井上信治氏は、東京25区から国政へ進んだ自由民主党の衆議院議員です。国土交通省・外務省で行政実務を経験した後、2003年に国政へ入りました。
眼科医が多い家庭で育ちながら、中学生のころには政治家を志すようになり、行政官を経て選挙に挑戦しています。この記事では、その進路がどのように形づくられ、環境行政や大阪・関西万博などの仕事へ広がっていったのかをたどります。
- 医療家系に生まれ、中学時代から政治家を志し、建設省・外務省で行政実務を経験した
- 官僚を退職し、自民党の公募・予備選を経て東京25区から国政へ進んだ
- 環境副大臣として原発事故関連の課題を担当し、その後は万博・科学技術・宇宙政策などを所管する国務大臣を務めた
井上信治の生い立ち|眼科医の家に生まれ、医師ではなく政治家を志すまで
井上信治氏は1969年10月7日、東京都千代田区御茶ノ水にある井上眼科病院の理事長の次男として生まれました。祖父や両親も医師という環境で育ち、本人も幼いころは医師になって人の役に立ちたいと考えていたと振り返っています。
男4人兄弟の次男で、本人以外の3人は両親の跡を継いで眼科医になりました。子どものころはボーイスカウトに入り、小学校ではサッカー部で朝練習に取り組んでいます。
進路への意識が変わったのは中学校へ入るころでした。医師として患者一人ひとりを助けることとは別に、より多くの人に関わる仕事を考えるようになり、同級生と将来や社会について話す中で、政治家という進路を意識するようになったと本人は説明しています。
人のために何か役に立つような仕事に就きたい
出典:井上信治公式サイト「なぜ政治家を目指すのか?」(公開日記載なし)
井上信治の学歴|学習院初等科から開成中高、東京大学法学部へ
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 学習院初等科 | ― | ― | ― |
| 中学校 | 開成中学校 | ― | ― | 中高一貫 |
| 高校 | 開成高等学校 | ― | 77(2026年度版) | ― |
| 大学 | 東京大学 | 法学部 | 67.5(文科一類・2027年度参考) | 卒業 |
| 大学院 | ケンブリッジ大学大学院 | 土地経済学 | 日本式の偏差値なし | 修士課程修了 |
※海外大学院は日本式偏差値で比較していません。
学習院初等科を1982年に卒業し、開成中学校、開成高等学校へ進学しました。本人の公式プロフィールでは、中高時代を「厳しい一貫教育の男子校」で過ごしたと振り返っています。
開成高校で特に記憶に残っている行事の一つが運動会です。高校2、3年では同じクラスの仲間と棒倒しに取り組み、井上氏の所属した赤組は勝利できなかったものの、クラスの団結や友情が強く印象に残ったと後年語っています。
仲間との結束の大切さや戦うための姿勢を学びました
出典:自由民主党「『思い出の一枚』幹事長代理・井上 信治 衆議院議員」(2025年10月21日)
高校卒業後は東京大学法学部へ進みました。政治家を目指すうえで法律や行政の知識と経験を身につけたいと考え、大学では政治学や行政学を学び、卒業後は中央省庁へ進む道を選びます。
井上信治の経歴|建設省で都市・住宅・空港を担当し、外務省ではコソボ情勢に向き合う
1994年3月に東京大学法学部を卒業すると、同年4月に建設省へ入省しました。最初の配属は河川局水政課です。
1995年には住宅局市街地建築課へ移り、阪神・淡路大震災を受けた震災に強いまちづくりの法整備に携わりました。都市計画や住宅政策を行政実務として扱った時期です。
その後、英国へ留学し、ケンブリッジ大学大学院土地経済学部で都市計画、交通、住宅政策を学びました。1998年9月に修士課程を修了し、卒業論文では歴史的な町並みを保存する政策の変遷を扱っています。
同年10月には外務省欧亜局東欧課へ出向しました。NATOによるコソボ空爆が起きた時期と重なり、G8各国との交渉や紛争後の人道・復興支援を担当しています。本人の回想では、コソボ情勢への対応で連日の徹夜勤務も経験しました。
2000年からは国土交通省航空局で伊丹空港や福岡空港の騒音・環境対策を担当しました。本人の経歴ページでは、約2年間で両空港へ200回近く足を運び、住民や自治体から直接要望を聞いたとしています。
現場を見て、地元で話を聞いて、そういうところから始めようと思った
出典:関西テレビ「井上信治万博担当大臣に訊く!」(2020年12月1日)
2002年には住宅局建築指導課の課長補佐となり、建築物のバリアフリー化やシックハウス問題を担当しました。河川、都市・住宅、空港、外交と、政治家になる前の約10年間に複数の行政分野を経験しています。
官僚を辞め、自民党の公募・予備選から東京25区へ
2003年5月、国土交通省を退職しました。本人が政治について身近に話を聞いていた人物の一人に、縁戚でもあった元防衛庁長官・石川要三氏がいました。
西多摩を選んだ理由について、井上氏は国土交通省で得た知識や経験を地域づくりに生かせる地域だと考えたと説明しています。同年7月、自民党の公募・予備選を経て東京都第25選挙区支部長に就任しました。
11月9日の第43回衆議院議員総選挙では、東京25区から自由民主党公認で立候補。80,443票を得て、初めて衆議院議員に当選しました。
選挙活動では、選挙カーだけに頼らず自転車で地域を回るスタイルも続けてきました。本人は、有権者との距離を近く保つことを理由に挙げています。
青年局長を3期務め、2009年の政権交代期も議席を維持
2005年の衆院選で2期目の当選を果たし、2006年には自民党副幹事長に就任。2007年からは自民党青年局長を3期務めました。全国を回る機会が増え、各地の党関係者との接点も広がった時期です。
2009年8月の第45回衆院選では、自民党が政権を失う選挙となる中、東京25区で106,201票を得て3期目の議席を確保しました。本人はその後の約3年3か月の野党時代について、多くの人と話す中で「国民のために」という初心を見直した時期だったと振り返っています。
野党期には党内閣部会長、国会対策副委員長、行政改革推進本部事務局長、総務部会長などを担当。2012年12月の衆院選で4期目に当選すると、政府側の役職へ移ります。
環境副大臣として福島の原発事故対応に携わる
2012年12月、環境副大臣兼内閣府副大臣に就任しました。東日本大震災と福島第一原発事故を受けた除染や指定廃棄物、原子力防災などの課題を担当しています。
2013年に再任され、2015年10月には同じ環境副大臣兼内閣府副大臣へ再び就任しました。環境省の就任会見では、福島の課題について被災地へ足を運び、地元の意向を聞きながら進める考えを示しています。
被災者の方々のために一日も早い本当の復興を実現したい
出典:環境省「井上副大臣・平口副大臣就任記者会見録」(2015年10月9日)
本人のプロフィールでは、副大臣時代に被災地へ200回以上足を運んだと記しています。副大臣を離れていた時期にも党の復興関連組織で関わり、福島の復興を継続的なテーマとして扱ってきました。
内閣委員長や党務を経て、2020年に初入閣
環境副大臣を最初に離れた後の2014年9月には、衆議院内閣委員長に就任しました。委員長退任後は再び環境副大臣を務め、その後は党副幹事長、団体総局長、選挙対策委員長代理など党務でも役職を重ねています。
2016年以降は副幹事長を複数期務め、財務金融委員会、総務委員会、内閣委員会でも筆頭理事を経験しました。
そして2020年9月、菅内閣で国際博覧会担当大臣・内閣府特命担当大臣として初入閣しました。国際博覧会に加え、科学技術政策、宇宙政策、クールジャパン戦略、知的財産戦略、消費者・食品安全など幅広い分野を担当しています。
大阪・関西万博と科学技術・宇宙政策を所管
初入閣した2020年は、大阪・関西万博が開催準備を本格化させる段階でした。井上氏は就任後、地元の大阪・関西へ足を運び、自治体や関係者と意見交換しながら準備にあたる姿勢を示しました。
日本の成長、活性化につなげていきたいと思います。
出典:消費者庁「井上内閣府特命担当大臣記者会見要旨」(2020年9月17日)
科学技術政策では、次期科学技術・イノベーション基本計画の策定や統合イノベーション戦略の具体化を所管しました。宇宙政策では2020年に改訂された宇宙基本計画の実行、消費者行政ではデジタル化など環境変化に対応する制度の見直しを課題として挙げています。
万博だけを担当する大臣ではなく、科学技術、宇宙、知的財産、消費者・食品安全まで複数の政策領域を横断して所管したのが、この入閣期の特徴でした。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2003年 11月9日 | 第43回衆議院議員総選挙 初当選 | 東京都 第25区 | 自由民主党 | 当選 | 80,443票 1位 |
| 2005年 9月11日 | 第44回衆議院議員総選挙 2期目 | 東京都 第25区 | 自由民主党 | 当選 | 113,800票 1位 |
| 2009年 8月30日 | 第45回衆議院議員総選挙 3期目 | 東京都 第25区 | 自由民主党 | 当選 | 106,201.000票 1位 |
| 2012年 12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙 4期目 | 東京都 第25区 | 自由民主党 | 当選 | 100,523票 1位 |
| 2014年 12月14日 | 第47回衆議院議員総選挙 5期目。同姓候補がいたため按分票を含む | 東京都 第25区 | 自由民主党 | 当選 | 100,081.929票 1位 |
| 2017年 10月22日 | 第48回衆議院議員総選挙 6期目。同姓候補がいたため按分票を含む | 東京都 第25区 | 自由民主党 | 当選 | 112,014.943票 1位 |
| 2021年 10月31日 | 第49回衆議院議員総選挙 7期目 | 東京都 第25区 | 自由民主党 | 当選 | 131,430.000票 1位 |
| 2024年 10月27日 | 第50回衆議院議員総選挙 8期目 | 東京都 第25区 | 自由民主党 | 当選 | 110,488.000票 1位 |
| 2026年 2月8日 | 第51回衆議院議員総選挙 9期目 | 東京都 第25区 | 自由民主党 | 当選 | 109,606.000票 1位 |
井上信治氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
福島の除染・中間貯蔵
「まずは中間貯蔵施設の設置に全力を向けて取り組んでいきたい」
環境副大臣として、除染で生じる汚染土壌等の中間貯蔵施設整備を優先課題として進める考えを示した発言。
大阪・関西万博
「日本から世界へと発信する国家的プロジェクトです。」
国際博覧会担当大臣として、大阪・関西万博をポストコロナの新たな社会像を示し、世界へ発信する国家的プロジェクトと位置づけた発言。
科学技術・イノベーション
「人文・社会科学は近年重要性が高まっております。」
科学技術政策担当大臣として、科学技術基本法の対象拡大にも触れ、人文・社会科学の重要性が高まっているとの認識を示した発言。
消費者保護とデジタル取引
「消費者被害の防止、消費者利益の保護を図ることは、我が国経済の健全な発展のためにも重要です。」
消費者及び食品安全担当大臣として、社会経済環境の変化や悪質商法への対応を背景に、消費者被害の防止と利益保護を重視する考えを示した発言。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
9期連続当選へ、党運営でも役職を重ねる
2021年10月の衆院選では7期目の当選。同年11月に自民党環境・温暖化対策調査会長となり、2022年8月には幹事長代理に就任しました。
2024年8月には自由民主党東京都支部連合会会長に就任。同年10月の第50回衆院選で8期目の議席を得た後、政調会長代理や衆議院予算委員会筆頭理事を務めました。
2025年10月には再び幹事長代理となり、衆議院厚生労働委員会筆頭理事も担当。2026年2月8日の第51回衆院選では109,606票を得て、2003年の初当選から9期連続で東京25区の議席を獲得しました。
井上信治氏が掲げる政策・政治姿勢
物価高対策と所得向上
経済政策では「責任ある積極財政」を掲げ、物価高への対応とともに、賃上げ、人手不足の緩和、中小企業の競争力強化を通じた所得向上を主張しています。
単に物価対策を一時的な給付に限定せず、賃金や企業の生産力を含めて家計の所得環境を改善するという構成です。
年金・医療・介護を含む社会保障
社会保障では年金、医療、介護、福祉、子育て支援を挙げています。高齢化が進む中で、健康寿命の延伸やデジタル技術の活用も組み合わせ、制度の持続可能性を確保する考えを示しています。
政治資金の透明化と政治改革
政治改革では、自民党議員の政治資金をめぐる問題への反省を明記し、法制度の厳格化や資金の流れの透明化を掲げています。
政治への信頼を必ず取り戻します。
出典:井上信治公式サイト「Policy」(公開日記載なし)
2025年12月には、BS朝日の「朝まで生テレビ!」で、物価高対策と政治改革をテーマにした討論へ出演しました。
西多摩・昭島の交通、防災、地域振興
地元政策では、西多摩と昭島の経済・観光振興、医療・教育、防災を挙げています。横田基地をめぐる課題、JR各線の改善、多摩都市モノレールの延伸、国営昭和記念公園の活用なども継続的な政策項目です。
国土交通省で都市・住宅・交通分野を担当した経歴とは別に、選挙区では交通網や地域基盤そのものを具体的な政策対象として掲げています。
気候変動への「適応」を危機管理投資として扱う
環境・温暖化対策調査会は2026年6月、井上氏を調査会長として、気候変動への適応を「危機管理投資」と位置づける提言を政府へ申し入れました。
提言には、熱中症による死亡者を早期に1000人未満へ減らす目標、流域治水などの防災強化、2030年までに「適応先進モデル地域」を国内30か所につくる構想、早期警戒システムなど日本の技術を海外へ展開する方針が盛り込まれています。温室効果ガスの削減だけでなく、既に生じている気候変動の被害へ備える政策を前面に出した内容です。
動画で見る井上信治氏の国会運営
2025年3月の自民党公式「CafeSta」では、当時の衆議院予算委員会筆頭理事として、予算委員会の運営や与野党協議について解説しています。国会審議を支える理事の仕事を本人の説明で確認できる動画です。
井上信治氏の現在情報
2026年2月の第51回衆議院議員総選挙で9期目の当選。党務を担う一方、環境・温暖化対策調査会では2026年6月に気候変動適応を危機管理投資と位置づける提言を取りまとめるなど、政策調査活動も確認できます。
- 現職、選挙区、当選回数、学歴、職歴、主要役職を確認
- 出生、官僚時代、政界入り、歴代役職、各期当選を確認
- 医療家系、政治家志望の経緯、建設省入省の理由、西多摩を選んだ経緯を確認
- 経済、社会保障、政治改革、西多摩・昭島の地域政策を確認
- 生年月日、学歴、建設省入省、主要政府・党役職を確認
- 環境副大臣としての福島・原発事故関連業務と本人発言を確認
- 初入閣時の担当分野、万博、科学技術、宇宙、消費者政策に関する発言を確認
- 開成高校時代の運動会、学生時代の本人回想を確認
- 井上信治調査会長、2026年の気候変動適応政策提言、熱中症・流域治水・モデル地域などの具体策を確認
- 2026年2月8日衆院選・東京25区の得票数と当選結果を確認
- 伊丹空港担当時代、現場重視の姿勢、万博担当大臣としての考えを確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月24日 記事を新規作成。第51回衆院選結果、現職・所属・党役職、学歴・官僚歴、主要政策、公式リンクを確認
- 2026年9月24日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。




















