玉城デニーの経歴・学歴と生い立ち|ラジオパーソナリティから沖縄市議、国会議員、沖縄県知事へ

玉城デニー
ひと目でわかるプロフィール 玉城デニー
たまき でにー
出身地
沖縄県中頭郡与那城村(現・うるま市)
初当選
2002年(沖縄市議会議員選挙)
最終学歴
上智社会福祉専門学校
主な前職
テレビ・放送関係
生年月日 1959年10月13日
血液型 O型

玉城デニー氏は、米軍統治下にあった沖縄で少年時代を送り、福祉や内装、音楽、ラジオと異なる仕事を経験してから政治の世界へ進みました。

幼少期に暮らした地域や家族との記憶、学生時代に熱中した音楽、政治家になる前の仕事までたどると、沖縄市議、国会議員、沖縄県知事へと活動の場を移してきた歩みが見えてきます。

玉城デニー氏を理解する3つのポイント
  1. 米軍統治下の沖縄で2人の母に育ち、音楽や福祉へ関心を広げました。
  2. さまざまな仕事とラジオパーソナリティを経験した後、地方自治への関心から政治へ進みました。
  3. 地方政治、国政を経て県政へ移り、基地負担や暮らし、平和をめぐる課題に取り組んできました。

玉城デニーの生い立ち|米軍統治下の沖縄で「2人の母」に育つ

玉城デニー氏は1959年10月13日、旧与那城村、現在のうるま市に生まれました。当時の沖縄は日本復帰前で、米国の施政権下にありました。

父はアメリカ人の海兵隊員、母は沖縄出身の玉城ヨシさんでした。父は玉城氏が生まれる前に米国へ戻り、母は辺野古近くで米軍関係者らを相手にする飲食店に住み込みで働いていました。

2歳から10歳ごろまでは、母の知人だった知花カツさんの家で生活します。本人が後に「おっかあ」と呼んだ育ての母です。実母のヨシさんも給料日の後には会いに来て、食事へ連れて行ってくれたと振り返っています。

「私はCランチ以上の高いランチを頼む勇気はありませんでした。」

出典:文藝春秋PLUS「アンマーとおっかあ」(2025年12月9日)

育ての母の家があった一帯には米兵向けのバーなどが並び、住まいでは石油ランプを使っていた時期もありました。その後は与那城小学校へ通い、実母と暮らすようになります。

夏休みには実母の故郷である伊江島へ行き、親戚の家で牛や豚の世話、草刈りを手伝いました。学校ではアメリカ人の父を持つことを理由にからかわれる経験もありました。

2026年には、本人が「2人の母」から受け取った言葉について公式Xでも語っています。

ロックに夢中になり、福祉を学んだ学生時代

中学生のころ、草刈りへ向かう途中で、かつて暮らしていた方向をじっと眺める高齢の女性を見かけたことがありました。後年、その姿をこう振り返っています。

「生活していたときのことは忘れたくないんだなあ」

出典:光文社新書「いじめ、差別、偏見……玉城デニーを救った『育ての親』の一言」(2022年9月1日)

玉城デニーの学歴|前原高校から上智社会福祉専門学校へ

学歴一覧玉城デニーの学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校与那城小学校――沖縄県
中学校与勝第二中学校―――
高校沖縄県立前原高等学校―39〜49(2026年度版・現行学科)学校全体レンジ
専門学校上智社会福祉専門学校―大学偏差値で比較しない最終学歴

※専門学校は大学入試偏差値で単純比較していません。

与勝第二中学校から沖縄県立前原高等学校へ進学すると、交友関係も広がりました。中学から高校にかけて夢中になったのが、ディープ・パープルやブラック・サバスなどのハードロックです。

バンドではボーカルを担当しました。高校卒業後は、家族や友人に恵まれてきた経験から「自分も誰かを幸せにしたい」と考え、東京の上智社会福祉専門学校で福祉を学び、1981年に卒業しました。

福祉、内装、音楽の仕事を経てラジオへ

沖縄へ戻った後は、福祉関係の仕事、内装業、音楽関係のマネージャーなどを経験しました。一つの業界にとどまらず、いくつもの現場を渡り歩いています。

1990年代にはラジオパーソナリティやタレントとして活動するようになりました。RBCラジオの番組などでマイクの前に立ち、多くの人と話す仕事を続けます。

後年、本人はラジオ時代について公式Xで次のように発信しました。

人生年表 玉城デニーさんの歩み
1959年10月13日
沖縄県中頭郡与那城村で生まれる
現・うるま市。アメリカ人の父と沖縄出身の母の間に生まれる
1960年代
知花カツのもとで育つ
2歳から10歳まで実母と育ての母の「2人の母」に支えられる
1981年
上智社会福祉専門学校を卒業
沖縄へ戻り福祉、内装、音楽関係の仕事を経験
1991年頃
ラジオパーソナリティ・タレントとして活動
その後RBCラジオなどで番組を担当
2002年9月
沖縄市議会議員選挙で初当選
無所属でトップ当選
2005年9月
衆議院議員選挙へ初挑戦
沖縄3区から民主党公認で立候補するが落選
2009年8月
衆議院議員へ初当選
沖縄3区で当選し国政へ進む
2012年
民主党を離党
国民の生活が第一などを経て日本未来の党から衆院選に出馬し比例復活
2018年8月
沖縄県知事選への出馬を決断
翁長雄志知事の死去後に出馬要請を受ける
2018年9月30日
沖縄県知事選で初当選
396,632票を獲得
2018年10月4日
沖縄県知事に就任
2022年9月11日
沖縄県知事選で再選
339,767票を獲得
2026年7月13日
沖縄県議会が問責決議を可決
ワシントン駐在問題をめぐり政治的・道義的責任を問う
2026年8月27日
沖縄県知事選へ立候補
3期目を目指して無所属で立候補

玉城デニーの経歴|一本の新聞見出しから始まった政界入り

パーソナリティを続けるなかで地方自治へ関心を持つようになり、沖縄市長選への立候補を持ちかけられました。ところが、本人が最終的な判断をする前に「玉城デニー市長選立候補へ」という趣旨の新聞記事が出ます。

その報道を受け、それまで出演していた番組を降板することになりました。市長選ではなく市議選へ進路を変え、2002年9月の沖縄市議会議員選挙に無所属で立候補します。

初めての選挙で5,046票を獲得し、候補者39人のなかでトップ当選しました。ラジオやタレントの仕事から政治へ活動の場が移った瞬間でした。

2005年の落選から国政へ

市議を1期務めた後、2005年の衆議院議員総選挙に民主党公認で沖縄3区から出馬しました。40,819票を得ましたが3位となり、最初の国政挑戦は落選に終わります。

再挑戦した2009年の衆院選では89,266票を獲得。沖縄3区で初めて衆議院議員に当選しました。

2012年には民主党を離れ、小沢一郎氏らと行動を共にします。同年の衆院選では日本未来の党から出馬し、小選挙区では敗れたものの比例九州ブロックで復活当選しました。

その後は生活の党、自由党などに所属。2014年には生活の党から、2017年には無所属で沖縄3区を制しました。衆議院議員として通算4期を務め、自由党では幹事長など党幹部も経験しています。

翁長雄志の死去後、国会から沖縄県政へ

2018年8月、沖縄県知事の翁長雄志氏が死去しました。後継候補を探していた支援勢力から玉城氏にも出馬要請が寄せられます。

国会議員を続けるか、県政へ移るか。その判断について本人は後にこう振り返っています。

「ここまできたらやるしかないと思った」

出典:日刊スポーツ「玉城デニー沖縄知事『腹くくって』古巣自由党に凱旋」(2018年10月12日)

出馬を決めた時期の本人による発信も残っています。

9月13日の知事選立候補に伴って衆議院議員を失職。9月30日の投開票では396,632票を獲得し、沖縄県知事選で初当選しました。

知事就任と2022年の再選

2018年10月4日に沖縄県知事へ就任しました。就任時のあいさつでは、自らが目指す県政について次の言葉を残しています。

「私はこれから、自立と共生の沖縄、そして誇りある豊かな沖縄の実現に向けて、全力で取り組んでまいります。」

出典:沖縄県「平成30年10月4日『沖縄県知事就任』あいさつ」(2018年10月4日)

4年後の2022年9月11日に行われた知事選では339,767票を獲得。知事選で再選しました。

選挙歴 玉城デニーの選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
沖縄市議会議員選挙
定数:30 比例復活:該当なし
玉城康裕名義。初出馬・トップ当選
沖縄市 無所属 当選 5,046票 1位
第44回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
国政初挑戦
沖縄県 第3区 民主党 落選 40,819票 3位
第45回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
衆議院議員初当選
沖縄県 第3区 民主党 当選 89,266票 1位
第46回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり
小選挙区では落選し、比例九州ブロックで復活当選
沖縄県 第3区 日本未来の党 比例復活当選 56,711票 2位
第47回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
沖縄県 第3区 生活の党 当選 89,110票 1位
第48回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
沖縄県 第3区 無所属 当選 95,517票 1位
沖縄県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
沖縄県知事初当選
沖縄県 無所属 当選 396,632票 1位
沖縄県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
再選
沖縄県 無所属 当選 339,767票 1位
沖縄県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
2026年8月27日告示。2026年9月3日時点で選挙期間中
沖縄県 無所属 投票前

玉城デニーの政策・政治姿勢

基地負担の軽減と辺野古新基地建設への反対

米軍基地問題では、名護市辺野古への新基地建設に反対する立場を継続しています。普天間飛行場については一日も早い運用停止、閉鎖・撤去を求め、日米地位協定の改定や国・沖縄県・宜野湾市による協議を政策として掲げています。

子ども・若者支援と「誰ひとり取り残さない」県政

子ども・若者分野では「沖縄県こども・若者計画」を2025年3月に策定し、2026年7月には沖縄県こどもの権利条例を制定しました。

2026年の政策では、通院時の医療費無償化を18歳まで広げることや給付型奨学金、学校給食支援なども掲げています。これらは条例制定済みの施策と、今後の実現を目指す政策を分けて見る必要があります。

地域に利益を戻す「循環型経済」

経済政策では、県内企業の成長や新産業の創出によって生まれた利益を、県民所得、中小企業、将来世代へ還元する「循環型経済」を掲げています。2025年9月には宿泊税条例も制定され、観光振興の財源づくりが進められました。

交通網と離島の生活基盤

公共交通では鉄軌道を含む骨格的な交通システムや新たな公共交通網の構築を掲げています。離島については交通、医療、教育、生活物資など、島で暮らし続けるための基盤整備を政策に位置づけています。

自然・文化を次の世代へつなぐ

自然環境の保全・再生を雇用や地域経済にも結びつける考えを示す一方、しまくとぅば、琉球芸能、工芸、空手、地域の祭りなどの継承にも重点を置いています。エネルギー分野では再生可能エネルギーの地産地消を掲げています。

地域外交と対話による平和

沖縄県は2024年3月に地域外交基本方針を策定しました。地理的・歴史的な沖縄の特性を生かし、アジア太平洋地域との交流や自治体間の対話を進める取り組みです。

政治人生の転機 玉城デニーの政治人生の転機
01
2002年
ラジオから地方政治へ
沖縄市長選への立候補をめぐる報道を機にラジオ番組を降板し、沖縄市議選へ出馬して初当選。
なぜ転機なのか 放送・タレント活動から公職へ進路が変わったため。
02
2009年
国政へ初当選
2005年の落選後、2009年の衆院選沖縄3区で初当選。
なぜ転機なのか 地方議員から国会議員へ活動の場が移ったため。
03
2012年
民主党離党と党派再編
民主党を離れ、小沢一郎氏らと新党に参加。衆院選では比例復活で議席を維持した。
なぜ転機なのか 所属政党と国政での政治基盤が大きく変化したため。
04
2018年
国会から沖縄県政へ
翁長雄志知事の死去後に知事選へ出馬し、初当選。
なぜ転機なのか 衆議院議員から沖縄県知事へ政治活動の中心が移ったため。

玉城デニー氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

普天間飛行場移設と沖縄の基地負担

沖縄振興と自立型経済

返還基地跡地の環境汚染調査

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

玉城デニー氏をめぐる評価と論点

辺野古工事をめぐる国との法的争い

辺野古をめぐっては、沖縄防衛局が提出した軟弱地盤対策などの設計変更承認申請に対し、沖縄県が2021年11月に不承認処分を行いました。その後は国との間で行政・司法手続が続きます。

2023年には国土交通相が地方自治法に基づく代執行訴訟を提起し、福岡高裁那覇支部が県側に承認を命じました。期限までに県が承認しなかったため、同年12月28日に国土交通相が県に代わって承認しました。

ワシントン駐在をめぐる県議会の問責決議

沖縄県のワシントン駐在は翁長県政下の2015年に始まり、玉城県政でも継続されました。県が設立した米国法人をめぐり、設立時の意思決定文書や公有財産・兼業などに関する必要な手続が十分に行われていなかったことが県の調査で明らかになりました。

県はワシントン駐在を閉鎖し、関係職員への処分などを実施。2026年7月13日には沖縄県議会が玉城知事への問責決議を可決しました。

「政治的及び道義的責任は極めて重大」

出典:沖縄県議会「玉城康裕沖縄県知事に対する問責決議」(2026年7月13日)

玉城デニー氏の考えを動画で見る

本人公式YouTubeでは、2026年4月25日に行った沖縄県知事選への出馬会見が公開されています。短い発言ではなく、本人の話し方や県政に対する長めの説明を確認できる動画です。

玉城デニー氏の現在情報

2026年9月3日 時点
現在の公職 沖縄県知事
現在の所属 無所属
選挙区・選出地域 沖縄県
現在の期・任期 沖縄県知事2期目

2026年8月27日告示の沖縄県知事選挙に立候補し、3期目を目指して選挙期間中。投票日は2026年9月13日で、9月3日時点では選挙結果は確定していない。

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参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー
その他の参考資料

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