馬場伸幸氏は、堺市議会で19年間活動した後に国政へ進み、日本維新の会の幹事長、共同代表、代表を務めてきた政治家です。
その出発点は政治の世界ではありません。料理人の家庭で育ち、高校卒業後は飲食店の厨房で働きました。そこから21歳で議員秘書になり、30年近く後には国政政党の代表へ進んでいます。
- 政治家になる前は飲食店で働き、その後、中山太郎氏の議員秘書を約8年間務めました。
- 堺市議を6期19年務めてから国政へ転じ、維新の党運営を長く支えました。
- 日本維新の会代表を経験し、代表退任後も憲法や統治機構改革などに関わっています。
馬場伸幸の生い立ち|堺・鳳で育った料理人の家の末っ子
馬場伸幸氏は1965年1月27日、大阪府堺市鳳西町で生まれました。3人きょうだいの末っ子で、父は料理人、母はのちに料亭を営んでいます。
父が料理に向き合う姿と、家族を支えながら店を営む母の姿が身近にある家庭でした。生まれ育った鳳は、その後も長く政治活動の拠点となる地域です。
鳳南小学校を卒業後、浜寺中学校へ進み、卒業時は鳳中学校に在籍していました。高校は地元の大阪府立鳳高等学校です。
馬場伸幸の学歴|ラグビーに打ち込んだ高校時代から飲食店の厨房へ
| 区分 | 学校名 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 小学校 | 堺市立鳳南小学校 | ― | 卒業 |
| 中学校 | 堺市立浜寺中学校/堺市立鳳中学校 | ― | 在籍 |
| 高校 | 大阪府立鳳高等学校 | 60(2026年度) | ラグビー部で活動 |
※高校偏差値は本人の在学当時ではなく現在の入試難易度の目安です。大学進学歴は確認されていないため、無理に追加していません。
鳳高校ではラグビー部に入り、フランカーを務めました。本人は後年、勉強よりラグビーに打ち込んだ高校生活だったと振り返っています。
大学進学はかなわず、1983年4月に株式会社オージーロイヤルへ入社しました。現在のロイヤルホストにつながる会社で、皿洗いや掃除、調理など店舗の仕事を経験しています。
入社2年目には調理師免許を取得しました。政治家になる前の最初の職業は、父と同じ料理の仕事でした。
社会人としての出だしは父親と同じ料理人です。
出典:選挙ドットコム「来たれ50代!『同世代』とともに党を成長させたい 日本維新の会代表 馬場伸幸衆議院議員」(2022年12月26日)
飲食店では接客だけでなく、店舗を動かすための作業手順や業務効率も学びました。一方で、働き始めて数年すると、本人の関心は「青年実業家になるために、もっと社会を知りたい」という方向へ動いていきます。
馬場伸幸の経歴|21歳で中山太郎氏の秘書になった理由
転職のきっかけになったのは、母の知人を通じた縁でした。紹介された相手は、当時参議院議員だった中山太郎氏です。
馬場氏は政治家を目指して秘書になったわけではなく、青年実業家を目指すうえで社会勉強になると考えました。1986年2月、21歳で中山氏の堺事務所に入りました。
最初は運転手や事務所番を務め、地元から持ち込まれる陳情にも対応しました。政治家本人の予定だけでなく、地域住民、行政、支援者との間を調整する仕事も経験していきます。
1989年、中山氏が外務大臣に就任した時期には東京事務所へ移り、1990年11月には統括責任者となりました。約8年間の秘書生活で、地元事務所と永田町の双方を経験しています。
「補欠選挙に出なさい」から始まった堺市議19年
秘書として働いていた1993年、中山氏から「堺市議会の補欠選挙に出なさい」と出馬を促されました。選挙演説の経験もないまま、地元の仲間の力を借りて初めての選挙に臨みます。
1993年10月の堺市議会議員補欠選挙で初当選。ここから2012年まで6期19年間、堺市議として活動しました。
市議会では2006年5月に第76代副議長、2011年5月には第76代議長へ就任しています。国政へ移るまで、市議会での活動が政治家として最も長いキャリアでした。
国会議員になった後も、堺の地域課題について本人のアカウントから発信しています。
自民党を離れ、大阪維新の会へ
維新へ進む前の馬場氏は、自民党所属の堺市議でした。松井一郎氏とは2002年秋、知人の結婚式で知り合ったと振り返っています。
ただし、最初から政治行動を共にしていたわけではありません。2009年の堺市長選では、馬場氏と松井氏が別々の候補を支援する立場になりました。
その後、自民党を離れ、2010年の大阪維新の会結成期から活動に参加します。既存政党で市議を続ける道ではなく、大阪の地方政治から新しい政治勢力をつくる側へ移りました。
2012年、堺市議から国政へ
大阪維新の会が国政進出へ動いた2012年、馬場氏も堺市議を離れて衆院選に立候補しました。第46回衆議院議員総選挙の大阪17区で初当選し、活動の舞台を国会へ移します。
国政維新はその後、合流や再編を繰り返しました。2014年には維新の党となり、翌2015年には大阪側と党執行部の対立から再び分裂へ進みます。
2015年5月には大阪都構想をめぐる住民投票が否決され、橋下徹氏が政界引退を表明しました。同年末、新たな国政政党の体制で松井一郎氏が代表となり、馬場氏は幹事長として党運営を担う立場になります。
幹事長として党組織を立て直した6年間
幹事長の仕事として馬場氏が重視したのは、候補者の発掘や選挙戦略、党内で起きる問題への対応など、表に出にくい組織運営でした。
すぐに結果が出たわけではありません。2017年の衆院選で日本維新の会は11議席にとどまり、本人も幹事長として厳しい選挙結果だったと振り返っています。
その後、2019年参院選では議席を増やし、2021年衆院選では公示前11議席から41議席へ伸長しました。約6年間務めた幹事長を離れ、2021年11月に日本維新の会共同代表へ就任します。
共同代表となってからは、党を代表して他党との論争や政党間協議に出る機会も増えました。
松井一郎氏が代表退任を決めると、日本維新の会は2022年8月に党として初めて代表選挙を実施しました。馬場氏のほか、足立康史氏、梅村みずほ氏が立候補します。
開票の結果、馬場氏は8,527票を獲得しました。足立氏は1,158票、梅村氏は1,140票で、馬場氏が日本維新の会代表に選出されました。
私は私らしくいきたい
出典:テレ朝NEWS「日本維新の会 新代表に馬場伸幸氏を選出」(2022年8月28日)
代表就任後は全国政党化を掲げ、各地を回って地方組織や候補者の拡大を進めました。2023年の統一地方選では、維新系の地方議員・首長の人数が大きく増えています。
大阪を基盤とする勢力から、全国で候補者を立てられる組織へ広げることが、代表時代の党運営の中心課題でした。
024年衆院選後、代表を退く2024年10月の衆院選では、大阪の小選挙区では維新候補が全勝した一方、党全体の議席は公示前の44から38へ減少しました。全国政党化を進めてきた代表にとって厳しい結果となります。
党内で代表選の実施が決まると、馬場氏は同年11月、次の代表選には出馬しないと表明しました。選挙結果の責任を自ら負うとして、約2年間務めた代表から退きました。
ずっと2010年から、いばらの道を歩んできましたから。
出典:関西テレビ「代表選不出馬表明の馬場代表『責任取るのは当たり前』」(2024年11月11日)
12月1日の代表選では吉村洋文氏が新代表に選ばれました。馬場氏は党の最高責任者から、執行部を支える側へ再び立場を移していきます。
馬場伸幸氏が取り組む政策・政治姿勢
「身を切る改革」と議員定数削減
維新の政治姿勢として、馬場氏が長く前面に出してきたのが「身を切る改革」です。政治家自身が負担や既得権の見直しを示したうえで、行政改革を進める考え方を掲げています。
2026年にも衆議院議員の定数削減をめぐる与党間協議について発言し、国会議員の議席を「有権者から預かっているもの」と捉える立場を示しました。
副首都・地方分権・道州制
東京への人口・行政機能の集中を見直し、複数の拠点を持つ国の形へ変えることも重視しています。副首都構想を単なる大阪の制度改革ではなく、地方分権や将来の道州制につながる統治機構改革として位置づけています。
そろそろ日本の統治機構のあり方を見直す時期が来ている
出典:選挙ドットコム「馬場伸幸衆院議員が語る『定数削減』『副首都』の攻防」(2026年7月21日)
副首都を災害などで東京の機能を補完する都市とするだけでなく、人口減少が進む中で都道府県や政令市の役割そのものを組み替える議論へつなげる考えを示しています。
憲法改正と国民投票制度
憲法改正は、馬場氏が長期間取り組んできたテーマの一つです。国会では衆議院憲法審査会に所属し、憲法改正を国民投票にかけるための制度整備にも関わってきました。
とくに緊急事態への対応、国会機能の維持、参議院の合区、憲法9条などについて議論を続けています。
税・社会保障改革と次世代への負担
本人の政策発信では、税と社会保障の一体改革が長く挙げられています。人口構造が変わる中で、現役世代や次世代だけに負担を先送りしない制度へ組み替えることを訴えています。
教育や子育てへの公的支援拡充も維新が継続して掲げてきた分野で、馬場氏の代表時代には、出産・教育の無償化を含む政策を全国政党として訴えました。
できないことをするのが政治家の役目。
出典:馬場伸幸オフィシャルサイト「プロフィール」(公開日記載なし)
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1993年 10月 | 堺市議会議員補欠選挙 初出馬・初当選 | 堺市 | 自由民主党 | 当選 | 63,577票 |
| 1995年 4月 | 堺市議会議員選挙 2選 | 堺市 | 自由民主党 | 当選 | 5,780票 |
| 1999年 4月 | 堺市議会議員選挙 3選 | 堺市 | 自由民主党 | 当選 | 5,911票 |
| 2003年 4月27日 | 堺市議会議員選挙 4選 | 堺市 | 自由民主党 | 当選 | 5,936票 |
| 2007年 4月8日 | 堺市議会議員選挙 5選 | 堺市西区 | 自由民主党 | 当選 | 6,705票 |
| 2011年 4月10日 | 堺市議会議員選挙 6選。翌月に堺市議会議長へ就任 | 堺市西区 | 大阪維新の会 | 当選 | 9,725票 |
| 2012年 12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙 衆議院初当選 | 大阪 17区 | 日本維新の会 | 当選 | 81,663票 1位 |
| 2014年 12月14日 | 第47回衆議院議員総選挙 衆議院2選 | 大阪 17区 | 維新の党 | 当選 | 70,196票 1位 |
| 2017年 10月22日 | 第48回衆議院議員総選挙 衆議院3選。本人公式サイトの65,247票ではなく公的記録の65,427票を採用 | 大阪 17区 | 日本維新の会 | 当選 | 65,427票 1位 |
| 2021年 10月31日 | 第49回衆議院議員総選挙 衆議院4選 | 大阪 17区 | 日本維新の会 | 当選 | 94,398票 1位 |
| 2024年 10月27日 | 第50回衆議院議員総選挙 衆議院5選 | 大阪 17区 | 日本維新の会 | 当選 | 82,234票 1位 |
| 2026年 2月8日 | 第51回衆議院議員総選挙 衆議院6選。候補者4人 | 大阪 17区 | 日本維新の会 | 当選 | 78,362票 1位 |
馬場伸幸氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
憲法論議の公開性
「より多くの国民の皆様に国家の最高法規である憲法への関心を」
馬場氏は、憲法審査会の議論を広く国民が視聴できるようにし、憲法改正をめぐる議論への関心と参加を高めることが重要だと述べた。
緊急事態と緊急政令
「想定外が生じるのが緊急事態」
大規模災害などで国会機能が維持できない場合に備え、法律で想定し切れない事態への緊急政令の位置付けを憲法上議論する必要性を述べた。
合区と一票の格差
「一票の格差は最大で三・一八九倍」
参議院選挙区の合区解消を憲法改正の優先課題とすることには慎重な姿勢を示し、一票の価値と選挙制度全体の整合性を議論すべきだと述べた。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
動画で見る馬場伸幸氏の政界転身
本人公式チャンネルでは、自民党を離れて維新へ参加した経緯を本人自身が振り返っています。
馬場伸幸氏の現在情報
代表退任後も憲法改正や統治機構改革に関する党・国会の議論に携わり、2026年には議員定数削減や副首都、地方分権についても発信しています。
本文内の関連投稿に加えて、本人の公式Xから最新の投稿を表示しています。
@baba_ishin の公式Xを見る- 氏名、生年月、出生地、学歴、前職、大阪17区、所属政党、当選回数、主要党歴を確認
- 現職、選挙区、党顧問、国会所属、当選回数を確認
- 生い立ち、学校、前職、秘書歴、堺市議歴、党歴、役職、選挙歴を確認
- 衆議院憲法審査会幹事を確認
- 憲法改正、税・社会保障改革、東京一極集中、身を切る改革などの政策姿勢を確認
- 料理人時代、秘書転身、初出馬、自民党時代、維新参加までの本人説明を確認
- 2022年代表選の候補者、得票、代表就任、本人発言を確認
- 2024年衆院選後の党内状況、代表選不出馬、代表退任に関する本人発言を確認
- 2026年時点の議員定数削減、副首都、地方分権、道州制に関する考えを確認
- 堺市議選および衆議院議員選挙の選挙履歴・得票情報を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 本文内の公式X投稿が5件未満の記事について、既存の関連投稿を保持したまま本人公式Xの最新投稿で不足分を補完
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月27日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月5日 記事を新規作成。現況情報を確認




















