森下千里氏は、芸能界で長く活動した後、会社経営を経て宮城県へ生活の拠点を移し、国政へ挑戦した政治家です。
最初の衆院選では落選しましたが、その後も石巻市に住み、街頭や地域行事で活動を続けました。芸能活動から政治へ移るまでに、どのような出来事があったのでしょうか。
- 名古屋で生まれ、芸能活動の後はジム経営やゴルフ用品の製造・販売を手がける会社を設立しました。
- 東日本大震災の復興支援を通じて宮城との接点を持ち、2021年に石巻市を拠点として国政へ初挑戦しました。
- 2024年に比例東北で衆院初当選し、2026年には宮城4区で小選挙区初当選。環境大臣政務官も務めています。
名古屋で育ち、レースクイーンから芸能界へ
森下千里氏は1981年9月1日、愛知県名古屋市中村区に生まれました。名古屋学院大学へ進学しましたが、2002年に中退しています。
芸能活動はそれより少し早く、2001年にレースクイーンとして本格化しました。同年には「レースクイーン・オブ・ザ・イヤー」を受賞し、その後はグラビア、テレビ番組、ドラマなどへ活動の幅を広げています。
2002年には「仮面ライダー龍騎」で女優デビュー。旅番組などで日本各地を訪れる仕事も多く、芸能活動を通じて国内外のさまざまな地域に足を運びました。
後年、自民党の企画で思い出の一枚として挙げたのが、仕事でマレーシアを訪れ、先住民族の伝統的な祭りに参加した時の写真です。宗教や習慣、生活様式の違いに触れる中で、自分が意外と日本のことを知らないと感じ、日本の成り立ちや将来を考えるようになったと振り返っています。
芸能活動を一度止め、会社経営へ踏み出す
芸能界で仕事を重ねる一方、30代に入ると進路を見直す時期が訪れます。2015年に所属事務所を離れた後は、広告代理店で1週間のインターンを経験し、企画づくりなどを学びました。
知人を通じてピラティススタジオの立ち上げにも関わり、2016年には会社を設立。芸能活動だけでなく、自ら会社を経営する立場へ進みました。ジム経営やゴルフ用品の製造・販売などを手がけています。
芸能界から距離を置いた理由について、2017年のインタビューでは次のように話しています。
「一度立ち止まって、自分を見つめ直す時間がほしかったんです」
出典:日刊ゲンダイDIGITAL「2年前に芸能活動休止 森下千里さん『目の前が真っ暗に』」(2017年7月31日)
その後も芸能活動を再開した時期がありましたが、2019年には芸能界を引退しました。
東日本大震災の復興支援から宮城との関わりが続く
後の政治活動につながる宮城との接点は、政界入りよりかなり前に始まっています。2011年、東日本大震災復興応援チャリティーソング「RESTART」に参加し、以後も復興支援のチャリティー活動に携わりました。
被災地での炊き出しなどにも参加し、知人が石巻へ移住して事業やボランティアに関わるなど、宮城との縁が続きました。東日本大震災の復興支援は、政治活動を始める以前から続く宮城との接点です。
2021年3月、政界へ進む理由を問われた際には、日本各地を訪れる中で地域への思いが強くなったと説明しています。
「その地域のために、出会った方々に恩返しがしたい」
出典:日刊スポーツ「元タレント森下千里氏、自民党本部で二階氏らと面会」(2021年3月29日)
同じインタビューでは、東日本大震災から10年という節目に「風化させない」という思いも語っています。
2021年、宮城5区から国政へ初挑戦
2021年4月、自由民主党宮城県第五選挙区支部長に就任しました。生活拠点も宮城県石巻市へ移し、宮城5区から初めて衆議院議員総選挙に挑みます。
選挙前から力を入れたのが街頭活動でした。2021年6月から街頭に立ち始め、同年9月下旬までに約1300回に達したと自民党の候補者紹介で伝えられています。
10月31日の第49回衆院選では61,410票を獲得しましたが、現職の安住淳氏の81,033票には届かず2位。比例東北ブロックにも重複立候補していましたが、議席には届きませんでした。
2021年は「比例東北ブロック次点」であり、比例復活当選ではありません。森下氏が初めて衆議院議員となるのは2024年です。
初めて選挙を戦っていた時期の本人の話し方や街頭活動の様子は、当時の動画にも残されています。
落選後も石巻に住み、街頭と地域活動を続ける
2021年の落選後も宮城を離れませんでした。石巻市に住み続け、街頭に立つほか、祭りや地域行事にも参加しながら活動を続けています。
東日本大震災の発生日には、震災から年月が過ぎても被災地や犠牲者への思いを継続して発信してきました。
その間、衆議院の区割りが改定され、宮城県の小選挙区は6から5へ減少しました。森下氏が活動してきた旧宮城5区の地域は新しい宮城4区へ組み込まれます。
新しい宮城4区では旧4区選出の伊藤信太郎氏も公認を求めたため、自民党は現職の伊藤氏を小選挙区候補とし、森下氏を比例東北ブロックの単独候補へ回しました。
2024年、比例東北ブロックで衆議院議員に初当選
2023年3月には自由民主党宮城県衆議院比例区第一支部長となり、2024年の衆院選では自民党の比例東北ブロック単独2位に登載されました。
10月27日の第50回衆院選で、比例東北ブロックから衆議院議員に初当選します。2021年の初挑戦から約3年後のことでした。
初当選翌朝も石巻市の交差点に立ちました。この時、宮城県内の小選挙区で自民党が厳しい結果となったことにも触れています。
「自分にかかる責任と重みを感じています」
出典:ミヤテレNEWS NNN「元タレント森下千里氏 初当選後の『辻立ちクイーン』表情は硬め…」(2024年10月28日)
初当選後は厚生労働、農林水産、原子力問題などを担当
国会入り後は、衆議院厚生労働委員会、農林水産委員会、議院運営委員会、原子力問題調査特別委員会などに所属しました。
政治活動と並行して、2024年には東北福祉大学の客員教授にも就任しています。衆議院のプロフィールには防災士の資格も掲載されています。
2025年、環境大臣政務官に就任
2025年10月、高市内閣で環境大臣政務官に就任しました。初当選から約1年で政府の政務三役に入ることになります。
就任時には、総合環境政策、自然環境、地球環境、地域脱炭素などを担当。宮城で聞いてきた課題として、クマによる被害やメガソーラー、農林水産業と環境問題との関わりにも言及しました。
環境政策を全国一律の問題として扱うだけでなく、農林水産業や地域の暮らしとの接点から向き合う姿勢を示しています。
2026年、宮城4区で安住淳氏を破り小選挙区初当選
2026年の第51回衆院選では、宮城4区から自由民主党公認で立候補しました。対するのは、2021年の初出馬でも戦った安住淳氏です。
2月8日の投開票で森下氏は124,250票を獲得。安住氏の78,671票を上回り、宮城4区で初めて小選挙区当選を果たしました。
旧宮城5区と区割り改定後の宮城4区では、1996年以来、安住氏が小選挙区で勝利を続け、自民党候補は10回連続で敗れていました。2021年から続けてきた街頭活動について、当選翌朝には短い言葉で振り返っています。
「辻立ちは私の原点」
出典:自由民主党「壁を超える~注目の小選挙区勝利~ 宮城4区 森下千里氏」(2026年2月13日)
選挙後に発足した第2次高市内閣でも、環境大臣政務官に再任されました。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2021年 10月31日 |
第49回衆議院議員総選挙
初出馬。宮城5区では安住淳氏の81,033票に及ばず、比例代表でも当選には至らなかった。
|
宮城県 第5区/比例東北ブロック | 自由民主党 | 落選 | 61,410票 2位 |
| 2024年 10月27日 |
第50回衆議院議員総選挙
衆議院議員に初当選。
|
比例東北ブロック | 自由民主党 | 当選 | 該当なし(比例代表単独候補のため個人得票なし) 自由民主党名簿順位2位 |
| 2026年 2月8日 |
第51回衆議院議員総選挙
初の小選挙区当選。衆議院議員2期目。
|
宮城県 第4区 | 自由民主党 | 当選 | 124,250票 1位 |
森下千里氏が重視してきた政策
森下氏は宮城での政治活動を始めてから、地域医療、子育て、一次産業、復興・防災などを継続して掲げてきました。
- 地域医療・健康:遠隔医療、介護人材、予防医学など
- 女性活躍・子育て:妊娠・出産・子育てへの切れ目のない支援、教育への投資
- 農林水産業・地域産業:担い手育成、生産基盤の強化、宮城産品のブランド化
- 復興・防災:東日本大震災からの復興、被災者支援、防災インフラ
- 環境:気候変動、地域脱炭素、自然環境、再生可能エネルギーと地域との共生、鳥獣被害対策
2026年4月の衆議院環境委員会では、再任された環境大臣政務官として、気候変動、地域脱炭素、自然環境を主に担当すると説明しています。再生可能エネルギーの導入では地域との共生や環境への配慮を重視し、クマなどの鳥獣被害対策にも取り組む方針を示しました。
2026年8月時点の森下千里氏
2026年8月時点では、宮城県第4区選出の衆議院議員で当選2回。自由民主党宮城県第四選挙区支部長を務めています。
政府では第2次高市内閣の環境大臣政務官を務め、衆議院では環境委員会に所属しています。東北福祉大学客員教授、防災士という経歴も衆議院の公式プロフィールに掲載されています。
-
生年月日、出生地、宮城4区、当選回数、環境大臣政務官、石巻市在住、東北福祉大学客員教授、防災士、衆議院環境委員会委員を確認
-
名古屋学院大学中退、2021年以降の政治経歴、2024年初当選、2025年環境大臣政務官就任、2026年再任を確認
-
出生、大学中退、女優デビュー、2011年の震災復興支援、会社設立、芸能界引退、2021年初出馬、2024年初当選、政策を確認
-
現在の選挙区、当選2回、環境大臣政務官、宮城県第四選挙区支部長、公式サイト・X・YouTubeを確認
-
2026年宮城4区での勝利、旧宮城5区から続く選挙区の経緯、2021年以降の街頭活動、本人発言「辻立ちは私の原点」を確認
-
2021年10月31日の第49回衆院選開票結果を確認
-
2024年10月27日の第50回衆院選、比例東北ブロックの選挙結果を確認
-
2026年2月8日の第51回衆院選、宮城4区の開票結果を確認
-
政界入りの理由、東日本大震災の支援活動、地域への恩返しという本人発言を確認
-
2001年からの芸能活動、2015年の活動休止、広告代理店でのインターン、ピラティススタジオと会社経営、当時の本人発言を確認
-
2024年の比例単独2位からの初当選、石巻移住後の地域活動、初当選翌日の発言を確認
この記事の更新履歴
- 2026年8月22日 記事を新規作成。現況情報を確認




























