中村時広の経歴・学歴と生い立ち|三菱商事から県議・衆院議員、松山市長を経て愛媛県知事へ

中村時広
ひと目でわかるプロフィール 中村時広
なかむら ときひろ
出身地
愛媛県松山市
初当選
1987年(第11回愛媛県議会議員選挙)
最終学歴
慶應義塾大学法学部法律学科卒業
主な前職
会社員
政界入り
民間企業から
生年月日 1960年1月25日

中村時広氏は、地方議会と国会、さらに市と県という二つの自治体行政を経験してきた政治家です。松山で生まれ、民間企業で働いた後、20代で初めて選挙に臨みました。

その後の歩みには、国政選挙での落選と再挑戦、松山市政への転換、災害対応や地域経済政策など、異なる立場で行政と政治に向き合ってきた経過があります。

中村時広氏を理解する3つのポイント
  1. 民間企業で働いた後、地方政治から政治家としての歩みを始めました。
  2. 地方議会、国会、市長、知事と異なる立場を経験しています。
  3. 地域資源の活用、産業振興、人口減少など地方が抱える課題を県政で扱ってきました。

中村時広の生い立ち|松山に生まれ、政治家の父を身近に見て育つ

中村時広氏は1960年1月25日、愛媛県松山市に生まれました。父の中村時雄氏も政治家で、衆議院議員を5期、松山市長を4期務めています。幼い頃から地方政治と国政の双方を身近に感じる家庭環境でした。

中村時広の学歴|幼稚舎から慶應義塾大学まで

中村氏は幼稚舎から慶應義塾で学び、最終的に慶應義塾大学法学部法律学科を卒業しました。長期間にわたり同じ学校法人の教育環境で学んだことが、学校歴の特徴です。

現在の入試難易度では、慶應義塾高等学校が偏差値75、慶應義塾大学法学部は65.0〜67.5です。いずれも本人が在学していた当時の数値ではなく、現在の参考値として掲載します。

学歴一覧中村時広の学歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校慶應義塾幼稚舎―小学校受験は別指標幼稚舎から慶應
高校慶應義塾高等学校―75(2026年度)卒業
大学慶應義塾大学法学部法律学科65.0〜67.5(2027年度・法学部)1982年3月卒業

※偏差値は本人の在学当時ではなく、現在の入試難易度の目安です。高校は2026年度版、大学は河合塾Kei-Netの2027年度ボーダーを参考にしています。

学校生活について本人へのインタビューでは「幼稚舎から慶應」と紹介されており、1982年3月に慶應義塾大学法学部法律学科を卒業しました。

大学時代は体育会に所属しています。本人が後年とりわけ強く記憶していたのは、勝敗だけでなく、体育会で4年間競技を続けた経験でした。

4年間やり通してすごくそれが財産になったなと思います。

出典:KEIO SPORTS PRESS「【野球】愛媛県・中村時広知事 オールスターゲーム直前インタビュー」(2022年9月6日)

大学卒業後は政治の世界へ直行せず、1982年4月に三菱商事株式会社の燃料部門へ入りました。県の公式プロフィールにも、この会社員時代が政治家になる前の職歴として記録されています。

中村時広の経歴|三菱商事の燃料部門から、27歳で愛媛県議へ

会社員として約5年を過ごした後、地元・愛媛で選挙に挑みます。1987年4月の愛媛県議会議員選挙では松山市選挙区から無所属で立候補しました。

27歳で愛媛県議会議員に初当選し、ここから公職に就く政治家としての歩みが始まります。

ただ、県議として最初の任期を最後まで務めたわけではありません。1990年1月20日に県議を辞職し、翌2月の衆議院議員総選挙へ進みました。

二度の落選を挟んだ国政への挑戦

1990年2月の第39回衆議院議員総選挙では、旧愛媛1区から無所属で出馬しました。定数3の選挙区で5位となり、国政への最初の挑戦は落選に終わります。

3年後の1993年、第40回総選挙では日本新党の候補として同じ旧愛媛1区に再挑戦しました。今度は3位に入り、衆議院議員に初当選します。

衆議院では大蔵委員会委員を務めたほか、消費問題等に関する特別委員会では理事を経験しました。県議時代とは異なり、国の財政や消費者行政を扱う国会の場に活動範囲が広がりました。

選挙制度が小選挙区比例代表並立制へ変わった1996年の第41回総選挙では、愛媛1区から新進党公認で出馬。自由民主党の関谷勝嗣氏に及ばず、議席を失いました。

9歳で松山市長へ、「坂の上の雲」をまちづくりの軸に

国政選挙での落選から約2年半後、次に選んだのは松山市政でした。1999年4月の松山市長選で初当選し、同年5月に39歳で市長へ就任。その後も選挙で当選を重ね、松山市長を連続3期務めました。

市長在任中には、2001年から四国市長会会長、2002年から全国市長会副会長もそれぞれ3期経験しています。

松山市政で長く残る取り組みの一つが、司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』を軸としたまちづくりです。その発想について、中村氏は東京とは異なる地方の個性をどうつくるかという問題から話を始めています。

まず「地方の自立」が求められる時代に我々は置かれているという時代認識がありました。

出典:かたりすと Vol.18「市民とともに進める『坂の上の雲』のまちづくり」(公開日記載なし)

松山市は『坂の上の雲』の主人公である秋山好古・秋山真之兄弟、正岡子規にゆかりがあります。既存の歴史、文化、自然を結び、地域を歩きながら物語を感じてもらう構想へ発展しました。

考え方の核となったのが、まち全体を「屋根のない博物館」として捉えるフィールドミュージアム構想です。2007年4月には、その中核施設となる坂の上の雲ミュージアムが開館しました。

建物を一つ造って終えるのではなく、市内の地域資源をサテライトとして結び、市民活動も組み合わせる仕組みがつくられました。この事業は中村氏が知事へ転じた後も松山市の施策として続いています。

地域主権の実務から愛媛県知事へ

市長3期目の2009年10月には、地域主権関係を担当する総務省顧問に就任しました。市長として基礎自治体を運営する一方、国と地方の関係を扱う立場にも加わります。

2010年には松山市長を離れ、11月28日の愛媛県知事選挙へ出馬。無所属で初当選し、12月1日に県知事へ就任しました。

初日の職員へのあいさつでは、「みんなでつくろう、愛顔あふれる愛媛県」というスローガンを示したうえで、住民と行政の関係についてこう述べています。

行政だけで、ふるさとづくりはできません。

出典:愛媛県「中村時広知事就任あいさつ」(2013年1月15日更新)

同じ就任あいさつでは、職員に五つの意識改革を求めました。「できない理由」ではなく「どうすればできるか」を考えること、失敗を隠さず報告すること、国・県・市町を上下関係で捉えないことなどです。

県庁の仕事についても、与えられた事業をこなすだけではなく、自ら課題を捉えて政策を組み立てる行政を求めました。

その後、2014年、2018年、2022年の知事選でも当選を重ねています。県議、衆議院議員、市長に続き、県政を担う期間が政治家として最も長い時期になりました。

2022年の愛媛県知事選では、本人事務所公式Xでも選挙期間中の会見予定などが発信されていました。

県の記録を公表した2018年の加計学園問題

知事在任中、全国的な政治問題の中で愛媛県の行政記録が注目されたのが、学校法人加計学園による獣医学部新設をめぐる問題でした。

愛媛県は以前から今治市の構想を支援しており、中村氏は、県が税金を投入する案件である以上、信頼と透明性が重要だと説明しています。2018年4月、報道に出た文書について作成した職員本人に確認し、県は内容を公表しました。

同年5月には、柳瀬唯夫元首相秘書官の国会での説明を受け、当時官邸を訪れた県職員からあらためて報告を求めました。県は、職員が柳瀬氏と交換した名刺や、職員が記憶をもとに作成した発言内容のメモも公開しています。

子供の使いで行っているわけではありません。

出典:愛媛県「柳瀬元首相秘書官の参考人招致に係る知事記者会見(5月11日)の要旨について」(2018年5月11日)

中村氏は同じ会見で、後から作った発言メモについては3年前の記憶をたどったものであり、「一言一句間違いない」という性質の資料ではないことも明示しました。

平成30年7月豪雨、復旧から復興へ

2018年7月、西日本を広く襲った豪雨で愛媛県内にも大きな被害が出ました。県の災害対策本部では、初期段階の目標を「人命を守る」「水を確保する」「住居を整備する」の三つに絞って対応しています。

8月30日の段階では、この第1段階の目標におおむね到達する見通しが立ち、本格復興へ移るため復興本部が動き始めました。それまでに専決処分、臨時議会、さらに専決処分という3回の緊急予算編成で総額812億円を計上しています。

対象は被災者の生活支援や公共インフラだけではありませんでした。農林水産業、商工業を含む地域産業についても工程表を作り、復興策を進める方針が示されました。

地域を守るというのは、「人を守り」、「生活を守り」、「産業を守る」というこの3つがあってはじめて成り立つ

出典:愛媛県「平成30年7月豪雨災害に関する知事メッセージ」(2018年8月30日)
人生年表 中村時広さんの歩み
1960年1月25日
愛媛県松山市で生まれる
1982年3月
慶應義塾大学法学部法律学科を卒業
1982年4月
三菱商事株式会社に入社
燃料部門に勤務
1987年4月
愛媛県議会議員選挙で初当選
松山市選挙区
1990年2月
第39回衆議院議員総選挙に初出馬
旧愛媛1区で落選
1993年7月
第40回衆議院議員総選挙で初当選
日本新党、旧愛媛1区
1996年10月
第41回衆議院議員総選挙で落選
新進党、愛媛1区
1999年5月
松山市長に就任
以後3期
2007年4月
坂の上の雲ミュージアムが開館
フィールドミュージアム構想の中核施設
2009年10月
総務省顧問に就任
地域主権関係
2010年11月
愛媛県知事選挙で初当選
2010年12月
愛媛県知事に就任
2018年7月
平成30年7月豪雨への災害対応を指揮
復旧・復興体制を構築
2022年11月
愛媛県知事選挙で4選

県政で続けてきた5つの政策テーマ

県産品と県内企業を「売る」営業活動

愛媛県では、県産品や県内企業の技術を県外へ売り込む「愛のくに えひめ営業本部」を設けています。食品分野だけでなく、県内企業が持つ技術・製品の販路開拓やビジネスマッチングまで行政の営業対象にしています。

2026年度にも「すご味」の商談会や「すご味・すごモノ」の販路開拓支援が続いており、単なる県産品PRではなく、商談や販路開拓まで結び付ける仕組みとして運営されています。

人口減少を若者の希望から考える

2023年度から2026年度までの愛媛県総合計画では、人口減少対策を県政の主要課題の一つに位置付けています。

計画が掲げる将来像は「若者をはじめ、県民誰もが自らの希望を実現でき、安全・安心で豊かな人生を送れる持続可能な愛媛県」です。人口という数字だけではなく、結婚、子育て、仕事、定住などの選択を支えられる地域づくりを政策体系の中で扱っています。

自転車を観光と生活文化へ広げる

愛媛県庁には「自転車新文化推進課」という専管組織があります。しまなみ海道をはじめとする地域資源を生かし、自転車を観光だけでなく健康や交流にもつなげる施策を進めてきました。

2026年6月の世界自転車デーにも県として「自転車新文化推進宣言」を発表しており、長期間続く愛媛県政の独自テーマの一つになっています。

総合計画をKGIで管理する県政運営

「えひめチャレンジプラン」は、愛媛県の最上位計画であると同時に「愛媛県デジタル田園都市構想総合戦略」としても位置付けられています。

各政策・施策にはKGIを設定し、目標値の上方修正や見直し、成果動向を確認するKGIレポートを公表しています。政策を並べるだけでなく、指標を使って進捗を追う行政運営が組み込まれています。

伊方原発を抱える県としての安全・防災

愛媛県には四国電力伊方発電所があります。中村氏は知事就任後、原子力発電所の安全対策や避難を含む防災体制について継続して国や事業者と向き合ってきました。

2026年8月には全国知事会の原子力発電対策特別委員会委員長として、原子力規制庁長官や原子力防災担当大臣らに原子力発電所の安全対策と防災対策に関する提言を要請しています。

選挙歴 中村時広の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第11回愛媛県議会議員選挙
定数:14 比例復活:対象外
1990年1月20日辞職
松山市選挙区 無所属 当選 16,527票 1位
第39回衆議院議員総選挙
定数:3 比例復活:対象外
衆議院議員への初挑戦
旧愛媛 1区 無所属 落選 38,537票 5位
第40回衆議院議員総選挙
定数:3 比例復活:対象外
衆議院議員初当選
旧愛媛 1区 日本新党 当選 59,456票 3位
第41回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
小選挙区で落選
愛媛 1区 新進党 落選 85,794票 2位
松山市長選挙
定数:1 比例復活:対象外
松山市長初当選
松山市 無所属 当選 108,966票 1位
松山市長選挙
定数:1 比例復活:対象外
2選
松山市 無所属 当選 97,182票 1位
松山市長選挙
定数:1 比例復活:対象外
3選
松山市 無所属 当選 104,217票 1位
第17回愛媛県知事選挙
定数:1 比例復活:対象外
愛媛県知事初当選
愛媛県 無所属 当選 452,664票 1位
第18回愛媛県知事選挙
定数:1 比例復活:対象外
2選
愛媛県 無所属 当選 439,619票 1位
第19回愛媛県知事選挙
定数:1 比例復活:対象外
3選
愛媛県 無所属 当選 397,369票 1位
第20回愛媛県知事選挙
定数:1 比例復活:対象外
4選
愛媛県 無所属 当選 341,064票 1位

中村時広氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

地震防災税制

保険ブローカー制度と契約者保護

財政改革と既得権の見直し

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

政治活動40年で語った「政治は人」

県議選への初挑戦から約40年となった2026年9月2日、東京都内で政治活動40周年を記念する政治資金パーティーが開かれました。

長い政治生活の中では、無所属での選挙、日本新党、新進党、再び無所属という時期を経験しています。この場で本人が口にしたのは、政党名ではなく政治家個人を見るという政治観でした。

政党ではなく、やはり『政治は人』なんだとつくづく感じました

出典:FNNプライムオンライン「中村知事が5期目出馬に意欲示す『政策づくりにまい進』政治資金パーティーに石破元総理も【愛媛】」(2026年9月3日)

伊方原発について語った日本記者クラブ会見

2011年10月には日本記者クラブで約1時間の会見に臨み、福島第一原発事故後の状況を踏まえ、伊方原発の再稼働を判断する際に何を条件とするのかなどを説明しています。短い発言ではなく、原発立地県の知事として判断を組み立てる様子を確認できる映像です。

中村時広氏の現在情報

2026年9月10日 時点
現在の公職 愛媛県知事
現在の所属 無所属
選挙区・選出地域 愛媛県
現在の期・任期 愛媛県知事4期目(任期満了:2026年11月30日)
現在の主な役職
全国知事会副会長(中国・四国ブロック) 全国知事会 地方創生・地域未来戦略推進本部長 全国知事会 原子力発電対策特別委員会委員長

2026年9月2日、11月の愛媛県知事選に向けて5期目の公約となる政策づくりを進めていると明らかにし、出馬に意欲を示した。知事選は2026年10月29日告示、11月15日投開票で、9月10日時点では告示前である。

関連書籍
中村時広さんの著書・関連書籍
街が生まれる、ことばから DJ市長の千夜一夜物語
書籍
街が生まれる、ことばから DJ市長の千夜一夜物語
著者:中村時広 / 出版社:文藝春秋企画出版部 / 発売日:2009年01月

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政治人生の転機 中村時広の政治人生の転機
01
1987年
三菱商事から愛媛県議へ
会社員生活を離れ、松山市選挙区の愛媛県議選で初当選。
なぜ転機なのか 民間企業から選挙政治へ進路が変わった。
02
1993年
再挑戦で衆議院議員に初当選
1990年の落選を経て、日本新党から旧愛媛1区に出馬して当選。
なぜ転機なのか 地方議会から国政へ活動の場が移った。
03
1999年
国政から松山市政へ
1996年の衆院選落選後、松山市長選に出馬して初当選。
なぜ転機なのか 議員から自治体行政のトップへ役割が変わった。
04
2010年
松山市長から愛媛県知事へ
松山市長3期を経て、愛媛県知事選で初当選。
なぜ転機なのか 市政から県政全体の運営へ活動範囲が広がった。
公式Xの最新投稿

本文内の関連投稿に加えて、本人の公式Xから最新の投稿を表示しています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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