鈴木史朗氏は、中央省庁で長く行政実務に携わったのち、故郷へ戻って長崎市長となった政治家です。
少年時代から学生生活、国内外で仕事を重ねた国家公務員時代をたどると、長崎を離れていた期間にも故郷との距離を意識し続けてきた歩みが見えてきます。
- 長崎を離れて暮らした学生時代に、故郷までの「距離」を強く意識しました。
- 中央省庁では国内行政だけでなく、海外交渉・留学・国際協力まで幅広い経験を積みました。
- 故郷の大きな変化を九州運輸局長として目の前で見たことが、長崎へ戻る決断につながりました。
鈴木史朗の生い立ち|出島町で育った少年時代と長崎大水害
鈴木史朗氏は1967年7月、長崎市出島町で男4人兄弟の末っ子として生まれました。長崎くんちの出し物では地元の阿蘭陀船に親しみ、4歳から通った諏訪幼稚園では園児による龍踊りの玉持ちを担当しています。
長崎市立新興善小学校では、昆虫などの生き物に興味を持ち、その後は時刻表を使った机上旅行、ルービックキューブ、天体へと関心が移っていきました。本人が振り返る幼少期には、一つの趣味だけに集中するのではなく、興味の対象が次々に広がっていく様子が残っています。
中学・高校は青雲中学校・高等学校へ進学しました。路面電車とバスを乗り継ぎ、片道1時間半近くをかけて通学。音楽ではビートルズ、ローリング・ストーンズ、U2などのロックを聴いていました。
中学3年だった1982年には、長崎大水害で、中島川に面した自宅が被災しました。学校生活の一方で、故郷のまちが大きな災害に襲われる経験もしています。
高校2年で進路を考えた際には、天文学者への憧れから理学部を考えた時期もありました。一方、祖父の田川務氏は弁護士で、長崎市長を務めた人物でした。
困っている人たちに寄り添う弁護士になりたい
出典:鈴木しろう公式サイト「鈴木しろう『人生の選択』」(公開日記載なし)
鈴木史朗の学歴|東京大学では自転車で全国へ、パワーリフティングで日本一に
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 長崎市立新興善小学校 | ― | ― | 長崎市 |
| 中学校 | 青雲中学校 | ― | ― | 中高一貫 |
| 高校 | 青雲高等学校 | ― | 76(2026年度版) | ― |
| 大学 | 東京大学 | 法学部 | 67.5(文科一類・2027年度参考) | 卒業 |
| 大学院 | LSE/ジョージ・ワシントン大学/タフツ大学 | 国際関係・法律など | 日本式の偏差値なし | 海外留学・修了 |
※海外大学院は日本式偏差値で比較していません。
東京大学法学部への進学を機に上京しました。学生時代には自転車で各地を回り、旅先で友人の輪を広げています。幼い頃から続いていた天体やロックへの興味も、そのまま学生生活の中に残っていました。
もう一つ力を入れたのが、ボディビル・アンド・ウェイトリフティング部での活動です。「全国優勝を目指せるような強い運動部」に入りたいと考えて入部し、大学2年で関東学生ボディビル選手権新人戦を制しました。
さらに大学4年では、全日本学生パワーリフティング選手権67.5kg級で優勝。市長就任後の公式プロフィールにも、筋力トレーニングは趣味の一つとして記されています。
31年間の運輸行政――交通、観光、海保、国際協力へ
大学時代、東京から長崎へ帰省する寝台列車には約20時間を要しました。離れて暮らすことで、首都圏と長崎の間にある時間的な距離を実感していたといいます。
この距離というハンディキャップを無くしたいという一心で運輸省を志望しました。
出典:鈴木しろう公式サイト(公開日記載なし)
1991年、東京大学法学部を卒業して運輸省へ入りました。1994年には運輸政策局国際業務第一課で、WTO設立につながるGATTウルグアイ・ラウンド交渉に携わっています。
国際交渉への対応力を高めるため海外留学も経験しました。1998年に英ロンドン大学LSEで国際政治経済学、2007年にジョージ・ワシントン大学ロースクールで国際法、2008年にタフツ大学フレッチャースクールで国際関係を学び、3つの修士号を取得しています。
仕事の分野も一つには限られませんでした。2003年には国土交通省観光部でビジット・ジャパン・キャンペーンの立ち上げに携わり、2005年には船員政策課国際企画室長としてジュネーブのILO本部で海事労働条約の交渉を担当しました。
2008年には内閣府国際平和協力本部事務局調査官となり、平和協力分野の人材育成や難民への人道支援物資供与を担当。2010年には観光庁企画室長として、東日本大震災後の観光復旧支援に携わりました。
その後は関東運輸局企画観光部長、海上保安庁警備救難部国際刑事課長、内閣府地方創生推進事務局総括参事官、海上保安庁総務部参事官などを歴任しました。国際・観光・海上保安・地方創生・国際平和協力を横断してきたのが、行政官時代の特徴です。
新型コロナウイルスの感染拡大が始まった2020年には、中国・武漢市から政府チャーター便で帰国した人々を支援する内閣官房帰国者サポートチーム長を兼務。同年には第五管区海上保安本部長となり、関西・四国の太平洋側を担当しました。
鈴木史朗の経歴|九州運輸局長から退官、初めての市長選へ
2022年6月、九州全体の運輸・観光行政を担う九州運輸局長に就任しました。同年には西九州新幹線が開業し、長崎駅周辺の再開発も進行。東京から行政を見る立場ではなく、九州の責任者として故郷の変化に向き合うことになりました。
本人は、まちの変化と同時に人口減少などの課題も目にしたと振り返っています。そして2022年12月に国土交通省を退職し、長崎市へUターンしました。
国家公務員を辞めた後に挑んだのが、2023年4月の長崎市長選挙です。選挙への立候補自体が初めてでした。
4か月前はほぼ無名の私でした
出典:鈴木しろう公式サイト「皆様、誠にありがとうございました。」(2023年4月24日)
4月23日の投開票では無所属で65,520票を獲得し、4人の候補者の中で最多得票となりました。初めての選挙で長崎市長に初当選し、4月26日に第36代市長へ就任しました。
人口減少対策を軸に進める長崎市政
市長就任時、長崎市が直面している人口減少と、駅周辺再開発や新しい集客施設が動き始める時期が重なっていました。
長崎市はいま、100年に1度のピンチでもあり、100年に1度のチャンスでもある
出典:長崎市「鈴木市長の就任あいさつ」(2024年11月11日更新)
長崎市は2024年2月、人口減少への対応として重点プロジェクトのアクションプランを策定しました。柱は「経済再生」「少子化対策」「新市役所創造」の3分野です。
2026年度はこの重点プロジェクトの最終年度に当たり、214の取り組みに約56億5,000万円を計上しました。
観光・交流の広がりを地域経済へつなげる
経済再生では、「交流拡大」「地場産業支援」「新たな産業の創出」を軸にしています。観光客を呼び込むだけでなく、市内での滞在時間や消費を伸ばし、地域の店舗や産業へ波及させる施策が組まれています。
2026年度には、長崎スタジアムシティの来訪者を市内各地へ誘導する宿泊支援や電子クーポン、観光地・飲食店を巡る企画などを予算化しました。平和や歴史、文化、食を海外へ発信する事業にも取り組んでいます。
地場産業とスタートアップを支える
地元企業に対しては、人材確保や職場環境改善、営業力強化、デジタル化などを支援。水産業や農業では担い手確保や省力化を進める施策を設けています。
新産業分野では、起業や新規事業に挑戦する人材の発掘・育成、大学や企業などを結ぶ共創の仕組みづくり、GX関連の取り組みを進めています。
若い世代の仕事と定着
人口減少への対応では、市内で働き続けられる環境も政策対象です。2026年度予算には若年者雇用促進費や職場環境改善への支援が盛り込まれ、人材の確保・育成と働く環境の改善を一体で進める構成になっています。
妊娠期から子育てまでの負担を軽くする
少子化対策では、結婚、妊娠・出産、子育て、教育、住宅までを対象にしています。2026年度には、乳児期に実施していた家事代行サービスを妊娠期から利用できるよう対象期間を広げました。
給食費については、物価高騰分の公費負担に加え、国の負担軽減策と市の追加負担を組み合わせて小学校の保護者負担をゼロとする施策を予算化。0歳児の医療費負担軽減なども進めています。
市役所DXと厳しい財政への対応
「新市役所創造」では、デジタル人材の育成、新しいデジタル技術の活用、データを使った市民サービスの改善などを進めています。
一方、2026年度の予算編成では人口減少による普通交付税への影響や投資的経費、公債費などを踏まえ、市は財政状況を「極めて厳しい」と説明しました。全事務事業をゼロベースで見直し、市長自身も1年間の給与10%減額を打ち出しています。
被爆二世の市長として世界へ発信
長崎市長には、自治体経営と同時に被爆地を代表して国際社会へ平和のメッセージを発信する役割があります。鈴木氏自身も、2023年の長崎平和宣言で両親が被爆者である被爆二世だと明らかにしています。
平和行政では、海外との調整だけでなく、市側の説明を本人が訂正する場面もありました。2024年、インドから寄贈されるガンジー像の設置場所をめぐる説明について、本人公式Xで訂正と謝罪を行っています。
国際的な核軍縮の場にも足を運んでいます。2026年5月の第11回NPT再検討会議では、平和首長会議副会長・長崎市長としてNGOセッションでスピーチし、核軍縮を進める具体的な道筋を各国へ求めました。
同年8月9日の長崎平和宣言では、核抑止への依存が強まる国際情勢を踏まえて、被爆地から次の言葉を発しています。
核兵器は「必要悪」ではなく「絶対悪」であり、人類と核兵器は決して共存できない
出典:長崎市「令和8年 長崎平和宣言」(2026年8月9日)
81回目の原爆の日の朝には、本人公式Xでも犠牲者への哀悼と「長崎を最後の被爆地に」という言葉を発信しました。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2023年 4月23日 | 令和5年4月23日執行 長崎市長選挙 初当選 | 長崎市 | 無所属 | 当選 | 65,520票 1位 |
2026年平和祈念式典、台湾の座席をめぐる論点
2026年8月9日の平和祈念式典では、台湾代表の座席配置が外交上の論点となりました。台湾の駐日代表は、各国大使らとは異なる位置への配席を理由に出席を見送り、台湾側が抗議を表明しました。
長崎市は、台湾代表も「海外席エリア」に配置した一方、各国大使らより後方の席だったと説明しています。8月24日までに市へ寄せられた電話やメールなどは約650件に達し、その多くが市の対応に批判的な内容でした。
9月8日の長崎市議会では、座席配置に中国側への配慮があったのではないかとの意見に対し、鈴木氏が答弁しました。
いかなる国に対しても特別な配慮は一切ないと断言する
出典:NIB長崎国際テレビニュース「『特別な配慮は一切ない』平和祈念式典での台湾への対応が“中国の意向か”という意見に対し長崎市長が答弁《長崎》」(2026年9月8日)
市は台湾を経済、文化、観光、人的交流などでつながる重要なパートナーと位置付け、当事者間で意思疎通を続ける方針を示しています。
動画で見る鈴木史朗氏
本人公式YouTubeには、2023年の長崎市長選で行った最終演説が残っています。文章とは別に、政治へ踏み出した時期の話し方や演説の様子を確認できる映像です。
本人の公式Xで見る最近の発信
本人公式Xでは、政策や地域活動について継続的に発信しています。以下は本人アカウントで確認できる投稿です。
日々の政策・地域活動に関する本人の発信です。
日々の政策・地域活動に関する本人の発信です。
日々の政策・地域活動に関する本人の発信です。
鈴木史朗氏の記者会見をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の記者会見まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
人口減少対策と経済再生
「経済再生、少子化対策、そして、新市役所創造」
就任以来の人口減少対策として3つの重点プロジェクトを掲げ、転出超過の改善などを踏まえて令和8年度を仕上げの年と位置付けた。
子育て世代への支援
「子育て世代の皆さまを後押し」
子育て世代の経済的・生活上の負担を軽減し、安心して子育てできる環境を整える市の支援策を説明した。
平和祈念式典と安全確保
「安全の確保に万全を期していきたい」
原爆犠牲者慰霊平和祈念式典をめぐり、平和発信と参列者の安全を両立させるため関係機関と連携して警備・安全対策を進める考えを示した。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
鈴木史朗氏の現在情報
長崎市では人口減少への対応として経済再生・少子化対策・新市役所創造を重点化している。被爆地の首長として核軍縮に関する国際発信も続けている。
- 氏名、出生地、学歴、運輸省入省、九州運輸局長退官、第36代長崎市長就任、趣味等を確認
- 運輸省志望理由、国土交通省での主要経歴、海外留学、九州運輸局長から長崎へUターンした経緯、公式SNSを確認
- 兄弟構成、幼少期、学校生活、1982年長崎大水害、祖父・田川務氏、大学時代、自転車、ボディビル、パワーリフティング、Uターンを確認
- 長崎市長、任期、当選回数を確認
- 就任時の人口減少認識、経済再生・少子化対策の位置付けを確認
- 2026年度重点プロジェクト、経済再生、若者雇用、スタートアップ、少子化対策、家事支援、DX、財政状況を確認
- 平和首長会議副会長の役職、2026年NPT再検討会議での核軍縮に関する発言を確認
- 2026年8月9日の平和宣言、核抑止・核兵器に対する立場を確認
- 候補者、党派、得票数、当選結果、投票率を確認
- 2026年平和祈念式典の台湾座席問題、市議会での鈴木氏の答弁を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 本文内の公式X投稿が5件未満の記事について、既存の関連投稿を保持したまま本人公式Xの最新投稿で不足分を補完
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の経歴上重要な年月日を赤文字で補強し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月28日 自治体公式の知事・市長記者会見等を一次情報としてテーマ別に確認し、一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月14日 記事を新規作成。現況情報を確認




















