竹谷とし子の経歴・学歴と生い立ち|公認会計士から参議院議員、公明党代表まで

竹谷とし子
ひと目でわかるプロフィール 竹谷とし子
たけや としこ
出身地
北海道標津郡標津町
初当選
2010年(第22回参議院議員通常選挙)
最終学歴
創価大学経済学部
主な前職
会社員
政界入り
民間企業から
生年月日 1969年9月30日

竹谷とし子氏は、公認会計士、経営コンサルタントを経て国政に入った参議院議員です。北海道の小さな町で過ごした子ども時代から、企業改革や海外プロジェクトに携わった会社員時代まで、政治家になる以前にも長い実務経験があります。

その歩みをたどると、財政や会計だけでなく、食品ロス、女性や子どもの支援、平和外交へ活動分野を広げてきた過程が見えてきます。

竹谷とし子氏を理解する3つのポイント
  1. 北海道で育ち、10代で東京へ進学。大学在学中に公認会計士試験へ挑みました。
  2. 監査と経営コンサルティングの現場で国内外の企業改革を経験した後、国政へ進みました。
  3. 財務・復興分野の政府役職を経て、党運営を担う立場へ活動領域を広げています。

竹谷とし子の生い立ち|北海道・標津で育った6人きょうだいの末っ子

竹谷氏は1969年9月30日、北海道標津郡標津町に生まれました。知床半島と根室半島の間に位置し、海と山に囲まれた地域で、6人きょうだいの末っ子として育っています。

実家は水産加工業を営んでいました。父は料理を作って家族に振る舞い、気に入られた料理があればレシピまで教えていたと、本人は幼少期を振り返っています。

母について記憶に残っているのは、自分の子どもだけでなく周囲の人にも手を差し伸べる姿でした。近所のひとり親家庭の子どもの面倒をみていたこともあり、竹谷氏は幼い頃から人の世話をする母を見て育りました。

困っている人を笑顔にしたい

出典:竹谷とし子公式サイト「歩みを3分で」(公開日記載なし)

子どもの頃は動物も好きで、犬や猫、鳥などと暮らしていました。中学生の夏休みには短い漫画を描き、雑誌の漫画賞に応募しようとしたこともあります。ところが締め切りまでに結末を描けず、応募を断念したというエピソードも残っています。

竹谷とし子の学歴|高校進学で北海道を離れ、約30時間の船旅で東京へ

標津小学校、標津中学校を経て、高校進学を機に北海道を離れました。高校1年の春、約30時間かけて船で東京へ渡り、創価高等学校へ進学しています。

寮生活を送りながら学んだ高校時代、世界で起きている難民問題や紛争について考える機会を持ちました。国や民族の対立だけではなく、人間の心の問題にも関心を持つようになったと本人は紹介しています。

卒業後は創価大学経済学部へ進学しました。ここで選んだ専門資格が、公認会計士でした。

創価大学在学中、公認会計士試験に再挑戦して合格

大学4年時には、アルバイトを続けながら1日10時間ほど勉強する生活を送っています。最初の公認会計士試験第2次試験では合格できませんでした。

それでも受験を続け、1991年、大学在学中に公認会計士試験第2次試験へ合格。1992年3月に創価大学経済学部を卒業しました。

卒業後に政治へ直行したわけではありません。まず監査と企業経営の現場へ入り、約18年間にわたる民間企業でのキャリアを重ねていきます。

竹谷とし子の経歴|監査法人から経営コンサルタントへ、世界10カ国で仕事を経験

1992年4月、監査法人トーマツに入所しました。企業の財務諸表などを確認する監査業務を経験した後、1996年6月にアビームコンサルティングへ移ります。

新しい職場で担当したのは、企業のIT導入や経営改善です。あるシステム導入案件ではトラブルによって億単位の損失が生じかねない状況に直面し、原因を探して立て直しに取り組んだ経験を本人が紹介しています。

仕事は海外へも広がりました。2000年には香港、2006年にはインドネシアで勤務し、ベトナムの鉄道関連プロジェクトにも関わっています。活動した国は世界10カ国に及びました。

ベトナムで計画が停滞した際には、現地の関係者と食事を共にし、戦争の記憶などを直接聞きました。相手との信頼関係を築き直しながら仕事を進めたことを、海外勤務で印象に残った経験の一つとして挙げています。

36歳でアビームコンサルティングの執行役員に就任。約3500人の社員を抱えていた会社で経営側の立場も経験しました。

010年、東京都選挙区から初めて国政選挙へ

転機は2010年です。民間企業で働いていた竹谷氏は、公明党から東京都選挙区の参議院議員通常選挙に立候補しました。

同年7月の参院選で初当選し、経営コンサルタントから国会議員へ。以後、東京都選挙区で議席を重ねることになります。

誰もが幸福を実感できる「支え合う温かな社会」を築きたい

出典:公明党「2016参院選に挑む党予定候補 竹谷とし子(現)」(2015年11月11日)

委員長、財務大臣政務官を経て復興副大臣へ

国会では2013年10月に参議院災害対策特別委員長を務め、2014年9月には第2次安倍改造内閣で財務大臣政務官に就任しました。第3次安倍内閣でも同職を担っています。

その後、2017年9月に参議院総務委員長、2019年10月に参議院法務委員長を歴任しました。委員会運営から政府側の実務まで、国会で担当する領域を広げています。

2022年8月には第2次岸田改造内閣で復興副大臣に就任。東日本大震災からの復興を所管する政府役職を担いました。

公認会計士の専門性を国の財政改革へ

国政入り後も、公認会計士として扱ってきた会計や財務は継続的な活動分野になりました。特別会計や基金、政府資産などを確認し、支出や財産の扱いを見直す「財政の見える化」を進めています。

国の会計を企業会計に近い発生主義・複式簿記の視点から捉える取り組みにも関わり、地方自治体の公会計整備を求めてきました。2015年には総務省から地方公共団体へ統一的な基準による財務書類作成を求める通知が出されています。

参議院の議員プロフィールは、竹谷氏が国会質問や決算調査を通じて累計7000億円を超える税金の無駄削減につなげたと紹介しています。これは議員本人側の実績紹介として公的プロフィールに掲載されている数値です。

食品ロス削減を議員立法のテーマに

財政とは別に長く取り組んできたテーマが食品ロスです。まだ食べられる食品が廃棄される問題に対し、国や自治体、事業者、消費者がそれぞれ取り組む法的な枠組みづくりを進めました。

食品ロスの削減の推進に関する法律は2019年5月31日に公布され、同年10月1日に施行されました。法律は食品ロス削減を国民運動として進め、国・地方公共団体などの責務や基本方針を定めています。

成立後も、食品事業者や自治体などへの現場視察、政府への提案を続けています。自身のXでは、党の食品ロス削減推進プロジェクトチームで座長を担っていることも紹介しました。

女性や子どもの困り事を制度へつなぐ

女性政策では、賃金格差、仕事と子育ての両立、女性のデジタル人材育成、女性特有の健康課題などを扱ってきました。女性の健康を包括的に支援する拠点整備やデジタル分野での就業支援などを党内で推進しています。

現場の声から政策を練り上げ、実現するのが公明党の強みです。

出典:竹谷とし子公式サイト「地域に希望と信頼広げる」(2023年12月25日)

税制では、ひとり親に関する所得控除の見直しに取り組みました。子どもの居場所や食事を支える活動にも関わり、備蓄米の活用では、こども食堂などへ米が届く仕組みを後押ししています。

北海道の自然環境をめぐる発信

出身地である北海道に関しては、釧路湿原周辺で進む大規模太陽光発電事業をめぐる環境問題にも発信しています。希少生物や自然環境への影響を念頭に、地元議員らと連携して対応する姿勢を示しました。

政治資金問題では「政治とカネ」への姿勢を発信

自民党派閥の政治資金問題が続いた時期には、選挙協力を含む公明党側の対応についても発言しています。2025年4月には、収支報告書への不記載があった議員への推薦をめぐり、自身の考えをXで示しました。

026年、公明党代表に正式選出

2026年初めには、政党間の再編をめぐって公明党の立場も大きく動きました。中道改革勢力の結集に向けた動きの中で、竹谷氏自身も新たな政治勢力について発信しています。

同年3月14日に開かれた公明党の臨時全国大会では、竹谷氏が公明党代表に正式選出されました。国会議員として16年目を迎える中で、党全体を率いる立場となりました。

「快活で愛される党」として、未来への希望を開く党の前進のために全身全霊で何でもやらせていただく

出典:公明党「生活者、平和守り抜く」(2026年3月15日)
人生年表 竹谷とし子さんの歩み
1969年9月30日
北海道標津郡標津町に生まれる
6人きょうだいの末っ子として水産加工業を営む家庭で育つ
高校1年春
創価高等学校進学のため上京
船で約30時間かけて北海道から東京へ移る
1991年
大学在学中に公認会計士試験第2次試験に合格
一度の不合格後に再挑戦
1992年3月
創価大学経済学部を卒業
1992年4月
監査法人トーマツに入所
1996年6月
アビームコンサルティング株式会社に入社
企業のIT導入・経営改善や海外案件に従事
2005年
アビームコンサルティングの執行役員に就任
36歳で執行役員となる
2010年7月
第22回参議院議員通常選挙で初当選
東京都選挙区
2013年10月
参議院災害対策特別委員長に就任
2014年9月
財務大臣政務官に就任
第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣
2017年9月
参議院総務委員長に就任
2019年5月
食品ロス削減推進法が成立
同法の成立を推進
2019年10月
参議院法務委員長に就任
2022年8月
復興副大臣に就任
第2次岸田改造内閣
2026年3月14日
公明党代表に正式選出
臨時全国大会で新代表に選出

党代表として掲げる政策テーマ

物価高と中小企業の経営環境

党代表就任後、前面に出している課題の一つが物価高への対応です。2026年3月27日から4月13日にかけて中道改革連合、立憲民主党、公明党の3党が実施した緊急調査には、個人7366人、企業5196社の計1万2562件の回答が集まりました。

竹谷氏は調査結果を基に、家計だけでなく原材料費やエネルギー価格の上昇に直面する中小企業への支援を求めました。政府に対しては補正予算を速やかに組み、生活者と事業者への対策を講じるよう主張しています。

核兵器廃絶と平和外交

平和政策では、核兵器廃絶、非核三原則、核兵器禁止条約をめぐる国際的な議論への日本の関与を訴えています。2026年8月、広島で開かれた討論会では公明党の核廃絶への立場を次のように述べました。

結党以来、一貫して核廃絶を党是として掲げ、平和外交に取り組んできた。この原点はいささかも揺るがない

出典:公明党「『核なき世界』の先頭に」(2026年8月6日)

中東情勢が緊迫した際には、停戦の働きかけとともに、日本国内のエネルギー安定供給への対応も求めています。

「現場目線」を軸にした党運営

代表就任後も、地方議員や支援者が地域で拾い上げる声を政策へ反映する「現場目線」を強調しています。生活者の困り事を制度へつなぐという、参議院議員時代からの政策形成の方法を党運営にも置いています。

選挙歴 竹谷とし子の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第22回参議院議員通常選挙
定数:5 比例復活:該当なし
初当選
東京都 選挙区 公明党 当選 806,862票 2位
第24回参議院議員通常選挙
定数:6 比例復活:該当なし
2期目
東京都 選挙区 公明党 当選 770,535票 3位
第26回参議院議員通常選挙
定数:6 比例復活:該当なし
3期目
東京都 選挙区 公明党 当選 742,968票 2位

竹谷とし子氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

財務透明性と災害復旧コスト

避難所の生活環境

中小企業の資金繰りと雇用支援

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

竹谷とし子氏の党首討論を動画で見る

国会での質問の組み立て方や話し方を確認したい場合は、党代表として党首討論に立った映像があります。

竹谷とし子氏の現在情報

2026年9月10日 時点
現在の公職 参議院議員
現在の所属 公明党
選挙区・選出地域 東京都選挙区
現在の期・任期 参議院議員3期目
現在の主な役職
公明党代表 女性委員長 常任役員 東京都本部顧問

2026年8月31日の3党協議後、公明党単独での中道改革連合への合流を見送り、中道政治の実現を掲げて活動を継続している。

関連書籍
竹谷とし子さんの著書・関連書籍
心に太陽笑顔で挑戦 わたしを変えた10の言葉
書籍
心に太陽笑顔で挑戦 わたしを変えた10の言葉
著者:竹谷とし子 / 出版社:鳳書院 / 発売日:2010年03月

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政治人生の転機 竹谷とし子の政治人生の転機
01
2010年7月
民間の経営コンサルタントから参議院議員へ
東京都選挙区から初めて参院選に立候補し、初当選した。
なぜ転機なのか 監査・経営コンサルティングの世界から国政へ活動の場が変わったため。
02
2014年9月
財務大臣政務官に就任
第2次安倍改造内閣で財務大臣政務官に就任した。
なぜ転機なのか 公認会計士として扱ってきた財政・会計分野で政府役職を担う立場となったため。
03
2022年8月
復興副大臣に就任
第2次岸田改造内閣で復興副大臣に就任した。
なぜ転機なのか 副大臣として東日本大震災からの復興政策を担う立場となったため。
04
2026年3月14日
公明党代表に正式選出
臨時全国大会で公明党代表に選出された。
なぜ転機なのか 国会議員・政府役職経験者から、党全体を率いる代表へ立場が変わったため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料

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