市田忠義氏は、日本共産党で書記局長・副委員長などを務め、参議院比例代表で4期24年活動した政治家です。国会議員になる前には京都の党組織で長く活動し、中央の選挙対策や党運営にも携わりました。
その歩みをたどると、戦争によって家業と住まいを失った少年時代、働きながら大学へ通った学生生活、龍谷大学での職員組合活動を経て、政治活動へ進んだ流れが見えてきます。
- 戦後の滋賀県で育ち、働きながら立命館大学で学んだ
- 龍谷大学の職員組合活動を経て、日本共産党の専従職員となった
- 参議院議員として4期24年活動し、日本共産党書記局長を約13年間務めた
市田忠義の生い立ち|大阪大空襲で家業を失い、滋賀県へ移った少年時代
市田忠義氏は1942年12月28日、大阪府に生まれました。父親は大阪で丁稚奉公から働き始め、やがて小さな縫製工場を営むようになっていました。
しかし戦争末期、父親の縫製工場は大阪大空襲で焼失します。家を失った一家は滋賀県へ移り、父親は大阪で行商などをしながら商売の再建を図っていました。
その父親が亡くなったのは、市田氏が10歳のときです。後年、市田氏は父親が倒れたとの電報を受け、下宿先へ駆けつけたとき、枕元にかじりかけのキュウリがあったことを覚えていると振り返っています。
早くに父親を失った私は懸命に父親になろうとしていたのかもしれません。
出典:しんぶん赤旗「参院比例候補5氏が『父』を語る」(2004年6月19日)
家族には戦争の影響も残りました。本人は、8人きょうだいのうち4人を戦争にかかわって失い、父亡き後は母親が一家を支えたと語っています。高校まで滋賀県で過ごし、滋賀県立八日市高等学校を卒業しました。
市田忠義の学歴|働きながら立命館大学へ通った学生時代
高校卒業後は働きながら学ぶ道を選びました。繊維商社や弁護士事務所などで働いた後、龍谷大学に勤務し、図書館司書を務めています。
同時に、昼に働きながら立命館大学の夜間部で学ぶ生活を送りました。立命館大学法学部同窓会の資料には1967年卒業として記録されています。
家計に余裕がある学生生活ではありませんでした。母親は後年、市田氏が働いて得た給料から実家へ仕送りをしていた時期を短歌に残しています。
人間が人間らしく扱われ、まじめに働く人間が報われる社会になれば
出典:しんぶん赤旗「赤旗まつり/ざっくばらん問答」(2002年11月3日)
市田氏は後年、母親の生き方を振り返りながら、このような思いを抱いて日本共産党へ入ったと説明しています。
市田忠義の経歴|龍谷大学の職員組合から日本共産党専従へ
龍谷大学では図書館司書として勤務する一方、大学に職員組合をつくり、書記長を務めました。政治家として知られるようになる以前に、職場での労働組合活動を経験しています。
その後、1971年から日本共産党の活動に専念します。京都伏見地区委員長、京都府委員会書記長、京都府委員長など、京都の党組織で役職を重ねました。
1970年代から90年代前半までの時期は、選挙で公職を得るのではなく、政党組織を運営する側で活動していました。伏見地区から京都府レベルの組織へと担当を移し、その後、党中央の仕事へ進みます。
一度しかない人生を歴史の傍観者ではなく社会進歩と平和のために
出典:しんぶん赤旗「雇用・食料 共感広がる」(2008年7月22日)
京都の党組織から党中央の役職へ
1994年、日本共産党中央委員会の常任幹部会委員となりました。1999年には選挙対策局長を務め、地方組織での活動から党中央の運営や選挙実務を担う立場へ移っています。
この間も京都との関係は続きました。後の参議院選挙では比例代表候補として全国を対象に活動する一方、党の近畿ブロック資料では大阪、兵庫、京都、滋賀、奈良、和歌山の近畿全域を活動地域としていました。
伏見地区委員長から京都府委員長、党中央へと役割を移していった経歴は、国政選挙への初出馬まで約30年に及ぶ党務活動の流れの中にあります。
998年に参議院へ初当選、4期24年の国会活動国政選挙への初出馬は1998年の第18回参議院議員通常選挙でした。当時の参議院比例代表は拘束名簿式で、市田氏は日本共産党の名簿から初当選して国会議員となりました。
その後、2004年、2010年、2016年の参院選でも比例代表で当選。選挙制度が非拘束名簿式へ変わった後の3回はいずれも日本共産党候補者の個人得票順位1位でした。
参議院では労働分野のほか、環境委員会などで活動しました。2008年の環境委員会では生物多様性基本法案をめぐり、環境影響評価や沖縄のジュゴン保護を質問。2009年には自然公園法改正をめぐり、生物多様性、カワウ被害、生態系維持回復事業、泡瀬干潟などを取り上げています。
国会議員としての活動と並行して、党幹部として政権や他党の政策への見解を発信する場面も増えました。2017年の本人Xには、政治家の答弁や政治における言葉をめぐる本人の見方が残されています。
約13年間務めた日本共産党書記局長
2000年11月24日、第22回党大会後の中央委員会総会で、日本共産党中央委員会書記局長に選出されました。
書記局長は党の中央機関の日常的な運営を担う役職です。市田氏は後年、議員勇退時のあいさつで、自身の国会議員24年間の中に「13年間の書記局長の時代」があったと振り返っています。
党の代表質問、記者会見、各地での演説などにも登場し、国会議員と党幹部の二つの立場で活動しました。2014年1月には書記局長を退き、党中央委員会副委員長に就任しています。
2016年の参院選では一度示していた議員勇退方針を変更して立候補し、4選しました。当時の本人発言では、戦争体験を持つ家族の歴史と憲法9条への考えを結び付けて説明しています。
憲法9条は二度と戦争しない、の思いが凝縮したもの。
出典:しんぶん赤旗「共産党当選者の横顔」(2016年7月12日)
市田忠義氏が扱ってきた政策・政治姿勢
雇用と働く人の生活
大学職員時代に労働組合の書記長を務めた市田氏は、国政でも雇用問題を継続して扱いました。2008年の党演説では雇用問題や食料問題などを取り上げ、働く人の生活をめぐる党の政策を説明しています。
ただし、本人の職員組合活動が後の個別政策を直接形成したと断定できる一次資料は確認できないため、経歴と政策上の主張はそれぞれ確認できる事実として捉える必要があります。
年金・社会保障
参議院の記録では、2004年の年金制度をめぐる請願や2013年の年金削減に反対する請願などで紹介議員を務めています。2005年の障害者自立支援法案では、日本共産党所属議員として反対票を投じました。
議員任期の終盤にも社会保障と国の財政支出について発信していました。2022年の本人Xでは、年金などの生活分野と軍事費をめぐる予算の優先順位について自身の立場を示しています。
環境と生物多様性
国会活動で具体的な記録が多く残っている分野の一つが環境政策です。参議院環境委員会では、生物多様性や自然環境の保全を繰り返し取り上げました。
2008年の生物多様性基本法案では、戦略的環境アセスメントや沖縄本島周辺のジュゴン保護などを質問。翌2009年の自然公園法改正審議では、生態系維持回復事業、民間団体の意見反映、泡瀬干潟などについて政府の見解を求めています。
憲法・平和と外交
平和と安全保障については、憲法9条を重視し、軍事的な対抗より外交と対話を優先する立場を継続して示しています。これは日本共産党の安全保障政策と重なる立場であり、本人も各地の演説や党集会で説明してきました。
紛争の解決は、外交の力、話し合いで行う。
出典:しんぶん赤旗「歴史に働きかける人生を」(2026年9月24日)
2026年9月の大津市での集会では、ASEANの例を挙げながら、東アジアでも外交と対話による紛争解決を目指すという考えを述べました。
消費税と物価高対策
2026年9月時点の発言では、日本共産党の政策として消費税率を直ちに5%へ引き下げ、将来的な廃止を目指す立場を説明しています。財源については、大企業や大資産家に利益や資産に応じた負担を求めるとの党の主張を示しました。
期24年で参議院を退任、その後も党活動を継続2022年、市田氏は同年夏の参議院議員任期満了をもって国会議員を退くことを表明しました。1998年の初当選から数えて4期24年で参議院議員としての活動を終えました。
引退といっても議員でなくなるだけであって、全てが終わるわけではありません。
出典:しんぶん赤旗「生ある限りたたかいぬく」(2022年6月16日)
発言どおり、国会議員退任後も政治活動は続きました。日本共産党中央委員会では副委員長・常任幹部会委員を務め、各地の党集会や演説に参加しています。
本人Xでも、選挙協力など党の活動について継続して発信しています。2025年には鹿児島選挙区での候補者対応について、自身の評価を投稿しました。
国会を離れた後も、政局や政府の対応に対する本人の意見をSNSで発信しています。2026年1月にも、テレビ討論への首相の出席をめぐって見解を投稿しました。
党機関紙についての発信も続けています。2026年3月の投稿では「しんぶん赤旗」をめぐり、自身が重視する新聞の役割を短い言葉で表現しました。
2026年9月時点でも、日本共産党の副委員長として活動しています。参議院議員という公職からは離れましたが、党中央の役職と各地での政治活動は継続しています。
市田氏が国会議員退任後に語った平和外交については、日本共産党大阪府組織の動画でも本人の説明を確認できます。
市田忠義氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
雇用・労働者派遣
「労働者がその派遣先を自由に選ぶことなんてできないですよ。」
労働者派遣制度をめぐる質疑で、派遣労働者の派遣先選択の実態について政府説明をただした。
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労働基準法改正案への修正案で、時間外・休日・深夜労働の上限規制を提案した。
国会会議録で発言全文を見る介護・社会保障
「このままでは保険あって介護なしになりかねない」
介護保険制度の開始を前に、特別養護老人ホームの待機、基盤整備、低所得者負担などの課題を質問した。
環境・生物多様性
「種の保存法、外来生物法は共に生物多様性保全を進める上で大変重要な法律だと思います。」
種の保存法をめぐり、絶滅危惧種の保全対象や国の目標、やんばる地域の保護などを取り上げた。
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生物多様性基本法案をめぐり、計画段階の環境アセスメントと制度強化について質問した。
国会会議録で発言全文を見る地域住民や自治体の取組、生物多様性地域戦略、開発による環境改変への対応について質問した。
国会会議録で発言全文を見る憲法・平和・安全保障
「憲法が禁じている自衛隊の海外での武力行使を進める憲法違反の戦争法案」
平和安全法制をめぐる代表質問で、法案の憲法適合性や自衛隊の海外での武力行使について政府の見解をただした。
このテーマの関連発言をさらに見る 1件
有事関連三法案をめぐり、基本的人権や自治体への影響、海外での武力行使との関係について質問した。
国会会議録で発言全文を見る消費税・家計負担
「所得が減ったところに増税を押し付ける、一番やってはならないことではありませんか。」
消費税率引上げをめぐり、家計所得の減少と中小事業者への影響を挙げて政府の方針をただした。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
市田忠義氏の現在情報
2022年7月に参議院議員を4期24年で退任後も政治活動を継続。2026年9月時点で日本共産党副委員長として党活動に参加している。
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| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1998年 7月12日 | 第18回参議院議員通常選挙 第18回参院選当時の比例代表は拘束名簿式。日本共産党の比例当選者に市田忠義を確認。 | 比例代表 | 日本共産党 | 当選 (初当選) | 個人得票なし(拘束名簿式) 日本共産党拘束名簿2位 |
| 2004年 7月11日 | 第20回参議院議員通常選挙 非拘束名簿式比例代表。日本共産党は比例代表で4人が当選。 | 比例代表 | 日本共産党 | 当選 (再選) | 199,930 日本共産党名簿登載者得票順位1位 |
| 2010年 7月11日 | 第22回参議院議員通常選挙 日本共産党は比例代表で3人が当選。 | 比例代表 | 日本共産党 | 当選 (3選) | 83,806 日本共産党名簿登載者得票順位1位 |
| 2016年 7月10日 | 第24回参議院議員通常選挙 日本共産党は比例代表で5人が当選。 | 比例代表 | 日本共産党 | 当選 (4選) | 77,348 日本共産党名簿登載者得票順位1位 |
- 2026年時点で確認可能な副委員長・常任幹部会委員としての党役職を確認。
- 生年月日、学歴、前職、龍谷大学職員組合、党専従、京都での党務、参院当選歴、書記局長・副委員長歴を確認。
- 立命館大学法学部1967年卒を確認。
- 自然公園法、生物多様性、生態系、泡瀬干潟などに関する国会質問を確認。
- 1998年参院選での初当選、日本共産党比例代表当選者を確認。
- 2004年参院選の得票と当選を確認。
- 2010年参院選の得票、候補者順位、当選を確認。
- 2016年参院選の得票、候補者順位、当選を確認。
- 2026年9月時点の活動、副委員長表記、消費税・外交に関する本人発言を確認。
- 父の縫製工場、大阪大空襲、滋賀への移住、10歳での父の死に関する本人談を確認。
- 家族の戦争経験、母親、図書館勤務、夜間大学、入党時の本人認識を確認。
- 4期24年、約13年間の書記局長歴、参議院議員退任とその後の活動意思を確認。
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の経歴上重要な年月日を赤文字で補強し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月26日 記事を新規作成。現況情報、党役職、経歴・学歴、参議院選挙歴、政策・政治姿勢、公式Xを確認。
- 2026年9月26日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。



















