市長として行政運営と情報発信を前面に出した
  3. 市長退任後は東京都知事選と地域政党づくりへ活動範囲を広げた

石丸伸二の生い立ち|吉田町で育ち、「外へ出る」ために勉強した少年時代

石丸伸二氏は1982年8月12日、広島県高田郡吉田町に生まれました。現在の安芸高田市にあたる地域です。吉田小学校、吉田中学校で学びました。

本人が後年語った家庭像は、進学が当然とは限らない環境でした。中学3年のとき、父親から義務教育を終えた後にどうするのかと尋ねられ、高校へ進みたいと答えたと振り返っています。

進学先は広島県立祇園北高等学校でした。高校では勉強に力を入れ、同校から初めて京都大学へ合格した生徒になりました。

現役でそのまま進学したわけではなく、1年間の浪人生活を経験しています。2026年のインタビューでは、受験当時の覚悟を次のように語っています。

「京大に受からなければ高卒で生きていこうと思っていた」

出典:KIDSNA STYLE「【石丸伸二の勉強法】京大経済学部を攻略した具体的メソッドとは」(2026年5月8日)

大学選びでは、東京ではなく京都の街そのものにもひかれていました。一方、学部については当初、理系へ進んで医師になることも考えていたといいます。

しかし医学部では6年間の学費や生活費が必要です。家計への負担を考え、文系へ変更しました。そのうえで、将来の収入を現実的に考えて金融業界を進路として想定し、京都大学経済学部を選びました。

石丸伸二の学歴|京都大学で学んだ計量経済と、大道芸に没頭した4年間

学歴一覧石丸伸二の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校吉田小学校――広島県
中学校吉田中学校―――
高校広島県立祇園北高等学校―58(2026年度版)―
大学京都大学経済学部65.0〜67.5(2027年度参考)卒業

※偏差値・難易度は石丸氏の在学当時ではなく現在の目安です。

京都大学では、統計的な手法を経済データの分析へ応用する計量経済を専攻しました。大学院進学は考えず、金融業界で必要になる知識を学んで卒業するという進路を描いていました。

学生生活で多くの時間を使ったのは、勉強だけではありません。「ジャグリングドーナツ」という大道芸のサークルに入り、地域の祭り、幼稚園、小学校などで演技を披露していました。

京都大学の学園祭「11月祭」の前には仲間同士でリハーサルを行い、演技の直すべきところを互いに厳しく指摘しました。石丸氏は、この経験を通して批判を受けることへのネガティブな感情が薄くなったと振り返っています。

五条にあるホテルではウェイターのアルバイトも経験しました。結婚式で料理を運び、テーブルマナーや接客の所作を覚えた学生時代でもありました。

石丸伸二の経歴|三菱UFJ銀行で企業融資からニューヨークの為替分析へ

2006年に京都大学経済学部を卒業すると、三菱東京UFJ銀行へ入行しました。最初は法人顧客への融資を約2年間担当し、その後、大学で学んだ統計を使うアナリストの仕事へ移ります。

本部の経営調査部門では世界経済の見通しを作成し、続いて株式や債券を扱う金融市場部門へ進みました。その後は為替を担当し、ニューヨーク駐在のアナリストとなります。

ニューヨークでは年間100日ほど出張し、カナダから南米までを担当しました。本人公式プロフィールでは、4年半にわたり米州の9か国25都市で活動したとされています。

政治が将来の選択肢に入り始めたのは、この銀行員時代でした。

「政治に関心を持ったのは、銀行員として経済を分析しだしてからですね。」

出典:京都大学新聞社「【卒業生インタビュー 京大出たあと、何したはるの?】Vol.8 安芸高田市長 石丸伸二さん 自分の使い道を見つけたい」(2024年3月16日)

20代のころには政治家になることを頭に置いていましたが、銀行での仕事が充実していたため、当初は50代や60代になってからでもよいと考えていました。

2020年、銀行を辞めて安芸高田市長選へ

予定より早く政治へ進むきっかけになったのが、2019年参院選をめぐる大規模買収事件、いわゆる河井事件でした。安芸高田市では当時の児玉浩市長が河井克行氏から現金60万円を受け取ったことを認め、2020年に辞職しました。

後任を決める市長選では副市長が出馬する一方、対立候補が現れず無投票となる可能性がありました。ニュースを見た石丸氏は一晩考え、2020年7月8日に自ら立候補することを決断します。

銀行へ退職の意向を伝え、故郷へ戻りました。投開票まで約1か月しかない状態から始めた最初の選挙でした。

8月9日の安芸高田市長選では、石丸氏が8,076票、対立候補が5,344票。初めての立候補で安芸高田市長に当選しました。

安芸高田市長として始まった議会との緊張とネット発信

市長就任後、早い段階で注目されたのが市議会との関係でした。2020年9月には、一般質問中に居眠りをしていた議員がいたとして、本人のXで市民へ伝えています。

議会や記者会見の映像がインターネット上で広く視聴されるようになったのは後のことですが、発信する首長という考え自体は就任当初から持っていました。

「就任当初から首長は発信力を持つべきだ、インフルエンサーになるべきだと言っていました。」

出典:京都大学新聞社「【卒業生インタビュー 京大出たあと、何したはるの?】Vol.8 安芸高田市長 石丸伸二さん 自分の使い道を見つけたい」(2024年3月16日)

市長としての仕事を、石丸氏は職員との議論を通じて計画や方針を決める行政組織のトップと捉えていました。その一方、災害時には行政情報を直接届ける手段としてもSNSを使っています。

「恫喝」投稿と選挙ポスター費をめぐった二つの民事訴訟

議会とのやり取りをめぐっては、その後、裁判で結論が出た問題もあります。

2020年10月1日、石丸氏は議会側から政策への反対を示唆する説得または「恫喝」があったという趣旨の投稿を行いました。

この発言・投稿をめぐり、山根温子市議が安芸高田市と石丸氏に損害賠償を求めました。広島地裁は2023年12月、恫喝に当たる発言があったとは認められないと判断し、石丸氏の言動について国家賠償法上の違法性を認定。市に33万円の賠償を命じました。

一方、石丸氏個人に対する請求は棄却されました。言動が市長としての職務上の行為と判断されたためです。2024年7月に広島高裁が一審を支持し、2025年4月23日に最高裁が上告審として受理しない決定をしたことで、市に賠償を命じた判決が確定しました。

もう一つは、2020年市長選のポスターやビラの制作費をめぐる印刷会社との紛争です。印刷会社は未払い分として約72万円を請求し、石丸氏側は報酬が公費負担の範囲に収まる合意があったと主張しました。

裁判所はその合意を認めず、約72万円の支払いを命じました。2024年7月5日に最高裁が上告を受理しない決定をし、一、二審判決が確定しています。

この二つは別個の民事訴訟です。「恫喝」発言をめぐる訴訟は安芸高田市に賠償を命じたもの、ポスター費をめぐる訴訟は石丸氏本人に支払いを命じたものです。

市長を退き、東京都知事選へ

2024年5月16日、石丸氏は東京都知事選への出馬を表明しました。安芸高田市長として2期目を目指すのではなく、人口や経済が集中する東京から日本全体の構造へ働きかける構想を打ち出します。

「人生くらいなら、賭けてやる」

出典:GOETHE「石丸伸二『挑戦とは、特別な誰かのものではない』。人生を変えた3つの挑戦。新たな挑戦は東京都知事選」(2024年5月28日)

出馬表明時のXでは、「一極集中から多極分散へ」という方向を示しました。

6月6日には安芸高田市で退任式が行われました。本人は約4年間の市政について、職員向けだった式典に一般の市民も参加した様子を伝えています。

市長の退任日は6月9日。7月7日の東京都知事選では無所属で立候補し、1,658,363.406票を獲得して2位となりました。小池百合子氏の2,918,015票には届かず、当選には至りませんでした。

地域政党「再生の道」を立ち上げ、候補者を公募

都知事選から約半年後の2025年1月15日、石丸氏は地域政党「再生の道」を設立しました。

自らが次の選挙へ直ちに出るのではなく、新しい候補者を政治へ送り出す仕組みをつくる活動でした。東京都議選へ向けて候補者を公募し、多選を避けるための任期制限も掲げました。

「政治の再生を東京都から始めましょう。」

出典:再生の道「候補者募集開始」(公開日記載なし)

再生の道は2025年の東京都議選に42人、参院選に10人を擁立しましたが、議席の獲得には至りませんでした。石丸氏自身はいずれの選挙にも立候補していません。

8月27日には代表を交代すると発表し、新代表の選考後は団体に残らない意向を明言します。9月16日に京都大学大学院生の奥村光貴氏が新代表に選ばれ、石丸氏は同日付で代表を退きました。

「貴重な、なかなか得難い時間だったなと感じます」

出典:テレビ朝日「『再生の道』新代表に京大院生 石丸氏『貴重ななかなか得難い時間だった』」(2025年9月16日)
人生年表 石丸伸二さんの歩み
1982年8月12日
広島県高田郡吉田町で生まれる
現在の広島県安芸高田市
2006年3月
京都大学経済学部を卒業
2006年4月
三菱東京UFJ銀行に入行
法人営業、経済分析、金融市場、為替分析などを経験
銀行員時代
ニューヨークに駐在
為替アナリストとして米州の9か国25都市で活動
2020年7月
三菱UFJ銀行を退職
安芸高田市長選への立候補を決断
2020年8月9日
安芸高田市長選で初当選
無所属、8,076票
2024年5月16日
東京都知事選への立候補を表明
2024年6月9日
安芸高田市長を退任
任期途中で辞職
2024年7月7日
東京都知事選に立候補
1,658,363.406票で2位
2025年1月15日
地域政党「再生の道」を設立
代表に就任
2025年9月16日
「再生の道」の代表を退任
新代表就任に伴い団体を離れる
2025年12月
ReHacQ九州支局長に就任
福岡を拠点にメディア活動

石丸伸二氏が掲げてきた政策・政治姿勢

将来世代への支出として学校給食を無償化

安芸高田市では2024年度から、市内の小中学校で学校給食を無償化しました。単に子育て家庭の負担を軽くする施策としてだけでなく、教職員の給食費徴収業務を減らすことや、世代間格差の是正も目的に挙げられています。

同じ「未来への投資」として、小学校では1人1台端末の利用を想定した一回り大きい机と椅子への更新も進めました。その財源にはふるさと納税による寄付金を活用しています。

毛利元就・神楽・サンフレッチェを地域の資産として発信

地域振興では、毛利元就、伝統芸能の神楽、サンフレッチェ広島を安芸高田市の資産として積極的に扱いました。サンフレッチェ広島のユース選手は安芸高田市の施設を拠点とし、市内の高校へ通う選手もいます。

2023年には吉田高校の生徒がサンフレッチェ広島の試合を観戦する機会について、本人のXからも発信しました。

政治への関心を政治家側の課題として捉える

政治参加については、若者など有権者側の無関心だけを問題にするのではなく、政治家が関心を持たれる存在になれているかを問い続けています。

東京都知事選で示した「政治再建」

2024年の東京都知事選では「政治再建」「都市開発」「産業創出」を三つの柱として掲げました。

政治再建では、SNSやYouTubeなどを使った情報公開に加え、ICTを利用して都民の意見を集める仕組みや、施策の合理化を提案しました。情報を届けるだけではなく、行政側が市民の声を受け取る経路にもデジタル技術を使う構想でした。

都市の災害リスクと多摩格差への対応

「都市開発」では、首都直下地震などの災害リスクへの備え、経済と環境の両立、多摩地域と区部の格差を課題に挙げました。

東京だけを成長させる方向ではなく、一極集中による負担を緩和しながら都市機能を維持する考えを示しています。

教育投資と46道府県との連携による「産業創出」

「産業創出」では教育の深化・進化、国内外からの需要の取り込み、東京都と46道府県の連携を組み合わせました。教育へ投資して人材を育て、東京の資金や市場を地方と結び付ける構想です。

金融市場で働いた経験を持つ石丸氏は、政治家にも金融・経済の基本的な理解が必要だという考えを市長時代から発信していました。

2024年の東京都知事選では、公約の「3つの柱」と「9つの軸」について、本人がインタビュー形式で約1時間説明する動画も公開しました。政策項目だけでなく、本人の話し方や優先順位を確認できる資料です。

石丸伸二氏の議会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の議会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

学校給食費の無償化

中学校の規模適正化と教育環境

公共施設の再編と財政負担

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

石丸伸二氏の現在情報

2026年9月5日 時点
現在の所属 無所属
現在の主な役職
ReHacQ九州支局長

2025年9月に「再生の道」の代表を退任して同団体を離れた後も、政界引退の表明は確認されていない。

関連書籍
石丸伸二さんの著書・関連書籍
日本再生の道
書籍
日本再生の道
著者:石丸伸二/西田亮介 / 出版社:幻冬舎 / 発売日:2025年04月23日頃
シン・日本列島改造論
書籍
シン・日本列島改造論
著者:石丸伸二 / 出版社:日本経営センター / 発売日:2024年07月10日頃
覚悟の論理
書籍
覚悟の論理
著者:石丸 伸二 / 出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン / 発売日:2024年05月24日

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選挙歴 石丸伸二の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
安芸高田市長選挙
定数:1 比例復活:該当なし
新人。投票率56.98%
広島県 安芸高田市 無所属 当選 8,076票 1位
東京都知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
前安芸高田市長として立候補
東京都 無所属 落選 1,658,363.406票 2位
政治人生の転機 石丸伸二の政治人生の転機
01
2020年7月
銀行員生活を離れ、故郷の市長選へ
河井事件を受けて前市長が辞職した後の市長選への出馬を決め、銀行を退職して安芸高田市へ戻った。
なぜ転機なのか 約14年間の金融機関でのキャリアから、政治家へ進路を切り替えた出来事。
02
2020年8月
安芸高田市長に初当選
初めての選挙で8,076票を得て市長に当選した。
なぜ転機なのか 民間企業出身者から自治体行政のトップへ立場が変わった。
03
2024年5月~7月
市長を退き東京都知事選へ
東京都知事選への出馬を表明して安芸高田市長を退任し、都知事選では約165万8千票を得て2位となった。
なぜ転機なのか 安芸高田市を中心とした地方政治から、東京都と全国を意識した政治活動へ軸足を移した時期。
04
2025年1月~9月
「再生の道」設立から代表退任へ
地域政党「再生の道」を立ち上げて代表となり、その後、新代表への交代に伴って団体を離れた。
なぜ転機なのか 自ら選挙に出る活動から候補者を公募する組織づくりへ進み、さらにその組織から退くまでの転換があった。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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