上西小百合の経歴・学歴と生い立ち|会社員から維新政治塾、衆院議員2期と政界引退まで

上西小百合
ひと目でわかるプロフィール 上西小百合
うえにし さゆり
出身地
大阪府羽曳野市
初当選
2012年(第46回衆議院議員総選挙)
最終学歴
神戸女学院大学卒業
主な前職
会社員
政界入り
政治塾から、民間企業から
生年月日 1983年4月30日

上西小百合氏は、会社員から政治塾へ入り、29歳で国会議員となった元衆議院議員です。大阪を地盤に2期を務めた一方、党からの除名、無所属での活動、不出馬という大きな変化も経験しました。

政治家として知られる以前には、羽曳野で生まれ、天王寺で学校生活を送り、神戸女学院大学を経て一般企業で働いた時期があります。ここでは、政治家になるまでの道のりから国政を離れた後までを、本人の言葉と実際の国会活動を交えてたどります。

上西小百合氏を理解する3つのポイント
  1. 大阪で育ち、神戸女学院大学卒業後は民間企業で働いた会社員出身の政治家です。
  2. 維新政治塾への参加を経て、衆議院議員として比例近畿ブロックから2期当選しました。
  3. 維新の党除名後も無所属で議席を維持し、2017年の不出馬を境に国政から離れました。

上西小百合の生い立ち|羽曳野で生まれ、天王寺で過ごした学生時代

上西小百合氏は1983年4月30日、大阪府羽曳野市に生まれました。小学校から高校まで天王寺の学校へ通い、本人の後年の発信にも当時の学校生活や大阪での思い出がたびたび登場しています。

上西小百合の学歴|大阪教育大学附属校から神戸女学院大学へ

上西氏は小学校から高校まで大阪教育大学の附属校で学び、大学進学で神戸女学院大学へ進みました。小中高を同じ附属校系列で過ごしたことが、学校歴の特徴です。

高校の大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎は、現在も大阪府内で高い入試難易度の学校です。大学については学部が公開資料だけでは安全に特定できないため、大学全体の現在の難易度を参考値として示します。

学歴一覧上西小百合の学歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校大阪教育大学附属天王寺小学校――附属校で学ぶ
中学校大阪教育大学附属天王寺中学校―中学受験の難易度は別指標附属校で学ぶ
高校大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎―73(2026年度)卒業
大学神戸女学院大学学部は公開資料で安全に特定できずBF〜42.5(2027年度・大学全体)卒業

※偏差値は本人の在学当時ではなく現在の入試難易度の目安です。神戸女学院大学は学部を特定できないため大学全体のレンジを掲載しています。

小学校から高校まで大阪教育大学の附属校で学び、大阪教育大学附属天王寺小学校、同中学校、附属高等学校天王寺校舎へ進みました。

高校卒業後は神戸女学院大学へ進学しています。政治家一家の出身ではなく、後に本人自身も「身内に政治家がいない」立場から会社員を経て国政へ入ったことを語っています。

議員を離れた後も、天王寺で過ごした時期は本人の発信にたびたび登場しています。2025年には「小中高と天王寺だった」と記し、学校帰りになじみのあった大阪の食べ物について触れました。

上西小百合の経歴|会社員として働き、維新政治塾の新聞広告を見つける

神戸女学院大学を卒業した後は、損害保険会社などの民間企業で働きました。国会議員秘書や地方議員を経由したのではなく、一般企業から政治へ向かった経歴です。

会社員時代、給与から年金などが差し引かれるのを見て世代間格差を意識するようになったと、後年のインタビューで振り返っています。同世代の友人が将来への不安を口にする一方、政治や選挙への関心が低いことにも問題意識を持ちました。

そこで目に入ったのが、大阪で始まった維新政治塾の募集でした。最初から立候補を前提にした応募ではなく、政治を学びたいという動機から塾の門をたたいたと説明しています。

「新聞広告で見た維新政治塾に応募しました。」

出典:選挙ドットコム「衆議院議員 上西小百合氏 インタビュー」(2016年5月20日)

維新政治塾では塾生となり、やがて衆院選への立候補につながります。政治家の後継者でも秘書出身でもない28歳の会社員が、短期間で候補者になる展開でした。

29歳で初出馬、大阪7区から比例復活で初当選

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では、日本維新の会公認で大阪7区から立候補しました。大阪7区では62,856票で次点となりましたが、重複立候補していた比例近畿ブロックで復活しました。

29歳で衆議院議員に初当選し、それまでの会社員生活から国政へ一気に活動の場が変わります。

後年、自身の初当選を振り返ったX投稿では、政治家一族の出身ではないまま29歳で議席を得た経歴を、上西氏らしい強い言葉で振り返っています。

初当選後は総務委員会や国土交通委員会などで質疑に立ちました。地元の大阪で身近だった交通や自治体行政を入り口に、具体的な制度へ質問を重ねていきます。

2014年の衆院選で2期目へ

2014年の第47回衆議院議員総選挙では維新の党から大阪7区に立候補しました。小選挙区では67,719票で再び次点となり、比例近畿ブロックで復活して衆議院議員2期目に入りました。

2期目には法務委員会にも所属しました。議員としての仕事については、2016年のインタビューで、メディア出演とは別に国会や地元で活動を続ける考えを語っています。

「政治にやりがいを感じているし、この世界でやれる限りのことをやるだけです。」

出典:政治山「上西小百合議員『2016年、発信力を活用して政治を伝えていく』」(2016年1月5日)

2015年の本会議欠席問題と維新の党除名

大きな転換が起きたのは2015年です。3月13日の衆議院本会議を体調不良で欠席した前後の行動について報道が相次ぎ、本人の説明や党側の対応をめぐって問題が拡大しました。

上西氏は欠席後に京都府宮津市へ行ったことについて、遊びの旅行ではなく仕事の一環だったと説明しています。一方、大阪維新の会と国政政党の維新の党は一連の行動や対応を問題視しました。

2015年4月4日付で維新の党から除名され、会派からも除籍されました。党側は議員辞職も求めましたが、上西氏は辞職せず、以後は無所属の衆議院議員として任期を続けました。

「不倫もしていないし旅行も行っていない」

出典:ORICON NEWS「上西小百合議員、追及かわす フォト自叙伝は『写真集じゃない』」(2015年8月14日)

除名後、他党から声をかけられたこともあったと本人は語っていますが、理念が合わないまま政党交付金のために集まることには否定的な姿勢を示し、無所属を続けました。

維新を離れてからも、橋下徹氏との関係や維新から政治家になった自分自身についてXで直接発信していました。

無所属議員として国会に残り、2017年に不出馬を決断

無所属となった後も議員辞職はせず、衆議院での活動を継続しました。2017年には大阪7区で野党統一候補としての出馬を模索し、小沢一郎氏とも連携していました。

しかし、衆議院解散が迫る中で候補一本化の環境が整わず、無所属では比例復活もありません。2017年9月25日、次期衆院選に立候補しないことを正式に表明しました。

会見では、選挙は勝つために出るもので、勝つ見込みのない状態で立候補する考えはないと説明しています。当時は将来の政治活動そのものまで否定しておらず、議席を離れた後にメディア活動を行う可能性にも言及しました。

正式会見に先立つ9月22日には、本人のXで記者会見の日時と「次期衆議院総選挙の不出馬について」と告知していました。

9月28日の衆議院解散で2期目の任期を終え、2017年の総選挙には立候補しませんでした。

人生年表 上西小百合さんの歩み
1983年4月30日
大阪府羽曳野市で生まれる
大学卒業後
民間企業に勤務
損害保険会社などで会社員を経験
2012年
維新政治塾に参加
政治を学ぶ目的で応募
2012年12月16日
第46回衆議院議員総選挙で初当選
大阪7区では次点となり、比例近畿ブロックで復活当選
2014年12月14日
第47回衆議院議員総選挙で再選
大阪7区では次点、比例近畿ブロックで2期目
2015年4月4日
維新の党から除名処分
以後は無所属で衆議院議員を続ける
2017年9月25日
次期衆院選への不出馬を正式表明
野党統一候補としての出馬環境が整わないと説明
2017年9月28日
衆議院解散で議員任期を終える
2024年9月
再び立候補しない意向を示す
元議員として相談支援を続ける考えを説明

国会で取り上げた政策――交通、投票、地域格差から法務まで

テレビやSNSでの発言が注目されることの多かった上西氏ですが、国会会議録や質問主意書を見ると、扱った政策分野はかなり具体的です。

大阪の格安タクシーと交通規制

2013年11月の国土交通委員会では、大阪で普及していた格安タクシーを取り上げました。安価な運賃を求める消費者の需要、運転手の労働環境、中小・零細事業者への減車規制を一律に扱わないことなどを質問しています。

規制強化そのものを目的にするのではなく、安全を確保しながら利用者の選択肢や小規模事業者の経営をどう守るかという角度から質疑を続けました。

電子投票と若い世代の政治参加

2014年2月の総務委員会では、公職選挙での電子投票を質問しました。インターネット投票へ進む前段階として電子投票の普及を位置づけ、若年層を中心とする低投票率への問題意識を示しています。

「全ての有権者が投票して意思を示す」

出典:国会会議録検索システム「第186回国会 衆議院総務委員会 第5号」(2014年2月27日)

2016年には18歳選挙権を前に、学校での主権者教育にも関心を向けました。教材を配布するだけでは、中学卒業後に働く若者などへ十分に届かないと指摘しています。

地方分権と「命の地域間格差」

地方自治を扱う質疑では、地方税や自治体財政のあり方とともに、消防・救急体制にも目を向けました。2014年2月には自ら「命の地域間格差」という言葉を使い、消防署がない地域で自治体職員が搬送を担う「役場消防」などを取り上げています。

都市部と人口の少ない地域で、救急・医療へのアクセスに差が生じる問題を国の制度として質問したものでした。

社会保障と生活に近い課題

選挙時には社会保障、子育て、教育を政策分野として掲げ、負担と給付のバランス、介護職員の待遇、待機児童などを課題として挙げました。

無所属となった後の2017年には、B型・C型肝炎検査について質問主意書を提出。検査を受けていない人が受検へつながる機会や、患者支援の実態を政府に確認しています。

法務委員会と権利保護の質問

2期目後半には法務分野で質問主意書を多数提出しました。2017年には「テロ等準備罪」をめぐる捜査、警察官の監察、取り調べの録音・録画の範囲などを政府へ質問しています。

同年5月には、女子高校生らを接客させる、いわゆる「JKビジネス」をめぐり、被害・摘発状況、18歳未満を保護する自治体規制、相談窓口の実績についても質問しました。

国政を離れた後、地元相談とメディアの仕事へ

議員任期を終えた後も、すぐに地元との関係が切れたわけではありません。2018年には吹田市の消防出初式に足を運んだ様子を本人のXに残しています。

その後はタレント、コメンテーターなどとしてテレビや舞台に活動の幅を広げました。2019年には収録を終えた際の写真も投稿しており、議員時代とは異なる形でメディアに関わっていた時期がうかがえます。

2024年9月のインタビューでは、政治家として再び立候補することよりも別の道で活動する考えを示しました。一方で、元国会議員として「助けてほしい」という陳情を受けた場合には、ボランティアで対応していると話しています。

「政治とは別の道で頑張っていければいいなと。」

出典:集英社オンライン「『政治の世界に戻りたい?』などいろいろ訊いてみた」(2024年9月16日)

2026年3月には、20代から続けてきた不動産や金融商品への投資と、ファイナンシャル・プランニング技能検定2級の資格を生かした情報発信について語りました。NISA、米ドル建て債券、外貨建MMFなどを利用しつつ、仕事や日常生活と資産運用を混同しない姿勢を示しています。

「生活と投資は別」

出典:日刊スポーツ「上西小百合が投資のススメ」(2026年3月29日)

2026年8月のインタビューでも、衆議院議員を務めた責任として行政への要望相談を支援する一方、若い世代へお金や資産形成について伝える活動を続けていると説明しました。国政の議席を離れた後は、地域から寄せられる相談と、長年続けてきた資産運用の経験が活動の二つの柱になっています。

選挙歴 上西小百合の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第46回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり
大阪府第7区と比例近畿ブロックの重複立候補。比例近畿ブロックで初当選
大阪府 第7区/比例近畿ブロック 日本維新の会 小選挙区落選/比例復活当選 62,856票 2位
第47回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり
大阪府第7区と比例近畿ブロックの重複立候補。比例近畿ブロックで2期目の当選
大阪府 第7区/比例近畿ブロック 維新の党 小選挙区落選/比例復活当選 67,719票 2位

上西小百合氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

女性活躍とジェンダー格差

IT過疎と若者定住

地方の自主性と財政

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

不出馬会見を動画で見る

2017年9月25日の不出馬会見は、報道メディア「THE PAGE」が約32分の動画で公開しています。発表部分だけでなく、記者との質疑や本人の話し方まで確認できる映像です。

上西小百合氏の現在情報

2026年9月16日 時点

元衆議院議員として行政への要望相談にボランティアで応じる一方、FP2級資格と長年の投資経験を生かし、マネーリテラシーや資産運用に関する発信を続けています。

関連書籍
上西小百合さんの著書・関連書籍
小百合
書籍
小百合
著者:上西小百合/西田幸樹 / 出版社:双葉社 / 発売日:2015年08月

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政治人生の転機 上西小百合の政治人生の転機
01
2012年
維新政治塾から国政へ
会社員生活から維新政治塾へ参加し、同年の衆院選で比例復活による初当選を果たしました。
なぜ転機なのか 民間企業勤務から国会議員へ進路が切り替わったため。
02
2015年4月
維新の党を除名され無所属へ
衆院本会議欠席をめぐる一連の問題を受け、維新の党から除名処分を受けました。
なぜ転機なのか 党所属議員から無所属議員へ政治活動の基盤が変わったため。
03
2017年9月
次期衆院選への不出馬
大阪7区での野党統一候補としての出馬環境が整わないとして、次期総選挙への不出馬を表明しました。
なぜ転機なのか 2期続いた国会議員としての経歴がここで途切れ、その後の活動領域が変わったため。
04
2024年9月
再立候補しない姿勢を明確化
インタビューで政治とは別の道で活動する考えを示し、再立候補しない意向が伝えられました。
なぜ転機なのか 2017年当時に残していた将来の政界復帰余地から、政界引退後の活動へ軸足が移ったため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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