鳩山二郎の経歴・学歴と生い立ち|大川市長から衆議院議員、政務官・内閣府副大臣まで

鳩山二郎
ひと目でわかるプロフィール 鳩山二郎
はとやま じろう
出身地
東京都文京区
初当選
2013年(大川市長選挙)
最終学歴
杏林大学社会科学部卒業
主な前職
国会議員秘書
政界入り
国会議員秘書から
生年月日 1979年1月1日

鳩山二郎氏は、大川市長を経て衆議院へ進み、政務官や内閣府副大臣を務めてきた、地方自治と国政の双方を経験してきた政治家です。

政治家一家の一員として知られる一方、東京での学校生活からオーストラリア留学、福岡での秘書生活、大川市政へと進んだ過程には、本人自身の歩みがあります。ここでは政治家になる前の時期から国政での活動までをたどります。

鳩山二郎氏を理解する3つのポイント
  1. 東京での学校生活とオーストラリア留学を経て、福岡へ生活と活動の軸を移した。
  2. 国会議員秘書から大川市長となり、その後に衆議院福岡6区へ進んだ。
  3. 地方自治の経験を持ち、国土交通・総務の政務官や内閣府副大臣も務めた。

鳩山二郎の生い立ち|政治家一家に生まれ、高校時代に単身オーストラリアへ

鳩山二郎氏は1979年1月1日、東京都文京区に生まれました。父は衆議院議員や法務大臣、総務大臣などを務めた鳩山邦夫氏です。伯父に元首相の鳩山由紀夫氏、曾祖父に元首相の鳩山一郎氏がいます。

学校は青山学院初等部から青山学院中等部、高等部へ進みました。ただ、高校生活の途中で進路を大きく変えています。

高校在学中に単身でオーストラリアへ渡ったのです。現地ではクイーンズランド州のThe Southport Schoolで学び、卒業しました。

鳩山二郎の学歴|青山学院から豪州The Southport School、杏林大学へ

学歴一覧鳩山二郎の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校青山学院初等部――系列校で学ぶ
中学校青山学院中等部―――
高校青山学院高等部―71(2026年度版)在学途中で豪州へ
高校The Southport School―日本式の偏差値なしオーストラリアで卒業
大学杏林大学社会科学部現在は学部再編のため単純比較しない2003年3月卒業
大学院杏林大学大学院修士課程大学院は偏差値で単純比較しない中退

※偏差値・難易度は鳩山氏の在学当時ではなく現在の目安です。青山学院高等部は2026年度版。海外校・再編前学部・大学院は現在の日本式偏差値へ無理に換算していません。

帰国後は杏林大学社会科学部へ進学しました。政治家一家に生まれながら、中学・高校からそのまま国内の大学へ進むのではなく、10代のうちに海外の学校生活を経験しています。

鳩山二郎の経歴|杏林大学で学び、福岡で父の秘書になる

2003年3月に杏林大学社会科学部を卒業し、同大学大学院の修士課程へ進みました。その後、大学院を中退し、政治の現場に入っていきます。

背景にあったのが、父の鳩山邦夫氏が東京18区から福岡6区へ政治活動の拠点を移したことでした。

2005年9月、久留米市へ移り、鳩山邦夫氏の私設秘書となりました。国会議員の家族として政治を見る立場から、選挙区で議員活動を支える仕事へ入った時期です。

2007年には、鳩山邦夫氏が法務大臣に就任すると法務大臣政務秘書官を務めました。

自ら選挙へ出ようとする動きが表面化したのは2011年です。福岡県知事選への立候補を模索しましたが、最終的には出馬しませんでした。当時の考えについて、後に次の言葉が紹介されています。

既存政党の相乗りに一石を投じたいという思いだった

出典:選挙ドットコム「衆院補選 福岡6区。鳩山二郎氏の人柄・学歴・経歴は?」(2016年10月14日)

最初の実出馬は、その2年後の大川市長選でした。

34歳で大川市長へ―家具のまちをどう売るか

2013年6月の大川市長選で初当選し、34歳で大川市長となりました。市長として初めて自治体運営そのものを担うことになります。

大川市は家具・木工産業で知られる地域です。鳩山市政期の2014年には組織機構が改められ、「おおかわセールス課」「子ども未来課」「地域支援課」が設けられました。

なかでも本人が繰り返し口にしていたのが、大川のシティセールスでした。2014年6月の大川市議会では、次のように述べています。

ありとあらゆる場面を捉えて大川のシティセールスをするために今後も頑張っていきたい

出典:大川市「大川市議会第3回定例会会議録(2014年6月13日)」(公開日記載なし)

2014年には新しい学校給食センターが稼働し、中学校給食も始まりました。同年には福岡ソフトバンクホークスとの連携協定を締結し、東京都文京区の鳩山会館では「大川の匠の技展」も開かれています。

道路インフラでは、有明海沿岸道路の筑後川橋梁に関する工事が2015年に始まりました。市域だけで完結しない交通・産業基盤も、大川で行政を担う上でのテーマでした。

2016年9月の市議会では、地方側から国全体を見る考えを次のように語っています。

地方創生がこの国を元気にする唯一の方法だと思っております

出典:大川市「大川市議会会議録(2016年9月9日)」(公開日記載なし)

2016年、福岡6区補欠選挙で国政へ

2016年6月、父の鳩山邦夫氏が死去しました。同年秋に行われる衆議院福岡6区補欠選挙を前に、大川市長を辞職し、国政へ向かいます。

自民党内では候補者の一本化に至らず、鳩山氏ともう一人の保守系候補がそれぞれ選挙へ進みました。鳩山氏は無所属のまま福岡6区補欠選挙へ出馬します。

2016年10月の衆院福岡6区補欠選挙で初当選しました。父の死去から約4か月後の国政進出でした。

父もともに戦い、支えてくれた。感謝したい

出典:日刊スポーツ「鳩山二郎氏が初当選『父もともに戦い、支えてくれた』」(2016年10月24日)

選挙後には自民党の追加公認を受けました。翌2017年の第48回衆院選では自民党候補として福岡6区から当選し、国政での活動を続けます。

政務官から内閣府副大臣へ

国会では党務と政府の役職を重ねていきます。2017年には自民党内閣第二部会副部会長、2019年には総務部会副部会長などを務めました。

2020年9月、菅内閣で国土交通大臣政務官兼内閣府大臣政務官に就任しました。道路、住宅、観光、海上保安などを所管する国土交通行政に政府側から関わる立場となります。

2021年の第49回衆院選で3選した後、第1次岸田内閣で総務大臣政務官に就任し、第2次岸田内閣でも同職を務めました。

大川市長として自治体組織を動かした経験は、国会で地方行政を扱う際にも現れています。2023年11月の衆議院内閣委員会では、地方公務員の働き方に触れる中で、こう発言しました。

いかに市の職員の皆様方にやる気を出していただくか

出典:国立国会図書館「第212回国会 衆議院内閣委員会 第2号」(2023年11月8日)

2024年の第50回衆院選で4選。同年11月には、内閣府副大臣に就任しました。

2026年2月の第51回衆院選でも福岡6区で当選し、衆議院では5期目に入りました。

人生年表 鳩山二郎さんの歩み
1979年1月1日
東京都文京区に生まれる
2003年3月
杏林大学社会科学部を卒業
同大学大学院修士課程へ進学
2005年9月
鳩山邦夫衆議院議員の秘書となる
久留米市に生活・活動の拠点を移す
2007年
法務大臣政務秘書官に就任
鳩山邦夫法務大臣を補佐
2013年6月
大川市長選挙で初当選
34歳で市長へ
2016年10月
衆議院福岡6区補欠選挙で初当選
無所属で当選後、自由民主党が追加公認
2020年9月
国土交通大臣政務官兼内閣府大臣政務官に就任
菅内閣
2021年10月
総務大臣政務官に就任
第1次・第2次岸田内閣
2024年11月
内閣府副大臣に就任
第2次石破内閣
2026年2月
第51回衆議院議員総選挙で5選
福岡6区

鳩山二郎氏の政策・政治姿勢

地方自治と広域連携

国会での地方自治分野の質問には、自治体の現場経験を背景にした論点が見られます。2018年6月の衆議院総務委員会では、市町村合併の進め方、老朽化した公共施設への対応、自治体の区域を越えた公共施設の相互利用などを取り上げました。

一つの市町村だけで公共サービスを完結させるのではなく、人口減少を踏まえた自治体間の連携を国の制度としてどう支えるかを質問しています。

物価高と中小企業の賃上げ

2026年衆院選の選挙公報では、物価高への対応による生活支援と、中小企業・小規模事業者が賃上げできる環境の整備を掲げました。

これは選挙時に掲げた政策であり、実施済みの成果としてではなく、公約上の重点項目として位置付けられています。

農林水産業と食料安全保障

同じ選挙公報では、農業生産の安定と食料安全保障を挙げ、「夢と希望の持てる農林水産新時代」を掲げています。

福岡6区には都市部だけでなく農業地域も含まれており、食料供給と生産現場を国政上の政策項目に置いています。

防災と国土強靱化

災害から生命・財産・暮らしを守る国土づくりも、2026年衆院選で掲げた項目の一つです。

国土交通大臣政務官を経験しており、道路や河川を含む社会基盤、防災・減災を国の行政分野として扱ってきました。

子育て支援・教育・社会保障

子育て政策を議論する際には、大川市長時代の施策を国会で具体例として取り上げることがあります。2024年4月の衆議院内閣委員会では、当時の保育料について次のように述べました。

国基準より保育料を七割下げました

出典:衆議院「第213回国会 内閣委員会 第9号」(2024年4月10日)

2026年衆院選では少子化対策、子育て支援、女性活躍、社会保障に加え、時代を担う人材を育てる教育政策も公約に挙げました。

外交・安全保障と情報制度

2026年衆院選では、外交力の強化とともに、宇宙・サイバー分野にも対応する防衛体制を掲げました。

同年4月2日の衆議院本会議では、自由民主党・無所属の会を代表し、国家情報会議設置法案について質問しました。本人も翌日に本会議での質問を公式Xで報告しています。

選挙歴 鳩山二郎の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
大川市長選挙
定数:1 比例復活:該当なし
4候補による市長選で初当選。
福岡県 大川市 無所属 当選 10,123票 1位
衆議院福岡県第6区選出議員補欠選挙
定数:1 比例復活:該当なし
当選後、自由民主党が追加公認。
福岡県 第6区 無所属 当選 106,531票 1位
第48回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:該当なし(小選挙区当選)
比例九州ブロックとの重複立候補。
福岡県 第6区 自由民主党 当選 131,244票 1位
第49回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:該当なし(小選挙区当選)
比例九州ブロックとの重複立候補。
福岡県 第6区 自由民主党 当選 125,366票 1位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:該当なし(小選挙区当選)
比例九州ブロックとの重複立候補。
福岡県 第6区 自由民主党 当選 88,197票 1位
第51回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:該当なし(小選挙区当選)
比例九州ブロックとの重複立候補。衆議院5選。
福岡県 第6区 自由民主党 当選 111,832票 1位

鳩山二郎氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

地方自治・広域連携

中小企業・地域経済

子育て支援・保育政策

防災・国土強靱化

インテリジェンス・安全保障

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

本人の公式Xで見る最近の発信

本人公式Xでは、政策や地域活動について継続的に発信しています。以下は本人アカウントで確認できる投稿です。

日々の政策・地域活動に関する本人の発信です。

選挙や政治活動に関する本人の発信です。

選挙や政治活動に関する本人の発信です。

日々の政策・地域活動に関する本人の発信です。

鳩山二郎氏の現在情報

2026年9月24日 時点
現在の公職 衆議院議員
現在の所属 自由民主党
選挙区・選出地域 福岡6区
現在の期・任期 5期
現在の主な役職
自由民主党副幹事長 衆議院予算委員会理事 衆議院内閣委員会理事

2026年2月の第51回衆院選で福岡6区から5選。2026年9月24日時点で自由民主党副幹事長を務め、衆議院では予算委員会と内閣委員会の理事を務めている。

政治人生の転機 鳩山二郎の政治人生の転機
01
2005年
久留米へ移り、鳩山邦夫氏の秘書に
父・鳩山邦夫氏の福岡6区での政治活動を支えるため、久留米市へ拠点を移して秘書となった。
なぜ転機なのか 東京中心だった生活から福岡での政治活動へ軸足を移した時期に当たる。
02
2013年6月
34歳で大川市長に初当選
大川市長選で初当選し、初めて自ら公職に就いた。
なぜ転機なのか 秘書として政治を支える立場から、自治体の執行責任を担う立場へ変わった。
03
2016年10月
福岡6区補欠選挙で国政へ
父・鳩山邦夫氏の死去後、大川市長を辞職して衆院福岡6区補欠選挙へ無所属で出馬し、初当選した。
なぜ転機なのか 地方自治体の首長から国会議員へ政治活動の舞台が移った。
04
2020年9月
国土交通大臣政務官兼内閣府大臣政務官に就任
菅内閣で国土交通大臣政務官兼内閣府大臣政務官に就いた。
なぜ転機なのか 国会議員としての活動に加え、初めて政府の政務三役を担った。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
その他の参考資料
  • 出生、杏林大学、鳩山邦夫氏の秘書として久留米へ移った経緯、大川市長、2016年補欠選挙までの歩みを確認。

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