塩田康一の経歴・学歴と生い立ち|通産官僚から九州経済産業局長、鹿児島県知事へ

塩田康一
ひと目でわかるプロフィール 塩田康一
しおた こういち
出身地
鹿児島県鹿児島市
初当選
2020年(鹿児島県知事選挙)
最終学歴
東京大学法学部卒業
主な前職
官僚・国家公務員
政界入り
官僚から
生年月日 1965年10月15日

塩田康一氏は、約30年にわたり中央省庁で行政実務を経験し、九州経済産業局長を経て鹿児島県知事となった政治家です。

鹿児島市に生まれ、幼少期の一時期を徳之島で過ごした少年が、地域政策や地方創生の現場を歩き、選挙で県政を担うまでの流れをたどります。

塩田康一氏を理解する3つのポイント
  1. 鹿児島と徳之島で過ごした少年期を経て、ラ・サール、東京大学へ進んだ。
  2. 中央省庁で地域政策や地方創生を重ね、九州経済産業局長まで務めた。
  3. 官僚から選挙政治へ転じ、県政では産業の「稼ぐ力」と県民との対話を重視してきた。

塩田康一の生い立ち|徳之島と鹿児島市で過ごした少年期

塩田氏は1965年10月15日、鹿児島県鹿児島市に生まれました。父は旧串木野市、母は旧川内市の出身です。

小学生の頃には徳之島で暮らした時期があり、伊仙小学校と草牟田小学校で学びました。後年、鹿児島の海の思い出を尋ねられた際には、幼い頃の生活を自分の言葉で振り返っています。

小さい頃は徳之島にいましたので、よく大きな海で泳いでいました。

出典:海と日本PROJECT in 鹿児島「鹿児島の海の魅力 塩田知事にインタビュー」(2021年8月17日)

徳之島では、子どもの頃に塀から落ちた際、脳波検査を受けるため船で鹿児島本土の公立病院へ行った経験もあります。2025年に徳之島徳洲会病院の新築移転記念式典へ出席した際、新病院に脳波検査室があることに触れ、島内で医療を受けられる環境の変化に感慨を示しました。

塩田康一の学歴|ラ・サール中高から東京大学法学部へ

学歴一覧塩田康一の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校伊仙小学校/草牟田小学校――転校
中学校ラ・サール中学校――中高一貫
高校ラ・サール高等学校―77(2026年度版)―
大学東京大学法学部67.5(文科一類・2027年度参考)卒業

※偏差値・難易度は塩田氏の在学当時ではなく現在の目安です。

小学校卒業後はラ・サール中学校、ラ・サール高等学校へ進みました。その後、東京大学法学部に進学し、1988年3月に卒業しています。

同年4月には通商産業省へ入り、大臣官房企画室に配属されました。大学卒業から間を置かず、国家行政の現場へ進んだことが、約30年続く官僚生活の出発点となりました。

塩田康一の経歴|通商産業省から地方行政、外交まで広がった官僚経験

入省後の仕事は、経済産業政策だけに限られていません。1994年には大蔵省熊本国税局の人吉税務署長、1996年には自治省大臣官房地域政策室課長補佐を務め、税務と地方行政に携わりました。

2002年には外務省の在イタリア日本国大使館一等書記官となり、海外勤務も経験しています。2005年には商務情報政策局環境リサイクル室長、2012年には中国経済産業局総務企画部長を務めました。

鹿児島大学が2016年のシンポジウムで紹介した経歴には、地域活性化・まちづくり、環境、エネルギー、産業保安、人事などの政策分野に加え、産業技術総合研究所や特許庁での勤務経験も記されています。

2013年には経済産業省地域経済産業政策課長となり、2014年に内閣官房地域活性化統合事務局参事官、2015年には内閣府地方創生推進室参事官へ移りました。

2016年6月には内閣府地方創生推進室次長に就任。地方創生コンシェルジュの鹿児島県担当として、県内自治体による地方版総合戦略の策定や実行を支援しました。

2017年4月には鹿児島市で開かれた「鹿児島わっぜかフォーラム」に登壇し、「観光かごしま 今やるべきこと」と題して基調講演を行いました。自治体、地域金融機関、商工団体、事業者など約220人が参加し、午後には市町村の地方創生担当者と国のコンシェルジュによる意見交換も行われています。

中央省庁に勤務しながら、鹿児島の自治体の地方創生を支える役割も担っていた時期でした。

九州経済産業局長として地域経済を担い、経産省を退官

2017年7月には経済産業省大臣官房審議官として産業保安を担当し、翌2018年6月、九州経済産業局長に就任しました。

局長就任時の会見では、それまでの仕事について次のように述べています。

経歴の中で、近年は地域経済活性化、地域振興に関わる部署が多かった。

出典:ふくおか経済「新局長に塩田康一大臣官房審議官 九州経済産業局」(2018年11月3日)

九州では自動車や半導体だけでなく、農林水産、食品、観光、医療・バイオなど地域ごとの産業を挙げ、生産性向上や企業支援に取り組む方針を示しました。熊本地震や九州北部豪雨からの復旧・復興支援、地域未来牽引企業への支援も当時の課題として掲げています。

そして2019年12月、約30年続いた中央省庁での官僚生活を終え、経済産業省を退官しました。翌年、初めて選挙に立候補します。

2020年、初めての選挙で鹿児島県知事に

2020年7月12日の鹿児島県知事選挙には、現職の三反園訓氏、元知事の伊藤祐一郎氏を含む7人が立候補しました。塩田氏は無所属で出馬し、22万2676票を獲得して1位となりました。

官僚を退いた翌年の初出馬で鹿児島県知事に初当選し、7月28日に就任しました。

就任初日のあいさつでは、選挙で訴えてきた県政運営の考えを改めて示しています。

県民が主役の,県民の目線に立った行政というのをしっかり実現していきたい

出典:鹿児島県「知事1期目就任あいさつ(令和2年7月28日)」(2020年7月28日)

就任時は新型コロナウイルスへの対応が県政の差し迫った課題でした。就任あいさつでも、感染症対応にあたる県職員へ言及しています。

同年10月には「知事とのふれあい対話」を始め、第1弾の開催地に徳之島地区を選びました。徳之島町では公募10人と町推薦5人の計15人が参加し、新型コロナ対策、教育格差、ドクターヘリなどについて意見を交わしました。

県民の皆様との対話で出たご意見を、できるだけ県政に反映していきたい

出典:徳之島町「徳之島地区を皮切りに知事とのふれあい対話開催」(2020年10月24日)

1期目に重なったコロナ禍と鹿児島の大きな節目

知事就任から約1年後の2021年7月26日には、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の世界自然遺産登録が決定しました。鹿児島県内では奄美大島と徳之島が対象です。

世界遺産登録への取り組み自体は塩田県政以前から十数年にわたって積み重ねられてきたもので、県は登録後、自然環境の保全と利用の両立、遺産価値を次世代へ継承する取り組みを続けています。

2023年には鹿児島県で特別国民体育大会「燃ゆる感動かごしま国体」が開かれました。本大会は10月7日から17日まで開催され、10月28日から30日には特別全国障害者スポーツ大会「燃ゆる感動かごしま大会」も行われました。

もともと2020年に予定されていた大会は新型コロナウイルスの影響で延期されており、3年後に特別大会として実施されました。

2024年知事選で再選し、2期目へ

2024年7月7日の鹿児島県知事選挙では、塩田氏、元県議の米丸麻希子氏、市民団体共同代表の樋之口里花氏の3人が争いました。

塩田氏は無所属で立候補し、33万7357票を獲得。米丸氏の18万608票、樋之口氏の5万3317票を上回り、鹿児島県知事として再選を決めました。

再選が確実となった夜には、本人Xで支援への感謝と、幅広い支援を受けた選挙だったことを発信しています。

4年前とは異なり、この選挙では自民党、公明党、国民民主党、連合鹿児島などの支援も受けました。一方、対立候補側からはドルフィンポート跡地の総合体育館整備や川内原発の運転延長をめぐる県政運営が争点として提示されました。

再選を決めた夜、2期目で取り組む課題として人口減少と地域経済に触れています。

県政の大きな課題は人口減少社会の中で、いかに稼ぐ力を向上できるか。

出典:奄美新聞「県知事選 塩田さん新人退け再選」(2024年7月7日)
人生年表 塩田康一さんの歩み
1965年10月15日
鹿児島県鹿児島市に生まれる
父は旧串木野市、母は旧川内市出身
幼少期
徳之島で暮らす
伊仙小学校と草牟田小学校で学ぶ
中学・高校時代
ラ・サール中学校・高等学校で学ぶ
1988年3月
東京大学法学部を卒業
1988年4月
通商産業省に入省
大臣官房企画室に配属
1994年7月
熊本国税局人吉税務署長に就任
1996年5月
自治省大臣官房地域政策室課長補佐に就任
2002年6月
在イタリア日本国大使館一等書記官に就任
2013年6月
経済産業省地域経済産業政策課長に就任
2016年6月
内閣府地方創生推進室次長に就任
地方創生コンシェルジュとして鹿児島県内自治体も支援
2017年7月
経済産業省大臣官房審議官に就任
産業保安を担当
2018年6月
九州経済産業局長に就任
2019年12月
経済産業省を退官
2020年7月12日
鹿児島県知事選挙で初当選
222,676票
2020年7月28日
鹿児島県知事に就任
2024年7月7日
鹿児島県知事選挙で再選
337,357票
2024年7月28日
鹿児島県知事2期目が始まる

塩田康一氏が県政で重視する政策

2026年度の施政方針では、人口減少、物価高、人手不足、デジタル化、カーボンニュートラルなどを県政を取り巻く課題として挙げています。そのうえで、産業、人材、暮らし、地域をまたぐ施策を打ち出しています。

農林水産業と県産品輸出の「稼ぐ力」

農林水産業では、生産性や付加価値の向上、担い手の確保、国内外への販路拡大を進めています。鹿児島県産農林水産物の2024年度輸出額は471億円となり、公表開始以降4年連続で過去最高を更新しました。

県は新たな輸出拡大ビジョンで2030年度の目標を800億円とし、輸出先と品目の多角化、未開拓市場でのトップセールス、商流構築を進める方針です。

観光、製造業、情報産業の付加価値向上

観光関連産業では国内外からの誘客や観光地の高付加価値化を進める一方、製造業や情報関連産業では新たな産業の創出や企業誘致を政策の柱としています。

企業の生産性向上では、AI・IoTの導入、新製品や技術の開発、作業の自動化・省力化、社内DXへの支援を拡充しています。物価高や人手不足への対応を、企業の生産性と付加価値を高める施策と組み合わせています。

人材確保と子ども・子育て支援

人口減少の進行を背景に、産業を支える人材の確保・育成、デジタル人材、外国人材の受け入れと多文化共生、移住・交流の促進を進めています。

子ども・子育て分野では、市町村と連携しながら、結婚、妊娠・出産、子育ての希望がかなう社会を目標に支援策の充実を掲げています。

防災・減災とデジタル化、脱炭素

台風や豪雨などの災害リスクを抱える鹿児島県では、防災・減災、地域防災力、災害発生時の即応力の強化も継続的な政策分野です。

これと並行して、行政や地域社会のデジタル化、カーボンニュートラルへの対応を進め、社会や産業構造の変化に対応する県政を掲げています。

奄美・離島の振興と自然環境の継承

南北に長く多くの離島を持つ鹿児島県では、奄美・離島振興も主要分野です。世界自然遺産地域では、希少な自然環境を守りながら、その価値を次世代へ継承する取り組みが続いています。

2026年7月には世界自然遺産登録5周年の記念シンポジウムも開かれ、奄美大島・徳之島を含む遺産地域の関係者が、保全と継承をテーマに意見を交わしました。

選挙歴 塩田康一の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
鹿児島県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
初出馬。現職・元知事を含む7人が立候補。
鹿児島県 無所属 当選 222,676票 1位
鹿児島県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
現職として再選。自民党、公明党、国民民主党、連合鹿児島などの支援を受けた。
鹿児島県 無所属 当選 337,357票 1位

塩田康一氏の公式発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の公式発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

産業振興と稼ぐ力

子ども・子育てと人口減少

防災・デジタル化・カーボンニュートラル

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

焼酎を語る県公式動画に見る一面

全国知事会のプロフィールで趣味として挙げているのは「焼酎」です。2026年には県の広報番組「MISSION鹿児島」に出演し、鹿児島の本格焼酎について出演者と語りました。政策演説とは異なる話し方や表情を見ることができる映像です。

塩田康一氏の現在情報

2026年9月11日 時点
現在の公職 鹿児島県知事
現在の所属 無所属
選挙区・選出地域 鹿児島県
現在の期・任期 鹿児島県知事2期目

物価高への対応に加え、鹿児島の「稼ぐ力」の向上、人材確保・育成、子ども・子育て、防災・減災、デジタル化、カーボンニュートラル、奄美・離島振興などを県政の主要分野として進めている。

政治人生の転機 塩田康一の政治人生の転機
01
2019年12月~2020年7月
中央省庁から鹿児島県政へ
経済産業省退官後、初めての選挙となる鹿児島県知事選へ無所属で出馬し初当選。
なぜ転機なのか 約30年の官僚生活から、選挙で県民の信任を得て県政を担う立場へ移ったため。
02
2024年7月
鹿児島県知事選で再選
3人が争った知事選で33万7357票を獲得し、2期目の当選を決めた。
なぜ転機なのか 知事として続投が決まり、2期目の県政を担うことになったため。
公式Xの最新投稿

本文内の関連投稿に加えて、本人の公式Xから最新の投稿を表示しています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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