斎藤元彦の経歴・学歴と生い立ち|総務官僚から兵庫県知事、失職と再選まで

斎藤元彦
ひと目でわかるプロフィール 斎藤元彦
さいとう もとひこ
出身地
兵庫県神戸市須磨区
初当選
2021年(2021年兵庫県知事選挙)
最終学歴
東京大学経済学部卒業
主な前職
官僚・国家公務員
政界入り
官僚から
生年月日 1977年11月15日
血液型 A型

斎藤元彦氏は、総務省の官僚として全国各地の地方行政を経験した後、2021年に兵庫県知事へ初当選した政治家です。

神戸市須磨区で過ごした子ども時代から、愛光中学校・高校での寮生活、東京大学での挫折と奨学金、佐渡市や東日本大震災の被災地での仕事を経て、兵庫県政へたどり着くまでには、いくつもの節目がありました。

斎藤元彦氏を理解する3つのポイント
  1. 神戸・須磨で育ち、愛光中高と東京大学を経て、地方自治を担う総務省へ進みました。
  2. 佐渡市、飯舘村、宮城県、大阪府などで地方行政・災害対応・財政運営を経験し、2021年に兵庫県知事へ初当選しました。
  3. 2024年の不信任決議で一度失職した後、出直し知事選で再選し、2026年8月時点では第54代兵庫県知事を務めています。

斎藤元彦の生い立ち|神戸市須磨区で育った幼少期とケミカルシューズの家業

斎藤元彦氏は1977年11月15日、兵庫県神戸市に生まれ、須磨区で育ちました。小学校は神戸市立若宮小学校です。

当時暮らしていた衣掛町は須磨海岸や須磨水族園に近い地域でした。本人の回想では、祖父が長田区と須磨区でケミカルシューズ製造業を営んでおり、子どもの頃から経営の厳しさを耳にしていたといいます。

神戸の地場産業を身近に見て育ったことを、斎藤氏自身は政治を志す原点として語っています。

小さい頃から、祖父が経営の厳しさ・大変さについて話しているのを耳にしました。

出典:さいとう元彦公式ウェブサイト「幼少期に抱いた原点」(公開日記載なし)

小学校卒業後は愛媛県松山市の愛光中学校へ進学しました。本人によると、第一志望だった六甲中学校の受験では合格できず、親元を離れて愛光へ進むことになったそうです。

愛光中学校・愛光高等学校では6年間の寮生活を送りました。本人は後年、この時期を「本当に楽しい6年間」だったと振り返っており、寮で一緒に過ごした同級生とは卒業後も交流が続いているとしています。

斎藤元彦の学歴|東京大学で経験した留年と家計悪化、奨学金

学歴一覧斎藤元彦の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校神戸市立若宮小学校――兵庫県神戸市
中学校愛光中学校――中高一貫
高校愛光高等学校―75(2026年度版)―
大学東京大学経済学部67.5(文科二類・2027年度参考)卒業

※偏差値・難易度は斎藤氏の在学当時ではなく現在の目安です。

高校卒業後は三宮の予備校で1年間浪人し、東京大学経済学部へ進学しました。東京で初めて一人暮らしを始めましたが、本人の回想では授業へあまり出ない生活を送り、駒場で留年しています。

その後、平成不況の影響で家庭の経済状況が悪化しました。一時は大学を辞めることも考えましたが、育英会の奨学金を利用して学業を続けています。

斎藤氏は、奨学金によって学業を続けられた経験から、社会のセーフティーネットを意識したと説明しています。

ここで初めて、セーフティーネットの重要性に気づき、行政、そして政治の道に進むことを考えはじめました。

出典:さいとう元彦公式ウェブサイト「大学生活を送る中で得られたきっかけ」(公開日記載なし)

2025年の県立大学入学式後の発信でも、新入生へ向けて、自身にも迷いや不安を抱えた時期があったことに触れています。

「元彦」の名前と総務省を選んだ理由

大学在学中に行政の仕事を意識するようになった斎藤氏は、国家公務員試験へ向けて勉強し、合格後に官庁訪問を始めました。

進路を考える中で地方自治を所管する総務省に関心を持ち、祖父へ相談した際、自分の名前の由来を初めて聞いたといいます。

祖父によれば、「元彦」という名前は、かつて兵庫県知事を務めた金井元彦氏にちなむものでした。家業を営む祖父は、地域産業や雇用にとって地方自治や首長が持つ役割の大きさを感じていたと、斎藤氏は説明しています。

こうした話を聞き、2002年4月に総務省へ入省し、地方自治の道を歩み始めました。

地方自治の道を志し、いずれ、兵庫のために尽くすことが、入省時に抱いた目標と夢でした。

出典:さいとう元彦公式ウェブサイト「総務省、地方自治を志す」(公開日記載なし)

佐渡市から東日本大震災の被災地へ 地方行政を歩いた約19年

総務省入省後、最初の地方勤務は三重県庁でした。その後は総務省本省や内閣官房で経験を積み、2008年4月に新潟県佐渡市の企画財政部長へ就任します。

佐渡では、トキの放鳥や佐渡金山の世界遺産登録に向けた取り組みに加え、離島の生活に欠かせない航路・空路、市町村合併後の行政運営などに携わりました。2010年4月からは総合政策監を務めています。

2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の後は、飯舘村政府現地対策室へ派遣されました。全村避難が進む中、村長や村職員とともに避難後の防犯体制づくりに取り組んだとしています。

2013年には宮城県総務部市町村課長、翌2014年には財政課長へ。沿岸自治体の人員確保や、震災からの復旧・復興事業に伴う予算編成を担当しました。

2018年4月からは大阪府財務部財政課長を務め、大阪北部地震、台風21号、新型コロナウイルス感染症への対応を含む予算編成を経験しています。2021年3月、大阪府と総務省を退職しました。

人生年表 斎藤元彦さんの歩み
1977年11月15日
兵庫県神戸市に生まれる
神戸市須磨区で育つ
小学校卒業後
愛光中学校へ進学
愛媛県松山市で中高6年間の寮生活を送る
2002年3月
東京大学経済学部を卒業
2002年4月
総務省に入省
同年10月から三重県庁で勤務
2008年4月
佐渡市企画財政部長に就任
2010年4月から佐渡市総合政策監
2011年4月
飯舘村政府現地対策室に派遣
東日本大震災と原発事故に伴う全村避難後の防犯体制づくりに携わる
2013年7月
宮城県総務部市町村課長に就任
2014年4月
宮城県財政課長に就任
東日本大震災の復旧・復興事業の予算編成に携わる
2018年4月
大阪府財務部財政課長に就任
2021年3月
大阪府・総務省を退職
2021年7月18日
兵庫県知事選挙で初当選
858,782票を獲得
2021年8月1日
第53代兵庫県知事に就任
2024年9月19日
兵庫県議会が不信任決議を可決
2024年9月30日
兵庫県知事を失職
県議会を解散せず知事職を失う
2024年11月17日
兵庫県知事選挙で再選
1,113,911票を獲得
2024年11月19日
第54代兵庫県知事に就任

斎藤元彦の経歴|2021年の兵庫県知事選で初出馬、初当選

官僚生活を終えた斎藤氏が初めて選挙へ挑んだのが、2021年7月18日の兵庫県知事選挙でした。

無所属で立候補し、自由民主党と日本維新の会から推薦を受けました。当時の兵庫県では井戸敏三知事が2001年から5期20年にわたって県政を担っており、その後を決める選挙でもありました。

斎藤氏は858,782票を獲得し、5候補の中で最多得票となりました。初めての立候補で兵庫県知事選に当選し、8月1日に第53代兵庫県知事へ就任しました。

新しい県政、新しい兵庫県をつくっていくことをこれから頑張っていきます。

出典:兵庫県「知事就任記者会見」(2021年8月2日)

知事就任後は「対話と現場主義」を掲げ、従来の県政事業を見直す行財政改革と、新しい施策への投資を並行して進めました。

選挙歴 斎藤元彦の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
2021年兵庫県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
任期満了に伴う選挙。自由民主党・日本維新の会の推薦を受けて立候補。候補者5人。
兵庫県 無所属 当選 858,782票 1位
2024年兵庫県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
2024年9月30日の斎藤氏失職に伴う選挙。候補者7人。
兵庫県 無所属 当選 1,113,911票 1位

行財政改革と若者への投資を県政の柱に

斎藤県政で継続して打ち出されてきたのが、既存事業を見直す行財政改革と、若い世代へ予算を振り向ける考え方です。

行政委員の報酬については、勤務日数にかかわらず月額で支給する仕組みを見直し、活動実績を踏まえた制度へ変更する方針を示しました。

教育分野では県立学校の環境改善、奨学金返済支援、県立大学等の学費負担軽減、不登校児童生徒への支援などへ対象を広げています。

こうした若年層向け施策は、後に「若者・Z世代応援パッケージ」としてまとまり、教育費の負担軽減だけでなく、出産・子育て、住宅、就労、留学などへ広げられました。

2024年の告発文書問題と県議会の不信任決議

斎藤氏の政治人生が大きく動いたのが2024年です。

同年3月、元西播磨県民局長が斎藤氏ら県幹部に関する告発文書を作成し、関係者へ配布しました。県の対応や文書に記された内容をめぐって問題が拡大し、兵庫県議会は6月に文書問題調査特別委員会、いわゆる百条委員会を設置しました。

県議会では知事の責任を問う動きが強まり、2024年9月19日、「齋藤元彦兵庫県知事に対する不信任決議」が可決されました。

斎藤氏は県議会を解散せず、2024年9月30日に兵庫県知事を失職しました。2021年に得た知事職を、任期途中でいったん失うことになります。

出直し知事選で111万票を獲得し再選

失職した斎藤氏は、再び兵庫県知事選へ立候補しました。

2024年10月の選挙期間前から、本人のXでも再挑戦へ向けた発信が続きました。

11月17日の投開票では、7人の候補者が争いました。斎藤氏は無所属で1,113,911票を獲得し、976,637票だった稲村和美氏らを上回りました。

失職から約1か月半後の知事選で再選し、11月19日に第54代兵庫県知事へ就任しました。

私自身、反省すべきは反省し、生まれ変わる気持ちで、引き続き県政を前に進めていく決意です。

出典:兵庫県「知事 就任あいさつ」(2024年11月19日)

斎藤元彦氏が進めてきた主な政策・政治姿勢

若者・Z世代の教育費負担を軽減

斎藤県政では、高等教育の負担軽減を「若者・Z世代応援パッケージ」の柱に位置づけています。

県立大学等の授業料負担軽減、私立学校への支援、奨学金返済支援、海外で挑戦する若者への支援などを進めてきました。2026年度予算では県立高校の空調利用環境や学校設備の改善、不登校児童生徒支援員の全校配置なども盛り込まれています。

「若者・Z世代応援パッケージ」をさらに拡充します。

出典:兵庫県「知事からのメッセージ」(2026年4月)

出産・子育てから住宅まで若い世代を支援

教育だけでなく、妊娠・出産・子育て、医療的ケア児の通学、若者の住宅や就労なども若年層支援の対象です。

若者が県内で学び、働き、家庭を築きやすい環境を整えるという考え方で、複数分野の施策をまとめて展開しています。

地域そのものを観光資源にする「ひょうごフィールドパビリオン」

地域政策では、大阪・関西万博を契機に、県内各地の産業、食、文化、自然、人の営みを現地で体験してもらう「ひょうごフィールドパビリオン」を展開しました。

万博終了後も一過性のイベントで終わらせず、地域の魅力を発信する仕組みとして継続する方針です。本人のXでも、淡路島の地場産業など現地での体験を繰り返し紹介しています。

震災経験を踏まえた防災・減災

斎藤氏自身、官僚時代に飯舘村や宮城県で東日本大震災後の行政実務を経験しています。兵庫県政でも南海トラフ地震への備えや、阪神・淡路大震災から得た教訓の継承を継続的な政策分野に置いています。

厳しい県財政と行財政改革

2026年度の兵庫県財政は、本格的な金利上昇による公債費負担の増加などから厳しさを増しています。県の試算では2026~2028年度の3年間で約530億円の収支不足が見込まれ、2025年度決算の実質公債費比率が基準を超え、起債許可団体へ移行する見通しとなりました。

このため2026年8月時点では、「財政健全化と未来への投資の両立」が斎藤県政の大きな課題になっています。県は公債費負担適正化計画の策定や財政構造の検証を進める一方、教育・子育て、防災などへの投資を続ける方針を示しています。

政治人生の転機 斎藤元彦の政治人生の転機
01
大学時代
家計悪化と奨学金で行政への関心が深まる
東京大学在学中、家計が悪化して学業継続を断念しかけたが、育英会の奨学金で在学を続けた。
なぜ転機なのか 本人が、この経験からセーフティーネットの重要性を知り、行政・政治の道を考え始めたと振り返っている。
02
2002年
総務省入省と地方自治の道
国家公務員試験合格後、総務省を選び、三重県庁を皮切りに地方自治の現場を歩んだ。
なぜ転機なのか 官僚として地方行政を専門とする約19年間のキャリアが始まり、後の兵庫県知事選への直接的な経路となった。
03
2021年7月
兵庫県知事選で初当選
大阪府・総務省を退職して初めて選挙へ出馬し、858,782票を獲得した。
なぜ転機なのか 官僚から選挙で選ばれる政治家へ立場が変わり、第53代兵庫県知事に就任した。
04
2024年9月~11月
不信任決議による失職から出直し選挙で再選
県議会の不信任決議後、議会を解散せず9月30日に失職。11月17日の知事選で1,113,911票を獲得して再選した。
なぜ転機なのか 一度公職を失った後、選挙で再び知事職を得て、第54代知事として県政へ復帰した。

斎藤元彦氏をめぐる評価と論点

2024年の告発文書問題は、再選後も斎藤氏をめぐる主要な論点として残りました。

兵庫県が設置した第三者調査委員会は2025年3月19日に報告書を提出し、斎藤氏の言動について10件をパワーハラスメントに当たると認定しました。また、告発者の特定や処分など県側の一連の対応について、公益通報者保護法の観点から違法・不当だったと判断しました。

斎藤氏は同月26日、第三者委員会が認定したパワーハラスメントについて認め、職員へ謝罪する考えを示しました。一方、告発文書への初動を含む県の対応については、その後も適正・適切だったとの立場を維持しています。

第三者調査委員会による公益通報者保護法上の評価と、刑事事件における検察・検察審査会の判断は別の手続です。同じ問題の「有罪・無罪」として一括りにはできません。

2024年知事選をめぐるPR会社への支払いについては、公職選挙法違反の疑いで刑事告発されましたが、神戸地検は2025年11月に斎藤氏らを不起訴としました。その処分についても検察審査会で審査され、2026年6月17日付で斎藤氏について「不起訴相当」と議決されています。

また、元西播磨県民局長の私的情報漏えいをめぐる地方公務員法違反容疑では、神戸地検が2026年3月に斎藤氏を不起訴としました。告発者側は4月に検察審査会への申し立て手続きを始めています。

再選から1年を本人の言葉で振り返る

2025年11月には、再選から約1年を迎える時期にサンテレビのロングインタビューへ応じています。再選後の県政運営や自身の考えを、映像で確認できるインタビューです。

斎藤元彦氏の記者会見をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の記者会見まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

若者・子育て支援

南海トラフ地震と防災・減災

地域活力と多様な働き方

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

斎藤元彦氏の現在情報

2026年10月4日 時点
現在の公職 兵庫県知事
選挙区・選出地域 兵庫県
現在の期・任期 兵庫県知事2期目

2026年度は、若者・Z世代への支援拡充に加え、防災・減災対策や地域の活力を生み出す取り組みなどを県政の主要課題として進めています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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