東国原英夫氏は、お笑い芸人「そのまんま東」として全国に知られた後、地方政治と国政の双方を経験した人物です。テレビの世界から突然政治へ転身したようにも見えますが、本人の話をたどると、政治家という仕事は子どもの頃から意識していた進路の一つでした。
都城で過ごした少年時代、東京での芸能活動、40代からの学び直し。その積み重ねを追うと、宮崎県知事選への立候補までの道筋が見えてきます。
- 子どもの頃から、お笑い芸人と政治家という二つの仕事を思い描いていた
- 芸能活動の後に大学へ戻り、地方自治を学んでから地方政治へ進んだ
- 知事時代は宮崎の発信と行政改革、国政では地方分権を重要なテーマとして扱った
東国原英夫の生い立ち|都城で育ち、「芸人と政治家」の二つを思い描いた少年時代
東国原英夫氏は1957年9月16日、宮崎県都城市に生まれました。大王小学校から東小学校へ転校し、妻ヶ丘中学校、宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校へ進みます。
高校ではハンドボール部に所属し、インターハイには2回出場しました。スポーツに打ち込む一方、本人が後年繰り返し語っているのが、「お笑い芸人」と「政治家」の両方を将来の仕事として考えていたという少年時代です。
中学2年生の頃には、芸人を目指して家を出たこともありました。当時の出来事を、知事就任後のインタビューでこう振り返っています。
芸人になりたいと思い、家を出ました。
出典:東洋経済オンライン「(第14回)<東国原英夫さん・前編>家出で人生を学ぶ」(2007年4月24日)
もう一つ残っているのが、小学校の卒業文集です。本人によれば、そこには政治家とお笑い芸人になりたいという夢を書きました。教師から二つの仕事の共通点を尋ねられたときの答えも記憶しているといいます。
両方とも人々を幸せにする仕事です。
出典:ワクセル「『宮崎の地域活性化のために人生を尽くす』政治家・東国原英夫さんの本音に直撃」(公開日記載なし)
後年の政治活動からさかのぼって作られた話ではなく、本人が少年時代の記憶として複数のインタビューで語っているエピソードです。
東国原英夫の学歴|上京して専修大学へ、卒業後はお笑いの世界に飛び込む
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 都城市立大王小学校/都城市立東小学校 | ― | ― | 転校 |
| 中学校 | 都城市立妻ヶ丘中学校 | ― | ― | ― |
| 高校 | 宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校 | ― | 57〜66(2026年度版) | 現行学科レンジ |
| 大学 | 専修大学 | 経済学部 | 47.5〜52.5(経済学部・2027年度参考) | 卒業 |
| 大学 | 早稲田大学 | 第二文学部/政治経済学部 | 旧学部・中退歴を含むため単純比較しない | 中途退学 |
※旧学部・中退歴を現行偏差値へ単純換算していません。
高校卒業後は東京へ移り、1976年に専修大学経済学部へ進学しました。1980年3月に卒業します。
就職活動をして一般企業へ進むのではなく、目指したのは芸能界でした。専修大学卒業後、ビートたけし氏の一番弟子となり、「そのまんま東」として活動します。
「ツーツーレロレロ」としてコンビ活動をした時期を経て、たけし軍団の一員としてテレビや舞台へ出演しました。政治家になる前の東国原氏を長く形づくったのは、人前で話し、限られた時間の中で相手へ伝える仕事でした。
一方で、宮崎への意識も残り続けていました。東京へ出た当時、宮崎県の場所を正確に知らない人に何度も出会ったことを、後年のインタビューで振り返っています。
40代で大学へ戻り、地方自治を学ぶ
芸能界で長く活動した後、40代に入ると再び学生として学ぶ道を選びます。2000年4月、早稲田大学第二文学部へ入学し、2004年3月に卒業しました。
そこで学業を終えたわけではありません。同年4月には早稲田大学政治経済学部へ進みます。本人公式プロフィールは、地方自治を学ぶために政治経済学部へ入学したと説明しています。
政治経済学部は2006年3月に中途退学しました。最初の大学卒業から20年以上を経て、文学、そして地方自治や政治へと学ぶ分野を広げた時期でした。
東国原英夫の経歴|2007年、無所属で宮崎県知事選へ
2006年末の宮崎県政は、官製談合事件を受けて知事が辞職する事態となっていました。その後に行われた知事選へ、東国原氏は無所属で立候補します。
保守系候補が複数出る中で既存のしがらみから距離を置く姿勢を訴え、2007年1月21日の宮崎県知事選で初当選。第52代宮崎県知事に就任しました。
芸能界で名前を知られた人物が当選したこと自体が注目を集めましたが、県庁で求められたのは行政組織の運営です。就任後は入札制度や行財政運営の見直し、県産品のPR、企業誘致などを県政課題として扱っていきます。
口蹄疫への対応と、1期で知事を退任した後の進路
知事任期の終盤に宮崎県を襲った大きな出来事が、2010年の口蹄疫の発生でした。県議会でも防疫と、その後の地域経済・畜産業の再生が大きな議題となります。
同年9月の県議会で東国原氏は、任期末までの重要課題として口蹄疫からの再生・復興を挙げました。同時に、現場で国の制度や法令との関係に苦慮した経験から、地方が自主的に判断できる仕組みの必要性も強く訴えるようになります。
2010年12月には次の宮崎県知事選へ立候補しない意向を表明し、2011年1月20日に任期満了で退任しました。現行の本人公式プロフィールでは、国家構造や統治システムの変革、地方分権を進めることを意識して国政へ向かったと説明しています。
その判断から12年後の2022年、再び宮崎県知事選へ挑む際には、1期で退任した当時について別の事情も本人公式Xで振り返っています。
東京都知事選を経て、衆議院議員として国政へ
宮崎県知事を退任した約3か月後、2011年4月の東京都知事選へ無所属で立候補しました。石原慎太郎氏には届かず落選しましたが、1,690,669票を得ています。
次に国政へ進んだのは2012年です。第46回衆議院議員総選挙で日本維新の会の比例近畿ブロックから立候補し、衆議院議員に初当選しました。
2013年には衆議院総務委員会の理事を務め、地方財政や地方自治に関わる国会審議にも参加しました。3月14日の衆議院本会議では、地方財政計画などをめぐる質問に立っています。
我が党の基本理念は、自立する個人、自立する地方、自立する国家であります。
出典:国会会議録検索システム「第183回国会 衆議院本会議 第11号」(2013年3月14日)
この質疑では、地方への権限移譲と財源移譲を進める必要性を質問しています。知事として地方行政の側から見ていた国と地方の関係を、国会議員として国政の場で扱った形です。
ただし国会議員としての在職期間は長くありませんでした。2013年12月に日本維新の会を離れ、同月17日に衆議院議員を辞職しました。
議員辞職後も政治を発信し、2022年に宮崎県知事選へ再挑戦
国会を離れた後は、政治評論やテレビ出演、講演、YouTubeなどを通じて地方自治や政治について発信する活動を続けました。
再び選挙へ直接挑んだのは2022年です。12月の宮崎県知事選へ無所属で立候補し、2007年以来となる県政復帰を目指しましたが、現職の河野俊嗣氏に届かず落選しました。
この再挑戦について本人は、若い世代を含む有権者の政治参加も目的の一つだったと話しています。講演や学校での活動でも、政治を日常の話題として扱いやすくすることを意識していると説明しています。
僕の最終的な目標は、若い世代の投票率を上げることです。
出典:Hitonova「『自分らしいやり方』で政治参加の大切さを伝えていく」(公開日記載なし)
選挙へ自ら立候補していない時期にも、投票参加について発信しています。2024年の東京都知事選を前にした公式Xの投稿も、その一例です。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2007年 1月21日 | 第17回宮崎県知事選挙 初出馬・初当選 | 宮崎県 | 無所属 | 当選 | 266,807票 1位 |
| 2011年 4月10日 | 東京都知事選挙 宮崎県知事退任後に出馬 | 東京都 | 無所属 | 落選 | 1,690,669票 2位 |
| 2012年 12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙 日本維新の会の比例単独候補として衆議院議員に初当選 | 比例近畿ブロック | 日本維新の会 | 当選 | ―(拘束名簿式比例代表のため個人得票数なし) 名簿順位1位 |
| 2022年 12月25日 | 第21回宮崎県知事選挙 宮崎県知事退任後、約12年ぶりの同知事選への出馬 | 宮崎県 | 無所属 | 落選 | 235,602票 2位 |
東国原英夫氏が重視してきた政策・政治姿勢
行財政改革と事業の見直し
知事就任後の宮崎県では「宮崎県行財政改革大綱2007」を策定し、多額の収支不足の圧縮、県債残高の縮減、事業の抜本的な見直しを進めました。
外部委員による事業仕分けにも取り組み、県議会では入札制度改革や職員意識の変化とあわせて、県政への信頼を立て直す施策として説明しています。
宮崎県産品と地域ブランドの発信
芸能界で培った知名度を行政の情報発信に利用したことは、知事時代を特徴づける活動の一つです。県産農畜産物や木材などを県外へ売り込むトップセールスに自ら参加し、メディア出演でも宮崎の地名や県産品を積極的に取り上げました。
県の資料にも、県産材の販売促進行事などで知事がトップセールスを行った記録が残っています。知名度だけを目的とせず、販路や観光、企業誘致へつなげる手段として情報発信を位置づけていました。
企業誘致と地域産業
企業誘致については、道路や港などのインフラ、労働力、電力や工業用水といった立地条件とともに、自治体側が企業へ働きかけることを重視しました。
県産品の販売促進と企業誘致は別の施策ですが、どちらにも首長自身が県外へ出て相手と接触する「トップセールス」を取り入れていた点は共通しています。
口蹄疫後の再生・復興
2010年の口蹄疫では、防疫だけでなく、畜産業や地域経済をどう立て直すかが県政課題となりました。東国原氏は任期末までの最重要課題の一つとして再生・復興を掲げています。
同時に、防疫の現場で国の法律や全国一律の制度が地域の実情に合わない場面があったとの認識を示しました。この経験は、地方が自ら判断できる制度を求める議論にも結びついています。
地方分権と国・地方の関係
知事時代から国会議員時代まで一貫して登場するテーマが地方分権です。2010年9月の宮崎県議会では、国と地方の税財源配分や国による義務づけ、補助金などに触れ、地域が主体的に経営できる制度を求めました。
地方の繁栄なくして国の繁栄はないと考えておるところであります。
出典:宮崎県議会「平成22年9月定例県議会会議録」(公開日記載なし)
その後の衆議院本会議でも、権限と財源を地方へ移す必要性を取り上げました。首長時代と国会議員時代で立場は変わっても、地方自治をめぐる問題意識は継続しています。
東国原英夫氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
地方自治と自立
「自分らの手でこの地方自治は、地方は、地域は支えていくんだ」
地方自治について、国への依存ではなく地域が自ら決定し支えるという自立の精神が重要だと述べた。
地方の課税自主権
「自分たちの税金を自分たちの意思決定のもとに使う」
地方自治の根幹として課税自主権を挙げ、地方が独自の財源と責任を持てる制度改革を求めた。
公務員制度と公共奉仕
「地域あるいは国家のために奉仕したい」
公務員の処遇や人事制度を論じる中で、公共への奉仕意識を持つ人材が力を発揮できる環境を政治が整える必要があると述べた。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
本人の発信を動画で見る
2026年4月9日に本人の公式YouTubeチャンネル「そのまんま宮崎」で公開された、次期宮崎県知事選への立候補表明記者会見です。本人自身による長い説明を映像で確認できます。
本人の公式Xで見る最近の発信
本人公式Xでは、政策や地域活動について継続的に発信しています。以下は本人アカウントで確認できる投稿です。
日々の政策・地域活動に関する本人の発信です。
日々の政策・地域活動に関する本人の発信です。
日々の政策・地域活動に関する本人の発信です。
東国原英夫氏の現在情報
2026年4月9日、次期宮崎県知事選へ無所属で立候補する意向を正式表明しました。宮崎県選挙管理委員会が決定した日程は2026年12月10日告示、12月27日投開票で、2026年9月18日時点では告示前です。
※商品リンクにはアフィリエイトリンクを含みます。
- 生年月日、出身地、学歴、芸能活動、宮崎県知事、東京都知事選、衆議院議員、議員辞職を確認
- 第52代宮崎県知事、在任期間を確認
- 地方分権、口蹄疫、事業仕分け、知事任期終盤の県政認識を確認
- 衆議院議員としての地方財政・地方分権に関する発言を確認
- 宮崎県行財政改革大綱2007、収支不足、県債、事業見直しを確認
- 2007年宮崎県知事選の候補者、得票数、当選結果を確認
- 2011年東京都知事選の党派、得票数を確認
- 2022年宮崎県知事選の候補者、得票数、結果を確認
- 2026年宮崎県知事選の告示日、投開票日、任期満了日を確認
- 少年時代、地方自治、政治参加、若年層の投票率、2022年知事選への考えを確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 本文内の公式X投稿が5件未満の記事について、既存の関連投稿を保持したまま本人公式Xの最新投稿で不足分を補完
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月28日 本人の国会会議録による一次情報をテーマ別に確認し、一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月18日 現況情報・公式SNS・次期宮崎県知事選への立候補表明と選挙日程を確認




















