田村智子氏は、日本共産党の国会議員として参議院・衆議院の双方で活動し、党の代表も務めてきた政治家です。国会質問や党首としての姿で名前を知った人も多いでしょう。
その歩みをたどると、長野県小諸市で本に親しみ、合唱に夢中になった少女時代から、大学で社会問題と出会い、青年運動、国会議員秘書、度重なる選挙挑戦へと進んだ過程が見えてきます。
- 長野県で合唱に打ち込んだ少女時代を経て、大学で社会問題に向き合うようになりました。
- 青年運動と国会議員秘書の実務を経験し、何度も選挙に挑戦しました。
- 参議院での論戦を重ねて党の代表となり、その後は衆議院へ活動の場を移しました。
小諸の紙・文具卸商で育った子ども時代
田村智子氏は1965年7月4日、長野県小諸市に生まれました。実家は紙や文具の卸商を営んでおり、古い店舗の倉庫には商品を入れた箱が積まれていました。子どものころは、その箱の間に隠れて遊ぶこともあったといいます。
父親が商品を届けるときには、きょうだいで配達の車に乗ることもありました。山を越えて得意先へ向かう車内で、文具の箱の間に座っていたというのが幼少期の記憶の一つです。
本を読むことも好きでした。自宅から歩いて5分ほどの場所に市立図書館があり、日曜日の午後を図書館で過ごすことが多かったと振り返っています。紙芝居をしたり、自分で物語や劇をつくったりすることも好きな子どもでした。
1972年に小諸市立野岸小学校へ入学。小学4年生から合唱に取り組み、5年生のときにはNHK全国学校音楽コンクールの長野県代表となりました。
合唱に打ち込んだ中学・高校時代と広島
1978年に小諸市立小諸東中学校へ進学しました。自宅から学校までは徒歩で約25分。坂道が多く、雪の日には立ち往生した車を生徒たちで押したこともあったそうです。
中学生のころは校則や決まりをきちんと守るタイプでした。本人は当時の自分を、こんな言葉で振り返っています。
当時の私は「守って当然」という「保守派」。
出典:田村智子公式サイト「小諸東中学・野沢北高校で合唱三昧の日々」(公開日記載なし)
合唱は中学でも続けました。3年生になると混声合唱をやりたいと考え、男子生徒にも参加を呼びかけています。1981年に長野県立野沢北高等学校へ進んでからも音楽への熱は続き、ヴェルディやモーツァルトの「レクイエム」、文化祭でのオペラ上演などに取り組みました。
高校時代の修学旅行では広島平和記念資料館を訪れています。展示物の中でも、原爆で破壊された物に人の骨が残る展示を前に足が止まり、核兵器がその後も増え続けている現実に強い衝撃を受けました。
核兵器をめぐる問題は、後の政治活動でも継続して発信する分野となりました。2024年10月に日本原水爆被害者団体協議会へのノーベル平和賞授与が発表された際には、本人のXでも反応しています。
早稲田大学の学費問題が政治との距離を変えた
1984年、早稲田大学第一文学部へ入学しました。大学でもまず選んだのは合唱で、早稲田大学混声合唱団に参加しています。
大きな変化が起きたのは1年生の冬でした。大学側が、入学後も毎年学費を引き上げていく仕組みを示したことから、学生の間で学費値上げ問題が広がります。当初の田村氏は学生運動に警戒心を持っていましたが、日本民主青年同盟の学生が示した大学財政の資料などを読み、議論に加わるようになりました。
後年、当時の自分と民青との出会いについて次のように語っています。
10代の私は、民青も共産党も近づいてはいけないと思い込んでいました。けれど、政治や社会について学び議論することは、純粋に楽しかったのです。
出典:しんぶん赤旗「参院選比例予定候補 わたしの入党物語/田村智子さん(56)現/学費値上げに声上げて」(2022年2月26日)
第一文学部ではストライキも行われましたが、学費値上げそのものは決定されました。一方で田村氏は、民青の活動を通じて政治や社会について学ぶ機会を増やしていきます。
力を入れた活動の一つが、核兵器廃絶を求める「ヒロシマ・ナガサキからのアピール」の署名運動でした。ポスターを作り、核兵器廃絶を訴える菓子を販売し、ミニコンサートも開いています。そして1985年10月、日本共産党への入党を決意しました。
民青スタッフから国会議員秘書へ
大学卒業後は日本民主青年同盟東京都委員会で活動し、その後は中央委員会の常任委員も務めました。学生だけでなく若者に対象を広げ、平和運動などに取り組んでいます。
1995年に第一子を出産すると、活動の場を日本共産党国会議員団へ移しました。子どもが1歳になるころまでは議員団事務局の仕事を担当し、1997年1月から石井郁子衆議院議員の秘書となります。
石井氏のもとでは教育分野を中心に仕事をし、2002年1月からは井上美代参議院議員の秘書として厚生労働分野などを担当しました。法案や予算の分析、国会質問の準備、現地調査、生活相談まで、国会議員の政策活動を支える実務を経験しています。
一方、本人が紹介している秘書時代のエピソードには少し意外な一面もあります。急いでいたときに本を女性用トイレへ置き忘れ、石井氏に拾われたことがあり、その出来事が地域版の「しんぶん赤旗」に書かれていたことを、掲載後に知ったそうです。
落選を重ねた候補者時代
初めて国政選挙へ出たのは1998年の参議院選挙でした。比例代表の候補となりましたが、議席には届きませんでした。2001年の参議院比例代表でも落選しています。
2003年には衆議院東京13区へ挑戦しました。この選挙でも当選には至りませんでしたが、投票翌日に残した日記には、その結果を「出発点」と受け止める言葉があります。
28,605人に書いていただいた「田村智子」、これが私の出発点!
出典:田村智子公式サイト「田村智子の日記」(2003年11月10日)
その後も2005年の衆院選東京13区、2007年の参院選東京都選挙区へ立候補しました。2006年には日本共産党東京都委員会副委員長となり、党内での役割も広がっています。
2009年には国政選挙ではなく東京都議会議員選挙の葛飾区選挙区にも挑みましたが、ここでも当選には届きませんでした。
そして2010年の参議院選挙で再び比例代表へ。6度目の国政選挙挑戦で初当選し、長く続いた候補者・秘書としての活動から国会議員となりました。
参議院での論戦と「桜を見る会」
初当選の翌年、2011年3月には東日本大震災が発生しました。田村氏は後に、新人議員として迎えたこの時期を自身の国会活動について語る際に振り返っています。
新人議員で直面した東日本大震災、命と暮らしを守ろうと懸命に質問した経験は、私の論戦の土台になっています。
出典:日本共産党「国会議員」(公開日記載なし)
参議院では厚生労働、文教科学、内閣、国土交通など複数の委員会を経験しました。2015年には党の中央委員、女性委員会副責任者となり、2016年4月には幹部会副委員長に就任。同年の参議院選挙で2回目の当選を果たしています。
国会活動の中で特に広く知られるようになったのが、2019年11月8日の参議院予算委員会で行った「桜を見る会」に関する質問でした。
田村氏は、政府主催行事の招待者数が増えていた経緯、招待者推薦の仕組み、安倍晋三首相の後援会関係者が参加していたことなどを質問しました。その後、招待者名簿の管理や公費支出などを含め、「桜を見る会」をめぐる問題が国会や報道で継続的に扱われました。
政策委員長を経て日本共産党初の女性委員長へ
2020年1月には日本共産党政策委員長となり、党の政策発信を担う立場に就きました。2022年の参議院選挙では比例代表で3回目の当選を果たしています。
2024年1月18日、日本共産党第29回大会で党史上初の女性となる幹部会委員長に選出されました。田村氏は就任に際し、党が有権者へどう政策を届けるかについて次のように話しています。
そういうときに私たちが希望の政策を伝えられる党になりたい
出典:田村智子公式サイト「日本共産党第29回大会/希望の政策伝えたい/田村新委員長が抱負」(2024年1月19日)
党首就任後は党内運営だけでなく、他党との選挙協力や市民との共同行動についても前面に立つようになります。2024年5月、東京都知事選への立候補を表明した蓮舫氏をめぐる投稿では、過去に東京で野党共闘の街頭宣伝を一緒に行った経緯にも触れました。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1998年 7月12日 |
第18回参議院議員通常選挙
初出馬。日本共産党は比例代表で8議席を獲得
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比例代表 | 日本共産党 | 落選 | 個人名得票なし(拘束名簿式) 名簿25位 |
| 2001年 7月29日 |
第19回参議院議員通常選挙
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比例代表 | 日本共産党 | 落選 | 4,093.047票 党内12位 |
| 2003年 11月9日 |
第43回衆議院議員総選挙
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東京都 第13区 | 日本共産党 | 落選 | 28,605票 3位 |
| 2005年 9月11日 |
第44回衆議院議員総選挙
比例東京ブロック重複立候補
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東京都 第13区 | 日本共産党 | 落選 | 30,806票 3位 |
| 2007年 7月29日 |
第21回参議院議員通常選挙
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東京都 選挙区 | 日本共産党 | 落選 | 554,104票 7位 |
| 2009年 7月12日 |
東京都議会議員選挙
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葛飾区選挙区 | 日本共産党 | 落選 | 23,574票 6位 |
| 2010年 7月11日 |
第22回参議院議員通常選挙
初当選。日本共産党は比例代表で3議席を獲得
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比例代表 | 日本共産党 | 当選 | 45,668.540票 党内2位 |
| 2016年 7月10日 |
第24回参議院議員通常選挙
参議院議員2回目の当選
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比例代表 | 日本共産党 | 当選 | 49,113.832票 党内2位 |
| 2022年 7月10日 |
第26回参議院議員通常選挙
参議院議員3回目の当選
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比例代表 | 日本共産党 | 当選 | 112,132.341票 党内1位 |
| 2024年 10月27日 |
第50回衆議院議員総選挙
衆議院初当選
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比例東京ブロック | 日本共産党 | 当選 | 日本共産党 498,565票 名簿1位 |
| 2026年 2月8日 |
第51回衆議院議員総選挙
衆議院議員2回目の当選
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比例東京ブロック | 日本共産党 | 当選 | 日本共産党 407,146票 名簿1位 |
参議院から衆議院へ活動の場を移す
党首就任と同じ2024年、田村氏は3期務めた参議院から衆議院へ活動の場を移しました。10月27日の第50回衆議院議員総選挙で、比例東京ブロックから衆議院議員に初当選しています。
2026年2月の第51回衆議院議員総選挙では再び比例東京ブロックから立候補しました。選挙期間中の2月1日には、NHKの党首討論をめぐって高市早苗首相の出演取りやめを直前に知らされたとして、本人のXから状況を伝えています。
2月8日の投開票で衆議院議員として2回目の当選。選挙後、党の常任幹部会を代表して結果を報告した際には、次のように述べています。
総選挙の結果は、悔しいものとなりましたが、国会内外での新たなたたかいの先頭にたって全力をあげる決意です。
出典:日本共産党「常任幹部会の訴え 田村智子委員長(動画と全文)」(2026年2月17日)
田村智子氏が重視する政策・政治姿勢
賃上げ・労働時間・社会保障
日本共産党の委員長として、田村氏は賃上げ、労働時間の短縮、消費税減税、医療・介護など社会保障の負担問題を継続して取り上げています。企業の内部留保への課税を財源とした賃上げ支援なども党の政策として掲げています。
2026年衆院選では街頭で有権者と直接対話する「ストリート対話」も行いました。生活保護を利用しているという参加者とのやり取りを紹介した投稿では、異なる政治的立場の人とも対話を続ける様子が分かります。
学費・教育費の負担軽減
教育分野では大学・専門学校の学費負担の軽減、高等教育の無償化、給付型奨学金の拡充などを掲げています。学校給食費や教育にかかる家計負担を軽くする政策も党の重点項目に含まれています。
国会議員秘書時代には教育分野を担当し、参議院議員となってからも文教科学委員会を経験しました。学生の学費負担については国会質問や党の政策発信でも取り上げています。
ジェンダー平等と差別の禁止
ジェンダー分野では、選択的夫婦別姓、同性婚の法制化、男女間の賃金格差の是正、職場での性差別やハラスメント対策などを掲げています。2026年4月には、日本共産党が職場の性差別とハラスメントを禁止する実効性ある法整備について提案しました。
差別や排外主義をめぐっても発信しています。2025年8月には、異なる意見や政党の存在を前提とする民主主義について述べたうえで、差別と分断に言論で対抗する姿勢を示しました。
核兵器廃絶と核兵器禁止条約
核兵器政策では、核兵器禁止条約への日本の参加を求め、核抑止に依存しない安全保障を訴えています。被爆国として締約国会議への参加や、核兵器廃絶に向けた外交を進めることを求める立場です。
憲法9条と外交・安全保障
安全保障では憲法9条を守り、軍事力の拡大ではなく外交による紛争回避を重視する立場です。防衛費の大幅増額や長射程ミサイルの配備などには反対しています。
2026年3月には、戦前の日本と日米開戦を引き合いに出しながら、戦争を繰り返してはならないという立場をXで発信しました。
「政治とカネ」と企業・団体献金
政治改革では、企業・団体献金の禁止、政治資金の透明化を求めています。企業や団体による資金提供が政策決定へ影響する仕組みをなくすことを主張し、日本共産党は政党助成金についても廃止を掲げています。
田村智子氏の現在情報
第30回党大会に向けた党勢拡大や党活動の立て直しを党執行部の先頭で進めており、国会では衆議院安全保障委員として活動しています。
田村智子氏の公式YouTube
本人の話し方や、日本共産党が目指す社会像についてまとまって確認できる動画です。
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生年月日、出身地、学歴、国会議員秘書歴、参議院3期、衆議院当選2回、党役職、委員会所属を確認
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生い立ち、学生時代、民青、国会議員秘書、選挙挑戦、党内経歴を確認
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実家の紙・文具卸商、図書館、野岸小学校、合唱、NHK全国学校音楽コンクールを確認
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早稲田大学入学、混声合唱団、学費値上げ問題、民青との接点を確認
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核兵器廃絶署名活動、大学時代の社会運動、日本共産党への入党を確認
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日本共産党国会議員団勤務、石井郁子・井上美代両議員の秘書経験と仕事内容を確認
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高校時代の広島訪問、早稲田大学の学費問題、民青との出会い、入党までの本人談を確認
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2024年の日本共産党幹部会委員長就任と就任時の本人発言を確認
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2026年8月時点の幹部会委員長としての活動と第30回党大会に向けた党運営を確認
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2026年衆院選比例東京ブロックの日本共産党得票と当選を確認
この記事の更新履歴
- 2026年8月26日 記事を新規作成。第51回衆議院議員総選挙後の現況、党役職、選挙歴、公式SNS等を確認





















































