辰巳孝太郎氏は、参議院と衆議院の両方で議員を経験してきた大阪出身の政治家です。政治活動では「たつみコータロー」の表記でも広く発信しています。
映画を学んだ米国留学、紛争を経験した高校生との交流、地域での生活相談、三度の府議選挑戦。国会議員になるまでの道のりには、政治家になる以前の経験が数多くあります。
- 高校卒業後に米国で映画を学び、海外を歩いた経験があります。
- 地域の生活相談に長く携わった後、参議院で初めて議席を得ました。
- 国会議席を失った後も大阪で活動を続け、のちに衆議院へ舞台を移しました。
辰巳孝太郎の生い立ち|西淀川の「生活相談所」のような家で育つ
1976年8月21日、大阪市西淀川区に生まれました。父は当時すでに日本共産党の大阪市会議員で、辰巳氏が後年記した文章によると、自宅には電話が5台あり、そのうち1台はトイレにも置かれていました。
相談の電話を逃さないためで、真冬以外は玄関も開けていたといいます。父は地域の町会長やマンション自治会長も務め、自宅には住民が相談に訪れました。辰巳氏自身が「365日生活相談所のような慌ただしさ」と表現する家庭環境でした。
確信を持って仕事をする父を誇らしく感じていた
出典:日本共産党大阪府委員会「辰巳孝太郎の国会レポート 確信持ち仕事する父誇りに」(2016年12月18日)
辰巳孝太郎の学歴|北野高校のラグビー、生徒会、そして米国へ
進学した大阪府立北野高等学校ではラグビー部に所属しました。本人のプロフィールでは、花園出場はかなわなかったものの、厳しい練習を続けた経験を振り返っています。
高校では生徒会長を務め、バングラデシュのハンセン病患者を支援するボランティアにも参加しました。学校の中だけでなく、海外の社会問題に触れる機会を持った時期でもあります。
高校卒業後は米国へ渡り、エマーソン大学映画学科で学びました。当時は映画監督を目指していたといい、卒業後にはヨーロッパや東南アジアをバックパックで回っています。
帰国すると映像関係の会社に勤務しました。在阪ラジオ局では映画解説番組のシネマナビゲーターも務めており、映画は政治家になる以前から続く辰巳氏の専門的な関心の一つです。
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 高校 | 大阪府立北野高等学校 | ― | 75(2026年度版) | ― |
| 大学 | エマーソン大学 | 映画学科 | 日本式の偏差値なし | 米国・卒業 |
※北野高校の数値は本人在学当時ではなく2026年度の現在偏差値です。米国大学は日本式の偏差値で比較していません。
コソボ高校生との交流から、26歳で日本共産党へ
映像関係の仕事を経験した後、戦火を経験したコソボの高校生を日本へ招くプロジェクトに参加し、事務局長を務めました。
NATO軍による空爆を体験した高校生たちとの交流について、本人は憎しみが連鎖する現実に衝撃を受けたと振り返っています。その後、アフガニスタン戦争やイラク戦争へ向かう情勢の中で反戦への思いを強めました。
2002年、26歳で日本共産党に入党。翌2003年には大阪市此花区から大阪府議会議員選挙へ立候補しました。これが最初の選挙です。
三度の府議選と、7000件の生活相談
最初の府議選では当選に届かず、その後も2007年、2011年と此花区で挑戦しました。府議選への挑戦は三度とも落選という結果でした。
その時期に活動の中心となったのが「此花生活と健康を守る会」です。事務局員などとして9年間勤務し、低所得世帯、生活保護、多重債務、DVなど、暮らしに関する相談に対応しました。
衆議院の公式プロフィールにも、7000件を超える相談活動に携わった経歴が記載されています。制度を紹介するだけでなく、相談者が実際に利用できる社会保障制度や解決策を一緒に探す仕事でした。
さらに「ラジオ派遣村」で村長代理を務め、在阪ラジオ局では「タッチミー・コータロー」のパーソナリティーも経験しました。地方議会の議席を得る前から、相談活動と発信活動を並行していました。
辰巳孝太郎の経歴|2013年、参議院で初当選
府議選への三度の挑戦を経て、次の選挙の舞台は国政へ移ります。2013年7月の参議院議員通常選挙で大阪府選挙区から初当選しました。
同年11月の臨時国会で初めて質問に立ち、その後5年間で国会質問は約200回に及びました。国土交通、経済産業、予算などの委員会で、脱法ハウス、ブラックバイト、コンビニ労働、児童扶養手当、保育、森友学園問題などを取り上げています。
声なき声をさらに国会に届け、暮らしと平和を守るために勝ち抜きます
出典:たつみコータロー公式サイト「脱法ハウス・ブラックバイト・コンビニ・森友… たつみ参院議員の実績キラリ」(2018年5月13日)
参院議席を失い、大阪で再挑戦を続ける
2019年の参院選では再選を目指しましたが、大阪府選挙区で5位となり議席を失いました。国会を離れた後も大阪を拠点に政治活動を続けます。
2022年には再び参院選大阪府選挙区へ出馬しましたが、定数4に対して5位でした。
たたかいは続く
出典:日本共産党大阪府委員会「2022年参議院選挙/結果」(公開日記載なし)
翌2023年には大阪府知事選挙へ無所属で立候補しました。確認政治団体は「明るい民主大阪府政をつくる会」で、結果は6候補中3位でした。
024年、今度は衆議院へ2024年10月の衆議院議員総選挙では、日本共産党の比例近畿ブロック名簿1位で立候補しました。同党は近畿で2議席を獲得し、辰巳氏は衆議院へ初当選。2019年以来、5年ぶりの国会復帰となりました。
5年ぶりに国会に戻ってきました。今度は衆議院。
出典:日本共産党大阪府委員会「衆院議員8氏が初登院 日本共産党」(2024年11月16日)
国会復帰後は総務委員会や経済産業委員会などで活動し、森友学園問題、大阪・関西万博、外国人へのヘイトスピーチなどを取り上げました。
2026年2月の衆院選では比例近畿から再選し、衆議院で2期目に入りました。
白紙委任ということには絶対させない。
出典:しんぶん赤旗「願いの実現へ ぶれずに全力/改憲をさせない 大阪・辰巳氏」(2026年2月10日)
再選後には、予算委員会の審議をめぐって次の発信も行っています。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2003年 4月13日 | 大阪府議会議員選挙 初出馬 | 大阪市此花区 | 日本共産党 | 落選 | 10,559票 2位 |
| 2007年 4月8日 | 大阪府議会議員選挙 2回目の府議選挑戦 | 大阪市此花区 | 日本共産党 | 落選 | 9,637票 2位 |
| 2011年 4月10日 | 大阪府議会議員選挙 3回目の府議選挑戦 | 大阪市此花区 | 日本共産党 | 落選 | 10,265票 2位 |
| 2013年 7月21日 | 第23回参議院議員通常選挙 初当選 | 大阪府 選挙区 | 日本共産党 | 当選 | 468,904票 4位 |
| 2019年 7月21日 | 第25回参議院議員通常選挙 現職として再選を目指したが議席を失う | 大阪府 選挙区 | 日本共産党 | 落選 | 381,854票 5位 |
| 2022年 7月10日 | 第26回参議院議員通常選挙 参議院への議席復帰を目指して出馬 | 大阪府 選挙区 | 日本共産党 | 落選 | 337,467票 5位 |
| 2023年 4月9日 | 大阪府知事選挙 確認政治団体「明るい民主大阪府政をつくる会」 | 大阪府 | 無所属 | 落選 | 263,355票 3位 |
| 2024年 10月27日 | 第50回衆議院議員総選挙 衆議院初当選。日本共産党は近畿比例で2議席を獲得 | 比例代表 ・近畿 | 日本共産党 | 当選 | 個人得票なし(日本共産党649,195票) 名簿順位1位 |
| 2026年 2月8日 | 第51回衆議院議員総選挙 衆議院2期目。日本共産党は近畿比例で1議席を獲得 | 比例代表 ・近畿 | 日本共産党 | 当選 | 個人得票なし(日本共産党480,188票) 名簿順位1位 |
辰巳孝太郎氏の政策・政治姿勢
医療・社会保障
地域で生活相談に携わってきた経歴を持つ辰巳氏は、国会でも医療費や社会保障を継続して取り上げています。2026年4月の衆院厚生労働委員会では、高額療養費制度やOTC類似薬をめぐる患者負担の増加に反対しました。
「命の沙汰も金次第」でいいのか
出典:しんぶん赤旗「“命は金次第”でいいのか/健康保険法改定案 辰巳議員が批判」(2026年4月25日)
大阪の国民健康保険をめぐっては、維新の会が公表した内部調査について独自に内容を検討し、本人の見解を発信しています。
2026年6月には、合成洗剤や柔軟剤などの香りによる体調不良を訴える「香害」について厚生労働委員会で質問しました。厚生労働省からは、化学物質過敏症について病態や発生機序、治療法が確立しておらず、研究を続けているとの答弁がありました。
コンビニ本部と加盟店の関係
参議院議員時代には、コンビニ本部とフランチャイズ加盟店の取引関係を取り上げました。2019年4月の参院経済産業委員会では、公正取引委員会委員長から、契約内容や本部の行為によっては独占禁止法上の問題になり得るとの答弁を得ています。
同年5月には24時間営業や大量廃棄、本部へのロイヤルティーなどを問題として挙げ、フランチャイズ取引を対象とする法規制の必要性を主張しました。企業一般の雇用問題ではなく、加盟店オーナーと本部の契約関係に焦点を当てた取り組みです。
森友学園問題と公文書
2017年以降、日本共産党の森友学園問題追及チーム責任者として国有地売却や公文書をめぐる問題を追及してきました。国会復帰後の2025年にも、開示された文書をめぐり、関連資料の全面公開や第三者による調査を求めています。
国有地取引とは別に、大阪府の私立学校設置基準をめぐっても発信しました。
大阪IR・カジノ
大阪IR・カジノには一貫して反対の立場を取り、党大阪府カジノ・万博問題プロジェクトチームでも活動してきました。2024年には大阪IRの運営事業者となるMGMをめぐる米国での問題について、国内の免許審査との関係を問う発信をしています。
大阪・関西万博
大阪・関西万博では、会場建設、安全対策、取材環境などを国会で取り上げました。2025年には「しんぶん赤旗」への通期記者証をめぐって経済産業委員会で質問し、経済産業相から万博協会が発行へ向けて対応するとの答弁が示されました。
開幕直前には、会場で検知されたメタンガスとメディアの取材環境について次のように発信しています。
辰巳孝太郎氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
災害対応とカジノ審議
「カジノの審議ではなくて災害対応に全力を」
西日本豪雨の被災対応が続く中でIR・カジノ法案の審議を優先することを批判し、政府・国会が災害対応へ集中すべきだと主張した。
事業再生と労働者保護
「労働者保護のための措置が全くない」
早期事業再生制度について、人員削減や労働条件変更の可能性があるにもかかわらず労働者への情報提供や協議が弱いとして、保護規定の必要性を訴えた。
生活保護と最低生活保障
「暮らしていく最低限度の所得に税金はかけない」
生活保護の公租公課禁止を例に、健康で文化的な最低限度の生活に必要な所得を課税から守る考え方を税制にも反映すべきだと述べた。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
動画で見る辰巳孝太郎氏の素顔
2025年3月に公開された小池晃氏との対談では、国会質問の準備だけでなく、休日の過ごし方、料理、子育て、映画の好みまで語っています。学生時代に映画を学んだ辰巳氏らしく、好きな作品についてまとまって話している動画です。
辰巳孝太郎氏の現在情報
医療・社会保障の負担問題に加え、大阪IR・カジノや大阪・関西万博など大阪に関わる政策課題を継続して扱っています。
- 選出、所属政党、出生年、学歴、職歴、参議院・衆議院当選歴、委員会、党役職を確認
- 出生地、北野高校時代、米国留学、映像関係の仕事、コソボ高校生招聘、入党、生活相談、政治経歴を確認
- 党役職と国会議員団での役割を確認
- 2019年参議院大阪府選挙区の得票数と結果を確認
- 2022年参議院大阪府選挙区の得票数と結果を確認
- 2023年大阪府知事選挙の党派、得票数、確認政治団体、結果を確認
- 2024年衆議院比例近畿ブロックの日本共産党得票数と獲得議席数を確認
- 2026年衆議院比例近畿ブロックの日本共産党得票数と獲得議席数を確認
- コンビニ本部と加盟店の契約、独占禁止法をめぐる国会質問を確認
- 大阪・関西万博の取材証をめぐる質問と経済産業相答弁を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ整理し、既存本文を維持したまま検索意図を明確化
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月27日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月3日 記事を新規作成。現況情報を確認




















