高井たかしの経歴・学歴と生い立ち|総務官僚から衆議院4期、岡山から埼玉へ

高井たかし
ひと目でわかるプロフィール 高井たかし
たかい たかし
出身地
北海道函館市
初当選
2009年(第45回衆議院議員総選挙)
最終学歴
東京大学経済学部卒業
主な前職
国会議員秘書、官僚・国家公務員
政界入り
国会議員秘書から、官僚から
生年月日 1969年9月26日
血液型 A型

高井たかし氏は、郵政省・総務省で情報通信行政に携わった後、選挙の世界へ入り、衆議院議員を通算4期務めた政治家です。

官僚を志した少年時代から、岡山での政界入り、相次ぐ落選と国政復帰、所属政党や活動地域を変えながら続けてきた政治活動まで、その歩みをたどります。

高井たかし氏を理解する3つのポイント
  1. 少年時代から国家公務員を志し、情報通信行政の現場を歩いてきました。
  2. 官僚を辞めた後は岡山を政治活動の拠点とし、秘書経験を経て自ら選挙へ挑みました。
  3. 落選と再挑戦、政党の移籍を重ねながら、衆議院議員として通算4期活動しています。

高井たかしの生い立ち|転勤族の家庭で育ち、『官僚たちの夏』に憧れた少年時代

高井たかし氏は1969年9月26日、北海道函館市に生まれました。父親の転勤に伴い、小学生の頃は東京都目黒区、品川区、新潟県村上市、群馬県前橋市と学校を移っています。1歳半ほど年下の弟がおり、幼い頃は一緒に行動することが多かったといいます。

故郷のない転勤族の私

出典:高井たかし公式サイト「第47回衆議院議員選挙に向けて」(2014年11月26日)

小学生では野球、中学生ではサッカーに打ち込みました。進路への意識が大きく動いたのは、中学2年生で城山三郎の『官僚たちの夏』を読んだことでした。作品に登場する官僚の姿に感銘を受け、国家公務員を目指すようになります。

函館ラ・サール高等学校では100人規模の寮で生活しました。1年間の浪人を経て東京大学文科三類に入り、経済学部へ進学。大学時代は親から仕送りを受けず、アルバイトで生活費を賄ったとしています。

卒業論文のテーマは「NTT分離分割論」でした。後に長く関わることになる情報通信政策は、大学時代から研究対象になっていました。

高井たかしの学歴|東京大学から郵政省へ、情報通信行政を歩いた官僚時代

学歴一覧高井たかしの学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
高校函館ラ・サール高等学校―68(2026年度版)―
大学東京大学経済学部67.5(文科二類・2027年度参考)卒業

※偏差値・難易度は高井氏の在学当時ではなく現在の目安です。

1993年に東京大学経済学部を卒業し、国家公務員Ⅰ種試験を経て郵政省へ入省しました。主に情報通信政策に関わる部署を歩みます。

1997年には公費留学でドイツのミュンスター大学へ。翌1998年は大臣官房総務課で省庁再編を伴う行政改革に携わりました。本人は当時、残業が月300時間を超える時期もあったと記しています。

1999年には新潟県の長岡郵便局副局長となり、約400人の職員を抱える現場で勤務。2000年には情報通信政策局放送政策課へ移り、通信と放送をめぐる制度づくりのチームに加わりました。

2001年には岡山県庁へ出向し、企画振興部情報政策課長に就任しました。県内を高速通信網で結ぶ「岡山情報ハイウェイ」の構築に携わり、この赴任が岡山との長い関係の始まりとなります。

2004年、総務省総合通信基盤局事業政策課課長補佐を最後に退職しました。

政治を変えなければ、この国は没落する

出典:高井たかし公式サイト「ホーム」(公開日記載なし)

岡山県庁への出向、江田五月氏との出会いから政治へ

総務省に在職していた2004年4月、高井氏は民主党の候補者公募に合格しました。その直後に会った政治家が、岡山を地盤とする江田五月氏でした。

退職するまで週末ごとに岡山へ足を運び、江田氏と行動。2005年1月から正式に秘書となりました。同年の郵政民営化をめぐる国会論戦では、郵政省出身者として江田氏の質疑を手伝ったことを後年振り返っています。

私の政治人生の扉を開いてくださったのは江田五月さんでした。

出典:高井たかし公式サイト「江田五月元参議院議長の訃報に接して」(2021年7月29日)

そして同年10月、岡山市長選挙に立候補し、初めて自ら選挙へ挑みました。58,165票を得ましたが、3人中3位で落選しています。

人生年表 高井たかしさんの歩み
1969年9月
北海道函館市に生まれる
1988年3月
函館ラ・サール高等学校を卒業
1993年3月
東京大学経済学部を卒業
1993年4月
郵政省に入省
情報通信行政などに携わる
1997年
ドイツ・ミュンスター大学へ留学
1999年
長岡郵便局副局長に就任
2001年
岡山県企画振興部情報政策課長に就任
2004年
総務省を退職
最終職は総合通信基盤局事業政策課課長補佐
2005年1月
参議院議員・江田五月の秘書となる
2005年10月
岡山市長選挙に初出馬
落選
2009年8月
第45回衆議院議員総選挙で初当選
比例中国ブロックで復活当選
2012年12月
第46回衆議院議員総選挙で落選
2013年
参議院選挙と岡山市長選挙に相次いで挑戦
いずれも落選
2014年12月
第47回衆議院議員総選挙で2期目の当選
維新の党、比例中国ブロックで復活当選
2017年10月
第48回衆議院議員総選挙で3期目の当選
立憲民主党、比例中国ブロックで復活当選
2020年4月
立憲民主党から除籍処分
2020年11月
衆議院会派「国民民主党・無所属クラブ」に参加
党籍は無所属のまま
2021年10月
れいわ新選組に入党
滋賀3区で衆院選に挑む
2024年10月
第50回衆議院議員総選挙で4期目の当選
埼玉13区から重複立候補し比例北関東で復活当選
2026年2月
第51回衆議院議員総選挙で落選
2026年8月
新体制で幹事長に選任
翌日、党名が「いのちの党」に変更

高井たかしの経歴|2009年に初当選、情報通信を知る国会議員として活動

次に国政へ照準を定め、民主党から岡山1区で第45回衆議院議員総選挙に立候補しました。小選挙区では相澤一郎氏に及びませんでしたが、比例中国ブロックで復活し、2009年に初当選します。

初当選後は、情報通信分野を扱う議員連盟の設立に関わり、事務局長を務めました。行政側で制度に携わってきた経験を持つ議員として、国会でも情報通信を主要分野の一つにしました。

2012~2013年の連敗、維新の党から国政へ復帰

2012年の第46回衆議院議員総選挙では岡山1区で敗れ、比例復活もできず議席を失いました。その後、民主党を離れます。

2013年7月には無所属で参議院岡山県選挙区へ立候補し、180,864票を得たものの次点。同年10月には再び岡山市長選挙へ挑み、こちらも2位で届きませんでした。

2014年の衆院選を前に、維新の党から岡山1区での出馬要請を受けます。高井氏は野党再編を進める必要があるとの考えを示し、要請を受け入れました。

政治家になることは手段であり、目的ではありません。

出典:高井たかし公式サイト「第47回衆議院議員選挙に向けて」(2014年11月26日)

第47回衆議院議員総選挙では、比例中国ブロックで復活当選し、2年ぶりに国政へ戻りました。本人の活動記録では、第190回国会で衆議院議員の中で最も長い質問時間を記録したとしています。

選挙歴 高井たかしの選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
岡山市長選挙
定数:1 比例復活:該当なし
初出馬。候補者3人。
岡山市 無所属 落選 58,165票 3位
第45回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり
小選挙区では落選し、比例中国ブロックで復活当選。衆議院初当選。
岡山県 第1区・比例中国ブロック 民主党 当選 (比例復活) 106,269票 2位
第46回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
重複立候補したが比例復活できず議席を失う。
岡山県 第1区・比例中国ブロック 民主党 落選 41,258票 2位
第23回参議院議員通常選挙
定数:1 比例復活:該当なし
民主党離党後、無所属で立候補。
岡山県 選挙区 無所属 落選 180,864票 2位
岡山市長選挙
定数:1 比例復活:該当なし
2005年以来2度目の岡山市長選挙への立候補。候補者5人。
岡山市 無所属 落選 56,371票 2位
第47回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり
比例中国ブロックで復活当選し、衆議院議員として2期目。
岡山県 第1区・比例中国ブロック 維新の党 当選 (比例復活) 56,135票 2位
第48回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり
比例中国ブロックで復活当選し、衆議院議員として3期目。
岡山県 第1区・比例中国ブロック 立憲民主党 当選 (比例復活) 56,757票 2位
第49回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
れいわ新選組入党後、滋賀3区から重複立候補。候補者4人。
滋賀県 第3区・比例近畿ブロック れいわ新選組 落選 11,227票 4位
第26回参議院議員通常選挙
定数:50 比例復活:該当なし
れいわ新選組は比例代表で2議席を獲得。高井氏は党内得票順位8位で当選に届かなかった。
比例代表 れいわ新選組 落選 13,326.841票 8位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり
埼玉13区では落選したが、比例北関東ブロックで復活当選。衆議院議員として4期目。
埼玉県 第13区・比例北関東ブロック れいわ新選組 当選 (比例復活) 22,237票 3位
第51回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
比例北関東ブロックとの重複立候補。議席を失った。
埼玉県 第13区・比例北関東ブロック れいわ新選組 落選 16,713票 4位

立憲民主党で3期目、2020年の除籍

2017年の第48回衆議院議員総選挙では立憲民主党から岡山1区に立候補し、比例中国ブロックで復活。当選3回となりました。

党内では政調副会長、副幹事長を務め、衆議院総務委員会や科学技術・イノベーション推進特別委員会では筆頭理事を経験しました。

2020年4月、緊急事態宣言が出された後に新宿・歌舞伎町の風俗店を利用していたことが判明しました。本人は行動を謝罪して離党届を提出しましたが、立憲民主党はこれを受理せず、除籍処分としました。

政治人生の転機 高井たかしの政治人生の転機
01
2004~2005年
総務省を離れ、江田五月秘書から選挙の世界へ
民主党の候補者公募への合格を経て総務省を退職し、江田五月氏の秘書となった後、岡山市長選挙へ初出馬。
なぜ転機なのか 官僚として政策を担う立場から、自ら選挙に挑む政治家へ進路が変わったため。
02
2009年
比例中国ブロックで初当選
岡山1区では及ばなかったものの、比例復活で初めて国会議席を得た。
なぜ転機なのか 市長選落選を経て国政へ進み、情報通信分野などで議員活動を始めたため。
03
2020~2021年
立憲民主党除籍後、れいわ新選組を選択
立憲民主党からの除籍後、国民民主党・無所属クラブ会派で活動し、2021年にれいわ新選組からの出馬を決めた。
なぜ転機なのか 議員としての所属基盤を失った後、山本太郎氏との関係を軸に新たな政党で再出発したため。
04
2024年
埼玉13区へ活動軸を移し、4期目の国政復帰
埼玉13区と比例北関東ブロックへ重複立候補し、比例復活で約3年ぶりに衆議院へ戻った。
なぜ転機なのか 長く活動した岡山、2021年に出馬した滋賀を経て、埼玉を新たな政治活動の拠点として国会へ復帰したため。

山本太郎氏との出会い、れいわ新選組への入党

山本太郎氏との距離が縮まったのは、立憲民主党を除籍される前でした。2019年夏、消費税を廃止したマレーシアへの視察で3日間行動を共にし、政策を学び続ける姿を見て、それまで抱いていた山本氏への印象が変わったと振り返っています。

2020年4月の除籍後、山本氏から再出発を促す言葉をかけられました。

人生でこれほど泣いたことはない

出典:高井たかし公式サイト「れいわ新選組からの出馬を決意した理由」(2021年10月8日)

同年11月には玉木雄一郎氏からの誘いを受け、衆議院会派「国民民主党・無所属クラブ」に参加しました。党籍は無所属のまま政調副会長、第1部会長を務め、議員立法の策定や複数の委員会での質疑に取り組みます。

2021年10月、高井氏は最終的にれいわ新選組から出馬することを決めました。選んだのは、それまで国政選挙を戦ってきた岡山ではなく、滋賀3区でした。

滋賀、参院比例での落選を経て埼玉・北関東へ

2021年の第49回衆議院議員総選挙では滋賀3区で11,227票にとどまり、比例近畿ブロックでも議席を得られませんでした。

翌2022年には参議院比例代表へ転じ、れいわ新選組から立候補。個人名票13,326.841票で党内8位となりましたが、当選には届きませんでした。

その後は党運営に携わりながら、活動の軸を北関東へ移していきます。2024年の衆院選では埼玉13区と比例北関東ブロックから重複立候補しました。

埼玉13区で4期目、2026年の落選まで

2024年10月の第50回衆議院議員総選挙では埼玉13区で3位でしたが、比例北関東ブロックで復活当選し、4期目の国政復帰を果たしました。

国会復帰後も埼玉13区で地域活動を続けました。2025年6月には宮代町での消費税廃止デモについて、地元ボランティアがルート選びから警察への届け出、マイクでの呼びかけまで担った様子を発信しています。

国会では法案への賛否だけでなく、野党間でどのように法案提出や協議が進められたのかについても発信しました。ガソリン暫定税率をめぐる対応では、他党から共同提出の打診を受けた時期や党内手続について自身のXで説明しています。

2025年8月には衆議院財務金融委員会の米国・ワシントン視察に参加。日本の関税交渉に関わった山田重雄駐米大使らから直接話を聞き、現地での調査内容を連続して発信しました。

2026年2月8日の第51回衆議院議員総選挙でも埼玉13区から立候補しましたが、16,713票で4位。比例復活もできず、再び議席を失いました。

その後も党運営には関わり続けました。2026年7月、山本太郎氏が代表を辞任すると、高井氏は最後の役員会で伝えた自身の思いを公開しています。

代表選の期間には、構成員の解任や「れいわローテーション」をめぐって質問が出ると、党規約上の扱いと新代表が判断する事項を整理して説明しました。選挙に出るだけでなく、党内制度を説明する実務も担ってきたことが分かる発信です。

高井たかし氏が取り組んできた政策・政治姿勢

デジタル行政と通信政策

官僚時代から関わってきた情報通信は、国会議員になってからも継続的な政策分野です。本人の活動記録では、2015年、2018年、2019年に国会の委員会で政府横断的なデジタル行政組織について提案した記録を掲載しています。

同じ活動記録には、2015~2019年に携帯電話料金の引き下げを取り上げた質疑も残されています。これらは高井氏自身の提案記録と、その後に政府や事業者が実施した動きを並べたものであり、後の制度変更を高井氏一人の成果とするものではありません。

消費税廃止・減税を掲げる経済政策

れいわ新選組へ移った後は、積極財政と消費税廃止・減税を前面に掲げるようになりました。4期目の2025年3月には、衆議院本会議で税制改正法案への反対討論に立っています。

今、我が国に必要な税制改正は、消費税廃止、少なくとも減税、この一択です。

出典:衆議院「第217回国会 本会議 第7号」(2025年3月4日)

防災と被災者生活再建支援

災害対策では、2018年と2019年の国会で被災者生活再建支援制度の対象拡大を求めました。その後、2020年12月に被災者生活再建支援法が改正され、支援対象が拡充されています。

議席を失った後も防災への発信は続き、2026年8月には災害時の首相による現地入りや避難所環境をめぐり、海外の災害対応も引きながら問題提起しました。

不妊治療、育児休業、生活困窮者支援

社会保障分野では、2016年に不妊治療への保険適用拡大を国会で提案したほか、男性の育児休業取得を促す制度について質問しています。不妊治療への保険適用は2022年4月から拡大され、育児・介護休業法も2021年に改正されました。

新型コロナ禍では、生活困窮者向けの総合支援資金について、2021年1月に再貸付を求めました。同年2月には再貸付制度が設けられ、利用できる貸付期間が延長されています。

動物福祉と8週齢規制

動物福祉も長く取り上げてきた分野です。2015~2016年の国会では、犬猫の販売を生後56日まで制限する「8週齢規制」や動物虐待への罰則強化などを複数の委員会で質問しました。

2019年の動物愛護管理法改正では、虐待への罰則強化や犬猫の販売時期をめぐる規制が改められました。

脱原発依存、行政改革、地方分権

2014年に維新の党から衆院選へ出る際、高井氏は自らがそれまで重視してきた政策として「脱原発依存」「行財政改革」「地方分権」の3分野を挙げました。

所属政党が変わる中でも、中央政府の制度設計だけでなく自治体や地域へ権限を移す議論を政治テーマの一つとしてきました。

高井たかし氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

自治体の情報セキュリティー

NHKのガバナンスと情報公開

NTT法と通信インフラの公共性

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

高井たかし氏の考えを動画で見る

2025年11月に埼玉県内で開かれた「おしゃべり会」は、質疑応答まで含む長尺動画です。演説だけでは分かりにくい話し方や、参加者からの質問に答える様子を見ることができます。

高井たかし氏の現在情報

2026年9月8日 時点
現在の所属 いのちの党
現在の主な役職
いのちの党 幹事長

2026年2月の衆議院議員総選挙で落選した後も政治活動を継続している。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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