櫛渕万里氏は、国際協力や市民活動の現場から政治へ進んだ人物です。世界各地を歩いたNGO時代を経て国政に入り、その後は長い落選期と国会復帰の両方を経験しました。
政治家になる以前の人生には、女性の自立、国際協力、平和、環境といった、後の活動にも登場するテーマがすでにありました。その歩みを、幼少期から順にたどります。
- 国際NGOや研究活動を経て政治へ進んだ、国会議員としては異色の経歴があります。
- 一度国会を離れてから長い再挑戦の時期を過ごし、別の政党で国政へ戻りました。
- 暮らし、環境、平和、草の根の政治参加を幅広く扱ってきました。
櫛渕万里の生い立ち|沼田で育ち、女性の自立と子どもの育ちに触れた幼少期
櫛渕万里氏は1967年10月15日、群馬県沼田市に生まれました。祖父は子どもの育ちを支える幼稚園を始め、祖母は女性の自立を目指して洋裁学校を開いていました。
幼い頃から幼稚園と洋裁学校の現場に触れていたと、本人は自身の活動の原点を振り返っています。
地元の沼田小学校、沼田中学校を経て、群馬県立沼田女子高等学校へ進学。女子校で学んでいた高校時代、素朴な疑問が浮かんだといいます。
「なぜ、男子と女子が別々に勉強するんだろう」
出典:くしぶち万里 Official site「こんにちは。くしぶち万里と申します。」(公開日記載なし)
本人はこの頃から、女性の社会参加や、偏見・暴力のない社会づくりにいつか関わりたいと考えるようになったとしています。
櫛渕万里の学歴|立教大学からピースボートへ、約80か国で見た世界
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 沼田市立沼田小学校 | ― | ― | 群馬県沼田市 |
| 中学校 | 沼田市立沼田中学校 | ― | ― | ― |
| 高校 | 群馬県立沼田女子高等学校 | ― | 学校再編のため現在値と単純比較しない | 現行校と制度差あり |
| 大学 | 立教大学 | 社会学部 | 62.5〜65.0(社会学部・2027年度参考) | 卒業 |
※高校は学校再編のため現在偏差値へ機械的に置き換えていません。
立教大学社会学部では、韓国、台湾、シンガポール、香港などNIES諸国への技術移転について学びました。この時期から日本を東アジアの一員として意識するようになったと振り返っています。
1991年に大学を卒業した後は、国際協力NGO「ピースボート」で活動しました。職員や事務局長として、平和、人道支援、環境保護などに携わり、世界約80か国・地域を訪れています。
なかでも強い印象を受けたのが、アパルトヘイト撤廃後の南アフリカでした。ネルソン・マンデラ政権のもとで11言語を公用語とし、異なる文化を尊重しながら政治参加を進める様子を目にしました。
「世の中の不条理をなくしたい」
出典:くしぶち万里 Official site「こんにちは。くしぶち万里と申します。」(公開日記載なし)
海外で仕事を続けながら日本を外側から見る機会も増えました。本人は、乳児死亡率が低い一方で多くの自殺者を出していた当時の日本社会を見て、「いのち」を守り、暮らしの幸福感を高めたいとの思いを強めたと説明しています。
政治塾と研究活動を経て、民主党の候補者公募へ
国際協力の仕事を続ける一方、1995年には新党さきがけの「政治塾」で専修科生として学びました。政治家になるまでには、ここからさらに10年以上があります。
2006年、民主党の国会議員候補者公募試験に合格。市民活動、政治塾、政党公募を経て国政選挙へ向かう道が具体化します。
2000年代後半には、明治学院大学国際平和研究所の客員研究員、法政大学国連グローバル・コンパクト研究センターの共同代表として、平和・紛争予防や企業の社会的責任などを研究しました。
櫛渕万里の経歴|2009年、東京23区で衆議院初当選
初めて実際の選挙へ立候補したのは2009年の第45回衆議院議員総選挙です。民主党公認で東京23区から出馬し、168,346票を獲得。小選挙区で初当選しました。
国会では経済産業委員会理事などを務め、地球温暖化対策や子ども・子育て政策にも取り組みました。再生可能エネルギーの固定価格買取制度を定めるFIT法の制定にも関わっています。
2011年3月11日の東日本大震災と原発事故については、後に「決して、忘れることはできません」と記しています。
2012年の落選から続いた国政外の時期
2012年の第46回衆院選では東京23区で敗れ、比例復活もできませんでした。最初の衆議院1期でいったん国会を離れます。
2014年も同じ東京23区から挑戦しましたが落選。その後は一般社団法人全国ご当地エネルギー協会の事務局長などを務め、地域からの再生可能エネルギー普及にも携わりました。
2017年の衆院選では希望の党公認で千葉3区へ移り、22,962票で3位となりました。比例南関東ブロックにも重複立候補しましたが、国政復帰には届きませんでした。
さらに2021年には、れいわ新選組から東京22区へ立候補します。小選挙区では3位となり、この選挙の投開票時点では議席を得られませんでした。
2022年、比例繰上で約10年ぶりに国会へ
転機が訪れたのは翌2022年です。比例東京ブロックから当選していた山本太郎氏が参院選出馬のため衆議院議員を辞職し、2021年衆院選の比例名簿から櫛渕氏が繰上当選することになりました。
正式な当選人決定を前に、本人は4月15日にその知らせをXで報告しています。
2022年4月に比例東京ブロックで繰上当選。2012年以来、約10年ぶりの国政復帰となりました。
同年12月のれいわ新選組代表選後、山本太郎代表から大石晃子氏とともに共同代表へ指名されます。
「新しい3年間、皆さんと一緒にれいわ新選組をバージョンアップさせていく決意です。」
出典:れいわ新選組「共同代表指名発表 記者会見」(2022年12月20日)
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2009年 8月30日 | 第45回衆議院議員総選挙 初出馬・初当選 | 東京都 第23区 | 民主党 | 当選 | 168,346票 1位 |
| 2012年 12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙 比例東京ブロックに重複立候補 | 東京都 第23区/比例東京ブロック | 民主党 | 落選 | 63,969票 2位 |
| 2014年 12月14日 | 第47回衆議院議員総選挙 比例東京ブロックに重複立候補 | 東京都 第23区/比例東京ブロック | 民主党 | 落選 | 63,706票 2位 |
| 2017年 10月22日 | 第48回衆議院議員総選挙 比例南関東ブロックに重複立候補 | 千葉県 第3区/比例南関東ブロック | 希望の党 | 落選 | 22,962票 3位 |
| 2021年 10月31日 | 第49回衆議院議員総選挙 山本太郎氏の衆議院議員辞職に伴い、比例東京ブロックで繰上当選 | 東京都 第22区/比例東京ブロック | れいわ新選組 | 小選挙区落選・比例代表で繰上当選 | 31,981票 3位 |
| 2024年 10月27日 | 第50回衆議院議員総選挙 比例東京ブロックで当選。衆議院3期目 | 東京都 第14区/比例東京ブロック | れいわ新選組 | 小選挙区落選・比例代表で当選 | 25,328票 3位 |
| 2026年 2月8日 | 第51回衆議院議員総選挙 比例東京ブロックに重複立候補したが、れいわ新選組は同ブロックで議席を獲得できず | 東京都 第14区/比例東京ブロック | れいわ新選組 | 落選 | 20,647票 3位 |
2023年、本会議での行為をめぐり登院停止10日間
2023年5月18日の衆議院本会議では、財務大臣不信任決議案の採決時、壇上で紙を掲げて呼びかけを行いました。この行為をめぐって懲罰動議が提出されます。
その直後、本人はXで当時の行動と主張を発信しました。
5月25日の本会議で身上弁明に立ち、壇上での行為について議場へ謝罪する一方、行動に至った理由については次のように説明しました。
「政治が暴走するその危機に対して、やむにやまれず今回の行動に至りました。」
出典:衆議院「第211回国会 本会議 第28号」(2023年5月25日)
6月1日、衆議院は櫛渕氏を10日間の登院停止処分としました。
東京14区へ移り、2024年は比例東京で3期目
2024年4月、次の衆院選に向けて活動地域を東京22区から東京14区へ変更すると発表しました。東京14区は墨田区と江戸川区北部で構成され、新しい地域で一から活動を始めています。
選挙期間中には街頭活動の日程とともに、自らの経済政策をXでも訴えていました。
10月の第50回衆院選では東京14区の小選挙区で3位。れいわ新選組が比例東京ブロックで1議席を獲得し、比例代表で当選しました。これで衆議院議員として通算3期となります。
2026年衆院選で議席を失い、党での立場も変化
2026年の年頭、櫛渕氏は「速さ」よりも安全や慎重な判断を重視する考えを、干支の馬になぞらえて発信しました。
2月8日の第51回衆院選では再び東京14区から立候補しましたが、20,647票で3位。比例東京ブロックでもれいわ新選組が議席を確保できず、衆議院の議席を失いました。
2月16日に決まった党の新体制では共同代表を離れ、副幹事長と政策審議会長代理に就きました。選挙後には各地のボランティアとの対話活動にも参加しています。
同年7月、れいわ新選組が代表交代と党名変更を進める際、大石晃子氏と櫛渕氏ら元議員の幹部が離党する方針が公表されました。
櫛渕万里氏が取り組んできた政策・政治姿勢
再生可能エネルギーと原発ゼロ
初当選後から地球温暖化対策に携わり、再生可能エネルギーの固定価格買取制度を定めたFIT法の制定にも関わりました。国会を離れていた時期には全国ご当地エネルギー協会の事務局長を務め、地域主体のエネルギー事業にも取り組んでいます。
れいわ新選組での活動期にも、自然エネルギーの促進と原発ゼロを政策課題として掲げました。
子育て・教育とジェンダー
衆議院1期目には子ども・子育て政策を主要分野の一つとして扱いました。その後も教育への公的支援や、ジェンダー、障害、国籍などによって排除されない社会を求める立場を示しています。
積極財政、消費税ゼロと家計支援
2022年5月の衆議院予算委員会では、政府の補正予算に対する組替え動議を提出。消費税ゼロ、ガソリン税の一時的なゼロ、定期的な現金給付などを盛り込んだ100兆円規模の案を主張しました。
「国民の生活はもう限界を超えています。」
出典:衆議院「第208回国会 予算委員会 第20号」(2022年5月27日)
これらはいずれも櫛渕氏・れいわ新選組側が提案・要求した政策であり、同日の組替え動議は予算委員会で否決されています。
災害時の公的支援と防災行政
災害政策では、被災直後の救助だけでなく、住まいと生活の再建まで国が責任を持つ仕組みを求めてきました。2025年には国会で被災者支援を取り上げ、防災庁の設置をめぐっても政府方針を質問しています。
非核三原則と市民を軸にした外交
NGO時代から続く平和・国際協力分野では、北東アジア非核兵器地帯を進める国際議員間の活動にも参加してきました。2022年の長崎、2023年のソウルやワシントンで、韓国や米国の関係者らと非核化や紛争予防を議論しています。
「外交や国際協力は信頼となり、現地の人たちの利益は、ひいては日本の国益になる。」
出典:国際開発ジャーナル社「【国会議員の目】衆議院議員 れいわ新選組 櫛渕 万里氏」(2024年12月11日)
2025年末には非核三原則をめぐる質問主意書と再質問主意書を提出しました。政府答弁を受けた本人の発信も残っています。
比例定数削減への反対
国会議員の定数をめぐっては、衆議院比例代表の議席を削減する案に反対しています。2026年7月には、削減による国民一人当たりの経費削減額を示しながら自身の立場を発信しました。
櫛渕万里氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
住宅・建築分野の省エネ・再エネ
「更なる省エネ、再エネ政策の拡充を求めます」
建築物の省エネ制度改正への討論で、住宅・建築分野の省エネ基準強化と再生可能エネルギー施策の拡充を求めた。
廃炉と放射性廃棄物
「廃炉、そして放射性廃棄物の対応が最優先」
原子力基本法をめぐる質疑で、原子力政策における国の責務として廃炉と放射性廃棄物への対応を重視すべきだとの考えを示した。
パレスチナ国家承認
「日本として、パレスチナ国家承認をすることを求めます」
国連総会を前に、日本政府に対してパレスチナを国家承認するよう求め、自身の外交上の立場を明確に述べた。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
映像で見る櫛渕万里氏
本人公式YouTubeチャンネルでは、2024年衆院選に向けた「くしぶち万里PV」が公開されています。街頭演説や文章とは異なる形で、本人の活動と訴えを映像で確認できます。
櫛渕万里氏の現在情報
2026年2月の衆院選で議席を失った後も政治活動を継続。7月にはれいわ新選組からの離党方針が公表され、改称後のいのちの党の現行所属構成員一覧には掲載されていない。
※商品リンクにはアフィリエイトリンクを含みます。
- 生年月日、出生地、学歴、幼少期、ピースボート、政治塾、研究活動、初当選、主要政策経歴を確認
- 2022年4月の比例東京ブロック繰上当選を確認
- れいわ新選組共同代表への就任と本人発言を確認
- 2023年6月の登院停止10日間の懲罰を確認
- 2026年2月の共同代表退任、副幹事長・政策審議会長代理就任を確認
- 2026年9月確認時点の所属構成員一覧に櫛渕氏が掲載されていないことを確認
- 2009年東京23区での初出馬・初当選、得票数を確認
- 2021年東京22区での得票数、順位、れいわ新選組からの立候補を確認
- 2024年東京14区の得票数、順位、重複立候補を確認
- 2026年東京14区の得票数、順位、落選を確認
- ピースボートでの活動、世界約80か国での経験、国際協力・非核化活動を確認
- 2026年7月の櫛渕氏ら元議員幹部の離党方針を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月28日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月7日 記事を新規作成。現況情報を確認




















