木村英子氏は、障害当事者として地域生活と介護保障を求める活動を続け、その現場から国政へ進んだ参議院議員です。
この記事では、施設と養護学校で過ごした子ども時代から、自立生活、地域での障害者運動、参議院での活動へと進んだ歩みを、本人の言葉を交えながらたどります。
- 施設と養護学校で育ち、10代で施設を離れて地域で暮らす道を選びました。
- 多摩地域で障害者の自立生活と介護保障を求める活動を長く続けてきました。
- 障害当事者の政治参加を掲げて国政へ進み、介護、移動、教育など生活に直結する制度を国会で取り上げています。
木村英子の生い立ち|横浜で生まれ、施設と養護学校で過ごした子ども時代
木村英子氏は1965年5月11日、神奈川県横浜市に生まれました。幼い頃から重度の障害があり、1972年には施設「ゆうかり園」に入り、施設に付属する養護学校へ通う生活を送ります。
本人は後年、幼少期には家族と離れて過ごす時間が長く、施設ではリハビリや手術を受けた一方、職員から暴力を受けた経験もあったと振り返っています。
施設と養護学校で育ちました。
出典:木村英子公式サイト「【文字起こし】2020.12.3外国特派員協会記者会見(日本語・英語)」(2021年1月8日)
木村英子の学歴|平塚養護学校高等部で学んだ学生時代
高校は神奈川県立平塚養護学校高等部へ進み、1984年3月に卒業しました。進路指導では施設で生活することを前提とするような言葉を受け、社会の中で暮らす将来像を持ちにくかったことも本人は語っています。
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 高等部 | 神奈川県立平塚養護学校高等部 | ― | 偏差値で比較する学校ではない | 卒業 |
※特別支援学校高等部を一般高校の偏差値で比較することは適切ではないため、数値は掲載していません。
19歳で施設を離れ、国立市で地域生活を始める
卒業後には別の施設へ移る進路が用意されていました。しかし、地域で自立生活をしていた三井絹子さんら重度障害者の存在を知り、施設へ進む道を選びませんでした。
19歳で東京都国立市へ移り、地域での自立生活を始めました。当時は日常生活を支える介助者を自分で確保しなければならず、知人や学生などのボランティアを探しながら生活を組み立てていきます。
ボランティア探しをするしか生きるすべはありませんでした。
出典:木村英子公式サイト「3/24 厚生労働委員会 質疑」(2025年3月26日)
東京都では1970年代から重度障害者向けの介護人派遣制度が整えられていましたが、必要な介助時間をすべて公的制度だけで確保できる状況ではありませんでした。木村氏は地域で暮らしながら、介護保障を求める障害者運動へ深く関わっていきます。
多摩市で「自立ステーションつばさ」を立ち上げる
1994年4月、木村氏は東京都多摩市で「自立ステーションつばさ」を設立しました。自ら地域で生活するだけでなく、障害のある人が施設を出て暮らすための相談や介助者確保などを支援する活動へ広げていきます。
介助者不足は、自身の生活にも直結する問題でした。木村氏は多摩市に地域生活の実情を伝え、2012年5月には「障がい者自立生活サポーター支援制度」が始まりました。資格を持たない地域住民や学生などをサポーターとして活用できる仕組みです。
2011年から2020年までは多摩市自立支援協議会の委員も務めました。障害者差別をなくす条例の制定も提案し、2020年には「多摩市障がい者への差別をなくし共に安心して暮らすことのできるまちづくり条例」が制定されています。
木村英子の経歴|障害者運動から国政へ、2019年に初めて立候補
国政へのきっかけとなったのが、山本太郎氏との出会いでした。立候補のおよそ3年前、「太郎’sネットワーク」の総会で山本氏と会い、政策に障害者問題が十分盛り込まれていないことを直接問いかけたといいます。
その後も障害者施策をめぐる活動を続けるなかで、山本氏から国会へ当事者の実情を届けることを求められ、2019年6月28日に参議院選への立候補を表明しました。
政治に参加して戦っていこうと思ったからです。
出典:れいわ新選組「木村英子候補(比例代表・特定枠2)記者会見」(2019年7月11日)
同年の参院選では、れいわ新選組が比例代表に設けた特定枠の第2位として立候補。2019年7月21日の第25回参議院議員通常選挙で初当選しました。
約35年に及んだ地域での障害者運動から、活動の場が国会へ移ります。
国会議員になって表面化した「働く時間の介護」の壁
木村氏が国会へ進んだ直後から問題になったのが、重度訪問介護を働いている時間に利用できない制度運用でした。
重度訪問介護は、常時介護を必要とする重度障害者の生活を支える制度です。一方、厚生労働省の告示によって経済活動中などの利用が制限されており、国会議員として活動する時間にも公費による介護をそのまま利用できない問題が生じました。
木村氏は議員になった後も、地域生活の現場で取り組んできた介護保障や障害者の社会参加を国会質問のテーマとして扱います。
そのフィールドが国会に変わっただけとも言えます。
出典:J-CASTニュース「車いすの国会議員、木村英子さんが変えたもの」(2025年4月20日)
車いすでの鉄道利用を国会で問い続ける
国土交通分野では、車いす利用者として日常的に経験してきた鉄道のバリアを取り上げました。木村氏が問題としてきた一つが、車いす利用者が移動に費やす待ち時間です。
本人は、新幹線の車いす用スペースが少ない問題を国会で取り上げた後、2席だったスペースが6席へ拡大される仕組みにつながったと振り返っています。
2022年には、新幹線の車内で人工呼吸器などの医療機器へ給電する際の扱いも質問しました。国側は、医療機器への電源利用について同意書や誓約書を求める必要はないとの考えを示し、鉄道事業者へ周知する方針を答えています。
駅員による乗降介助についても、木村氏は乗り換えのたびに長時間待つケースを示し、障害のない利用者と同じように移動できる仕組みを求めました。
2025年参院選、特定枠を使わず再選へ挑む
2019年は比例代表の特定枠で当選しましたが、2025年の参院選では特定枠を使わず、通常の比例代表候補として立候補する道を選びました。
そこで再び問題になったのが重度訪問介護です。選挙運動や政治活動中の利用が認められていなかったため、木村氏は2025年3月、当時の石破茂首相に制度改善を求めました。その後、選挙運動中に重度訪問介護を利用できる扱いが認められました。
選挙や政治活動は最も遠い権利です。
出典:木村英子公式サイト「4/27 予算委員会 質疑」(2026年4月28日)
2025年参院選では選挙運動中の重度訪問介護利用が認められましたが、利用制限の根拠となる厚生労働省告示523号そのものが撤廃されたわけではありません。
選挙期間中には、自ら期日前投票へ出向き、比例代表の投票用紙に自身の名前を書いたことも発信しています。
2025年7月20日の参院選では127,656.026票を獲得し、2期目の当選を果たしました。特定枠を除くれいわ新選組候補の中では最も多い個人名票でした。
選挙後も利用制限全体の見直しを求める活動は続き、同年7月には天畠大輔参議院議員とともに厚生労働省へ告示523号の撤廃を求めています。
2期目に入った2025年12月には、参議院本会議で会派を代表し、2024年度決算について質問しました。委員会だけでなく本会議でも党・会派を代表して質疑に立っています。
2026年2月には、れいわ新選組の新執行部で副代表に就任しました。
障害当事者の議員を増やすことにも関わり続け、2026年7月には「障害者の自立と政治参加をすすめるネットワーク」の東京集会に参加しています。
同じ月には、医療的ケア児だけでなく成人後も含めた支援を広げる法改正が国会で成立しました。木村氏も法改正の成立を発信しています。
もう一つ取り組んだのが、入院中の重度訪問介護利用です。制度上は一定の条件で利用可能でも、病院側へ示す書類の記載が利用をためらわせる要因になっているとして、2026年6月に国会で運用を問いただしました。
2026年7月1日、厚生労働省は問題となった記載を削除する形で様式を改めました。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2019年 7月21日 | 第25回参議院議員通常選挙 れいわ新選組は2議席を獲得。比例代表特定枠第1位の舩後靖彦氏と第2位の木村英子氏が当選。 | 比例代表 (全国) | れいわ新選組 | 当選 | 特定枠第2位 |
| 2025年 7月20日 | 第27回参議院議員通常選挙 特定枠を使わず再選。れいわ新選組は比例代表で3議席を獲得。 | 比例代表 (全国) | れいわ新選組 | 当選 | 127,656.026票 党内当選順位2位(特定枠を除く個人名得票1位) |
木村英子氏が掲げる政策の柱
2026年9月時点で、木村氏が掲げている政策のうち、国会活動との関わりが深いテーマを見ていきます。
重度訪問介護の利用制限をなくす
木村氏は厚生労働省告示523号の撤廃を掲げています。職場や学校、選挙・政治活動など生活の場面によって介護サービスが途切れない制度を求めています。
移動・建物・制度・意識のバリアフリー
交通機関だけでなく、建築物、制度、周囲の対応まで含めて社会的な障壁をなくすことを政策に掲げています。設備を整えるだけではなく、障害者が利用することを前提とした運用を求める立場です。
障害の有無で分けないインクルーシブ教育
教育では、障害のある子どもとない子どもが同じ場で学べる教育環境を求めています。就学前から地域でともに育ち、学校でも同じ社会の一員として関係を築ける仕組みを重視しています。
社会的バリアを一緒に乗り越えていくための関係性が必要です。
出典:木村英子公式サイト「11/17 文教科学委員会 質疑」(2022年11月18日)
施設から地域生活へ移れる社会
障害を理由に生活の場所や生き方を選別されないこと、施設から地域へ移行できる支援を整えることも政策に掲げています。優生思想の否定や障害者権利条約の理念を国内制度へ反映することを求めています。
生活保障と社会保障を支える仕組み
経済政策では消費税廃止を掲げる一方、生活保護をはじめとする社会保障についても、必要な人が制度を利用できることを重視しています。
2025年10月には、生活保護基準引き下げをめぐる「いのちのとりで裁判」の集会にも参加しました。
木村英子氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
介護人材不足と報酬
「介護の必要な人たちの生活は崩壊寸前」
木村氏は、介護事業者の倒産増加や訪問介護報酬の引下げを取り上げ、在宅・施設双方の介護人材不足と報酬水準の改善を求めた。
公共イベントのバリアフリー
「建物や交通などあらゆる面でバリアフリー」
国際園芸博覧会を例に、車椅子利用者や高齢者も同じように参加できるよう、会場施設とアクセス交通の双方でバリアフリーを徹底する必要性を訴えた。
災害時の個別避難計画
「災害時に障害者の命を守るために最も重要なのは支援者の存在」
障害者の個別避難計画について、自治会や福祉事業所との連携、人材確保、地域の障害理解が不可欠だとして実効性ある体制整備を求めた。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
本人の言葉を動画で見る
2020年12月の日本外国特派員協会での記者会見では、木村氏自身が歩んできた人生や国会議員になった理由を長い言葉で語っています。
木村英子氏の現在情報
重度訪問介護の利用制限、障害者の政治参加、移動や教育のバリアフリーなど、障害当事者の生活に直結する制度課題を継続して国会で取り上げています。
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- 生年月日、出生地、学歴、当選年、当選回数、比例代表、所属会派などを確認
- 幼少期、施設・養護学校、自立生活開始、自立ステーションつばさ、多摩市での活動、参院初当選までの経歴を確認
- 生い立ち、所属、関連団体、公式サイト、公式X、公式YouTubeを確認
- 山本太郎氏との接点、2019年参院選への立候補経緯、立候補理由を確認
- 重度訪問介護、バリアフリー、インクルーシブ教育、地域移行などの政策を確認
- 選挙・政治活動中の重度訪問介護利用と告示523号をめぐる国会質疑を確認
- 入院中の重度訪問介護利用をめぐる国会質問と厚生労働省の様式変更を確認
- 2026年2月16日の副代表就任を確認
- 2026年8月5日の執行部体制変更と副代表退任を確認
- 2026年8月6日の「れいわ新選組」から「いのちの党」への党名変更を確認
- 2019年参院選での比例代表特定枠順位と当選結果を確認
- 2025年参院選比例代表の得票数と当選結果を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ整理し、既存本文を維持したまま検索意図を明確化
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月28日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月7日 記事を新規作成。現況情報を確認




















