斎藤元彦氏(兵庫県の公的表記は「齋藤元彦」)は、総務省の官僚として全国の自治体で勤務した後、2021年に兵庫県知事へ転じた政治家です。
神戸市須磨区で育ち、愛媛県での寮生活、東京大学時代の経済的な苦労、佐渡市や飯舘村、宮城県、大阪府での行政経験を重ねてきました。その政治人生は、2024年の失職と出直し選挙での再選によって大きく揺れ動きます。
- 神戸の地場産業を営む家庭で育ち、愛光中・高の寮生活と東京大学での奨学金受給を経験した
- 総務省から佐渡市、飯舘村、宮城県、大阪府へと地方行政の現場を歩き、2021年に兵庫県知事へ初当選した
- 2024年に不信任決議を受けて失職した後、出直し知事選で再選し、第54代兵庫県知事として2期目を担っている
神戸市須磨区で育つ|祖父はケミカルシューズ製造業
斎藤元彦氏は1977年11月15日、兵庫県神戸市に生まれ、神戸市須磨区で育ちました。
小学生のころに暮らしていたのは衣掛町。須磨海岸や当時の須磨水族園に近い地域で、神戸市立若宮小学校へ通いました。
祖父は神戸市の長田区と須磨区でケミカルシューズ製造業を営んでいました。幼いころから、祖父が会社経営の厳しさについて話すのを耳にしていたといいます。
「地場産業を大切にしたい」
出典:さいとう元彦公式ウェブサイト「プロフィール」(公開日記載なし)
知事就任後も県内産業を発信しており、2025年12月には兵庫県が全国シェアの大部分を占めるマッチ産業と、県ふるさと納税の返礼品を本人公式Xで紹介しています。
愛光中・高で6年間の寮生活|高校時代に阪神・淡路大震災
小学校卒業後は親元を離れ、愛媛県松山市の愛光中学校へ進学しました。本人によれば、もともとの第一志望は神戸の六甲中学校でしたが、中学受験を経て愛光へ進むことになりました。
中学から高校まで、松山市で6年間の寮生活を送ります。本人は後年、この時期を「本当に楽しい6年間」だったと振り返り、当時の同級生とは卒業後も交流が続いているとしています。
高校在学中の1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生しました。地震を知ったのは松山市の寮で、須磨区の実家へ電話をかけ、家族の無事を確認しています。
阪神地域出身の生徒には特別休暇が与えられ、斎藤氏も神戸へ戻りました。入院していた祖母の様子を確認するため、須磨から東灘まで自転車で走った際には、粉じんが舞う被災地の光景を目にしたと語っています。
震災前から厳しい状況にあった家業のケミカルシューズ製造も、さらに影響を受けました。後に総務省と経済産業省のどちらへ進むかを考えた際には、地域産業だけでなく防災を含めて地方行政に幅広く関われることを理由の一つとして総務省を選んだと説明しています。
東京大学時代に家計が悪化|奨学金が進路を変える
愛光高等学校を卒業した後は、神戸・三宮の予備校で1年間の浪人生活を送り、東京大学経済学部へ進学しました。
上京後は授業への出席が少なくなり、本人の表現では「駒場留年」も経験しています。その後、平成不況の影響で家計が急速に悪化し、実家からの仕送りが止まりました。
大学を辞めることも考えましたが、奨学金を受けて学業を続けることができました。斎藤氏自身は、この体験を行政や政治を考え始めた時期として位置づけています。
「苦しい人に政治や行政がセーフティーネットを準備することが大事」
出典:神戸新聞「2021知事選 候補者の横顔<3> 斎藤元彦氏(43)無新=自民、維新推薦」(2021年7月7日)
国家公務員を目指して官庁訪問を進めていた時期、祖父から自分の「元彦」という名前が、元兵庫県知事の金井元彦にちなんだものだと初めて聞いたといいます。
地方自治を扱う総務省を選び、2002年4月に入省しました。本人は入省時から、いつか兵庫のために仕事をすることを目標としていたと振り返っています。
総務官僚として佐渡・飯舘・宮城・大阪へ
総務省へ入った後は中央省庁だけにとどまらず、総務官僚として各地の地方行政の現場を歩きました。
入省した2002年には三重県庁で最初の地方勤務を経験。総務省大臣官房や自治財政局、内閣官房副長官補付などを経て、2008年4月に佐渡市企画財政部長へ就任しました。
佐渡では企画財政部長、総合政策監として3年間勤務しました。トキの放鳥や佐渡金山の世界遺産登録に向けた取り組み、離島の航路・空路、市町村合併後の地域運営などに携わっています。
2011年4月には、東京電力福島第一原発事故を受けて全村避難が決まった福島県飯舘村へ派遣されました。政府現地対策室の一員として、村長や村職員とともに全村避難後の防犯体制づくりなどを担当しています。
2013年からは宮城県へ。総務部市町村課長として沿岸市町の人員確保に携わり、翌2014年には財政課長となって東日本大震災の復旧・復興事業の予算編成を担当しました。
2018年4月からは大阪府財務部財政課長を務めました。在任中には大阪府北部地震、台風21号、新型コロナウイルス感染症への対応に伴う予算編成を経験しています。
約19年間の官僚生活を経て、2021年3月に大阪府と総務省を退職しました。
2021年、兵庫県知事へ|初めての選挙で初当選
総務省を退職した斎藤氏が次に選んだのは、生まれ育った兵庫県の知事選挙でした。
2021年7月18日の兵庫県知事選には無所属で立候補し、自民党と日本維新の会の推薦を受けました。5人が争った選挙で858,782票を獲得し、初めての立候補で兵庫県知事に初当選します。
同年8月、第53代兵庫県知事へ就任。官僚として行政を担う立場から、自ら政策を掲げて有権者の審判を受ける立場へ移りました。
1期目には県政改革に加え、若者・Z世代支援、教育環境の充実、地域産業や観光、防災などを県政の課題として扱っていきました。
告発文書問題と不信任決議|2024年9月に知事を失職
2024年3月、当時の西播磨県民局長が、斎藤氏や県幹部らに関する複数の指摘を記した文書を作成・配布しました。県側の初動対応や元県民局長への懲戒処分、知事の職員への言動などをめぐり、県議会でも調査が進みます。
同年9月19日、兵庫県議会は斎藤知事に対する不信任決議を全会一致で可決しました。
斎藤氏は県議会を解散せず、2024年9月30日に兵庫県知事を失職。その後、出直し知事選への立候補を選びます。
告発文書をめぐる県・県議会・第三者調査委員会の判断と、別に行われた刑事司法上の手続は異なるものです。本記事では、それぞれを分けて扱います。
失職後の選挙活動が始まる時期には、本人公式Xでも再挑戦に向けた発信が行われました。
出直し知事選で再選|111万3911票を獲得
失職に伴う兵庫県知事選は2024年11月17日に投開票され、7人が立候補しました。
斎藤氏は無所属の元職として出馬し、1,113,911票を得て再選。同年11月、第54代兵庫県知事として県政へ戻りました。
2021年の初当選時は858,782票だったため、2度目の知事選では得票数自体も増えています。ただし、候補者数や投票率など選挙条件が異なるため、単純な支持率の比較とは分けて見る必要があります。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2021年 7月18日 |
兵庫県知事選挙
新人。自由民主党、日本維新の会の推薦を受けて立候補。
|
兵庫県 | 無所属 | 当選 | 858,782票 1位 |
| 2024年 11月17日 |
兵庫県知事選挙
不信任決議後の失職に伴う知事選。元職として出馬し再選。
|
兵庫県 | 無所属 | 当選 | 1,113,911票 1位 |
第三者調査委員会がパワハラなどを認定
県が設置した「文書問題に関する第三者調査委員会」は、2025年3月19日に調査報告書を公表しました。
報告書では、文書に記された事項を調べた結果、斎藤氏の複数の言動をパワーハラスメントに当たると認定しています。
また、告発文書への県の対応について、利害関係者が関与した通報者探索を違法と評価。文書の作成・配布を理由とした懲戒処分についても、一部を違法とし、その部分は効力を有しないとの判断を示しました。
斎藤氏は報告書公表後、職員への言動について謝罪する一方、報告書そのものについては次のように述べています。
「第三者委員会の報告書は真摯に受け止めていく」
出典:兵庫県「知事記者会見(2025年4月3日)」(2025年4月3日)
一方、告発文書への県の対応については第三者調査委員会の法的評価を受け入れていません。2026年1月の会見でも「適切、適正、適法に対応してまいりました」との認識を示し、同年6月にも文書は公益通報者保護法上の保護対象となる3号通報ではないとの立場を維持しています。
このため、第三者調査委員会が示した評価と、斎藤氏が示している県対応への認識には隔たりが残っています。
これとは別に、2024年知事選でPR会社へ支払った費用をめぐって公職選挙法違反の疑いで刑事告発された件では、神戸地検が2025年11月に斎藤氏を嫌疑不十分で不起訴としました。2026年6月17日には神戸第1検察審査会も「不起訴相当」と議決し、この申立てに伴う再捜査は行われないこととなりました。
2026年8月時点の政策|若者・教育、暮らし、地域活力を重視
2026年8月時点で斎藤氏は第54代兵庫県知事として2期目を務めています。
兵庫県の2026年度当初予算では、「希望をつなぐ、未来をつくる」を掲げ、次の5分野を柱としています。
- 若者の可能性を拓く
- 安全安心な暮らしを守る
- 地域活力を底上げする
- 自然との共生を深化する
- 県政基盤を強化する
なかでも、若者・Z世代への支援と教育環境への投資は継続して前面に置かれています。県立高校の教育環境整備、若者の海外挑戦支援、子育て、就労などを組み合わせた施策を展開しています。
物価高への対応では、プレミアム付デジタル券「はばタンPay+」やLPガス料金、福祉・医療施設などへの支援も打ち出しました。これは家計や事業者への経済対策として実施する施策で、人口動態など別の指標と直接の因果関係が確認されたものではありません。
2026年8月時点の斎藤元彦氏
2026年8月時点では、斎藤元彦氏は兵庫県知事として在職中です。2024年の出直し選挙で当選して始まった2期目の県政を続けています。
総務省入省から数えると、地方行政との関わりは20年以上になります。佐渡、飯舘、宮城、大阪で行政側から地域課題に向き合い、2021年からは兵庫県知事として選挙で選ばれる立場になりました。
2期目では若者・教育への投資、暮らしの支援、地域活力、防災、行財政運営などを進めています。県政運営をめぐっては、第三者調査委員会の判断と斎藤氏側の認識が一致していない論点も残っています。
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生年月日、出生地、学歴、総務省・地方自治体での職歴、第53代・第54代兵庫県知事就任を確認
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須磨区での生い立ち、若宮小学校、愛光中・高、東京大学時代、奨学金、祖父と地場産業、総務省を選んだ経緯、地方勤務の具体的経験、公式Xを確認
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2024年9月19日の不信任決議と、県議会が示した理由を確認
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2025年3月19日の報告書公表、パワーハラスメント認定、公益通報者保護法上の評価、懲戒処分に関する判断を確認
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第三者調査委員会報告後も、告発文書への県対応を適切・適正・適法とする斎藤氏の見解を確認
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2026年度県政の5つの柱、若者・Z世代、教育、暮らし、安全、地域活力などの主要政策を確認
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2021年兵庫県知事選の立候補、党派、得票数858,782票、当選を確認
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2024年兵庫県知事選の立候補、無所属、得票数1,113,911票、再選を確認
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東京大学時代の家計悪化と奨学金、政治・行政を志した時期、祖父の言葉、2021年知事選の推薦関係を確認
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2024年知事選のPR会社への支払いをめぐる刑事告発について、2025年11月の不起訴と2026年6月17日の検察審査会「不起訴相当」議決を確認
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高校時代の阪神・淡路大震災、須磨から東灘まで移動した経験、家業への震災の影響、総務省を選んだ理由、宮城県での復興行政を確認
この記事の更新履歴
- 2026年8月20日 記事を新規作成。現況情報を確認















