音喜多駿氏は、東京都議会議員を2期、参議院議員を1期務め、日本維新の会では政務調査会長などを経験した政治家です。
その歩みは、最初から政治一筋だったわけではありません。東京都北区で育ち、早稲田大学を卒業した後は外資系企業で営業やマーケティングを経験。会社員時代の東日本大震災と被災地支援を経て、20代の終わりに政治の世界へ飛び込みました。
- 東京都北区で育ち、外資系企業の会社員を経て20代で政界へ進みました。
- 東京都議から参議院議員へ進み、政党の政策づくりや情報公開にも関わってきました。
- 国会議員の議席を失った後も、社会保障改革を中心に政治活動と政策発信を続けています。
音喜多駿の生い立ち|北区の水道工事店で育った少年時代
音喜多氏は1983年9月21日、東京都北区王子本町に生まれました。実家は水道工事店で、姉と妹に囲まれた3人きょうだいの長男です。
北区立王子第二小学校を卒業後、海城中学校・海城高等学校へ進学しました。中高の6年間は男子校で過ごしています。
後年のインタビューでは、小学生のころから体が小さく、中高時代については自ら「黒歴史」と冗談交じりに振り返っています。華やかな学生時代だったというより、自分なりに立ち位置を探していた時期だったようです。
音喜多駿の学歴|早稲田大学で政治を進路として考え始める
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 北区立王子第二小学校 | ― | ― | 卒業 |
| 中学校 | 海城中学校 | ― | 中学受験は別指標 | 進学 |
| 高校 | 海城高等学校 | ― | 現在は高校募集なし | 卒業 |
| 大学 | 早稲田大学 | 政治経済学部政治学科 | 67.5(2027年度・一般相当) | 卒業 |
※大学の偏差値は本人の在学当時ではなく現在の入試難易度の目安です。海城高校は現在高校募集を行っていないため、高校受験偏差値を掲載していません。
高校卒業後は早稲田大学政治経済学部政治学科へ進みました。本人はもともと世界史への関心が強く、大学進学時点から一直線に政治家を目指していたわけではなかったと話しています。
大学では政治学を学ぶ一方、教員免許取得のための授業も履修しました。教師、官僚、政治家などを将来の選択肢として考える中で、大学後半には政治家を目指す意思を周囲へ話すようになります。
学生時代には武術団体「早稲田カンフー」で第23代主将も務めました。ブログによる発信を始めたのも若いころで、後に「ブロガー議員」と呼ばれる活動スタイルへつながる習慣は、議員になる前から続いていました。
LVMHグループで営業・マーケティングを経験
早稲田大学卒業後は、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループに新卒で入社しました。化粧品ブランド「ゲラン」で約7年間、営業やマーケティングの仕事に携わります。
議員になる前には駅頭活動や個別訪問を重ねましたが、本人は後年、その活動について会社員時代の営業経験と重ねて語っています。知名度や強固な地盤を持たない新人として、人に会い、説明し、支持を求める活動を積み上げました。
東日本大震災が「いつか」を「今すぐ」に変えた
政治家への挑戦を具体化させた出来事が、2011年3月の東日本大震災でした。
東北出身の先輩から被災地を見るよう勧められ、同年4月に南三陸町へ入ります。その後は復興支援団体「ふらいパンダ」を立ち上げ、石巻、気仙沼、釜石などでがれき撤去や子ども向けの活動を続けました。
「いつか、じゃなくて、今すぐ挑戦しなければ、この国は本当に沈んでしまう」
出典:FACTA ONLINE「『令和の風雲』/世代間格差を是正する『二つの改革』を断行する」(2024年6月号)
震災以前から抱いていた政治家への思いを、具体的な立候補へ切り替えたのがこの時期でした。会社を離れ、地元・北区で次の都議選に向けた準備へ入ります。
音喜多駿の経歴|29歳で都議選へ、最下位4位から初当選
2013年6月、みんなの党公認で東京都議会議員選挙の北区選挙区へ立候補しました。
当時は29歳。7人が4議席を争う選挙で13,296票を獲得し、4位に滑り込んで初当選しました。
都議としては、ブログやSNSで議会活動や政策を積極的に発信します。2014年の東京都議会で起きたセクハラやじ問題や、2016年の舛添要一知事をめぐる問題でも議会側から発信を続け、ネット上での知名度を高めました。
小池百合子氏を支援し、都民ファーストで再選
2016年の東京都知事選では小池百合子氏を支援しました。その後、都民ファーストの会に参加し、2017年の東京都議選では同党公認で北区から2期目を目指します。
結果は56,376票。北区選挙区でトップ当選し、都民ファーストの会東京都議団の初代幹事長も務めました。
しかし同年秋には、党運営や情報公開のあり方、小池氏の国政進出をめぐって距離が生じます。
「一つ目はまず、都民ファーストの会の運営方針に対する疑念、とりわけ公約の一丁目一番地であった、情報公開が極めて不十分である点です。」
出典:おときた駿公式サイト「都民ファーストの会に離党届を提出いたしました」(2017年10月6日)
2017年10月、都民ファーストの会を離党しました。選挙で大勝してからわずか数か月後の決断でした。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2013年 6月23日 | 東京都議会議員選挙 初出馬・初当選 | 北区選挙区 | みんなの党 | 当選 | 13,296票 4位 |
| 2017年 7月2日 | 東京都議会議員選挙 2期目。北区選挙区トップ当選 | 北区選挙区 | 都民ファーストの会 | 当選 | 56,376票 1位 |
| 2019年 4月21日 | 北区長選挙 東京都議を辞職して挑戦 | 東京都 北区 | あたらしい党 | 落選 | 54,072票 2位 |
| 2019年 7月21日 | 第25回参議院議員通常選挙 参議院議員初当選 | 東京都 選挙区 | 日本維新の会 | 当選 | 526,575票 5位 |
| 2024年 10月27日 | 第50回衆議院議員総選挙 重複立候補。立候補に伴い2024年10月15日付で参議院議員を退職 | 東京都 第1区 | 日本維新の会 | 落選 | 29,002票 3位 |
| 2025年 7月20日 | 第27回参議院議員通常選挙 前年の衆院選落選後に国政復帰を目指して再挑戦 | 東京都 選挙区 | 日本維新の会 | 落選 | 382,996票 8位 |
「あたらしい党」を立ち上げ、北区長選へ
離党後の2018年10月には地域政党「あたらしい党」を立ち上げ、自ら代表に就任します。
翌2019年3月には東京都議を辞職。4月の北区長選で、長く区政を率いてきた現職・花川與惣太氏へ挑戦しました。
音喜多氏は54,072票を集めましたが、65,807票を得た花川氏には届かず落選します。初当選から続いていた議員の立場を一度失うことになりました。
北区長選落選から3か月、参院選で国政へ
区長選の敗北から間を置かず、今度は日本維新の会公認で2019年7月の参議院議員選挙東京都選挙区へ挑戦しました。
526,575票を獲得して5位で当選。6議席を争う東京選挙区で議席を得て、活動の舞台を都議会から国会へ移しました。
参議院では政策立案と情報発信を前面に出し、党のマニフェスト作成にも深く関わります。2020年には、政権公約づくりで政策案の整理や取りまとめを担いました。
国会活動と並行して子育てについても発信してきました。2021年に第3子が誕生した際には、自主的に男性育休を取り、家庭で夜間の育児を担当したことを公表しています。
政調会長として党の政策づくりを担う
2021年9月には東京維新の会幹事長に就任。同年11月、日本維新の会の政務調査会長に就きました。
政調会長は、政党の政策全体をまとめる役職です。音喜多氏はマクロ経済、外交・安全保障、規制改革、減税などを重点分野として挙げ、地方議員を含む党全体の政策調整を担いました。
「規制改革や減税、そして税制全体の見直しというパッケージで対抗していく体制を改めて構築していきたい」
出典:おときた駿公式サイト「日本維新の会 政務調査会長に就任しました」(2021年11月30日)
政策会議のプロセス自体を公開する試みも進めました。政調役員会をYouTubeで生中継し、会議資料まで視聴者へ見せる方式を採用しています。
国会で取り組んだ子育て・医療・制度改革
参議院議員時代には、子育て支援、医療、社会保障、政治改革などを扱いました。
本人が国政での実績として挙げている一つが、東京都などのベビーシッター助成金に所得税がかかる問題への対応です。国会で課税の見直しを求め、その後の税制改正で一定の子育て助成が非課税化されました。
出産費用の負担軽減、HPVワクチンの積極的勧奨、医療制度改革なども継続して取り上げました。参議院予算委員会では出産費用を含む子育て施策について政府へ質問しています。
一方、社会保障を持続させるためには給付や医療費のあり方にも踏み込む必要があるとして、負担軽減だけでなく歳出改革を組み合わせる立場を取っています。
参院議席を離れて衆院東京1区へ
2024年、音喜多氏は衆議院への転身を目指しました。
10月15日の衆院選公示に伴い、公職選挙法90条によって参議院議員を退職。東京1区から日本維新の会公認で立候補します。
東京1区では立憲民主党の海江田万里氏、自民党の山田美樹氏らと争い、音喜多氏は29,002票で3位。比例代表での復活当選もありませんでした。現職参院議員の議席を離れて挑んだ衆院選で落選し、国会議員ではなくなります。
選挙後には衆院支部長への即時再任を希望せず、選挙結果への責任を取る考えを表明しました。
「ただこれは必ずしも、衆院選への挑戦や政治活動を諦めるということではありません。」
出典:おときた駿公式サイト「衆院支部長に再任しておりません」(2024年11月27日)
音喜多駿氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
社会保険料の負担
「社会保険料というのは国民の負担になっております」
音喜多氏は、感染症による経済悪化の中で、税や公共料金だけでなく社会保険料の猶予・減免を検討し、現役世代の負担を抑える必要性を訴えた。
子育て支援と制度改善
「子育て支援は安倍内閣の柱」
自治体が拡充してきた子育て支援制度に制度上の課題があるとして、実態調査と法改正を速やかに検討するよう求めた。
政治資金の透明性
「政治資金の透明性と公正性」
政治資金制度改革について、収入と支出の双方を透明化し、政策決定への不当な影響を防ぐ仕組みが必要だと主張した。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
社会保険料改革を掲げ、2025年参院選へ再挑戦
落選後に前面へ出した政策テーマが、社会保険料の引き下げでした。「社会保険料引き下げを実現する会」を立ち上げ、医療・年金などの給付改革と現役世代の負担軽減をセットで訴えます。
「でも私はやっぱり、逃げたくないと思ったんです。」
出典:おときた駿公式サイト「嫌われ者の挑戦!決起大会・決意表明全文文字起こし」(2025年6月28日)
2025年7月の参院選東京都選挙区では日本維新の会公認で出馬。前年の衆院選から9か月ほどで再び国政選挙へ臨み、382,996票を得ました。
選挙すべき議員数は7人でしたが、音喜多氏は8位。当選ラインまで一つの順位を残して落選しました。
音喜多駿氏が重視してきた政策・政治姿勢
社会保険料と医療制度改革
近年の中心テーマは社会保険料です。現役世代の手取りを増やすには税だけでなく社会保険料を下げる必要があるとして、医療給付の適正化や高齢者を含む負担の見直しを提案しています。
2026年にも医療扶助や受診時負担をめぐって発信しており、ゼロ負担によって生じる過剰受診などを制度側から修正すべきだという考えを示しています。
「責めるべきは人ではなく、そう振る舞わせる仕組みのほう。」
出典:おときた駿公式サイト「『かかりつけ以外は紹介必須』には賛成、そのうえでワンコイン負担の議論を。」(2026年9月3日)
情報公開と政治改革
もう一つ一貫しているのが、意思決定過程を外から見えるようにする姿勢です。都議時代からブログやSNSで活動を公開し、維新の政調会長時代には政策会議のネット中継にも取り組みました。
政治資金、地方議会、行政と議会の関係についても透明性を重視しています。2026年には福岡県の議員連盟への補助金問題を取り上げ、執行部と議会の緊張関係が損なわれるとして批判しました。
子育て世代への支援
子育て政策では、助成制度に伴う税負担、出産費用、保育などを扱ってきました。自身も3児の父であり、ステップファミリーでの生活や男性の育児参加について継続的に発信しています。
規制改革・減税
日本維新の会で政策責任者を務めた時期には、規制改革と減税を組み合わせた経済政策を掲げました。単年度の給付よりも、税や社会保険料など恒常的な負担構造そのものを変える政策を好む傾向があります。
地方議会と統治機構の改革
東京都議出身という経歴もあり、地方議会改革や二元代表制についての発信も多く見られます。議員報酬や定数、議会と行政の関係を制度面から見直す立場を取っています。
議席を持たない時期も続く政治活動
2026年1月の衆院選では自らは立候補せず、日本維新の会から東京15区へ出馬した妻・三次ゆりか氏の選挙を支援しました。
その後、2026年2月24日に日本維新の会の党務へ戻ることを発表し、3月1日から政調会長補佐兼国対委員長補佐として政策・国会対策周辺の仕事に携わることになりました。
「東京でも維新の火を絶やさないこと、そして社会保険料を引き下げること。」
出典:おときた駿公式サイト「日本維新の会の党務に復職します」(2026年2月24日)
国会議員としての議席はありませんが、ブログや動画で政策について発信するほか、選挙支援や党務にも関わっています。
音喜多駿氏の現在情報
2024年衆院選と2025年参院選で落選した後も、社会保険料改革を中心とする政策発信や政治活動を継続しています。
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- 生年月日、出身地、学歴、会社員時代、都議・参院経歴、震災復興支援活動を確認
- 2024年10月15日の公職選挙法90条による参議院議員退職を確認
- 社会保険料改革、子育て、医療制度改革、政治改革などの政策を確認
- 2026年3月からの政調会長補佐兼国対委員長補佐就任を確認
- 2013年都議選北区選挙区の初当選、得票数、順位を確認
- 2017年都議選再選、得票数、順位を確認
- 2019年参院選初当選、得票数を確認
- 2024年衆院選東京1区の得票数、順位、落選を確認
- 2025年参院選の得票数、順位、落選を確認
- 東日本大震災の被災地訪問と2013年都議選への挑戦を決意した経緯を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月27日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月5日 記事を新規作成。現況情報を確認




















