福山哲郎氏は、京都府選挙区を基盤に長く国政に携わってきた参議院議員です。外交、環境、危機管理、党運営など、時期によって異なる役割を担ってきました。
その歩みをさかのぼると、政治家になるずっと前、10代で東京を離れて京都へ移った時期に行き着きます。ここでは、学生時代から民間企業、松下政経塾、初出馬、政権での仕事までを時系列でたどります。
- 京都で働きながら学んだ経験を持ち、民間企業と松下政経塾を経て政治へ進みました。
- 参議院を主戦場に、環境、外交、危機管理、党運営などを担当してきました。
- 政府や政党の要職を経て、参議院の議事運営を担う立場へ進みました。
15歳で東京を離れ、京都で働きながら学んだ
福山氏は1962年1月19日、東京都で生まれました。大きく生活が変わったのは高校1年生、15歳の夏です。
東京で鉄鋼関係の仕事をしていた父親の事業が行き詰まり、住宅と工場を失い、父親は行方不明になりました。福山氏は母親と小学1年生の弟とともに、母親の実家がある京都を頼ります。
新大阪駅に着いたときの所持金は6千円あまりで、住む場所も仕事も決まっていませんでした。
住み込みで働ける場所を探し、小さな町工場に母子3人の住まいと仕事を用意してもらいます。半年後には高校を受験し直し、京都府立嵯峨野高校へ入学。本人の表現では「二度目の高一」が始まりました。
学費は自分で賄い、新聞配達、スーパーのパック寿司作り、土木作業、ゴルフ場のキャディーなど複数の仕事を経験しています。新聞配達を一か月以上誤配せず続け、5千円の褒美をもらったことも後年振り返っています。
転機になったのが、北野天満宮が京都の公立高校生を対象に設けた奨学金でした。初代奨学生に選ばれ、月1万円の支給を受けたことで大学進学を考えるようになります。
貧しさが顔に出ないよういつも笑顔でいる
出典:福山哲郎公式サイト「私を育てた京都で学んだ『社会の懐の深さ』」(2022年4月27日)
同志社大学、大和證券、松下政経塾へ
嵯峨野高校を1981年に卒業した後、同志社大学法学部法律学科へ進学します。1986年に卒業すると、大和證券株式会社に入社しました。
本人は、証券会社で働いていた時代から環境問題への関心を持っていたと振り返っています。その後の政治活動でも、気候変動は長く取り組む分野になりました。
1990年には松下政経塾の第11期生として入塾。政治家を目指すための研修と実践へ進みます。
並行して学びを続け、1995年に京都大学大学院法学研究科修士課程を修了しました。同じ年には、さきがけ京都第一総支部長を務めています。
マイク一本で始めた政治活動、衆院落選から参院初当選へ
本格的に政治活動を始めたのは1995年です。阪神・淡路大震災やオウム真理教事件が起きた年でした。
ほとんど貯えもなく、雇用保険を受けながらマイク一本持って京都の街に立ち
出典:福山哲郎公式サイト「永年在職表彰を賜りました。」(2023年2月8日)
1996年、第41回衆議院議員総選挙に民主党から京都1区で立候補します。29,275票を得ましたが、初挑戦では議席に届きませんでした。
約2年後の1998年、今度は参議院京都府選挙区へ無所属で出馬します。本人は、当初周囲から「無謀」「落選確実」と言われた選挙だったと振り返っています。
結果は396,192票。定数2の京都府選挙区で1位となり、参議院議員に初当選しました。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1996年 10月20日 |
第41回衆議院議員総選挙
初出馬
|
京都 1区 | 民主党 | 落選 | 29,275票 4位 |
| 1998年 7月12日 |
第18回参議院議員通常選挙
参議院議員初当選
|
京都府 選挙区 | 無所属 | 当選 | 396,192票 1位 |
| 2004年 7月11日 |
第20回参議院議員通常選挙
2期目
|
京都府 選挙区 | 民主党 | 当選 | 484,297票 1位 |
| 2010年 7月11日 |
第22回参議院議員通常選挙
3期目
|
京都府 選挙区 | 民主党 | 当選 | 374,550票 1位 |
| 2016年 7月10日 |
第24回参議院議員通常選挙
4期目
|
京都府 選挙区 | 民進党 | 当選 | 389,707票 2位 |
| 2022年 7月10日 |
第26回参議院議員通常選挙
5期目
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京都府 選挙区 | 立憲民主党 | 当選 | 275,140票 2位 |
環境政策から外務副大臣へ、国際交渉の現場に入る
初当選後は環境分野への関与を深め、ダイオキシン対策特別措置法やフロン回収・破壊法などに関わりました。2005年には参議院環境委員長、2008年には民主党地球温暖化対策本部事務総長を務めています。
2009年の政権交代後、鳩山内閣で外務副大臣に就任。気候変動の国際交渉、核をめぐる密約の調査、アフガニスタン支援、ODA改革、核軍縮などを担当しました。
COP15では気候変動交渉の現場に入り、各国との折衝を経験しています。国会の環境政策から、国際交渉へ仕事の範囲が広がった時期でした。
官房副長官として迎えた東日本大震災
2010年6月、菅内閣で内閣官房副長官に就任しました。翌2011年3月11日、東日本大震災が発生します。
地震発生時、菅直人首相と枝野幸男官房長官は参議院決算委員会に出席しており、福山氏は官邸にいました。揺れを受けると緊急参集チームの招集を指示し、危機管理センターへ入ります。
その後は岩手・宮城の津波被害や交通状況を把握しながら、福島第一原発への電源車の手配、首都圏の帰宅困難者の滞在先確保などを担当しました。
原発事故では情報が錯綜し、東京電力と政府の間でも情報共有が課題になります。政府内では発信を官房長官へ集約する運用が取られました。
情報集約を一元化し、ワンボイスで情報発信した
出典:立憲民主党「東日本大震災10年を超えて 福山哲郎議員インタビュー」(2021年4月28日)
内閣官房副長官を退いた後の2011年9月には、参議院外交防衛委員長に就任しました。
民主党政調会長から立憲民主党幹事長へ
2012年には民主党社会的包摂プロジェクトチーム会長、2014年には民主党政策調査会長を務めました。2016年の民進党結党後は幹事長代理となります。
2017年10月、枝野幸男氏らと立憲民主党の結党に参加し、幹事長に就任しました。2020年に新たな立憲民主党が発足した際にも幹事長を務めています。
代表が党の「顔」であるならば、幹事長は「縁の下の力持ち」です。
出典:福山哲郎公式サイト「はじめまして 福山哲郎です」(公開日記載なし)
2021年11月末に幹事長を退任。長く党運営を担った時期を終え、再び参議院での政策・国会活動へ軸足を移しました。
参院5期目、在職25年を経て副議長に選出
2022年7月の第26回参議院議員通常選挙では、京都府選挙区で275,140票を得て5度目の当選。翌2023年には、参議院在職25年の永年表彰を受けました。
2025年8月1日、第218回国会の本会議で副議長選挙が行われ、福山氏は246票を得て第34代参議院副議長に選出されました。
中立公正を旨として、関口議長とともに円満な議会運営に努め
出典:国会会議録「第218回国会 参議院本会議 第1号」(2025年8月1日)
副議長就任後は各国議会・政府要人との交流にも加わり、フランス上院、欧州議会、NATO、OECDなどを訪問しています。
福山哲郎氏が掲げる政策・政治姿勢
福山氏の政策には、経済・社会保障から外交、環境、地域政策まで複数の柱があります。ここでは本人が政策として明示している内容を分野別に見ていきます。
中間層の所得とグリーン経済
経済政策では、雇用確保と賃上げ、消費税減税による可処分所得の増加を掲げています。中小企業への支援とともに、最低賃金の引き上げや同一価値同一賃金を進める方針です。
成長分野としてデジタル化とグリーン経済への転換を位置づけ、新市場と雇用の創出を目指しています。
現実的な外交と平和・軍縮
外交・安全保障では、健全な日米同盟を基軸とした多国間協力と専守防衛を掲げています。自由、民主主義、法の支配、基本的人権を前提とする国際秩序を重視し、平和構築や軍縮も政策に位置づけています。
気候変動と原発に依存しないエネルギー
長く扱ってきた気候変動分野では、省エネルギーと再生可能エネルギーの普及を進め、原子力エネルギーへの依存を減らしながらカーボンニュートラルを実現する方針を示しています。
住宅の断熱化、EVの普及、地域分散型エネルギー、エネルギーの地産地消なども政策に含まれます。
将来世代への責任を持ち、より野心的な削減目標を据えるべきと考えます。
出典:福山哲郎公式サイト「2021年10月12日 国会発言」(2021年10月12日)
教育と切れ目のない社会保障
社会保障では、年金の最低保障機能、医療、介護、障がい福祉、保育、教育、住宅といったベーシックサービスの拡充を掲げています。
教育については、就学前から高等教育までの負担軽減・無償化を掲げ、子育てと仕事の両立支援、不妊治療、妊娠・出産支援なども政策に含めています。
誰も排除されない包摂社会
性別、年齢、障がい、人種、国籍、宗教などによる差別の解消を掲げ、ジェンダー平等、選択的夫婦別姓、同性婚を可能にする法整備、DV・虐待やハラスメントの被害者支援を挙げています。
障害者差別解消法の実効性を高める環境整備や、障がいの特性に応じた就労支援も政策項目に入っています。
京都の地域経済と文化
京都では、中小企業や地場産業、農林水産業、地域公共交通、防災インフラなどを地域政策の対象としています。「海の京都」「森の京都」「お茶の京都」を結びつける地域振興や、京都の歴史・伝統・文化を国内外へ発信する取り組みも掲げています。
福山哲郎氏の現在情報
参議院では「各派に属しない議員」として登録されています。立憲民主党京都府連会長は副議長就任後に泉健太氏へ引き継いでいます。
映像で見る福山哲郎氏
本人公式YouTubeには、自身が政治に向き合う考え方を語ったインタビューが公開されています。
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15歳での京都移住、家庭環境、高校再入学、アルバイト、奨学金を確認
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2025年8月1日の参議院副議長選出を確認
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- 2026年8月27日 記事を新規作成。現況情報を確認

















































































