石井啓一の経歴・学歴と生い立ち|建設官僚から国交相、公明党代表を経て衆議院副議長へ

石井啓一
ひと目でわかるプロフィール 石井啓一
いしい けいいち
出身地
東京都豊島区
初当選
1993年(第40回衆議院議員総選挙)
最終学歴
東京大学工学部土木工学科卒業
主な前職
官僚・国家公務員
政界入り
官僚から
生年月日 1958年3月20日
血液型 B型

石井啓一氏は、建設省で道路行政に携わった後、1993年に国政へ進み、長く北関東を基盤に活動してきた政治家です。

東京・豊島で過ごした少年時代から、官僚時代の現場経験、国土交通大臣や公明党代表、2024年の落選、そして2026年の国政復帰と衆議院副議長就任までを時系列でたどります。

石井啓一氏を理解する3つのポイント
  1. 仕立て職人の家庭で育ち、早稲田中高、東京大学工学部を経て建設省へ進んだ
  2. 1993年に初当選し、財務副大臣、国土交通大臣、公明党幹事長などを歴任した
  3. 2024年の落選を経て2026年に国政復帰し、第70代衆議院副議長に就任した

石井啓一の生い立ち|東京・豊島の仕立屋の家庭で育つ

石井啓一氏は1958年3月20日、東京都豊島区に生まれました。両親は注文紳士服の仕立てを営み、石井氏は2人の妹がいる3人きょうだいの長男として育ちました。

父親は仕立て職人として働く実直な人物で、母親は厳しさと温かさを持つ人だったと本人側の紹介には記されています。父親の実家は埼玉県吹上町、現在の鴻巣市にあり、幼いころには家族で訪れ、野草のセリを摘んだ思い出も残っているといいます。

少年時代は地理や歴史を好みました。私立早稲田中学校、早稲田高等学校へ進んだ後も地理系の同好会に入り、地図を頼りに目的地を目指すオリエンテーリングに取り組んでいます。

庶民が幸せに暮らせる社会を

出典:石井啓一公式HP「ごあいさつ」(公開日記載なし)

本人は、仕立ての仕事に黙々と向き合う父親の姿を見て育ったことと、後に政治の道を志した際の思いをこの言葉で紹介しています。

石井啓一の学歴|早稲田中高から東京大学へ、一浪と家計を支えた学生時代

高校卒業時の大学受験では、受験した大学にすべて不合格となりました。恩師から教わった「じっとこらえて今にみろ」という言葉を支えに勉強を続け、一浪の末に東京大学へ進学します。

選んだのは工学部土木工学科でした。道路、橋、河川など、人々の暮らしを支える社会基盤に直接つながる分野です。

大学3年生のころには父親が病気で倒れ、仕立ての店を閉じることになりました。家計が苦しくなるなか、石井氏はアルバイトをしながら家族を支え、学業を続けています。

大学生活の終盤には国家公務員試験に合格。1981年3月に東京大学工学部を卒業し、翌4月、建設省へ入省しました。

石井啓一の経歴|建設省で12年、道路行政の現場を歩く

建設省では、主に道路や橋などの社会基盤整備に携わりました。係長や課長補佐を務め、最後は道路局課長補佐として1992年12月に退職しています。

本人がたびたび紹介しているのが、青崩峠のトンネル事業に関わった経験です。標高1000メートルを超える峠を何度も徒歩で調査し、地すべりの危険箇所などを自ら確認したといいます。

机上の資料だけでなく現地を確認する姿勢は、後年の本人の政治活動でも繰り返し掲げられる言葉になりました。

現場第一主義――。これは私が最も大切にしている信条です。

出典:石井啓一公式HP(公開日記載なし)

建設省には12年間勤務しました。道路行政の専門職として働くなかで、本人は次第に「もっと国民のためにできることはないか」と考えるようになったと振り返っています。

1993年に初当選、東京から比例北関東へ

建設省を退職した翌1993年、第40回衆議院議員総選挙に公明党公認で立候補しました。選挙区は豊島区と練馬区を含む旧東京5区です。

65,752票を得て定数3の3位に入り、35歳で衆議院議員に初当選しました。官僚から国政へと活動の場を移した瞬間です。

選挙制度が小選挙区比例代表並立制へ変わった1996年の第41回衆院選では、新進党の比例東京ブロック名簿から当選。2000年の第42回衆院選からは公明党の比例北関東ブロックへ移りました。

北関東では茨城、栃木、群馬、埼玉の4県を対象とする比例ブロックで活動し、2021年の第49回衆院選まで連続して議席を得ています。初当選時の東京から、北関東を主要な政治活動地域とする歩みが定着していきました。

財務副大臣・政調会長を経て国土交通大臣へ

国会では大蔵委員会、財務金融委員会、予算委員会などで活動し、2003年9月には財務副大臣へ就任しました。

党内でも政策部門で役職を重ね、2010年10月には公明党政務調査会長に就任。政策全般を取りまとめる立場を担いました。

そして2015年10月7日、第3次安倍第1次改造内閣で国土交通大臣に就任します。水循環政策担当も兼務しました。

建設省出身の石井氏にとって、道路、鉄道、住宅、河川、港湾、観光などを所管する国土交通行政を閣僚として担うことになりました。2019年9月11日の退任まで、約3年11か月にわたり国土交通大臣を務めています。

公明党幹事長から代表へ、2024年の落選

国土交通大臣退任後も党の中枢で活動し、2020年9月27日の党大会で公明党幹事長に就任しました。2024年には長く代表を務めた山口那津男氏の後任を選ぶ代表選に立候補します。

立候補者は石井氏1人となり、9月28日の第15回党全国大会で新代表に選出されました。就任に先立つ記者会見では、物価高、賃上げ、子育て、防災・減災とともに政治改革を課題として挙げています。

今、日本の政治に必要なのは政治への信頼を取り戻すことだ。

出典:公明党「石井氏、党代表就任へ」(2024年9月22日)

代表就任から間もなく、第50回衆議院議員総選挙を迎えました。それまで比例北関東ブロックで当選を重ねてきた石井氏は、今回は埼玉14区の小選挙区へ単独で立候補しました。

選挙戦では生活や社会保障に関わる政策も発信しましたが、10月27日の投開票で得たのは60,249票。国民民主党の鈴木義弘氏に及ばず、10期務めた衆議院の議席を失いました。

石井氏は10月31日、党の中央幹事会で代表を辞任する意向を表明しました。

わが党にとって非常に厳しい選挙結果となった。全て党代表である私の責任だ

出典:公明党「党再建へ体制 速やかに」(2024年11月1日)

11月9日の臨時党大会で斉藤鉄夫氏が新代表となり、石井氏は代表を退任しました。

2026年に国政復帰、第70代衆議院副議長へ

2026年1月、石井氏は新党・中道改革連合に参加しました。第51回衆院選では比例北関東ブロックの比例単独候補として名簿1位に登載されます。

2月8日の投開票で当選し、1年余りで国政へ復帰。衆議院議員としては11回目の当選となりました。

その10日後の2月18日、第221回国会の本会議で行われた副議長選挙では464票を得て、第70代衆議院副議長に就任しました。

公正を旨とし、誠心誠意事に当たり、森議長とともに議院の円満な運営に全力を尽くす所存であります。

出典:衆議院「第221回国会 本会議 第1号」(2026年2月18日)

副議長就任後は、本会議の議事運営に加えて議会外交にも携わっています。2026年8月には、メキシコとアルゼンチンを訪問するため出発したことを本人公式Xで報告しました。

副議長就任後は海外訪問だけでなく、来日した各国要人との会談にも同席しており、議会外交の役割を担っています。

2026年8月の南米訪問では、現地の日系社会や日本文化の発信拠点も訪れ、交流の様子を本人Xで報告しています。

その後、中道改革連合を離れた公明党出身の衆院議員が公明党へ復党を申請し、2026年9月24日、石井氏を含む28人の復党が承認されました。

人生年表 石井啓一さんの歩み
1958年3月20日
東京都豊島区に生まれる
注文紳士服の仕立てを営む家庭の3人きょうだいの長男
1981年3月
東京大学工学部土木工学科を卒業
1981年4月
建設省に入省
道路・橋などの社会基盤整備に携わる
1992年12月
建設省を退職
道路局課長補佐を最後に政界へ
1993年7月18日
第40回衆院選で初当選
旧東京5区、公明党
2003年9月
財務副大臣に就任
2010年10月
公明党政務調査会長に就任
2015年10月7日
国土交通大臣に就任
水循環政策担当を兼務
2019年9月11日
国土交通大臣を退任
約3年11か月在任
2020年9月27日
公明党幹事長に就任
2024年9月28日
公明党代表に就任
2024年10月27日
第50回衆院選で落選
埼玉14区、比例重複なし
2024年11月9日
公明党代表を退任
後任に斉藤鉄夫氏
2026年1月
中道改革連合に参加
2026年2月8日
第51回衆院選で国政復帰
比例北関東ブロック、11回目当選
2026年2月18日
第70代衆議院副議長に就任
2026年9月24日
公明党への復党が承認
衆議院の同日現在の会派表示は無所属

石井啓一氏が重視してきた政策・政治姿勢

防災・減災と国土強靱化

石井氏が国土交通大臣就任時に最初に挙げた課題の一つが、災害への備えでした。東日本大震災からの復興に加え、関東・東北豪雨など相次ぐ災害を踏まえ、ハードとソフトを組み合わせた防災・減災を進める方針を示しています。

防災・減災対策、インフラ老朽化対策をしっかりと取り組んでいきたいと思います。

出典:国土交通省「石井大臣就任会見要旨」(2015年10月7日)

2015年の関東・東北豪雨後には、大規模氾濫を前提とした避難、ハザードマップの改善、訓練の充実などを検討。施設だけで水害を完全に防ぐのではなく、被害を減らす「減災」を重視する方向を示しました。

インフラ老朽化と社会資本整備

道路行政を経験した石井氏は、国土交通大臣として老朽化した道路、橋、トンネルなどの戦略的な維持管理・更新を重点分野に位置付けました。

同時に、物流ネットワーク、空港、港湾などの整備については、整備そのものだけでなく、物流効率化や経済活動への効果を重視する考えを示しています。

地方交通と地域活性化

人口減少や高齢化が進む地域政策では、都市機能を一定の地域に集約しながら公共交通で結ぶ「コンパクト・プラス・ネットワーク」を推進しました。

鉄道や道路などの交通網を地域の暮らしと産業につなげる考え方で、住宅政策、空き家対策、所有者不明土地の活用なども国土交通行政の課題として挙げています。

観光立国

国土交通省が所管する観光分野では、訪日客の受け入れ環境整備、空港機能の強化、大型クルーズ船の受け入れなどを進め、観光産業を地域経済につなげる政策を掲げました。

大臣在任中には、社会資本整備と観光をそれぞれ独立した政策として扱うのではなく、地域の雇用や経済活動につなげる施策として位置付けています。

政治改革と政治への信頼

2024年の公明党代表就任時には、政治資金をめぐる問題を背景に「政治への信頼」を主要課題として掲げました。政治資金の収支の透明化や、政治家本人の責任を明確にする制度改正を党の政策として訴えています。

これは国土交通行政とは異なる、党代表として前面に出したテーマでした。2024年の衆院選でも政治改革を主要な争点の一つとして位置付けています。

物価高・賃上げと社会保障

2024年の代表選と衆院選では、物価上昇への対応、持続的な賃上げ、子育て支援、全世代を支える社会保障制度なども掲げました。

選挙期間中の本人公式Xでも、高齢者の医療費負担を含む生活に直結する政策を発信しています。これらは2024年当時の公明党代表として提示した政策であり、2026年9月時点の個別公約とは区別して見る必要があります。

選挙歴 石井啓一の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第40回衆議院議員総選挙
定数:3 比例復活:制度なし
初出馬・初当選
旧東京 5区 公明党 当選 65,752票 3位
第41回衆議院議員総選挙
定数:19 比例復活:該当なし(比例単独)
2回目の当選
比例東京ブロック 新進党 当選 個人得票なし(比例単独) 新進党名簿5位
第42回衆議院議員総選挙
定数:20 比例復活:該当なし(比例単独)
3回目の当選
比例北関東ブロック 公明党 当選 個人得票なし(比例単独) 公明党名簿1位
第43回衆議院議員総選挙
定数:20 比例復活:該当なし(比例単独)
4回目の当選
比例北関東ブロック 公明党 当選 個人得票なし(比例単独) 公明党名簿1位
第44回衆議院議員総選挙
定数:20 比例復活:該当なし(比例単独)
5回目の当選
比例北関東ブロック 公明党 当選 個人得票なし(比例単独) 公明党名簿1位
第45回衆議院議員総選挙
定数:20 比例復活:該当なし(比例単独)
6回目の当選
比例北関東ブロック 公明党 当選 個人得票なし(比例単独) 公明党名簿1位
第46回衆議院議員総選挙
定数:20 比例復活:該当なし(比例単独)
7回目の当選
比例北関東ブロック 公明党 当選 個人得票なし(比例単独) 公明党名簿1位
第47回衆議院議員総選挙
定数:20 比例復活:該当なし(比例単独)
8回目の当選
比例北関東ブロック 公明党 当選 個人得票なし(比例単独) 公明党名簿1位
第48回衆議院議員総選挙
定数:19 比例復活:該当なし(比例単独)
9回目の当選
比例北関東ブロック 公明党 当選 個人得票なし(比例単独) 公明党名簿1位
第49回衆議院議員総選挙
定数:19 比例復活:該当なし(比例単独)
10回目の当選
比例北関東ブロック 公明党 当選 個人得票なし(比例単独) 公明党名簿1位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし(比例重複立候補なし)
公明党代表として出馬。鈴木義弘氏が70,608票で当選
埼玉 14区 公明党 落選 60,249票 2位
第51回衆議院議員総選挙
定数:19 比例復活:該当なし(比例単独)
11回目の当選。2024年の落選から国政復帰
比例北関東ブロック 中道改革連合 当選 個人得票なし(比例単独) 中道改革連合名簿1位

石井啓一氏の記者会見をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の記者会見まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

防災・減災とインフラ老朽化対策

地方創生とコンパクト・プラス・ネットワーク

観光立国・観光先進国

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

動画で見る石井啓一氏の歩み

本人公式チャンネルでは、東京・豊島での生い立ちから建設省時代、政治活動までをまとめた紹介動画が公開されています。本人の話し方や、現場を重視する姿勢をどのように説明しているかを確認できます。

石井啓一氏の現在情報

2026年9月28日 時点
現在の公職 衆議院議員
現在の所属 公明党
選挙区・選出地域 比例北関東ブロック
現在の期・任期 11期
現在の主な役職
第70代衆議院副議長

2026年2月の第51回衆院選で国政復帰し、同月18日に第70代衆議院副議長へ就任。2026年9月24日に公明党への復党が承認された。衆議院の会派表示では無所属として扱われている。

政治人生の転機 石井啓一の政治人生の転機
01
1993年7月
建設官僚から国会議員へ
建設省を退職し、第40回衆院選の旧東京5区から公明党公認で初当選。
なぜ転機なのか 12年間の国家公務員生活を終え、国政を担う立場へ移ったため。
02
2015年10月
国土交通大臣に就任
第3次安倍第1次改造内閣で国土交通大臣・水循環政策担当に就任。
なぜ転機なのか 建設省時代から関わってきた国土・交通行政を閣僚として担う立場になったため。
03
2024年9月~11月
公明党代表就任と衆院選落選
9月28日に公明党代表へ就任したが、10月27日の埼玉14区で落選し、11月に代表を退任した。
なぜ転機なのか 党トップへの就任直後に国会議員の議席を失い、国政での立場が大きく変化したため。
04
2026年2月
国政復帰と衆議院副議長就任
比例北関東ブロックで11回目の当選を果たし、2月18日に第70代衆議院副議長へ就任。
なぜ転機なのか 落選から国政へ復帰し、衆議院の議事運営を担う副議長に選出されたため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料

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