内堀雅雄の経歴・学歴と生い立ち|自治省官僚から福島県副知事、震災復興を担う知事へ

内堀雅雄
ひと目でわかるプロフィール 内堀雅雄
うちぼり まさお
出身地
長野県長野市
初当選
2014年(福島県知事選挙)
最終学歴
東京大学経済学部卒業
主な前職
官僚・国家公務員
政界入り
官僚から
生年月日 1964年3月26日
血液型 A型

内堀雅雄氏は、国と地方の行政現場を歩き、東日本大震災と福島第一原発事故への対応を経て、福島県政のトップに立った政治家です。

長野で過ごした学生時代から自治省での地方行政、福島県庁への赴任、副知事時代の複合災害、そして選挙で知事に選ばれるまで、その歩みを時系列でたどります。

内堀雅雄氏を理解する3つのポイント
  1. 中央官庁と複数の地方自治体で、地方行政・地方財政の実務を経験してきた行政畑の人物です。
  2. 福島県副知事として東日本大震災と原発事故に直面し、その後の復興行政にも携わりました。
  3. 知事就任後は、復興だけでなく人口減少、産業、エネルギー、防災など長期課題にも取り組んできました。

内堀雅雄の生い立ち|長野市で生まれ育った学生時代

内堀雅雄氏は1964年3月26日、長野県長野市で生まれました。高校まで長野県で学び、その後、大学進学を機に東京へ移っています。公開されている公式プロフィールでは幼少期の家庭環境や少年時代の具体的なエピソードは多くなく、確認できる範囲では長野での学生生活が最初のまとまった経歴になります。

内堀雅雄の学歴|長野高校から東京大学経済学部へ

内堀氏は長野県長野高等学校を卒業後、東京大学経済学部へ進みました。高校までは長野で学び、大学進学を機に東京へ移っています。

現在の入試難易度では、長野高校が偏差値69です。東京大学経済学部は進学選択制度を採用しているため、指定科類の一つである文科二類の2027年度前期ボーダー67.5を参考表示します。

学歴一覧内堀雅雄の学歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
高校長野県長野高等学校―69(2026年度)1982年卒業
大学東京大学経済学部67.5(文科二類・2027年度前期)1986年3月卒業

※偏差値は本人の在学当時ではなく現在の入試難易度の目安です。東京大学経済学部は進学選択制度のため、文科二類の現在値を参考表示しています。

1982年に長野県長野高等学校を卒業し、東京大学経済学部へ進学しました。1986年3月に東京大学経済学部を卒業しています。

知事就任後に公表された人物紹介では、趣味にスポーツ観戦と音楽鑑賞、特技に合気道を挙げています。好きな言葉は「進取果敢」です。

内堀雅雄の経歴|自治省で地方財政の現場を歩く

自治省に入省した後は、霞が関だけにとどまらず地方勤務を重ねました。1987年には佐賀県総務部財政課で勤務し、その後は自治省財政局財政課などで地方財政の実務に携わっています。

1993年には福井県総務部財政課長となり、1996年には大蔵省主計局法規課課長補佐を務めました。中央省庁と地方自治体の両方から、自治体財政を見る経歴です。

1998年には自治省行政局振興課、1999年には財政局地方債課で課長補佐を務め、中央省庁再編後の2001年1月には総務省自治財政局地方債課理事官となりました。

001年に福島へ、部長から副知事へ

2001年4月、福島県生活環境部次長として福島県庁へ赴任しました。翌2002年には生活環境部長、2004年には企画調整部長へ進みます。

企画調整部は県政全体の政策調整を担う部門です。国の制度や財政を知る官僚としての経験に加え、福島県固有の行政課題と向き合う期間が長くなっていきました。

2006年12月には福島県副知事へ就任。2001年の赴任から知事選へ進む2014年まで、福島県での勤務は13年以上に及びました。

福島こそがふるさとであるとの意識を強く持っております。

出典:福島県議会「2014年12月定例会 提案理由説明 内堀雅雄知事」(2015年2月16日)

この言葉は、知事就任後に県議会で自身と福島との関係を振り返った際のものです。出生地とは別に、行政官として長く働いた福島を自らの「ふるさと」と表現しました。

011年3月11日、副知事として複合災害に直面

2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。巨大地震と津波に加え、東京電力福島第一原子力発電所の事故が重なり、福島県は極めて複雑な危機対応を迫られます。

当時、内堀氏は副知事でした。危機管理対応の当事者として震災と原子力災害に向き合い、その後も避難地域の再生や復興政策に関わっていきます。

本人は震災10年のインタビューで、発災時には固定電話や携帯電話が機能せず、原子力災害対応の拠点となるオフサイトセンターも停電したと振り返りました。その経験から挙げた教訓は、「備える」「自分事としてとらえる」「伝える」の3つです。

震災後には大規模な自然災害が繰り返されました。県は東日本台風を契機に「ふくしまマイ避難ノート」を作り、災害前から避難方法や備蓄、家族の行動を考える仕組みを広げています。

決してあきらめない強い意志と、励まし合う温かさは、私たちが手に入れた誇り「ふくしまプライド。」です。

出典:福島県公式YouTube「福島県知事メッセージ『2026年3月11日のメッセージ』」(2026年3月10日)

副知事を辞し、2014年の知事選へ

2014年9月、内堀氏は副知事を退職し、福島県知事選へ進みました。長く行政官として働いてきた人物が、自ら有権者の審判を受ける立場へ移った時期です。

副知事を離れた後は県内各地を歩き、住民と直接話したことを、知事就任後の県議会で明かしています。県政運営の基本姿勢には「継往開来」「現場主義」「進取果敢」の3つを掲げました。

知事選は6人による争いとなり、自民党、民主党、公明党、社会民主党から支援を受けました。2014年10月26日に初当選し、同年11月12日に福島県知事へ就任しています。

就任直後の県政では、原発事故の収束と県内原発の全基廃炉、避難地域の再生、再生可能エネルギー、医療機器やロボットなど新産業の集積、人口減少への対応を政策課題として示しました。

再選を重ね、復興と地方創生を並行して進める

2018年10月の知事選で再選し、2022年10月の知事選では3選しました。復興・再生を継続しながら、人口減少や地域経済など震災以前から続く課題にも政策の範囲を広げてきました。

震災から10年を迎えた2021年には、復興を次の段階へ進めるにあたり、県内外の人々との「ご縁や信頼」を前進する力に変える考えを語っています。

私たちは、未来を変えることができます。

出典:自治体通信Online「ご縁や信頼をエネルギーに変え、福島の未来を切り拓いていく」(2021年3月30日)

2026年6月23日には、任期満了に伴う次の福島県知事選について、4選を目指して立候補する意向を県議会で表明しました。震災直後から復興の道筋づくりを経験してきたことを、再び立候補する理由の一つに挙げています。

全力で福島の未来を切り拓いていく決意であります

出典:TBS NEWS DIG「『復興再生を一層加速』内堀知事が4選目指し立候補表明」(2026年6月23日)
人生年表 内堀雅雄さんの歩み
1964年3月26日
長野県長野市で生まれる
1982年3月
長野県長野高等学校を卒業
1986年3月
東京大学経済学部を卒業
1986年4月
自治省に入省
1987年4月
佐賀県総務部財政課主事
1993年8月
福井県総務部財政課長に就任
1996年4月
大蔵省主計局法規課課長補佐に就任
2001年1月
総務省自治財政局地方債課理事官に就任
2001年4月
福島県生活環境部次長に就任
福島県での行政勤務が始まる
2002年4月
福島県生活環境部長に就任
2004年4月
福島県企画調整部長に就任
2006年12月
福島県副知事に就任
2011年3月
東日本大震災・福島第一原発事故への対応に当たる
副知事として危機管理と復興対応を担う
2014年9月
福島県副知事を退職
知事選への立候補に進む
2014年10月26日
福島県知事選挙で初当選
2014年11月12日
福島県知事に就任
2018年10月28日
福島県知事選挙で再選
2022年10月30日
福島県知事選挙で3選
2026年6月23日
4選を目指して福島県知事選への立候補を表明
任期満了に伴う第23回知事選

内堀県政が重視してきた政策と政治姿勢

原子力災害からの復興と避難地域の再生

福島県政で一貫して大きな比重を占めるのが、原子力災害からの復興です。避難地域の生活環境再建、廃炉、風評対策、中間貯蔵施設に搬入された除去土壌等の県外最終処分など、長期にわたる課題が残っています。

除去土壌等については、国が約束した県外最終処分を確実に実施するよう、工程の明示と全国的な理解醸成を政府に求めています。ALPS処理水や風評についても、国と東京電力に分かりやすい情報発信を求める立場です。

人口減少と若い世代の県外流出

震災復興とは別に、県全体の構造的な課題として扱ってきたのが人口減少です。2026年には県人口が170万人を下回り、少子高齢化に加えて若い世代の県外流出への対応を重点課題に挙げました。

県内で学び、働き、暮らし続けられる環境をどうつくるかという観点から、教育、雇用、産業振興、地域づくりを組み合わせた施策を進めています。

ロボット・医療機器など新しい産業の集積

産業政策では、復興初期からロボット、医療機器、再生可能エネルギーなどの集積を重視してきました。浜通りを中心とする福島イノベーション・コースト構想も、その流れの中で具体化が進められています。

2026年に策定を進めている地域産業成長プランでは、航空宇宙、医療機器、ロボット・ドローン、エネルギー・環境・リサイクル、輸送用機械の5分野を産業クラスター候補に位置付けています。

再生可能エネルギーと水素

原子力災害を経験した県として、再生可能エネルギーの導入と水素利用も継続的な政策テーマです。2025年2月には東京都と水素社会の実現に向けた連携協定を締結しました。

協定では、水素モビリティの普及、本県産グリーン水素の利用拡大、水素関連産業の振興などで両都県が連携することになっています。

水素を未来のエネルギーではなく、私たちの目の前の重要なエネルギーとなるよう、しっかりと取り組んでまいります。

出典:福島県「東京都と水素社会の実現に向けた連携協定を締結」(2025年2月18日)

農産物と観光を通じて福島へ人を呼ぶ

原発事故後の風評への対応では、安全性に関する情報発信だけでなく、県産品を実際に食べてもらい、福島を訪れてもらうことも重視しています。

2026年には、震災前に福島県産モモの最大の輸出先だった台湾への本格的な輸出再開を、農業復興とインバウンドの双方につなげる考えを示しました。

そのために、一番大切なのは、福島に「来て」いただくことです。

出典:福島県「知事記者会見 令和8年9月2日(水曜日)」(2026年9月7日)

災害を「自分事」にする防災

防災政策では、行政の対応能力だけでなく、一人ひとりが事前に避難行動を考えることを重視しています。東日本台風を受けて始めた「マイ避難」の考え方は、その具体例です。

2026年の県政でも、自然災害への即応と「マイ避難」の定着を重点課題に挙げています。震災で経験した通信や避難の難しさを、次の災害への備えに置き換える取り組みです。

選挙で見える支持の広さと投票率という課題

内堀氏は過去3回の知事選をいずれも無所属で戦い、当選を重ねました。政党の枠を超えた支援を受けてきたことは、選挙上の大きな特徴です。

一方、福島県知事選の投票率は2014年が45.85%、2018年が45.04%、2022年が42.58%でした。内堀氏への得票が大きく集まる選挙が続く一方で、知事選そのものへの参加率は低下しています。

選挙歴 内堀雅雄の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
福島県知事選挙
定数:1 比例復活:対象外
新人として初当選。6人が立候補。自民党、民主党、公明党、社会民主党から支援を受けた。
福島県 無所属 当選 490,384票 1位
福島県知事選挙
定数:1 比例復活:対象外
現職として再選。4人が立候補。
福島県 無所属 当選 650,982票 1位
福島県知事選挙
定数:1 比例復活:対象外
現職として3選。2人が立候補。
福島県 無所属 当選 576,221票 1位

内堀雅雄氏の記者会見をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の記者会見まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

人口減少と若者支援

水素社会とエネルギー安全保障

復興・創生と県予算

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

映像で見る知事就任時の内堀雅雄氏

福島県公式チャンネルには、2014年11月の知事就任記者会見が残されています。行政官・副知事から知事へ立場を変えた直後の会見を映像で確認できます。

内堀雅雄氏の現在情報

2026年9月8日 時点
現在の公職 福島県知事
現在の所属 無所属
選挙区・選出地域 福島県
現在の期・任期 福島県知事3期目

2026年6月23日、任期満了に伴う第23回福島県知事選挙で4選を目指して立候補する意向を表明しました。2026年9月8日時点では10月8日の告示前で、投開票日は10月25日に予定されています。

政治人生の転機 内堀雅雄の政治人生の転機
01
2001年4月
中央官庁から福島県庁へ
総務省自治財政局地方債課理事官から福島県生活環境部次長へ移り、その後、部長・企画調整部長・副知事を歴任しました。
なぜ転機なのか 福島県で13年以上にわたり行政を担う出発点となったため。
02
2011年3月
副知事として東日本大震災と原発事故に直面
地震、津波、原子力災害が重なる未曽有の事態で、副知事として危機管理やその後の復興対応に携わりました。
なぜ転機なのか 本人が後に福島の復興を自らの使命として語る背景となった経験だからです。
03
2014年9月~11月
副知事を辞し、選挙で選ばれる知事へ
副知事を退職して知事選へ立候補し、10月26日に初当選、11月12日に福島県知事へ就任しました。
なぜ転機なのか 行政官・副知事から、県民の直接選挙で選ばれる政治家へ立場が変わったため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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