本庄知史氏は、衆議院議員になるまで約19年間、岡田克也氏の秘書として政治の現場にいました。政権交代を目指す野党時代だけでなく、民主党政権では政府の中から政策を動かす仕事も経験しています。
その後、自ら選挙に挑む道を選び、千葉8区で衆議院議員に2回当選しました。秘書時代から国会議員、新党の政策責任者へと、どのような道を歩いてきたのでしょうか。
- 京都で育ち、東京大学法学部を経て国会議員秘書として長く政策実務に携わりました。
- 19年間の秘書生活を終えて党公募に応募し、千葉8区から衆議院議員となりました。
- 国会では政策・政治改革に関わり、2期目には党の政務調査会長として政策調整を担いました。
京都で育ち、10代で政治を意識するようになる
本庄知史氏は1974年10月22日、京都市で生まれました。政治を意識するようになったのは10代の頃です。
本人が政治家を志したきっかけとして挙げているのが、消費税の導入と湾岸戦争でした。国内の税制と国際情勢という異なる問題を同じ時期に目の当たりにし、政治への関心を深めていきます。
高校は京都市立日吉ケ丘高等学校に通いました。2025年には、母校の近くにある京都国際高校をめぐる発信の中で、自身の高校時代の地域についても触れています。
東京大学法学部で学び、岡田克也事務所へ
高校卒業後は東京大学法学部へ進学しました。大学では体育会テニス部に所属し、政治学者・北岡伸一氏のゼミでも学んでいます。
2000年、国会議員政策担当秘書試験に合格。衆議院議員・岡田克也氏の事務所に入りました。
本庄氏が共鳴したのは、岡田氏が掲げていた「政権交代可能な政治の実現」という考えでした。政策、国会対応、報道・広報、国際関係などを担当し、ここから19年間に及ぶ秘書生活が始まります。
岡田克也氏を19年間支え、政権交代も経験
秘書時代には、2003年衆院選、2004年参院選、2005年の郵政選挙、2009年衆院選などに携わりました。岡田氏が民主党代表や幹事長を務める中で、国政選挙を政策面から支えています。
2009年の衆院選では民主党が政権交代を実現しました。本庄氏にとっては、野党として政権を目指す仕事から、実際に政府を運営する側へ移る経験となります。
外務大臣秘書官、副総理秘書官として政府の中へ
民主党政権の3年3カ月では、岡田氏とともに政権へ入り、外務大臣秘書官、与党幹事長政策秘書、副総理秘書官などを務めました。
外務省では日米間の「密約」をめぐる調査や記者会見のオープン化に関わり、その後は「ねじれ国会」、東日本大震災への対応、社会保障と税の一体改革などにも携わっています。
2015年に岡田氏が民主党代表へ復帰すると、再び政策秘書として代表を支えました。安保法制をめぐる国会や2016年参院選も、政治スタッフとして経験しています。
2019年、秘書から自ら選挙に挑む道へ
長く政治家を支えてきた本庄氏が、自分自身の名前で選挙に挑むことになったのは2019年です。
立憲民主党の衆議院議員候補者公募を経て、同年11月に千葉県第8区総支部長へ選任されました。千葉8区は柏市を中心とする選挙区です。
候補者として掲げたのは、短期的な人気だけを追うのではなく、将来世代まで視野に入れた政治でした。
今だけではなく、次の世代に責任を果たす政治。
出典:立憲民主党「『総裁選よりコロナ対策』枝野代表、本庄知史8区総支部長と街頭演説」(2021年9月20日)
2021年、千葉8区で初当選
最初の国政選挙は2021年10月31日の第49回衆議院議員総選挙でした。立憲民主党から千葉8区に立候補し、135,125票を獲得します。
初出馬で小選挙区を制し、46歳で衆議院議員に初当選しました。秘書として政治に携わり始めてから約21年を経て、自ら国会で議決権を持つ立場となりました。
党内では副幹事長や代表補佐などを経験。国会での審議と並行して、柏市では駅頭活動や対話集会を重ねました。
2024年の衆院選を迎えるまでに、国会質問は44回、地元での対話集会は延べ400回に達したと本人は記しています。
政策は役所や専門家、利害関係者だけでは作れません。
出典:本庄さとし「かわら版号外『号砲』」(2024年10月15日)
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2021年 10月31日 |
第49回衆議院議員総選挙
初出馬で小選挙区当選。衆議院議員1期目
|
千葉県 第8区 | 立憲民主党 | 当選 | 135,125票 1位 |
| 2024年 10月27日 |
第50回衆議院議員総選挙
衆議院議員2期目
|
千葉県 第8区 | 立憲民主党 | 当選 | 78,678票 1位 |
| 2026年 2月8日 |
第51回衆議院議員総選挙
自由民主党の松本泉氏が95,279票で当選。本庄氏は比例南関東ブロックでも議席を得なかった
|
千葉県 第8区 | 中道改革連合 | 落選 | 62,784票 2位 |
2024年に再選、党の政策中枢へ近づく
2024年10月27日の第50回衆議院議員総選挙では、千葉8区で78,678票を獲得して再選。2期目に入りました。
この選挙では、政治改革、物価高対策、教育無償化を含む人への投資、財政や地球温暖化など将来世代に関わる課題を柱として訴えています。
選挙戦で応援に入った立憲民主党代表の野田佳彦氏は、19年間に及ぶ岡田氏の下での政策実務や、本庄氏の地元活動に触れたうえで、こう評しました。
右腕というよりも自分にとっての頭脳だ
出典:立憲民主党「野田代表、本庄総支部長がJR柏駅前で訴える」(2024年10月13日)
当選2回で立憲民主党の政務調査会長に就任
2025年9月、本庄氏は立憲民主党の政務調査会長に就任しました。国会議員としては2期目でしたが、約19年間の秘書経験を含む政策実務が長い人物でした。
政務調査会は、党の政策づくりや各分野の政策調整を担います。本庄氏は就任後、給付付き税額控除、経済対策、ガソリン税の暫定税率などを党内外で調整していきました。
現場主義の、生の声をしっかり生かした政策。
出典:立憲民主党「政策のさらなるブラッシュアップを」(2025年9月18日)
一方で、政策を急いで決めるだけでなく、国会での議論に必要な時間を確保することも求めていました。2026年1月には、通常国会冒頭での衆院解散をめぐり、物価高や社会保障の議論が先送りされることへの懸念を発信しています。
2026年、中道改革連合の政策づくりを担う
2026年1月、政界の枠組みが大きく動きます。本庄氏は中道改革連合の結集に参加し、新党の綱領や政策の取りまとめに携わりました。
1月22日の結党大会では、岡本三成氏とともに共同政務調査会長に就任。衆院選に向けた重点政策の発表も両氏が担当しました。
しかし、2月8日の第51回衆議院議員総選挙では千葉8区で62,784票にとどまり、比例代表でも議席を得られませんでした。3期目には届かず、衆議院議員の立場を離れます。
捲土重来、地元・柏にて、また一から出直します。
出典:本庄さとし「かわら版Vol.56『捲土重来』」(2026年2月9日)
議席を離れた後も政策発信は続けています。野党のあり方をめぐっては、世論に合わせるだけではなく、自分たちが目指す方向を示すことが政治家の役割だという考えを発信しています。
千葉豪雨では柏の被災現場へ
2026年8月の千葉豪雨では、中道改革連合の対策本部が設置され、本庄氏も事務局次長に加わりました。柏市内では浸水被害のあった現場を訪ね、周辺住民から状況を聞いています。
政治改革では企業・団体献金の規制強化を掲げる
本庄氏が継続して扱ってきた分野の一つが政治改革です。2024年衆院選では「政治改革」を最初の政策に置き、政治への信頼を取り戻す必要性を訴えました。
その後の政策では、企業・団体献金について大幅な規制強化を掲げています。議員定数や選挙制度については、削減ありきではなく、制度全体を議論したうえで結論を出す立場です。
物価高対策では食料品消費税ゼロと給付付き税額控除
物価高への対応では、食料品の消費税負担をなくす政策と、所得に応じた支援を組み合わせる考えを示しています。
食料品消費税ゼロについては、国債に頼るだけの減税ではなく、財源を確保することを前提とした「責任ある減税」を掲げています。
もう一つが「給付付き税額控除」です。税額控除だけでは支援が届きにくい低所得層には給付を組み合わせ、中低所得者の負担軽減を図る制度として位置づけています。
必要な政策と財政規律を両立する「賢い財政」
本庄氏は支出抑制そのものを目的にするのではなく、必要な政策に予算を振り向けながら、財政への信頼も守る「賢い財政」を掲げています。
2025年12月、立憲民主党政調会長として2026年度予算案への談話を発表した際には、国債費や金利上昇によって社会保障、教育、科学技術などの政策経費が圧迫されることへ懸念を示しました。
「財政あっての政策」でもあります。
出典:本庄さとし「2026年度予算の閣議決定にあたって」(2025年12月26日)
教育や医療を「ベーシックサービス」として支える
経済政策では、現金給付や減税だけでなく、生活に欠かせないサービスを広く支える考えも掲げています。
医療、介護、保育、障がい福祉、教育、住宅などを「ベーシックサービス」として拡充し、所得によって必要なサービスを受けにくくなる状況を減らすという考えです。
教育では、2024年衆院選から教育費負担の軽減や人への投資を訴えてきました。2026年の中道改革連合の政策づくりでは、若者向けに奨学金返済減税や家賃補助なども示しています。
外交・安全保障では非核三原則と国際協調を重視
外務大臣秘書官を経験した本庄氏は、外交・安全保障も主要政策の一つとして扱っています。
核兵器政策では非核三原則を堅持し、核兵器禁止条約へのオブザーバー参加を掲げています。一方、安全保障では日米同盟を基軸とし、中国との間では「戦略的互恵関係」の再構築を目指す立場です。
国際社会については、軍事力だけでなく、戦後築かれてきた国際ルールや多国間協調を維持する外交を重視しています。
本庄知史氏の現在情報
2026年2月の衆院選で議席を失った後も、国政復帰を目指して柏市を中心に駅頭活動や地域での対話を継続している。
国会質疑を動画で見る
本庄氏の公式YouTubeには国会質疑の映像も公開されています。以下は、衆議院議員1期目の2024年4月12日に行った内閣委員会での質疑です。
-
生年月日、学歴、秘書歴、岡田克也事務所での19年間、政界入り、当選歴、党役職、政策、2026年衆院選後の活動状況を確認
-
2026年8月19日時点の党役員体制、本庄知史氏の千葉県第8区総支部長・千葉豪雨対策本部事務局次長としての立場を確認
-
2026年1月22日の結党時に本庄知史氏が共同政務調査会長へ就任したことを確認
-
2025年の立憲民主党政務調査会長就任と政策づくりの基本方針を確認
-
柏での駅頭・対話集会、国会質問実績、政策づくりに対する考え、2024年衆院選時の政策を確認
-
2026年衆院選落選と、落選後も柏で政治活動を継続する意思を確認
-
出身高校、政策に対する考え、落選後の政治発信、柏での地域活動を確認
-
2021年衆院選の投票日、千葉8区で本庄知史氏が立憲民主党候補として当選したことを確認
-
2024年衆院選の投票日、千葉8区で本庄知史氏が再選したことを確認
-
2026年衆院選の投票日、千葉8区の結果と比例南関東ブロックで議席を得なかったことを確認
この記事の更新履歴
- 2026年8月28日 記事を新規作成。現況情報を確認

















































































