石原宏高の経歴・学歴と生い立ち|金融マンから衆議院議員、環境大臣まで

石原宏高
ひと目でわかるプロフィール 石原宏高
いしはら ひろたか
出身地
神奈川県逗子市
初当選
2005年(第44回衆議院議員総選挙)
最終学歴
慶應義塾大学経済学部
主な前職
金融関係
政界入り
民間企業から
生年月日 1964年6月19日
血液型 AB型

石原宏高氏は、民間の金融機関で国内外の業務を経験した後、国政へ進んだ政治家です。衆議院議員としての歩みには、初挑戦での落選、初当選、議席喪失からの復帰など、いくつもの節目があります。

この記事では、逗子で過ごした少年時代から学生生活、銀行員時代、政界入り後に担当した外務・環境・安全保障などの仕事までを時系列でたどります。

石原宏高氏を理解する3つのポイント
  1. 逗子で四兄弟の三男として育ち、学生時代には米国で学ぶ機会も経験しました。
  2. 金融機関で海外勤務を含む実務を経験した後、民間金融から国政へ転じました。
  3. 落選と国政復帰を経験し、外務・環境・安全保障など複数分野の政府役職を務めました。

石原宏高の生い立ち|逗子で育った石原家の三男

石原宏高氏は1964年6月19日、神奈川県逗子市に生まれました。作家・政治家として活動した石原慎太郎氏を父に持つ四兄弟の三男です。

後年の本人の回想には、逗子の家で過ごした少年時代の様子が具体的に残されています。母親への言葉遣いをめぐって父から厳しく叱られたことや、小学生時代には自らを「悪ガキ」だったと振り返り、担任の先生から一学年下のクラスへ「留学」させられたこともあったと記しています。

中学に入ると小学生の頃の反動からか、悪ガキを卒業した。

出典:文春オンライン「『スパルタ教育』で三男・石原宏高(61)はどう育った?」(2025年11月21日)

勉強は両親から直接教わるより、さまざまな家庭教師から学んだといいます。小学校でバスケットボールを始めると、自宅の駐車場には練習用のゴールが設けられました。

石原宏高の学歴|慶應義塾大学時代、米国へ視野を広げる

学歴一覧石原宏高の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
大学慶應義塾大学経済学部67.5(2027年度参考)卒業

※偏差値は石原氏の在学当時ではなく現在の入試難易度の目安です。

大学は慶應義塾大学経済学部へ進みました。大学生になると「アメリカで勉強してみたい」と希望し、ハーバード大学やUCLAのサマースクールで学ぶ機会を得ています。

石原氏自身は後年、この経験が銀行での海外勤務や、その後に外務大臣政務官、首相補佐官として仕事をすることにもつながったと振り返っています。1988年3月に慶應義塾大学経済学部を卒業しました。

石原宏高の経歴|日本興業銀行でニューヨーク、バンコク勤務を経験

大学卒業翌月の1988年4月、日本興業銀行に入行しました。ニューヨーク支店、バンコク支店で調査役を務め、その後はみずほフィナンシャルグループ戦略第2部参事役を務めています。

若い銀行員だった時期には、国際金融や世界経済にも関心を向けていました。本人の回想では、テレビ番組「日高義樹のワシントン・リポート」で米財務長官を務めることになるロバート・ルービン氏の発言を聞き、世界経済の一体化という考えに強い印象を受けたといいます。

一方、父の慎太郎氏とは、日本の自立や製造業、文化をどう考えるかについて意見を交わしたことも記しています。家庭で接した政治家の議論とは別に、金融の現場から経済を見ていた時期でした。

2003年の初出馬、「自力で戦う」と決めた再挑戦

2003年9月にみずほフィナンシャルグループを退職し、政治の世界へ進みました。同年11月の第43回衆議院議員総選挙で東京3区から初めて立候補しましたが、この選挙では議席に届きませんでした。

初挑戦を終えた後、次の選挙に向けてどのように戦うかを本人は後年、次のように記しています。

次の選挙は父や石原軍団の力を借りず自力で戦おうと決めた。

出典:文春オンライン「太っていて運動は苦手、勉強もコツコツやらないと成績が取れない…それでも三男・石原宏高(61)の“才能を殺さなかった”『石原慎太郎の深さ』」(2025年11月21日)

若い仲間と活動を続け、2005年の衆院選で再び東京3区から立候補します。

2005年に初当選、最初の国会質問は金融制度

2005年9月の第44回衆議院議員総選挙で東京3区から初当選しました。国会議員となって間もない同年10月、衆議院財務金融委員会で銀行法改正について質問しています。

実は、一昨年の前々回の衆議院選挙に立候補するまで、旧日本興業銀行またみずほフィナンシャルグループで十五年間、金融マンとして働いてまいりました。

出典:国会会議録検索システム「第163回国会 衆議院財務金融委員会 第4号」(2005年10月18日)

この質疑では、銀行代理店制度の拡大、銀行と証券の業務範囲、顧客保護、代理店への検査・監督、海外送金に伴うマネーロンダリング対策などを取り上げました。みずほ在職中に銀行の証券仲介業務や信託代理店業務に関する準備に携わった経験も、国会で具体的に説明しています。

2009年の落選から2012年の国政復帰

2009年の第45回衆院選では東京3区で落選し、いったん衆議院の議席を失いました。

再び国政へ戻ったのは2012年12月です。第46回衆院選の東京3区で122,314票を獲得し、次点との差2,016票で当選しました。3年余りの議席外での活動を経て、衆議院へ復帰しました。

その後、2014年、2017年の衆院選でも東京3区から当選を重ねます。国会内で担当する分野も、金融中心だった初期から外務、内閣、環境へと広がっていきました。

外務・内閣府・環境へ広がった政府での役割

2013年9月、第2次安倍内閣で外務大臣政務官に就任しました。2016年8月には内閣府副大臣となり、沖縄・北方対策、科学技術政策、宇宙政策、知的財産戦略、IT戦略などを担当しています。

2018年には自民党副幹事長と選挙対策委員会副委員長を務め、2019年9月には環境副大臣兼内閣府副大臣に就任しました。2020年10月からは衆議院環境委員長を務めています。

2021年の第49回衆院選では東京3区の小選挙区で2位となりましたが、比例代表東京ブロックで復活当選し、5期目に入りました。その後は党の環境・温暖化対策調査会事務局長なども務めています。

品川と東京の島々を結ぶ東京3区

衆議院の区割り変更後、東京3区は品川区全域に加え、大島町、利島村、新島村、神津島村、三宅村、御蔵島村、八丈町、青ヶ島村、小笠原村という東京都の島しょ部を含む選挙区になりました。

島しょ部との関わりは区割り変更以前からあり、船舶や交通、防災、離島振興などに関する活動も続けています。2020年には東海汽船の新造船「さるびあ丸」を視察したことを本人Xで伝えました。

2024年1月には自民党の離島・半島振興特別委員長に就任しました。同年10月の第50回衆院選では東京3区で6期目の当選を果たしています。

2025年10月、台風による被害を受けた八丈島を訪れ、給水拠点や道路被害、土砂災害の現場などを確認した様子も発信しています。

首相補佐官で安全保障と核軍縮・不拡散を担当

2023年9月、内閣総理大臣補佐官に就任しました。担当は「国家安全保障に関する重要政策及び核軍縮・不拡散問題」で、2024年10月まで務めています。

同年11月には駐日オーストラリア大使と安全保障、核軍縮・不拡散をめぐって意見を交わしました。2024年3月には海上自衛隊横須賀地方総監部と米海軍横須賀基地を訪れ、日米同盟の抑止力・対処力、多国間の安全保障協力をテーマに関係者から説明を受けています。

党内では2023年11月からGX実行本部事務局長代理も務めました。安全保障分野と並行し、後に環境大臣として扱うGXにも党の政策組織から関わることになります。

2025年、環境大臣として初入閣

2025年10月21日、第1次高市内閣で環境大臣として初入閣しました。内閣府特命担当大臣(原子力防災)も兼務しました。

政府全体の環境政策をしっかりと牽引していく所存でございます。

出典:環境省「石原大臣就任記者会見録」(2025年10月22日)

就任時には、東日本大震災からの復興・再生、原子力規制委員会の支援、原子力防災体制の強化、国立公園の活用、プラスチック汚染への対応、公害健康被害対策など幅広い所管課題を挙げました。

2026年2月8日の第51回衆院選では東京3区で当選し、7期目に入りました。2月18日に発足した第2次高市内閣でも環境大臣・原子力防災担当大臣に再任されています。

同年9月17日に第2次高市改造内閣が発足し、環境大臣には笹川博義氏が就任しました。これに伴い、石原氏の環境大臣としての在任期間は終了しました。

人生年表 石原宏高さんの歩み
1964年6月19日
神奈川県逗子市で生まれる
石原家の四兄弟の三男
1988年3月
慶應義塾大学経済学部を卒業
1988年4月
日本興業銀行に入行
ニューヨーク支店、バンコク支店などに勤務
2003年9月
みずほフィナンシャルグループを退職
2003年11月
第43回衆院選で初出馬
東京3区で落選
2005年9月
第44回衆院選で初当選
東京3区
2009年8月
第45回衆院選で落選
2012年12月
第46回衆院選で国政復帰
東京3区で再選
2013年9月
外務大臣政務官に就任
2016年8月
内閣府副大臣に就任
2019年9月
環境副大臣兼内閣府副大臣に就任
2020年10月
衆議院環境委員長に就任
2021年10月
第49回衆院選で比例復活当選
比例代表東京ブロックで衆院5期目
2023年9月
内閣総理大臣補佐官に就任
国家安全保障と核軍縮・不拡散問題を担当
2025年10月21日
環境大臣として初入閣
内閣府特命担当大臣(原子力防災)を兼務
2026年2月8日
第51回衆院選で当選
東京3区で衆院7期目
2026年2月18日
第2次高市内閣で環境大臣に再任
内閣府特命担当大臣(原子力防災)を兼務
2026年9月17日
環境大臣を退任
第2次高市改造内閣の発足に伴い退任

石原宏高氏が取り組んできた政策・政治姿勢

「国内で稼ぐ力」と産業基盤

本人公式サイトでは、「国内で稼ぐ力」をテーマに政策動画を継続して公開しています。取り上げてきた対象は、半導体、蓄電池、金融データ、GX、洋上風力、防衛装備移転など多岐にわたります。

国会議員として金融制度を扱ってきた一方、党内でも中小企業や金融政策に関する会合へ参加してきました。2021年には中小企業・小規模事業者政策調査会などで、経済産業省による事業者支援の説明を受けたことを発信しています。

GXと気候変動

自民党の環境・温暖化対策調査会では、2050年カーボンニュートラルを維持しながら、脱炭素、安定的なエネルギー供給、経済成長を同時に進める方向の提言づくりに関わりました。

環境大臣となった後の2025年11月にはブラジル・ベレンで開催されたCOP30へ出席しました。渡航前には、参議院予算委員会への対応とあわせてCOPへの出席予定を本人Xでも伝えています。

政治的意思を確認することが、COP30の最重要目標と考えて、交渉に臨みました。

出典:環境省「石原大臣閣議後記者会見録」(2025年11月25日)

COP30では閣僚級交渉のほか、国連事務総長や各国閣僚との意見交換に参加しました。日本企業・自治体などによる「Japan Climate Initiative 2025」の立ち上げにも環境相として出席しています。

循環経済と資源安全保障

2026年には循環経済を環境分野だけでなく、資源確保や産業競争力にも関わる政策として扱いました。4月には関係閣僚会議で循環経済行動計画が決定され、再生材の国内サプライチェーン構築などを進めています。

循環経済の取組は、経済安全保障の確保と産業競争力の強化のために極めて重要であります。

出典:環境省「石原大臣閣議後記者会見録」(2026年9月15日)

環境相在任中の国会では、太陽光パネルのリサイクルに関する新法のほか、スクラップヤード規制や災害廃棄物の処理体制を強化する廃棄物処理法等の改正を含む環境関連法案が成立しました。

Nature Positiveと生物多様性

生物多様性では、自然を回復軌道に乗せる「Nature Positive」を政策テーマとして取り上げてきました。党の環境政策でも、自然再興や自然共生サイトなどを気候変動、循環経済と並ぶ分野として扱っています。

2026年には、生態系被害防止外来種リストの改定をめぐり、「イエネコ」の表記が一般の飼い猫まで対象になるとの誤解を招かないよう、担当部局に再検討を求めた経緯を本人Xで説明しました。

安全保障と核軍縮・不拡散

安全保障政策では、防衛力や日米同盟、多国間協力に加え、核軍縮・不拡散も政府内で担当したテーマです。首相補佐官時代の担当範囲には「国家安全保障に関する重要政策」と「核軍縮・不拡散問題」が併記され、安全保障上の抑止・対処と軍縮外交の双方に関する調整を担いました。

動画で見る石原宏高氏の政策発信

本人公式YouTubeでは、産業、エネルギー、金融、食料などをテーマに政策解説を公開しています。次の動画では、不測時の食料安全保障について説明しています。

石原宏高氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

金融政策とデフレ懸念

外国人材受け入れ

資源循環と再生資源

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

石原宏高氏の現在情報

2026年9月21日 時点
現在の公職 衆議院議員
現在の所属 自由民主党
選挙区・選出地域 東京都第3区
現在の期・任期 衆議院議員7期目
現在の主な役職
衆議院環境委員会委員

2026年9月17日の第2次高市改造内閣発足に伴い、環境大臣・内閣府特命担当大臣(原子力防災)を退任しました。国会側では同日現在、衆議院環境委員会委員として在籍しています。

選挙歴 石原宏高の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第43回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
初出馬。
東京都 第3区 自由民主党 落選 113,494票 2位
第44回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
衆議院初当選。
東京都 第3区 自由民主党 当選 151,989票 1位
第45回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
東京都 第3区 自由民主党 落選 121,699票 2位
第46回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
国政復帰。
東京都 第3区 自由民主党 当選 122,314票 1位
第47回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
東京都 第3区 自由民主党 当選 115,623票 1位
第48回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
東京都 第3区 自由民主党 当選 107,708票 1位
第49回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり(比例代表東京ブロック)
小選挙区は2位。比例代表東京ブロックで当選。
東京都 第3区 自由民主党 当選 (比例復活) 116,753票 2位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
東京都 第3区 自由民主党 当選 61,660.983票 1位
第51回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
衆議院7期目。
東京都 第3区 自由民主党 当選 93,158.548票 1位
政治人生の転機 石原宏高の政治人生の転機
01
2003年9月~11月
銀行員生活を離れて政界へ
みずほフィナンシャルグループを退職し、東京3区から衆議院選挙へ初出馬しました。
なぜ転機なのか 民間金融から政治へ進路を変えたため。
02
2005年9月
2度目の挑戦で衆議院初当選
第44回衆院選の東京3区で初当選しました。
なぜ転機なのか 初めて公職を得て国会議員としての活動を始めたため。
03
2009年8月~2012年12月
落選を経て国政復帰
2009年に議席を失った後、2012年の衆院選で東京3区を制して復帰しました。
なぜ転機なのか 一度途切れた国会議員としての活動が再開したため。
04
2025年10月21日
環境大臣として初入閣
第1次高市内閣で環境大臣・内閣府特命担当大臣(原子力防災)に就任しました。
なぜ転機なのか 政務官、副大臣、首相補佐官を経て、初めて国務大臣として政府行政を担う立場になったため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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