徳永エリの経歴・学歴と生い立ち|テレビリポーターから参議院議員、農政の現場へ

徳永エリ
ひと目でわかるプロフィール 徳永エリ
とくなが えり
出身地
北海道札幌市
初当選
2010年(第22回参議院議員通常選挙)
最終学歴
法政大学法学部法律学科(通信教育課程)中退
主な前職
テレビ・放送関係、会社経営者
政界入り
民間企業から
生年月日 1962年1月1日

徳永エリ氏は、テレビリポーターとして長く現場を歩いた後、北海道選挙区から国政へ進んだ政治家です。医療や介護、子育てなどを取材してきた経験を持ち、参議院では農林水産、環境、共生社会など幅広い政策に関わってきました。

札幌で過ごした学生時代から、東京のテレビ業界、ハワイでの映像制作、北海道への帰郷、そして国会まで。徳永氏がどのような道を歩いて政治へたどり着いたのかを時系列で見ていきます。

徳永エリ氏を理解する3つのポイント
  1. 北海道と東京のテレビ現場を歩き、生活に身近な社会問題を取材してきました。
  2. 伝える仕事で感じた歯がゆさを経て、自ら政治の側で動く道を選びました。
  3. 国政では農林水産業を大きな軸とし、環境、多文化共生、社会保障などにも活動を広げてきました。

徳永エリの生い立ち|札幌で育ち、学校行事にも積極的だった学生時代

徳永エリ氏は1962年1月1日、北海道札幌市で生まれました。本人公式サイトには小学校から高校までの学校歴に加え、学生時代の写真やエピソードも公開されています。

高校時代には炊事遠足や体育祭などの学校行事に参加し、学園祭では実行委員長を務め、自ら歌って会場を盛り上げたことも紹介されています。後にテレビリポーターとして人前で伝える仕事へ進みますが、学生時代から行事の中心に立つ一面が見られます。

徳永エリの学歴|緑丘小・藤女子中高から法政大学通信課程へ

札幌市立緑丘小学校を1974年に卒業後、藤女子中学校、藤女子高等学校へ進みました。

高校卒業後は法政大学法学部法律学科の通信教育課程へ進みましたが、1981年に中退しました。

学歴一覧徳永エリの学歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校札幌市立緑丘小学校――卒業
中学校藤女子中学校―中学受験偏差値52卒業
高校藤女子高等学校―現在は高校募集なし卒業
大学法政大学法学部法律学科・通信教育課程通信教育課程のため一般選抜偏差値を適用しない1981年中退

※藤女子高校は現在高校募集を行っておらず、法政大学は通信教育課程のため、通常の一般選抜偏差値を当てはめていません。

本人が掲げる座右の銘は、行動を促す短い言葉です。

「座して進まず、歩けば道」

出典:徳永エリ公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

徳永エリの経歴|歌手を夢見て上京、テレビリポーターの世界へ

高校を卒業した頃、徳永氏は歌手を夢見て北海道から東京へ向かいました。その後、みのもんた氏の付き人を経験し、テレビリポーターの世界に入ります。

1981年から1983年に日本テレビ「ルックルックこんにちは」、1984年から1987年にTBS「森本ワイドモーニングEye」やテレビ朝日「こんにちは2時」などで活動しました。

扱ったのは華やかな話題ばかりではありません。グリコ・森永事件、ロス疑惑、大韓航空機撃墜事件、日本航空123便墜落事故など、社会を大きく揺らした事件や事故の現場でも取材を重ねました。

本人のヒストリーには、22歳頃の仕事用写真や若手リポーター時代の新聞記事も残されています。27歳の頃には、インドのガネシプリにあるアシュラムで約1カ月を過ごしました。

ハワイで映像制作、そして北海道の取材現場へ戻る

1990年から1994年までは、ハワイ・ホノルルで映像制作プロダクションを経営し、撮影コーディネーターとしても活動しました。

その後、1994年に活動拠点を北海道へ移します。UHB「のりゆきのトークDE北海道」のリポーターを務め、2009年まで北海道各地の人や暮らしを取材しました。

テレビでは、当時まだ扱われる機会が多くなかった虐待やジェンダー、夫婦・家族をめぐる問題にも取り組んでいます。企画段階から関係者の話を聞き、現場へ入るタイプの取材を続けました。

1997年からは飲食店や会社の経営にも携わっています。テレビ報道だけでなく、映像制作や事業経営を経験したうえで政治の世界へ向かうことになります。

「伝える」だけでは変わらない――政治を選んだ理由

徳永氏はリポーター時代、医療、介護、子育てなどの現場へ足を運び、そこで聞いた問題を視聴者へ伝えてきました。一方で、報道しても状況が大きく変わらないことへの歯がゆさも抱えていたと振り返っています。

「そうか、始まらないなら始めなさいということだ」

出典:徳永エリ公式サイト「始まらない。だから始める。」(2010年4月27日)

2010年には民主党北海道の「安心の暮らし」推進委員長を務め、同年夏の参議院選挙へ立候補します。約30年続けたテレビの仕事から、政策を決める側へ進路を切り替えました。

2010年、初めての選挙で参議院議員に

2010年7月11日の第22回参議院議員通常選挙では、民主党公認で北海道選挙区に立候補しました。初めての選挙で当選し、参議院議員となります。

国会では早い時期から農林水産分野に関わりました。北海道の基幹産業である農業・漁業だけでなく、鳥獣被害など地域ごとに異なる課題を扱う活動へ入っていきます。

2011年の東日本大震災後には、復興支援や原発政策、避難者支援にも関わりました。後に東日本大震災復興特別委員長を務めるなど、この分野との関わりは一時的なものではなく続いていきます。

二期目で委員長を歴任、環境分野にも活動を広げる

2016年7月の第24回参議院議員通常選挙では、民進党から北海道選挙区に立候補して再選しました。

2017年9月には政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員長に就任。2018年5月からは東日本大震災復興特別委員長を務めました。

2020年9月からは環境委員会の野党筆頭理事、2021年11月から2022年6月までは参議院環境委員長を務めています。

党再編のなかで立憲民主党へ

政党再編が続いた時期には国民民主党に所属し、2020年9月、北海道の所属国会議員らと合流新党へ参加する方針を発信しました。その後、新たな立憲民主党で活動を続けます。

2022年、厳しい選挙を経て3期目へ

2022年の参院選を前に、徳永氏はそれまでの2期12年を振り返りながら、北海道各地を回りました。選挙最終盤には、応援を受けることについてこんな言葉を残しています。

「人の応援がこんな力になることを実感したのは、初めての経験です。」

出典:徳永エリ2022年特設サイト「皆さんありがとうございました。」(公開日記載なし)

7月10日の第26回参議院議員通常選挙では、立憲民主党から北海道選挙区へ立候補し、3期目の当選を果たしました。

同年8月には立憲民主党常任幹事会議長に就任し、2024年1月まで務めました。参議院では同年8月から10月にかけて、再び東日本大震災復興特別委員長も務めています。

人生年表 徳永エリさんの歩み
1962年1月1日
北海道札幌市に生まれる
1974年
札幌市立緑丘小学校を卒業
1977年
藤女子中学校を卒業
1980年
藤女子高等学校を卒業
1981年
法政大学を中退
法学部法律学科の通信教育課程
1981年
テレビリポーターとして活動を始める
日本テレビ「ルックルックこんにちは」などを担当
1990年
ハワイ・ホノルルで映像制作プロダクションを経営
1994年まで
1994年
活動拠点を北海道へ移す
UHB「のりゆきのトークDE北海道」リポーターとして2009年まで活動
1997年
飲食店・会社の経営を始める
2010年
民主党北海道「安心の暮らし」推進委員長に就く
2010年7月11日
第22回参議院議員通常選挙で初当選
北海道選挙区・民主党
2016年7月10日
第24回参議院議員通常選挙で再選
北海道選挙区・民進党
2017年9月
参議院政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員長に就任
2018年4月まで
2018年5月
参議院東日本大震災復興特別委員長に就任
2019年9月まで
2020年9月
合流新党への参加を表明
新たな立憲民主党へ参加
2021年11月
参議院環境委員長に就任
2022年6月まで
2022年7月10日
第26回参議院議員通常選挙で3選
北海道選挙区・立憲民主党
2022年8月
立憲民主党常任幹事会議長に就任
2024年1月まで
2026年1月23日
立憲民主党政務調査会長に就任
党の新役員人事で承認

徳永エリ氏が取り組んできた政策・政治姿勢

食料安全保障と農林水産業

徳永氏が自ら専門分野として挙げているのが、北海道の基幹産業である農林水産業です。一次産業の経営を維持し、農山漁村の営みと食料供給を守ることを政策の柱としてきました。

2022年の政策では、農業の新たな「環境支払」や戸別所得補償、北海道の食料自給力向上などを掲げました。農業者の所得と生産基盤の維持を、食料安全保障と結び付けています。

2023年には立憲民主党の農林水産キャラバン副座長として各地の農業現場へ入りました。

「現場の声を聞き、党の農林水産政策に反映させる」

出典:立憲民主党「【岡山】農林水産キャラバン2023をスタート」(2023年7月29日)

2026年6月には参議院本会議で主要食糧の需給・価格安定をめぐる法改正案について代表質問に立ち、米の安定供給や生産をめぐる制度を取り上げました。

気候変動、再生可能エネルギーと原発政策

環境政策では、気候変動による災害への対応、再生可能エネルギーの導入、医学と獣医学を横断するワンヘルス・アプローチなどを掲げています。

一方でエネルギー政策では、再生可能エネルギーの拡大だけでなく、原発の運転期間や新増設をめぐる政府方針についても発信してきました。

広い北海道で暮らす人の移動と地域交通

北海道では、農山漁村だけでなく移動手段そのものが暮らしを左右します。徳永氏は鉄路を生かした交通ネットワークの再整備を政策に掲げてきました。

自動車に関する税負担をめぐっても、都市部と同じ前提では北海道の暮らしを捉えられないという立場から発信しています。

外国人との共生、難民・入管制度

徳永氏は外国人との多文化共生を国会活動の一分野としてきました。立憲民主党の「多文化共生社会基本法」の立案にも関わり、外国人が地域社会の一員として暮らすための制度を扱っています。

2021年には難民保護と入管制度をめぐる法案提出について、本人のXでも発信しました。

フリーランス、格差、暮らしの保障

雇用や社会保障では、非正規雇用の待遇改善、男女間賃金格差、返済不要の奨学金、高齢者の医療・介護・年金・住宅などを扱ってきました。

2020年3月、新型コロナウイルスの影響が仕事へ広がり始めた時期の参議院予算委員会では、企業に雇用されていない人への支援を取り上げています。

「このフリーランスへの対応だけはしっかり考えていただきたい」

出典:国会会議録検索システム「第201回国会 参議院予算委員会 第7号」(2020年3月5日)

平和、人道支援と北海道に関わる外交課題

平和・外交分野では、非核三原則の堅持や核兵器のない世界、人道支援を重視した国際貢献を政策として掲げています。北海道選出議員として、北方領土をめぐる問題にも継続して関わってきました。

2026年には中東情勢を受け、ホルムズ海峡周辺に滞留する日本関係船舶と乗組員の安全確保について政府対応を求めています。

2026年、立憲民主党の政務調査会長に就任

2026年1月23日、立憲民主党の両院議員総会で新たな役員人事が承認され、徳永氏は政務調査会長に就任しました。

「丁寧に情報提供し、納得いただける活動ができるよう努める」

出典:立憲民主党「【両院議員総会】水岡俊一新代表を選出『党を守り、最善を尽くす』新役員体制が発足」(2026年1月23日)

同年は、中道改革連合、公明党との政策協議にも参加し、法案審査や予算修正、物価高への対応などを政調会長間で協議しました。農林水産という長く取り組んできた分野に加え、党全体の政策を調整する仕事を担うことになりました。

選挙歴 徳永エリの選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第22回参議院議員通常選挙
定数:2 比例復活:該当なし
初出馬・初当選
北海道 選挙区 民主党 当選 708,523票 2位
第24回参議院議員通常選挙
定数:3 比例復活:該当なし
2期目当選
北海道 選挙区 民進党 当選 559,996票 2位
第26回参議院議員通常選挙
定数:3 比例復活:該当なし
3期目当選
北海道 選挙区 立憲民主党 当選 455,057票 2位

徳永エリ氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

食料自給と家族経営農業

核兵器禁止条約

政治資金と企業・団体献金

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

徳永エリ氏本人の動画

2022年の本人公式特設サイトでは、徳永氏が政策や国政への考えを自ら語る動画メッセージが公開されています。

徳永エリ氏の現在情報

2026年9月6日 時点
現在の公職 参議院議員
現在の所属 立憲民主党
選挙区・選出地域 北海道選挙区
現在の期・任期 参議院議員3期目
現在の主な役職
立憲民主党 政務調査会長 立憲民主党 参議院政策審議会長 立憲民主党 農林漁業再生本部事務局長 立憲民主党 ジェンダー平等推進本部参与 参議院沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会理事

党全体の政策調整に加え、農林水産、物価高対策、社会保障、外交・災害対応などの政策協議に携わっています。

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著者:徳永 エリ/紙 智子/福島 みずほ/親子で憲法を学ぶ札幌の会 / 出版社:寿郎社 / 発売日:2017年02月15日頃
風に向かってまた一歩
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風に向かってまた一歩
著者:徳永エリ / 出版社:文芸社 / 発売日:2011年01月

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政治人生の転機 徳永エリの政治人生の転機
01
1994年
活動拠点を北海道へ戻す
ハワイでの映像制作を経て北海道へ戻り、UHBのリポーターとして地域の生活課題を長く取材しました。
なぜ転機なのか その後の政治活動の基盤となる北海道で、取材・事業活動を続ける生活へ移ったため。
02
2010年
テレビの現場から国政へ
取材で社会問題を伝えるだけでは状況を変えきれないという思いを語り、参院選へ初出馬して当選しました。
なぜ転機なのか 約30年にわたったテレビの仕事から、政策決定に関わる国会議員へ進路を変えたため。
03
2020年9月
党再編を経て立憲民主党へ
国民民主党北海道の所属議員らとともに合流新党への参加を表明しました。
なぜ転機なのか 党再編によって、その後の国会・党活動の所属基盤が立憲民主党へ移ったため。
04
2026年1月23日
立憲民主党政務調査会長に就任
党の新役員人事で政務調査会長に就任しました。
なぜ転機なのか 個別政策分野だけでなく、党全体の政策調整を担う立場へ役割が広がったため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料

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