柿沢未途氏は、NHK記者、東京都議会議員を経て、衆議院議員を5期務めた政治家です。みんなの党、結いの党、維新の党、民進党、希望の党などを渡り歩き、維新の党では幹事長も務めました。
政治家一家に生まれながら、最初から政治の道を選んだわけではありません。報道の現場から地方政治へ入り、2008年の都議辞職を経て国政へ戻った経緯には、柿沢氏の政治人生を形づくったいくつもの節目があります。
- ベルギーで生まれ、東京都江東区で育ち、東京大学卒業後はNHK記者として取材現場を経験しました。
- 東京都議から国政へ進み、複数の政党再編に関わりながら衆議院議員を5期務めました。
- 国政後半には自民党に入り法務副大臣を務めましたが、江東区長選をめぐる事件を受けて議員辞職に至りました。
柿沢未途の生い立ち|ベルギーで生まれ、江東区で育った少年時代
柿沢未途氏は1971年1月21日、父・柿沢弘治氏の赴任先だったベルギー・ブリュッセルで生まれました。生後3か月ほどで日本へ戻り、東京都江東区で育っています。
父の弘治氏は大蔵官僚を経て国政へ進み、のちに外務大臣を務めた政治家でした。一方、未途氏自身は後年、若い頃から当然のように政治家を目指していたわけではなかったと振り返っています。
地元の江東区立数矢小学校から麻布中学校、麻布高等学校へ進み、その後、東京大学法学部に入学しました。
柿沢未途の学歴|麻布から東京大学へ|競馬とラクロスに動いた学生時代
東京大学時代は、授業だけに閉じた学生生活ではありませんでした。ラクロスの運営に関わったほか、競馬に強い関心を持ち、学園祭では競馬評論家を招く企画を手がけています。
さらに「大学対抗競馬予想合戦」を夕刊紙へ自ら持ち込み、競馬に関する書籍も執筆しました。本人はこうした経験を、自分から外へ働きかけ、企画を実現させていく原体験として語っています。
「人間の成功も失敗も全部途中経過」
出典:東大新聞オンライン「柿沢未途衆議院議員インタビュー」(2016年6月8日)
1995年3月に東京大学法学部を卒業すると、同年4月にNHKへ入局しました。
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 江東区立数矢小学校 | ― | ― | 東京都江東区で学ぶ |
| 中学校 | 麻布中学校 | ― | ― | 中高一貫校 |
| 高校 | 麻布高等学校 | ― | 現在は高校募集なし | 中学校から内部進学 |
| 大学 | 東京大学 | 法学部 | 67.5(文科一類・2027年度参考) | 1995年3月卒業 |
※偏差値・難易度は本人の在学当時ではなく現在の目安です。麻布高校は現在高校募集を行っていないため高校受験偏差値を置いていません。東京大学法学部は科類制のため文科一類を参考値として掲載しています。
柿沢未途の経歴|NHK記者として長野へ|「伝える側」から政治の当事者へ
NHKでは記者として長野放送局に勤務しました。長野オリンピック・パラリンピックの取材に加え、産業廃棄物やダイオキシン問題なども担当しています。
取材を重ねるなかで、問題を報道するだけでは物事を変えられない場面も経験しました。本人は後年、記者として外から論評する立場と、実際に意思決定へ参加する立場との違いを意識するようになったと語っています。
1999年7月にNHKを退職。父・弘治氏の政治活動にも関わるようになり、報道の現場から政治の当事者へ進む道を選びました。
2016年には、海外紙の政治風刺画について自身のXで紹介するなど、議員活動の外でも国内外のニュースや政治を題材に発信していました。
2001年に東京都議へ|江東区から始まった政治家生活
2001年、江東区を拠点に政策グループ「1/2の会」を立ち上げ、東京都議会議員選挙の江東区選挙区へ無所属で立候補しました。24,176票を得て定数4の4位に入り、30歳で初当選しました。
その後、民主党に入り、2005年の東京都議選では32,961票で再選。民主党東京都議団では政策調査会長を務めました。
しかし2008年2月、飲酒運転による自損事故を起こし、東京都議を辞職するとともに民主党を離党しました。本人公式プロフィールでは、その後に禅寺で修行したことも記されています。
2009年、みんなの党から国政へ
政治活動を再開した柿沢氏は、2009年の第45回衆議院議員総選挙でみんなの党から東京15区に立候補しました。小選挙区では38,808票で当選に届きませんでしたが、比例東京ブロックで議席を得て、衆議院議員に初当選しました。
初当選後は国会質問を積極的に行い、社会保障、地方分権、災害対策、エネルギーなど幅広いテーマを扱いました。東日本大震災後には被災地にも入り、党の災害対策にも携わっています。
2012年の衆院選では東京15区で88,222票を獲得し、小選挙区から2期目の当選を果たしました。
同年の国会では、大阪府・大阪市の統治機構改革に関係する大都市地域特別区設置法案の議論にも参加しています。
「本当にここまで来たなという感じ、感慨深い思い」
出典:衆議院「総務委員会議録」(2012年8月7日)
結いの党、維新の党へ|政党再編の中で幹事長に
2013年8月にみんなの党を離党し、一時無所属となりました。同年12月には結いの党の結成に参加し、政策調査会長を務めます。
2014年、結いの党と日本維新の会の合流によって維新の党が発足すると、引き続き政策責任者を担いました。同年12月の衆院選では東京15区で88,507票を得て3選しています。
2015年5月には維新の党幹事長に就任。国会議員として政策を論じるだけでなく、党運営を担う立場にも入りました。
2016年には民進党の結成に参加し、選挙対策や党務を担当しました。2017年の衆院選では希望の党から東京15区に立候補し、小選挙区では2位でしたが比例東京ブロックで復活当選し、4期目に入りました。
無所属で活動した2018年以降
2018年、希望の党の再編後にできた新党には参加せず、無所属で国会活動を続けました。党派を離れた時期も、エネルギー、災害対策、社会保障などについて質問主意書や議員立法を通じて取り組んでいます。
2020年には、ジャパンライフ元会長側から過去に受けた政治献金について、自身のXで経緯を説明しました。
2021年、無所属で東京15区を制し自民党へ
2021年10月の衆院選では、無所属の候補として東京15区から出馬しました。自由民主党の推薦を受け、76,261票を獲得して小選挙区で当選。衆議院5期目となりました。
選挙後には自民党の追加公認を受け、同党に入党しました。翌2022年9月には自由民主党国会対策委員会副委員長に就任しています。
2021年夏には、東京五輪開会日に飛行したブルーインパルスについてXで投稿していました。
自民党入り後には、学生時代から関心を持っていた競馬に関係する議員活動にも参加しました。2022年には党の競馬推進議員連盟で役職に就いたことを発信しています。
2023年には、死去した元地方創生担当相・北村誠吾氏をしのぶ投稿も行っています。
法務副大臣就任から辞任へ
2023年9月の第2次岸田第2次改造内閣で、柿沢氏は法務副大臣に就任しました。
ところが同年4月に行われた江東区長選をめぐり、木村弥生氏の陣営が有料のインターネット広告を掲載していた問題で、柿沢氏が広告利用を提案したことが報じられました。10月31日に法務副大臣を辞任しました。
「本当に申し訳ありません。お詫びの申し上げようもありません」
出典:TBS NEWS DIG「柿沢未途法務副大臣が辞任」(2023年10月31日)
その後、東京地検特捜部の捜査が進み、2023年12月には自民党を離党しました。2024年1月17日、公職選挙法違反の罪で起訴されています。
024年に衆議院議員を辞職、有罪判決が確定2024年2月1日、衆議院本会議で柿沢氏の議員辞職が全会一致で許可されました。これにより、2009年から続いた国会議員としての在職は終了しました。
同年2月14日の東京地裁での初公判では、起訴された内容を認めました。
「私の責任は重大ですべてを争わないことにしました」
出典:テレビ朝日「柿沢未途前議員 初公判で起訴内容認める」(2024年2月14日)
3月14日、東京地裁は柿沢氏に懲役2年、執行猶予5年の判決を言い渡しました。控訴は行われず、3月21日に判決が確定しています。
有罪判決の確定に伴い、公民権は5年間停止されました。
柿沢未途氏が取り組んだ政策・政治テーマ
教育への投資と高等教育の負担軽減
柿沢氏は教育を将来への投資として位置づけ、奨学金制度、高等教育の授業料負担、若い世代への人的投資を政策課題として取り上げてきました。2016年のインタビューでも、家庭の所得によって教育機会が左右される問題に言及しています。
再生可能エネルギーと送電網
エネルギー分野では、再生可能エネルギーの導入と送電網の運用を継続的に取り上げました。2018年には、送電線の「空き容量ゼロ」とされる問題について質問主意書を提出し、日本版コネクト&マネージの導入状況などを政府に問いました。
「再生可能エネルギーの導入量拡大の妨げになっている」
出典:衆議院「送電線の空き容量問題に関する質問主意書」(2018年)
災害時の医療・都市防災
災害対策では、災害拠点病院が長期間停電した場合の電源確保や、湾岸部などに多いタワーマンションの防災対策を国会で質問しています。東京の都市構造を踏まえたテーマも扱いました。
地方分権と統治機構改革
みんなの党時代から、地方分権や道州制、国と地方の役割分担をテーマとしてきました。2012年には大都市地域における特別区設置に関する法整備に関わり、翌2013年には道州制推進に関する議員立法にも名を連ねています。
年金・社会保障
年金制度については、現役世代と将来世代の負担のあり方を論点とし、積立方式への移行を政策として掲げた時期があります。選挙公約としての提案と、実際に制度化された政策とは分けて見る必要があります。
外交に関する発信も行っており、2022年1月にはウクライナ情勢が緊迫するなかで、ロシア外相の訪日をめぐる報道について自身の見解をXで示しました。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2001年 6月24日 | 東京都議会議員選挙 初当選 | 江東区選挙区 | 無所属 | 当選 | 24,176票 4位 |
| 2005年 7月3日 | 東京都議会議員選挙 2期目 | 江東区選挙区 | 民主党 | 当選 | 32,961票 3位 |
| 2009年 8月30日 | 第45回衆議院議員総選挙 比例東京ブロックで当選。衆議院初当選 | 東京都 第15区・比例東京ブロック | みんなの党 | 比例当選 | 38,808票 小選挙区3位 |
| 2012年 12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙 衆議院2期目 | 東京都 第15区 | みんなの党 | 当選 | 88,222票 1位 |
| 2014年 12月14日 | 第47回衆議院議員総選挙 衆議院3期目 | 東京都 第15区 | 維新の党 | 当選 | 88,507票 1位 |
| 2017年 10月22日 | 第48回衆議院議員総選挙 比例東京ブロックで復活当選。衆議院4期目 | 東京都 第15区・比例東京ブロック | 希望の党 | 比例当選 | 70,325票 小選挙区2位 |
| 2021年 10月31日 | 第49回衆議院議員総選挙 自由民主党の推薦を受けて立候補。当選後に追加公認され、衆議院5期目 | 東京都 第15区 | 無所属 | 当選 | 76,261票 1位 |
柿沢未途氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
再生可能エネルギーと蓄電池
「最も重要な一つは蓄電池ですね。」
再生可能エネルギーを組み込んだ電力システムにおける蓄電池の重要性を指摘し、国内外の価格差や市場形成を論点として政府に質問しました。
地方分権と大都市制度
「地方の側からみずからの統治機構というものを考えて提案をする」
大都市地域における特別区制度の議論で、地方側が統治機構を構想し国へ提案できる仕組みの意義を述べました。
このテーマの関連発言をさらに見る 1件
国の出先機関や特別会計の事務、権限、財源を道州へ移管する場合の制度設計を取り上げました。
国会会議録で発言全文を見る年金・社会保障
「払ったものがきちんと戻ってくる」
所得比例年金をめぐり、保険料負担と給付の関係、財政方式が制度への納得にどう関わるかを政府に質問しました。
このテーマの関連発言をさらに見る 1件
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の資産配分と年金積立金の運用方針を取り上げました。
国会会議録で発言全文を見る東日本大震災復興と権限移譲
「東日本復興院というのをつくって」
復興機関に東北地方の国の出先機関の事務・権限を集約し、復興を地方への権限移譲と結び付ける構想を述べました。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
柿沢未途氏の発信を動画で見る
2021年の衆院選後には、本人公式YouTubeチャンネルで選挙結果を振り返る動画を公開しています。
柿沢未途氏の現在情報
2024年2月1日に衆議院議員を辞職し、同年3月21日に江東区長選をめぐる公職選挙法違反事件の有罪判決が確定しました。懲役2年・執行猶予5年で、公民権停止5年となっています。2026年9月23日時点で新たな公職就任は確認できません。
- 出生、学歴、NHK勤務、都議・国政経歴、各党での役職を確認
- 生年月日、学歴、衆議院当選回数、法務副大臣就任などを確認
- 2024年2月1日の衆議院議員辞職許可を確認
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- 2021年衆院選東京15区の得票数・当選を確認
- 2024年3月21日の有罪判決確定と公民権停止5年を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月23日 記事を新規作成。経歴、全選挙歴、政党歴、法務副大臣歴、2024年の議員辞職・有罪判決確定後の現況情報を確認
- 2026年9月23日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。




















