やはた愛氏は、兵庫県出身で大阪を主な活動の場としてきた政治家です。国会議員になるまでには、政治家秘書や官僚を経由しない長い前史がありました。
政治の外にいた時期から、社会問題を自分で取材するようになり、やがて候補者として選挙へ出るまでの出来事を順にたどります。
- 政治の外側にいた時期が長く、発信と取材の仕事を経験している
- 学び直しとボランティア参加を経て、自ら候補者として手を挙げた
- 一度の選挙で決まらず、複数回の挑戦を重ねて国会へ進んだ
やはた愛の生い立ち|姫路で育ち、独学で私立中学を目指した
やはた愛氏は1987年7月21日、兵庫県姫路市に生まれました。本人は幼いころについて、思ったことを率直に口にする子どもで、周囲の表情をよく見ていたと振り返っています。
小学1年生のとき、担任から、人によってできることとできないことは違うと教えられた経験も記憶に残りました。自分にできないことを友人ができる一方、自分の得意なこともあると気づいたと話しています。
小学校高学年になると、進学予定だった地元の公立中学校が荒れていることを不安に感じ、私立中学を受験する道を考えました。
「勉強して私立へ行くしかない」
出典:BEST TiMES「『売れないグラビアアイドルでした』れいわ新人議員・八幡愛はなぜ政治の道に?ターニングポイント、意気込みぜんぶ聞いた」(2025年1月10日)
学費については祖父に相談し、「合格したら考える」と言われたことから受験勉強を始めました。家計の事情で塾には通わず、独学で受験し、私立の中高一貫女子校へ進学しています。
中学ではダンス部に所属しました。踊ること自体が得意だったからではなく、すでに憧れていた芸能界に近いものを感じて選んだと後年語っています。
芸能界への憧れと、タレント・ラジオDJの仕事
芸能界への憧れには、当時の自分が周囲からどう見られているかという感覚も重なっていました。
「もっと『すごい』とか『かわいい』とか言われたかった。」
出典:BEST TiMES「『売れないグラビアアイドルでした』れいわ新人議員・八幡愛はなぜ政治の道に?ターニングポイント、意気込みぜんぶ聞いた」(2025年1月10日)
中学生のころには、テレビ番組「ASAYAN」を見てモーニング娘。のメンバーオーディションへ応募しました。審査の様子がテレビで放送されたことで学校にも知られ、からかいやいじめに近い扱いを受けた時期があったと振り返っています。
高校時代には、芸能関係のレッスン費用を自分で用意するためマクドナルドでアルバイトをしました。接客では注文の順序を組み立てながら動き、30分間に36件の注文を処理したこともあったといいます。
本人は後年、このとき身についた「周囲を見ながら次の動きを考える」感覚を、選挙や政治活動の現場で同時に複数のことへ対応する場面にも重ねています。
賢明女子学院高等学校を卒業後、現行の公式プロフィールでは2006年からグラビアアイドルやタレントとして活動を始めたとされています。その後は関西を中心に、ラジオDJやコメンテーターなどにも仕事を広げました。
東日本大震災を機に、市民メディアの取材へ
政治への向き合い方が変わったのは2011年でした。東日本大震災と福島第一原発事故が起き、それまで安全だと思っていたものや、政府・報道の情報を自分で考え直すようになりました。
「政治って無関係じゃないんやな、無関心だったけど無関係じゃない」
出典:れいわ新選組「【文字起こし&動画】やはた愛(大阪府選挙区)次期参院選 れいわ新選組 候補予定者 発表街宣 2021年12月22日 京橋駅」(2022年1月16日)
2012年、原発に反対するデモへ一般の人々が集まる様子を見たことをきっかけに、市民メディアのリポーターとして取材活動を始めました。
反原発デモを取材する過程では、のちにれいわ新選組を立ち上げる山本太郎氏とも出会っています。2014年にはウェブメディアを中心に、政治・経済からエンターテインメントまで自分の言葉で発信する活動を始めました。
2016年には福島へ取材に入り、放射線量の測定なども実施しました。タレントの仕事を続けながら、現地へ行って自分で確かめる取材が活動の一部になっていきます。
31歳で学び直し、れいわのボランティアへ
2019年4月、れいわ新選組の旗揚げを知り、ボランティアとして活動に参加しました。同年7月の参院選では、れいわが初めて国会議席を得る開票の場にいました。
「いつか自分も、れいわ新選組の仲間になりたい、その日の為にもっと勉強をしよう」
出典:やはた愛公式ホームページ「プロフィール」(2025年11月29日)
やはた愛の学歴|賢明女子学院高校から早稲田大学eスクールへ
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 高校 | 賢明女子学院高等学校 | ― | 現在は高校募集なし | 中高一貫 |
| 大学 | 早稲田大学 | 人間科学部eスクール | 通信教育課程のため一般入試偏差値で単純比較しない | 2019年入学 |
※高校募集なし・通信教育課程という制度差を踏まえ、一般的な高校・大学偏差値をそのまま当てていません。
政治活動に関わるなかで知識を増やしたいと考え、31歳で早稲田大学人間科学部へ入学しました。高校卒業時には大学へ進まなかったため、社会人になってからの学び直しでした。
2020年の大阪都構想をめぐる住民投票では、れいわ新選組の活動で前説や現場スタッフを約2週間担当。同年11月にはれいわ新選組衆議院大阪府第1区総支部長となり、候補者として政治に関わる立場へ移りました。
比例単独の初挑戦と、参院選への再挑戦
最初の国政選挙は2021年の第49回衆院選です。当初は大阪1区からの出馬を予定していましたが、小選挙区では立候補せず、比例近畿ブロック単独候補として近畿各地を回りました。
本人の選挙後の寄稿では、朝5時台から駅頭に立ち、1日2万歩ほど歩く日もあり、選挙期間までに約1200枚のポスターを貼ったとしています。一方、街頭では過去の芸能活動を取り上げた侮蔑的な言葉を浴びたことも記しています。
比例近畿でれいわ新選組は1議席を獲得しましたが、やはた氏には届きませんでした。開票結果が固まった翌朝には、自身のXで選挙後の言葉を残しています。
翌2022年には選挙の種類を変え、参議院大阪府選挙区から立候補しました。4議席を争う選挙で当選には至らず、国政への挑戦は再び持ち越されました。
やはた愛の経歴|東大阪から挑み、2024年に衆議院初当選
2024年2月には防災士資格取得試験に合格。同年10月の第50回衆院選では、東大阪市を区域とする大阪13区から立候補し、比例近畿ブロックにも重複立候補しました。
小選挙区では議席に届かなかったものの、比例近畿ブロックで復活当選し、初めて衆議院議員となりました。2021年の初出馬から3年、3度目の国政選挙でした。
衆議院では厚生労働委員会と農林水産委員会に所属しました。予算委員会や所属委員会で質疑に立つほか、政府へ文書で答弁を求める質問主意書も複数提出しています。
国会議員としての活動と、2025年の党代表選
国会では医療、農業、生成AI、インボイス制度、コンテンツ産業など幅広いテーマを取り上げました。個々の政策については後述しますが、委員会質疑だけでなく質問主意書を継続的に使ったことも在職期の活動の一つです。
2025年末には国会活動とは別に、れいわ新選組の党運営へ踏み込む動きがありました。第2回代表選挙への立候補を表明した際の投稿です。
代表選にはやはた氏を含む複数候補が立候補し、12月8日の投開票で山本太郎氏が過半数を獲得して再選されました。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2021年 10月31日 | 第49回衆議院議員総選挙 比例近畿ブロック単独候補として出馬。れいわ新選組は同ブロックで1議席を獲得。 | 比例近畿ブロック | れいわ新選組 | 落選 | 個人票なし(比例代表) 名簿順位6位 |
| 2022年 7月10日 | 第26回参議院議員通常選挙 18候補中7位。 | 大阪府 選挙区 | れいわ新選組 | 落選 | 110,767票 7位 |
| 2024年 10月27日 | 第50回衆議院議員総選挙 大阪13区では落選し、比例近畿ブロックで復活当選。衆議院議員に初当選。 | 大阪府 第13区/比例近畿ブロック | れいわ新選組 | 当選 | 22,482票(大阪13区) 大阪13区3位 |
| 2026年 2月8日 | 第51回衆議院議員総選挙 小選挙区・比例代表ともに落選。 | 大阪府 第13区/比例近畿ブロック | れいわ新選組 | 落選 | 10,097票(大阪13区) 大阪13区6位 |
やはた愛が重視してきた政策
消費税廃止・インボイス廃止と積極財政
経済政策では、消費税廃止と積極財政を継続して掲げています。生活や事業に回るお金を増やすことを重視し、現在の党プロフィールでも短い言葉でその方向性を示しています。
「日本に必要なのは愛とお金。」
出典:いのちの党「やはた愛(副代表)」(公開日記載なし)
インボイス制度では、免税事業者やフリーランスなど小規模事業者への負担を論点としてきました。制度開始前の2023年にも、その立場を発信しています。
衆議院議員となった後の2025年6月には、「インボイス制度の実態と今後の改善措置に関する質問主意書」を提出し、政府に制度の実態や対応を尋ねました。
教育費無償化と学び直し
教育分野では、教育費の無償化と奨学金負担の軽減・解消を訴えてきました。本人の政策ページには、自身の進学経験に触れた言葉があります。
「私も経済的な理由から進学を諦めた1人です。」
出典:やはた愛公式ホームページ「政策」(公開日記載なし)
2021年の街頭演説では、30代で大学へ入った際、教育ローンを利用できず、カードローンで学費を支払っていたことも明かしました。成人後に学び直す人も費用面で選択肢を失わない制度を求めています。
医療と社会保障
厚生労働委員会では、医療提供体制や患者負担に関する問題を扱いました。2025年11月の医療法改正案の審議でも質疑に立ち、医療現場への影響を政府に尋ねています。
政治理念では、米価の上昇や薬の保険給付への不安など、日常生活の中で寄せられた声を国会で扱ったと記しています。社会保障を個人の自己責任だけに委ねない立場を示してきました。
防災・減災と国の体制整備
防災士資格を取得した後、防災分野では国として災害対応を担う体制の強化を掲げています。政策としては防災庁の設置や、大規模災害時に必要な予算を確保できる仕組みを訴えてきました。
これは自治体の日常的な防災業務を紹介するものではなく、国の組織・予算をどう準備するかという政策提案です。
生成AI、ディープフェイクと個人の尊厳
衆議院議員時代には、生成AIによる性的ディープフェイクやコンテンツの権利問題を質問主意書で繰り返し扱いました。2025年3月に最初の質問を提出した後、その狙いをXでも説明しています。
同年5月には本人の同意なくAIで生成された性的画像・動画の拡散防止に向けた法整備を問い、秋以降は生成AIと著作権、日本のコンテンツの不正利用などへ質問範囲を広げました。
ギャンブル依存症と大阪IR
大阪での政治活動では、カジノを含むIR計画についてギャンブル依存症の観点から問題を取り上げてきました。2025年4月には、オンラインカジノと大阪IRをめぐって次のように発信しています。
2026年衆院選で議席を失い、党内活動へ
2026年は再び衆院選を迎えました。年頭には、選挙を前にした自身の政治姿勢をXへ投稿しています。
2月8日の第51回衆院選では大阪13区と比例近畿ブロックに重複立候補しましたが、いずれでも当選に至らず、衆議院の議席を失いました。
公職を離れた後の2月16日には、れいわ新選組の副幹事長に就任しました。選挙で議席を失った後も、党組織の側で政治活動を継続する形となります。
7月9日、山本太郎代表の辞任と党体制の見直しが発表され、それまでの副幹事長などの役職もいったんリセットされました。同日夜、やはた氏は党の転換を受けた自身の考えを投稿しています。
8月6日、れいわ新選組は党名を「いのちの党」へ変更しました。党名変更に先立つ新体制の役員人事を経て、やはた氏も新たな執行部に加わっています。
やはた愛氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
補正予算と積極財政
「人々のための積極財政とはほど遠く」
補正予算案への討論で、物価高・賃金停滞への生活支援が不十分だとして、政府の財政政策の優先順位を批判した。
年金改革と低所得者負担
「骨抜き年金改革法案」
年金制度改革法案について、基礎年金の底上げ部分が削除されたことや、低所得者が保険料を負担する厳しさを自身の経験も交えて訴えた。
食料政策と農政
「食を守るということは命を守るということ」
農業政策に関する参考人質疑の締めくくりで、食料政策を国民生活と生命を守る基盤として位置付け、国会として農政を前進させる必要性を述べた。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
国会での質疑を動画で見る
衆議院議員時代の話し方や質疑の進め方は、本人公式YouTubeでも確認できます。下の動画は2025年2月4日の衆議院予算委員会で、石破茂首相らに質問した際のフル動画です。
やはた愛氏の現在情報
2026年2月の衆院選落選後も、東大阪を主な拠点として政治活動を継続している。
- 生年月日、職歴、学び直し、政界入り、主要選挙歴、党役職を確認
- 現在の所属、党役職、公式Web・X・YouTubeを確認
- 震災を機に政治へ関心を持った経緯、大学在学、参院選への立候補経緯を確認
- 衆議院議員としての国会活動と質問主意書提出を確認
- 2021年衆院選比例近畿ブロックの立候補・名簿順位等を確認
- 2022年参議院大阪府選挙区の得票数・順位を確認
- 2024年衆院選大阪13区の得票数と初当選に関する選挙情報を確認
- 2026年衆院選大阪13区の得票数・順位・落選を確認
- 幼少期、私立中学受験、学生時代、芸能界を目指した経緯を確認
- 震災後の政治意識、2021年衆院選までの経緯、取材活動や学び直しを確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 H2過多を整理し、主要章はH2、経歴イベント・政策細目はH3へ統一。本文内容は削除せず維持
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ整理し、既存本文を維持したまま検索意図を明確化
- 2026年10月2日 本文の経歴上重要な年月日を赤文字で補強し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月28日 本人の国会会議録による一次情報をテーマ別に確認し、一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月8日 記事を新規作成。現況情報を確認




















