山本太郎氏は、俳優としてテレビや映画に出演した後、東日本大震災を機に社会活動へ踏み出し、国会議員、そして自ら立ち上げた政党の代表へと歩んだ人物です。
芸能界から国政へ進んだ経緯には、2011年の反原発活動、最初の衆院選での落選、参院選での初当選、れいわ新選組の旗揚げなど、いくつもの大きな転換がありました。
- 高校時代のテレビ出演をきっかけに芸能界へ入り、俳優として映画・ドラマ・旅番組などで活動しました。
- 東日本大震災後に反原発活動を始め、2012年の衆院選落選を経て2013年に参議院議員へ初当選しました。
- 2019年にれいわ新選組を立ち上げて代表を務め、衆参両院で議員を経験した後、2026年に政界引退を表明しました。
宝塚で生まれ、高校時代にテレビで全国へ
山本太郎氏は1974年11月24日、兵庫県宝塚市に生まれました。1歳のときに父を亡くし、2人の姉とともに、ペルシャ絨毯の販売を手がけていた母親に育てられています。
本人は子どもの頃について、落ち着きがなく、学校で何か起こると最初に疑われるような子どもだったと振り返っています。小学5~6年生の頃には教会で過ごす時間も多かったと語っています。
これまでの人生のなかで打算的に動いたことはなかったんですよ
出典:GQ JAPAN「山本太郎──ザ・ファイター【前編】」(2019年12月1日)
箕面自由学園高等学校に進学しましたが中退。高校1年生だった1991年1月、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の「ダンス甲子園」に出場し、強烈なパフォーマンスで注目を集めました。
このテレビ出演から、高校時代に芸能界へ入ることになります。
俳優として映画・ドラマ・旅番組で活動
1991年には映画『代打教師 秋葉、真剣です!』で俳優デビュー。その後はNHK連続テレビ小説『ふたりっ子』、大河ドラマ『新選組!』、映画『バトル・ロワイアル』『GO』などに出演しました。
俳優だけでなく、『世界ウルルン滞在記』などでは海外へ出向く体当たり型のリポーターとしても知られるようになります。
『光の雨』『GO』では2001年度日本映画批評家大賞助演男優賞、『MOON CHILD』『ゲロッパ』『精霊流し』では2003年度ブルーリボン賞助演男優賞を受賞しています。
東日本大震災後、反原発活動へ踏み出す
政治への進路を大きく変えたのが、2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故でした。本人の公式プロフィールでは、同年4月から反原発活動を開始したとしています。
高円寺での反原発デモや文部科学省前での活動などに参加し、原発事故や放射線をめぐる問題について積極的に発言するようになりました。
5月27日には所属事務所を離れます。本人は当時のXで、周囲に迷惑をかけたくないという趣旨を自ら発信しました。
それまで20年近く芸能界を中心に活動してきた山本氏にとって、社会問題をめぐって自ら街頭へ出る生活へと変わった時期でした。
2012年の衆院選は落選、翌年の参院選で初当選
初めて選挙に立候補したのは2012年12月の第46回衆議院議員総選挙です。無所属で東京8区から出馬し、71,028票を獲得しましたが、自民党の石原伸晃氏に届かず落選しました。
再挑戦は翌2013年7月の参議院議員通常選挙でした。東京都選挙区で666,684票を獲得し、4位で参議院議員へ初当選します。
議員となってからは原発・エネルギー、貧困、奨学金、社会保障、災害対応などを国会で取り上げました。2015年の内閣委員会では子どもの貧困と生活保護、奨学金制度をテーマに質疑しています。
生活の党から自由党へ、国政政党の共同代表に
2014年12月には「生活の党と山本太郎となかまたち」に合流し、2015年1月に共同代表へ就任しました。
2016年10月に党名が自由党へ変わった後も共同代表を務め、小沢一郎氏らと政治活動を続けています。
無所属で初当選した山本氏が、既存政党の共同代表を担うところまで政治上の立場を広げた時期です。
2019年、れいわ新選組をひとりで旗揚げ
2019年、自由党と国民民主党の合流には参加せず、4月にれいわ新選組を立ち上げて代表となりました。
同年の参院選では、自身の議席を守るだけではなく、比例代表の「特定枠」を使ってALS患者の舩後靖彦氏と重度障害のある木村英子氏を優先する候補者名簿を組みました。
日本を守るとは、あなたを守ることから始まる。
出典:れいわ新選組「政見放送・れいわ新選組代表 山本太郎」(2019年7月10日)
山本氏自身は992,267票を集めながら落選しました。一方で、れいわ新選組は舩後氏と木村氏の2議席を獲得し、得票率でも政党要件を満たしました。
2019年参院選の比例代表では、特定枠の候補者が個人票の多い一般の名簿登載者より優先して当選します。山本氏は特定枠の2人が当選した後の順位となったため、約99万票を得ても本人は落選しました。
開票後、本人は「山本太郎に関しては」負けだとしながら、2議席を得たれいわ新選組としては大きな成果だったという認識を示しています。
都知事選を経て、2021年に衆議院へ
2020年には東京都知事選挙にれいわ新選組公認で立候補しました。657,277票を獲得したものの、小池百合子氏、宇都宮健児氏に次ぐ3位で落選しています。
翌2021年の衆院選では比例東京ブロックの名簿順位1位で立候補。れいわ新選組が同ブロックで360,387票を得て1議席を確保し、山本氏は衆議院議員に当選しました。
ただし衆議院議員としての在職期間は短く、2022年4月15日に辞表を提出し、4月19日の本会議で辞職が許可されています。
2022年、東京選挙区から再び参議院へ
衆議院を辞職した理由は、同年夏の参議院選挙へ立候補するためでした。2022年7月、東京都選挙区から出馬して565,925票を獲得し、定数6の最後の議席となる6位で当選しました。
こうして山本氏は、参議院議員、衆議院議員、再び参議院議員と、衆参両院で議席を経験することになります。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2012年 12月16日 |
第46回衆議院議員総選挙
初出馬
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東京 8区 | 無所属 | 落選 | 71,028票 2位 |
| 2013年 7月21日 |
第23回参議院議員通常選挙
参議院議員初当選
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東京都 選挙区 | 無所属 | 当選 | 666,684票 4位 |
| 2019年 7月21日 |
第25回参議院議員通常選挙
舩後靖彦氏、木村英子氏を特定枠に配置。本人は落選したが、れいわ新選組は2議席を獲得し政党要件を満たした
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比例代表 | れいわ新選組 | 落選 | 992,267票 党内3番目の当選順位(特定枠2人を優先) |
| 2020年 7月5日 |
東京都知事選挙
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東京都 | れいわ新選組 | 落選 | 657,277票 3位 |
| 2021年 10月31日 |
第49回衆議院議員総選挙
比例単独候補のため候補者個人の得票数はなし。れいわ新選組が東京ブロックで1議席を獲得
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比例東京ブロック | れいわ新選組 | 当選 | れいわ新選組360,387票(政党得票) 名簿順位1位 |
| 2022年 7月10日 |
第26回参議院議員通常選挙
参議院議員2回目の当選
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東京都 選挙区 | れいわ新選組 | 当選 | 565,925票 6位 |
山本太郎氏が重視してきた政策・政治姿勢
山本氏の政治活動では、2011年から続く原発・エネルギー問題に加え、生活困窮への支援、消費税廃止、積極的な財政政策、障害当事者の政治参加、災害対応などが繰り返し扱われてきました。
消費税廃止と暮らしへの財政支出
れいわ新選組結成時から前面に掲げた政策の一つが消費税の廃止です。2019年の政見放送では、所得税の累進性強化、法人課税の見直しなどを財源策として説明し、デフレ期には新規国債も活用する考えを示しました。
その後も物価高や実質賃金の問題と結び付けながら、消費税廃止を訴え続けています。
反原発から続いたエネルギー政策
政治活動の出発点となった反原発は、国会議員になった後も扱い続けたテーマです。原発事故への備え、避難、原子力政策、エネルギー安全保障などを国会質疑で取り上げました。
2022年にはウクライナ侵攻で原発が攻撃された事例を挙げ、日本の原発が武力攻撃を受けた場合の想定を政府に質問しています。
障害当事者を国会へ送る候補者戦略
2019年の参院選では、舩後靖彦氏と木村英子氏を特定枠に置きました。山本氏は政見放送で、当事者のニーズを最も理解しているのは当事者だとして、障害や難病のある人自身が国会で議論する必要性を訴えています。
自身の再選より2人の優先当選を先に置いた候補者名簿は、れいわ新選組の最初の国政選挙を象徴する選択になりました。
災害現場へ足を運び、国会で取り上げる姿勢
山本氏は災害時に被災地へ入り、支援団体や被災者から聞き取った課題を国会やSNSで取り上げる活動も続けました。
2024年1月の能登半島地震では、現地で活動するNPOから直接話を聞くため能登町へ入ったことをXで報告し、避難所の食事や支援体制について発信しています。
2026年、健康上の理由で参議院議員を辞職
2026年1月21日、山本氏は健康上の問題を理由に参議院議員を辞職し、無期限で表の活動を休止すると発表しました。
この時点では、れいわ新選組代表の職にはとどまる意向を示していました。参議院の歴代議員記録にも「辞職(令8.1.21)」と残っています。
代表辞任を表明し、国政を目指す活動から引退
その後の2026年7月3日、れいわ新選組は山本氏の道路交通法違反を公表しました。2025年10月、法定速度80kmの区間を149kmで走行したとして検挙され、2026年4月に罰金9万円の刑事処分、5月に90日間の免許停止という行政処分を受けています。
7月9日の記者会見で本人は速度超過を謝罪したうえで、辞任を決めた理由はこの問題だけではなく健康上の事情もあると説明しました。
私、山本太郎は、れいわ新選組の代表を辞任します。
出典:れいわ新選組「不定例記者会見」(2026年7月11日公開)
同じ会見では、国政政党の代表と、再び国会議員を目指す取り組みから引退することも明言しました。
2026年8月5日には山本ジョージ氏を代表とする新体制が決まり、翌6日には、山本太郎氏が2019年に立ち上げたれいわ新選組から「いのちの党」への党名変更が決定されました。
2026年8月時点では山本太郎氏に国会議員などの公職はなく、本人の公式プロフィールも「前参議院議員、前れいわ新選組代表、俳優」としています。
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生年月日、出身地、芸能活動、政治活動開始、主要な政治経歴、選挙歴、2026年の議員辞職・代表辞任を確認
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参議院議員歴と2026年1月21日の辞職を確認
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2026年7月の代表辞任と国会議員を目指す取り組みからの引退表明を確認
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2012年の初出馬、得票数、順位を確認
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2013年の参議院議員初当選、得票数を確認
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2020年東京都知事選の得票数と結果を確認
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2021年衆議院選挙の比例東京ブロック結果を確認
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2022年参議院選挙の得票数、順位、当選を確認
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幼少期、家庭環境、本人の回想を確認
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2011年の反原発活動、所属事務所退所、本人のSNS発信を確認
この記事の更新履歴
- 2026年8月21日 記事を新規作成。現況情報を確認




























