丸山穂高の経歴・学歴と生い立ち|経産官僚から衆議院議員3期、国会を離れるまで

丸山穂高
ひと目でわかるプロフィール 丸山穂高
まるやま ほだか
出身地
大阪府
初当選
2012年(第46回衆議院議員総選挙)
最終学歴
東京大学経済学部卒業
主な前職
国会議員秘書、官僚・国家公務員
政界入り
官僚から、政治塾から
生年月日 1984年1月10日
血液型 A型

丸山穂高氏の経歴をたどると、国会で大きく報じられた2019年の発言だけでは見えにくい、かなり早い時期から政治家になるために進路を組み立ててきた歩みが見えてきます。

この記事では、政治を志した原点から国会議員を離れた後まで、本人の言葉と公的記録を軸に追います。

丸山穂高氏を理解する3つのポイント
  1. 小学生のころに政治家を志し、学生時代の議員秘書、経済産業省、松下政経塾を経て政界へ進みました。
  2. 大阪19区で衆議院議員を3期務め、財務金融や安全保障、泉州の地域課題などを扱いました。
  3. 2019年の維新除名と別政党への参加、2021年の衆院選不出馬を経て、国会議員とは異なる形でも政治に関わってきました。

丸山穂高の生い立ち|阪神・淡路大震災後の経験から政治へ関心

丸山穂高氏は1984年1月10日、大阪府に生まれました。政治を職業として意識したのは、かなり早い時期だったと本人が振り返っています。

1995年の阪神・淡路大震災後、父に連れられて被災地のボランティアへ参加しました。そこで住民から政治や行政に対する不満を聞いた経験について、後年、政治家という仕事へ関心を持つきっかけになったと語っています。

「小学校の卒業文集に『政治家になりたい』と書いていたくらいです。」

出典:BLOGOS/livedoorニュース「丸山穂高氏インタビュー」(2022年3月30日、BLOGOS初出2013年4月12日)
人生年表 丸山穂高さんの歩み
1984年1月10日
大阪府に生まれる
1995年ごろ
阪神・淡路大震災後の被災地でボランティア
父に同行した体験を政治への関心のきっかけと後年回想
2002年
西大和学園高等学校を卒業
2006年
東京大学経済学部を卒業
2006年
経済産業省に入省
大臣官房総務課、原子力安全・保安院などで勤務
2009年
経済産業省を退官
松下政経塾第30期に入塾
2012年
松下政経塾を卒塾
日本維新の会大阪府第19選挙区支部長となる
2012年12月
第46回衆議院議員総選挙で初当選
大阪19区・日本維新の会
2014年12月
第47回衆議院議員総選挙で再選
大阪19区・維新の党
2017年10月
第48回衆議院議員総選挙で3選
大阪19区・日本維新の会
2019年5月
日本維新の会から除名
北方四島交流事業での言動をめぐり処分
2019年6月
衆議院が糾弾決議を可決
2019年7月
NHKから国民を守る党へ入党
のち副党首
2021年10月
次期衆議院議員総選挙への不出馬を表明
同月の衆議院解散で議員任期を終える
2023年9月
齊藤健一郎参議院議員の公設第二秘書に就任
2024年12月まで齊藤氏側の発信で同職を確認

丸山穂高の学歴|30歳までの政界入りを逆算した学生時代

2002年に西大和学園高等学校を卒業し、東京大学経済学部へ進学しました。本人は11歳ごろには「30歳までに政治家になる」というイメージを持ち、政治と経済の中心で学ぶため東京への進学を考えたと振り返っています。

大学時代には政治家の秘書も経験しました。政治の外側から憧れるだけではなく、実際の政治活動に近い場所へ足を運んでいた時期です。

一方で、卒業後すぐに選挙へ出たわけではありません。政策が行政の中でどのように作られ、実施されるのかを知るため、2006年に経済産業省へ入省しました。

丸山穂高の経歴|経済産業省を3年で退官、松下政経塾へ

経済産業省では大臣官房総務課や原子力安全・保安院などを経験しました。本人の説明では、官僚になること自体を最終目標にしたのではなく、政治家になる前に行政と政策形成の仕組みを学ぶ意図がありました。

2009年、約3年間勤めた経済産業省を退官し、松下政経塾第30期へ入塾します。

政経塾では早朝のラジオ体操や清掃、ランニング、講義、剣道、茶道、現地調査などを含む共同生活を送りました。研究テーマとして取り組んだのは、議会制度改革や経済活性化です。

2011年の東日本大震災後には被災地でがれき撤去や避難所支援にも参加しています。

「これからも息の長い奉仕活動を継続してきたい。」

出典:松下政経塾「ポスト3.11」(2011年5月1日)

大阪19区で28歳の衆議院議員へ

2012年に松下政経塾を卒塾すると、日本維新の会大阪府第19選挙区支部長となりました。対象となった大阪19区は、貝塚市、泉佐野市、泉南市、阪南市、泉南郡などを含む泉州地域です。

同年12月の第46回衆議院議員総選挙では65,158票を得て、28歳で初当選しました。

2014年は維新の党から再選。2017年には日本維新の会から3選し、衆議院では財務金融委員会や安全保障委員会などで活動しました。党では財務金融部門や政策調査に関わる役職も経験しています。

国会活動だけでなく、選挙区では街頭活動、地域行事、訪問活動、小規模な集会を重ねていました。2017年2月の公式Xでは、その日の地元活動をまとめて発信しています。

国会議員として活動していた2016年1月には、自身が「先日の不始末」と表現した出来事を受け、議員在職中は酒を飲まないとする宣誓書を提出したことも公式Xで明らかにしました。

2019年の北方四島交流事業と維新除名

3期目の2019年5月、丸山氏の政治経歴を大きく変える出来事が起きました。北方四島交流事業の訪問団に同行して国後島を訪れた際、飲酒した状態で訪問団団長に北方領土を戦争で取り返すことの是非を尋ねる趣旨の発言をしました。

帰国後、丸山氏は発言について謝罪し、撤回しました。

「心からおわびし、発言を撤回する」

出典:テレビ朝日「『戦争で島を…』維新・丸山議員が謝罪1」(2019年5月13日)

日本維新の会は翌14日、丸山氏を除名処分としました。初当選以来所属してきた維新を離れることになります。

議員辞職を求める動きに対しては、翌15日の公式Xで、決議案が審議されれば自ら説明・反論する考えを示しました。

6月6日、衆議院本会議は丸山氏に対する糾弾決議を全会一致で可決しました。決議には法的な議員失職の効力はなく、丸山氏は議席を維持しました。

「ただちに、自ら進退について判断するよう促す」

出典:衆議院「議員丸山穂高君糾弾決議案」(2019年6月6日)

その後は無所属を経て、2019年7月にNHKから国民を守る党へ入党しました。衆議院議員3期目の途中で、政治活動の所属基盤が変わりました。

2021年の不出馬、国会を離れた後の活動

丸山氏は2021年10月11日、次期衆議院議員総選挙へ立候補しないと表明しました。落選によって議席を失ったのではなく、自ら選挙へ出ない判断をした形です。

「自分の時間と能力を自分のためにも使いたい」

出典:日刊スポーツ「丸山穂高氏、次期衆院選は不出馬『ユーチューバーとかにはならない』」(2021年10月11日)

10月14日の衆議院解散によって、約9年間、3期続いた衆議院議員としての在職を終えました。

国会を離れた後も政治との接点がなくなったわけではありません。2023年9月には齊藤健一郎参議院議員の公設第二秘書に就任し、2024年12月時点の齊藤氏側の発信でも同職が確認されています。

また、政治・経済・社会情勢について自身のアカウントから発信を続けています。2026年4月には、自民党の新人議員による動きを題材に党内政治について論評しました。

選挙歴 丸山穂高の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第46回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(小選挙区当選)
初当選
大阪 19区 日本維新の会 当選 65,158票 1位
第47回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(小選挙区当選)
2選
大阪 19区 維新の党 当選 56,119票 1位
第48回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(小選挙区当選)
3選
大阪 19区 日本維新の会 当選 66,712票 1位

丸山穂高氏が扱ってきた政策・政治テーマ

行財政改革と消費税

衆議院財務金融委員会では、消費税率引き上げと行財政改革を取り上げています。2016年の審議では、増税時期を先に固定することに反対し、国会議員の身を切る改革、公務員人件費の見直し、行政改革、景気回復を先に進めるべきだと主張しました。

「我が党は、消費税率引き上げの期限を決めて実施することには明確に反対です。」

出典:国立国会図書館「第192回国会 衆議院 財務金融委員会 第6号」(2016年11月1日)

地方分権と大阪・泉州

初当選直後のインタビューでは、大阪経済の停滞と関西国際空港の可能性を挙げながら、地域が自ら政策を選択できる制度を重視していました。

国から一律に権限を移すのではなく、権限を求める地域が自ら受け取れる地方分権を進め、国は安全保障、外交、金融政策など全国規模の役割へ集中する考えを示していました。

若い世代を意識した政策

28歳で初当選した丸山氏は、若い世代や将来世代を意識した政策を掲げました。2013年のインタビューでは、若い世代が社会を変えていけるような分野を重点的に扱いたいとの考えを示しています。

安全保障・外交

安全保障委員会の理事などを経験し、外交・安全保障を継続して扱いました。国会外でも、中国による香港国家安全維持法をめぐる動きや日本政府の外交姿勢について発信しています。

議員経費と制度の透明化

国会議員に支給・提供される経費や制度についても、本人の利用実態を含めて公開し、制度そのものを議論の対象にする姿勢を見せました。

2019年8月には、国内航空券、当時の文書通信交通滞在費、JR乗車証などについて、制度を使ったうえで実態を公開し、是非を問う考えを公式Xに投稿しています。

NHKスクランブル放送

2019年にNHKから国民を守る党へ参加した際には、受信料を支払った人が視聴できるスクランブル放送の実現について協力する立場を示しました。

一方、党の全政策へ一括して従う形ではなく、スクランブル放送を共通項とする「ワンイシュー」での協力という整理でした。

政治人生の転機 丸山穂高の政治人生の転機
01
1995年ごろ
阪神・淡路大震災後のボランティア
父に連れられて被災地で活動し、政治や行政への不満を聞いた経験。
なぜ転機なのか 本人が政治家という職業への関心のきっかけと振り返っているため。
02
2009~2012年
官僚から松下政経塾、初出馬へ
経済産業省を退官し、松下政経塾での研修を経て大阪19区から初出馬した。
なぜ転機なのか 行政実務を学ぶ立場から選挙政治へ進路を移したため。
03
2019年5~7月
維新除名からN国党参加へ
日本維新の会から除名され、その後NHKから国民を守る党へ入党した。
なぜ転機なのか 3期目途中で所属政党と政治活動の基盤が大きく変わったため。
04
2021年10月
衆院選不出馬と議員任期終了
次期衆院選への不出馬を表明し、同月の衆議院解散で3期の国会議員生活を終えた。
なぜ転機なのか 議席を通じた政治活動から別の活動形態へ移る節目となったため。

丸山穂高氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

消費税増税と行政改革

エネルギーミックスと再生可能エネルギー

福島第一原発の汚染水対策

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

丸山穂高氏の発信を動画で見る

公式YouTubeでは、国会を離れた後も政治情勢や政党運営について長時間の発信を行っています。2025年の参議院選挙後には、NHK党の選挙結果とその後を題材に自身の見方を説明しました。

丸山穂高氏の現在情報

2026年9月16日 時点
現在の所属 NHKから国民を守る党
現在の主な役職
NHKから国民を守る党 副党首

公式X・YouTubeで政治、経済、社会に関する発信を続けています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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