青柳仁士の経歴・学歴|JICA・国連から3度の落選を経て衆議院議員へ

青柳仁士
ひと目でわかるプロフィール 青柳仁士
あおやぎ ひとし
出身地
東京都
初当選
2021年(第49回衆議院議員総選挙)
最終学歴
デューク大学公共政策大学院修了(国際開発政策学修士)
主な前職
会社員
政界入り
政治塾から
生年月日 1978年11月7日

青柳仁士氏は、国際協力機構(JICA)や国連で国際開発に携わった後、政治の世界へ進んだ人物です。紛争下のスーダンやアフガニスタン、ニューヨークの国連本部、民間企業、社会起業の現場まで、政治家になる前の職歴は幅広くあります。

政界入りも一直線ではありませんでした。最初の衆院選から国政の議席を得るまで約9年。国際協力の仕事へ戻りながら選挙への挑戦を重ねています。

青柳仁士氏を理解する3つのポイント
  1. JICAと国連で、国際開発や平和構築、SDGsに関わる仕事を経験しました。
  2. 維新政治塾から衆院選へ挑み、3度の落選を経て国会議員になりました。
  3. 初当選後は外交・政治改革・社会保障などの政策形成を担い、党の政務調査会長も務めました。

青柳仁士の生い立ち|東京都から早稲田へ、経済発展を学んだ学生時代

青柳仁士氏は1978年11月7日、東京都に生まれました。早稲田大学高等学院を経て、早稲田大学政治経済学部経済学科へ進みます。

大学では経済学者の西川潤教授のゼミに所属し、経済発展の理論を学びました。後に仕事の中心となる開発途上国の貧困や成長を、まず大学で経済学の側から学んだことになります。

2001年の卒業後に選んだ就職先は、国際協力機構(JICA)でした。経理部ではJICA予算を担当し、国会や財務省との折衝に携わります。その後、経済開発部でアフリカの貧困削減やアジアの経済成長に取り組みました。

JICAからスーダン・アフガニスタンへ

2006年から米国のデューク大学公共政策大学院へ留学し、国際開発政策を専攻しました。同時期にはノースカロライナ大学の国際平和・紛争解決コースも学んでいます。

青柳仁士の学歴|早稲田大学からデューク大学大学院へ

留学生活では、大学院のサッカーリーグに留学生チームをつくって参加。主将を務め、チームはリーグ優勝を経験しました。勉強だけではなく、各国から集まった学生と一つのチームを動かす時間も過ごしています。

2007年にUNDPスーダン、2008年にはJICAアフガニスタンの現場へ入りました。スーダンでは平和構築・復興支援に携わり、紛争地の地図作成や貧困層向けの小規模融資事業を担当しています。

アフガニスタンでは現地事務所の企画班長・調査役となり、政治、警察、財政などのガバナンスと都市・インフラ開発を担当しました。拠点は自爆テロや市街戦が続いていた首都カブールです。

当時のJICA理事長だった緒方貞子氏と復興支援に取り組む機会もありました。国際社会の中で日本人がどのように見られているかを現場で体感した時期でもあります。

学歴一覧青柳仁士の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
高校早稲田大学高等学院―75(2026年度版)―
大学早稲田大学政治経済学部経済学科70.0(経済学科・2027年度)卒業
大学院デューク大学公共政策大学院国際開発政策日本式の偏差値なし修士

※偏差値・難易度は青柳氏の在学当時ではなく現在の目安です。早稲田大学は2026/2027年度の現在値、海外大学院は日本式偏差値で比較していません。

国連本部でSDGsの議論に関わり、政治を志す

2010年にはニューヨークの国連開発計画(UNDP)本部へ移り、対外関係・アドボカシー局の政策顧問を務めました。国連と日本政府のハイレベル協議の調整、会議運営、合意事項のフォローアップ、拠出金管理などが仕事でした。

この時期には、日本政府を支援する立場で、後のSDGs創設につながる国際的な議論にも関わっています。国の外から日本を見る時間が長くなる中で、政治そのものへ関心が向かいました。

根本的な仕組みを変えるには、政治を変えるしかない

出典:あおやぎ仁士 公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

2012年、維新政治塾の一期生となります。当時の生活拠点はニューヨークでしたが、日本へ通いながら政治塾へ参加し、その年の衆院選に立候補しました。

ニューヨークから維新政治塾へ――埼玉で3度の挑戦

最初の選挙は2012年12月の第46回衆議院議員総選挙です。日本維新の会から埼玉4区に出馬しましたが、議席には届きませんでした。

選挙後はプライスウォーターハウスクーパース株式会社(PwC)でマネージャーを務めます。日本企業の海外展開戦略に携わり、新幹線輸出やインドの経済回廊構想など、官民が関わる国際ビジネスの支援を担当しました。

2014年には維新の党から埼玉9区で再び衆院選に挑みましたが落選。2015年にはハーバード大学のエマージング・リーダーズ・プログラムで、明確な正解がない問題に向き合うアダプティブ・リーダーシップを学びました。

2016年には再び国連の仕事へ戻り、UNDP駐日代表事務所の副代表補・上席渉外広報官に就きます。政府、企業、教育機関、メディア、市民社会へSDGsを広める業務に携わり、企業がSDGsに取り組むためのプラットフォームの立ち上げにも関わりました。

そして2017年、再び埼玉4区から衆院選へ出馬します。結果は落選でした。初出馬から2017年まで、衆院選は3回連続の落選となりました。

この間、選挙だけを続けていたわけではありません。国際協力、民間コンサルティング、国連の仕事へ戻りながら、それぞれの現場で職歴を積んでいます。

人生年表 青柳仁士さんの歩み
1978年11月7日
東京都に生まれる
1997年3月
早稲田大学高等学院を卒業
2001年3月
早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業
西川潤教授のゼミで経済発展の理論を学ぶ
2001年
国際協力機構(JICA)に入る
経理部、経済開発部で勤務
2006年
デューク大学公共政策大学院へ留学
国際開発政策を学ぶ
2007年
UNDPスーダンに赴任
平和構築・復興支援に従事
2008年
デューク大学公共政策大学院を修了
国際開発政策学修士を取得
2008年
JICAアフガニスタン事務所に赴任
企画班長・調査役としてガバナンス、都市・インフラ開発を担当
2010年
UNDPニューヨーク本部に赴任
政策顧問として日本との調整や国際開発政策に関わる
2012年
維新政治塾一期生となる
ニューヨークから通い、同年に衆院選へ初挑戦
2012年12月
第46回衆議院議員総選挙に初出馬
埼玉4区で落選
2013年
プライスウォーターハウスクーパース株式会社で勤務
マネージャーとして日本企業の海外展開を支援
2015年
ハーバード大学エマージング・リーダーズ・プログラムを修了
アダプティブ・リーダーシップを学ぶ
2016年
UNDP駐日代表事務所へ
副代表補・上席渉外広報官としてSDGs普及に従事
2017年10月
第48回衆議院議員総選挙に出馬
埼玉4区で3度目の落選
2018年
一般社団法人Japan Innovation Networkディレクターに就く
企業によるSDGsを活用したイノベーション創出を支援
2019年
一般社団法人SDGsアントレプレナーズ代表理事に就任
社会起業家として事業を開始
2021年10月
第49回衆議院議員総選挙で初当選
大阪14区
2022年
日本維新の会国際局長、衆議院予算委員会理事に就く
2023年
IPU国連委員会理事、衆議院外務委員会理事に就く
2024年
日本維新の会政務調査会長、維新政治塾長に就く
2024年10月
第50回衆議院議員総選挙で再選
大阪14区
2025年
日本維新の会政務調査会長として参院選マニフェストを統括
2026年2月
第51回衆議院議員総選挙で3選
大阪14区

青柳仁士の経歴|SDGsを事業に移し、大阪14区で初当選

2018年には一般社団法人Japan Innovation Networkのディレクターとなり、大企業がSDGsを使って新しい事業や社会価値を生み出す取り組みを支援しました。

翌2019年には一般社団法人SDGsアントレプレナーズの代表理事に就任。社会起業家として、企業活動を通じた社会課題の解決やSDGsの実践方法を伝える活動を始めています。

政治への再挑戦が動き出したのは2021年です。当時の日本維新の会代表だった松井一郎氏から声をかけられ、大阪14区へ。八尾市南本町の旧松井事務所を拠点とし、八尾市、柏原市、羽曳野市、藤井寺市を回りました。

選挙までのおよそ半年間、地域の企業や個人を訪ね、市長や地方議員、支援者らと地域課題について意見を交わす日々を続けます。

2021年10月の第49回衆院選で大阪14区から初当選。2012年の初出馬から約9年を経て、初めて国政の議席を得ました。

選挙歴 青柳仁士の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第46回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
北関東比例との重複立候補
埼玉 4区 日本維新の会 落選 46,303票 3位
第47回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
北関東比例との重複立候補
埼玉 9区 維新の党 落選 60,121票 2位
第48回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
北関東比例との重複立候補
埼玉 4区 日本維新の会 落選 23,362票 4位
第49回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:該当なし(小選挙区当選)
近畿比例との重複立候補
大阪 14区 日本維新の会 当選 126,307票 1位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:該当なし(小選挙区当選)
大阪 14区 日本維新の会 当選 95,362票 1位
第51回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:該当なし(小選挙区当選)
近畿比例との重複立候補
大阪 14区 日本維新の会 当選 121,049票 1位

初当選後、外交・予算から党の政策責任者へ

初当選後は、それまでの国際協力の職歴と近い外交分野に加え、予算や政治改革にも活動範囲を広げました。2021年には日本維新の会国会議員団の政務調査会長代行、外交安保部会長を務めています。

2022年には日本維新の会国際局長と衆議院予算委員会理事、2023年にはIPU(列国議会同盟)国連委員会理事、衆議院外務委員会理事を務めました。

2024年には日本維新の会政務調査会長に就任し、維新政治塾長も担当。2025年には政務調査会長として参院選マニフェストの取りまとめを担いました。

アピールするだけではなく、しっかりと政策を有言実行していく、そこにこだわってやっていくことが政治には必要です。

出典:政治ドットコム「日本維新の会・青柳仁士議員に聞く!社会保険料引き下げで手取りを増やす 維新の挑戦」(2025年7月11日)

国会だけでなく大阪14区での活動も続けています。2025年9月の羽曳野市議会議員選挙後には、地元で活動する維新候補の選挙結果について自身のアカウントから発信しました。

国政選挙では2024年10月の第50回衆院選で大阪14区から再選。2026年1月の衆院選期間中には、YouTubeライブを使って選挙区の有権者から質問を受ける機会も設けました。

2026年2月8日の第51回衆院選でも大阪14区で当選し、3回目の議席を得ています。

青柳仁士氏が重視してきた政策・政治姿勢

国際開発に長く携わってきた青柳氏は、政治活動でも持続可能性、将来世代、国際社会と日本の関係を政策構想に掲げています。国会議員になってからは、社会保障や教育、政治資金など国内制度の改革にも重点を移してきました。

現役世代の社会保険料負担

政務調査会長時代に前面へ出した政策の一つが、現役世代の社会保険料負担の軽減です。日本維新の会は、医療費を年間4兆円削減し、現役世代1人当たり年間6万円の社会保険料負担軽減を目指す改革案を提示しました。

2025年2月には自民党、公明党、日本維新の会の3党で社会保障改革を協議する枠組みを設けることで合意。青柳氏は衆議院予算委員会で、政府に合意内容の実施方針を確認しました。

その負担をどのようにして分かち合うかということが議論の本質だと私は認識をしておるところでございます。

出典:衆議院「第217回国会 予算委員会 第16号」(2025年2月26日)

同年6月の3党合意では、約11万床を対象とする病床再編や医療DXなど、医療費の適正化に向けた具体策が盛り込まれました。

年間4兆円の医療費削減と1人年6万円の社会保険料負担軽減は、日本維新の会が掲げた改革案上の目標です。3党合意でこの全額が一括して実施済みになったという意味ではありません。

教育負担の軽減

2025年2月の3党合意では、教育費の負担軽減も主要項目となりました。高校授業料支援の所得制限撤廃や私立高校への支援拡充などについて段階的に進める方針が盛り込まれています。

青柳氏は予算委員会で、合意後の政府措置や翌年度以降の実施をどう担保するのかを質問しました。私立高校の支援については、維新が求める生徒への直接給付と政府側の制度設計に違いが残ることも指摘しています。

政治資金と国会改革

政治資金改革では、2025年3月、池下卓氏とともに政治資金規正法改正案を衆議院へ提出しました。企業・団体から政党や政治資金団体への寄付を禁止する内容です。

最も厳しい案を国会に提出し、この議論を主導していく所存です。

出典:衆議院「第217回国会 政治改革に関する特別委員会 第5号」(2025年3月10日)

国会経費の透明化も以前から扱ってきたテーマです。2022年には、当時の文書通信交通滞在費をめぐる改革について、自身の使途公開と制度改革への考えを発信していました。

外交・安全保障と国際協力

外交分野では、JICAや国連での職歴を背景に、ODA、国際機関、平和構築、経済安全保障などを国会で取り上げてきました。2026年3月の外務委員会では、日本の国際的な立場について次のように述べています。

やはり日本は世界中から引き続き信頼されていると私は思っております。

出典:衆議院「第221回国会 外務委員会 第2号」(2026年3月6日)

安全保障では、経済安全保障に関わる土地取得なども対象としてきました。2023年には、日本維新の会の外交部会で安全保障上重要な土地の取得規制を議論したことを発信しています。

行政効率化と歳出の見直し

2026年には、補助金や基金、税制上の特例などを含む政府支出の見直しについても発信を続けています。7月には、いわゆる「日本版DOGE」をテーマとした番組出演を前に、政府効率化の取り組みについて投稿しました。

副首都と地方分権

地方が自ら成長できる仕組みをつくることも、政治理念に置いてきたテーマです。大阪だけに権限や機能を集めるという考えではなく、複数の地域が条件の下で競い合える制度として副首都を捉えています。

2026年8月には、副首都をめぐる制度について「公平なルール」の下で大阪も目指すという考えを示しました。

動画でたどる――国連職員から国政まで

日本維新の会の「維新deGO!」では、青柳氏自身が国連職員時代や政治家への転身、衆院選への挑戦を振り返る長編企画が公開されています。

青柳仁士氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

外交による安全保障

開発協力の実効性

防衛装備移転と国会への情報開示

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

青柳仁士氏の現在情報

2026年9月6日 時点
現在の公職 衆議院議員
現在の所属 日本維新の会
選挙区・選出地域 大阪14区
現在の期・任期 衆議院議員3期目
現在の主な役職
衆議院外務委員会理事 衆議院災害対策特別委員会理事 衆議院政治倫理審査会幹事

2026年は政府効率化や副首都・地方分権などについて発信しています。日本維新の会政務調査会長、維新政治塾長、国際局長はいずれも歴任です。

関連書籍
青柳仁士さんの著書・関連書籍
小さな会社のSDGs実践の教科書 1冊で基礎からアクション、マネジメントまでわかる
書籍
小さな会社のSDGs実践の教科書 1冊で基礎からアクション、マネジメントまでわかる
著者:青柳 仁士 / 出版社:翔泳社 / 発売日:2021年02月03日頃

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政治人生の転機 青柳仁士の政治人生の転機
01
2012年
国連職員から政治の世界へ
国連本部勤務中に維新政治塾一期生となり、同年の衆院選へ初出馬しました。
なぜ転機なのか 国際協力の実務から、政治制度を直接変える道へ進路を移したため。
02
2021年10月
3度の落選を経て大阪14区で初当選
埼玉での3度の落選後、大阪14区から出馬して初めて国政議席を獲得しました。
なぜ転機なのか 候補者としての長い期間を経て、国会議員として政策形成を担う立場になったため。
03
2024年
日本維新の会政務調査会長へ
党の政策責任者となり、翌2025年の参院選マニフェストなどを統括しました。
なぜ転機なのか 外交・国会委員会を中心とした活動から、党全体の政策設計を担う立場へ役割が広がったため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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