武内和久氏は、2023年の北九州市長選挙で初当選した政治家です。政治家になる前には霞が関、海外、外資系企業、メディアなど、異なる世界で仕事を重ねてきました。
その出発点には、九州各地を転居しながら育った少年時代があります。この記事では、学生時代に官僚を志した理由、厚生労働省から民間へ移った過程、最初の選挙での敗北を経て北九州市長になるまでをたどります。
- 九州各地を移り住みながら育ち、久留米大学附設中・高から東京大学法学部へ進みました。
- 厚生省で社会保障政策や海外勤務を経験し、退官後は外資系企業、メディア、大学、起業へ活動領域を広げました。
- 2019年の福岡県知事選で敗れた後、北九州で市民との対話を重ね、2023年に北九州市長へ初当選しました。
武内和久の生い立ち|佐賀に生まれ、九州各地を移り住んだ少年時代
武内和久氏は1971年4月19日生まれ。両親は大分県の中津と杵築の出身で、姉が1人います。父親はダムの管理などを担当する公務員で、転勤に伴って一家は九州各地を移りました。
本人は「佐賀に生まれ、大分、熊本、福岡と転居」と振り返っています。ダムの近くや山あいで生活することが多く、キャベツ畑や材木置き場も遊び場でした。
公務員宿舎では、縁側に近所の人や高齢者が集まり、夜には食べ物を持ち寄って大人と子どもが一緒に過ごすこともありました。家族だけではなく、周囲のさまざまな年代の人と接する生活でした。
色んな世代の方と話せる自分になった原点だと思う。
出典:武内和久オフィシャルサイト「プロフィール」(公開日記載なし)
小学生になる頃には福岡市西区の大町団地で暮らしました。本人の経歴資料では石丸小学校に通学。30棟ほどの5階建て住宅が並ぶ団地で、道路や駐車場を使って「ろくむし」や野球をし、コマ回しや竹馬でも遊んでいたといいます。
団地の周囲には田んぼが広がり、夏の夜にはカエル、秋には鈴虫の声が聞こえる環境でした。都市部だけで過ごした少年期ではなく、転居を繰り返しながら九州各地の自然と人間関係に触れて育っています。
武内和久の学歴|久留米大学附設から東京大学へ|官僚を志した学生時代
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 福岡市立石丸小学校 | ― | ― | 福岡市 |
| 中学校 | 久留米大学附設中学校 | ― | ― | 中高一貫 |
| 高校 | 久留米大学附設高等学校 | ― | 76(2026年度版) | ― |
| 大学 | 東京大学 | 法学部 | 67.5(文科一類・2027年度参考) | 卒業 |
※偏差値・難易度は武内氏の在学当時ではなく現在の目安です。
中学からは久留米大学附設中学校・高等学校へ進みました。テニス部では前衛を担当し、ポーチやボレーの判断を繰り返しながら練習していたと振り返っています。
好きな教科は国語や古文・漢文で、作家の宮本輝氏の作品をよく読んでいました。進路を意識するきっかけとなったのは、高校2年の夏に城山三郎著『落日燃ゆ』を読んだことでした。
広田弘毅の生涯を描いた作品に接し、高校2年で「国のために働く」官僚を志すようになります。
東京大学では文科一類から法学部へ進学しました。上京直後の住まいは六畳一間で、風呂もエアコンもない部屋。家庭教師だけでなく、工事現場、引っ越し、商品陳列など複数のアルバイトを経験しています。
20歳の頃には『鄙の論理』を読み、自治体や地方から社会を動かすという発想にも触れました。市長就任後の職員との対談で、この頃に抱いた思いを次のように振り返っています。
地方から、イノベーション(変革)を起こして、日本を変えていく。
出典:北九州市政だより「武内市長『挑戦する市政』へ始動」(2023年4月1日)
大学卒業後に選んだ進路は地方自治体ではなく国の行政でした。家族が難病を経験したこともあり、病気や障害など人生の途中で困難に直面する人を支える仕事として厚生省を選びます。
武内和久の経歴|厚生省で社会保障へ|海外勤務と官民交流を経験
1994年4月、厚生省へ入省しました。入省後は介護保険の創設や高齢者福祉、医療、年金、高齢者雇用、少子化対策など、生活に直結する社会保障分野で仕事を重ねています。
国内だけでなく、米国のシンクタンクや在英国日本国大使館でも勤務しました。英国では一等書記官を務め、その後は大臣官房国際課、年金局総務課、医政局総務課などを経験しています。
東日本大震災の際には被災地の医療確保にも携わりました。2015年には厚生労働省の「保健医療2035」策定懇談会メンバーとして、将来の保健医療政策を議論する仕事にも参加しています。
一方、官僚在職中から官と民の両方を見る機会も得ていました。官民人事交流ではマッキンゼー・アンド・カンパニーへ出向し、企業経営の現場にも触れています。
可能な限り自分の人生を能動的にデザインしたい。
出典:厚生労働省「総合職採用パンフレット2013」(2013年)
国と海外、行政と民間という異なる立場を行き来した経験の後、霞が関そのものを離れる決断をします。
官僚生活を離れ、ビジネスと発信の世界へ
2015年10月に厚生労働省を退職し、翌11月にアクセンチュアへ入りました。2017年5月にはマッキンゼー・アンド・カンパニーへ移り、企業経営を支援する側に立ちます。
本人は、民間へ移った直後について、行政とは仕事の進め方も評価の基準も違い、厳しいスタートだったと振り返っています。政策を作る仕事から、顧客に価値を示し、仕事そのものを獲得する世界への転換でした。
やがて活動の拠点を九州へ戻します。2018年には九州朝日放送のコメンテーターとなり、『アサデス。』『シリタカ!』などテレビ・ラジオの番組に出演。本人によれば、一時期は週7本のレギュラー番組を抱えていました。
同じ2018年には慶應義塾大学医学部非常勤講師となり、2019年にはBLOOMIN’ JAPAN株式会社を立ち上げて代表取締役に就任しました。その後、福岡歯科大学客員教授、株式会社インターネットインフィニティー社外取締役、九州国際大学客員教授なども務めています。
官僚、コンサルタント、放送、大学、起業と、政治家になる前だけでも仕事の領域は大きく変化しました。その途中で初めて公職選挙へ挑みます。
2019年福岡県知事選の敗北から、北九州での再起へ
2019年4月の福岡県知事選挙が、武内氏にとって初めての選挙でした。届出党派は無所属で、自由民主党の推薦を受けて立候補しました。
2019年の福岡県知事選では「無所属」が所属党派で、「自由民主党推薦」は推薦関係です。自由民主党所属として立候補したわけではありません。
結果は現職の小川洋氏が1,293,648票、武内氏が345,085票。約95万票の差がつき、2位で落選しました。
この敗北について、4年後の北九州市長選の最中に本人は繰り返し振り返っています。組織や周囲に任せるのではなく、自分で市民の話を聞き、自分の言葉で判断を示す選挙へ変えようとしたと説明しました。
私は自分の言葉で語れるリーダーを目指したい。
出典:武内和久オフィシャルサイト「今回の戦いは、私自身、過去の自分と決別する戦いでもある。」(2023年1月28日)
知事選後は会社経営を続けながら各地域を回りました。本人は、その後の3年間で1万人以上と出会ったとしています。北九州市長選へ向かう時期には、街頭活動だけでなく少人数の対話を数多く重ね、選挙期間中には400回を超える対話から政策を組み立てたと発信しました。
扱ったテーマは大規模な成長戦略だけではありませんでした。投票日を控えた2023年2月3日には、選挙カーから見かけた野良猫をきっかけに、地域猫活動について発信しています。
2023年北九州市長選|無所属で初当選
北九州市長選への出馬を表明したのは2022年8月です。2019年とは異なり、武内氏は政党や業界団体の支援を受けない選挙を掲げました。
2023年2月5日の北九州市長選には4人が立候補しました。つもり洋介氏112,614票、ながた浩一氏28,336票、清水ひろあき氏27,788票に対し、武内氏は126,839票を獲得して初当選。次点との差は14,225票でした。
2月20日に市長へ就任しました。就任初日には福岡市長、福岡県知事、下関市長を訪ね、北九州だけで完結せず周辺地域との連携を進める姿勢を発信しています。
かつて厚生労働省で国の制度を作る側にいた武内氏は、今度は自治体の長として、企業誘致、財政、人口、子育て、教育、産業政策を横断して扱う立場になりました。
武内市政の政策・政治姿勢
市長就任後は、人口減少への対応を成長政策だけ、財政問題を削減だけで扱うのではなく、支出の組み替えと投資を同時に進める方針を示しました。そこから企業誘致、子育て、U・Iターン、スタートアップなどへ施策が展開されています。
「財政の模様替え」と行財政改革
就任直後に示した柱の一つが行財政改革です。官と民によるチームで事業や財政を点検し、単純な一律削減ではなく、必要性の高い分野へ資源を移す考え方を打ち出しました。
必要なところに財源を移していく「財政の模様替え」を進めてまいります。
出典:北九州市政だより「新市長からのご挨拶」(2023年3月1日)
令和7年度決算について北九州市は、一般会計の実質収支が15億円の黒字、市税収入が過去最高の1,911億円、市債残高が前年度から205億円減の1兆1,852億円となり、残高が16年ぶりに減少したと公表しました。
企業誘致と物流インフラを「稼げる基盤」に
もう一つの軸が、民間投資や企業を呼び込むことで市内に仕事と所得を生み出す成長政策です。北九州空港、港湾、鉄道貨物、高速道路など、既存の物流インフラも企業立地と結び付けています。
2023年2月には国が北九州空港の滑走路を2,500メートルから3,000メートルへ延長する事業への着手を発表しました。武内氏は就任直後から、歴代市長や関係者の取り組みを受け継ぎ、空港をアジア物流の拠点として生かす方針を発信しています。
2026年4月に示した「企業誘致加速大作戦 第2弾」では、データセンター、自動車、サービス・コンテンツ産業、誘致基盤の4分野を重点化。今後3年間でデータセンター5件、関連産業3件、投資決定額1兆円という目標も掲げました。
子育て・教育への負担軽減と挑戦する環境づくり
子育て政策では、2023年12月から市独自に第2子以降の保育料無償化を開始しました。当初は保育の必要性がある家庭を中心とした制度でしたが、2026年度には認可外保育施設や幼稚園の2歳児保育などへ対象を拡大しています。
学校教育では、子ども自身の志や人生観を育てることを教育大綱に位置付けています。2023年には北九州市出身の内村航平氏が花尾小学校で鉄棒を教える授業を訪れ、技術だけでなく「挑戦すること」を子どもたちが体験する機会として紹介しました。
2026年度には小学校などの学校給食費について国の支援制度も活用しながら負担軽減を進めるなど、子育て期の家計負担と教育環境の両面を扱っています。
人口の社会動態を反転させ、U・Iターンを増やす
北九州市では1965年から長く転出超過が続いていましたが、市の届出年月日基準では2024年の社会動態がプラス492人となりました。1964年以来、60年ぶりの転入超過です。
市は背景として、企業誘致だけでなく都市の魅力発信、若者・子育て世代への施策、U・Iターン支援など複数の取り組みを挙げています。令和7年度についても社会動態は2年連続のプラスとなり、U・Iターン就職決定者数は3年連続で過去最高になったと公表しました。
人口の数字だけを目的にするのではなく、市外から選ばれる仕事や生活環境を増やし、その結果として人の流れを変えるという組み立てです。
スタートアップ、DX、フィジカルAIへの投資
民間企業や起業支援を経験してきたこともあり、スタートアップ政策は武内市政で継続的に扱われています。既存企業、大学、新しい企業が組み合わさる地域のイノベーションを重視しています。
大事なのは成功の道筋を逆算することではなく、成功するまで(形を出すまで)諦めないこと。
出典:デロイト トーマツ「ローカルなイノベーションエコシステムで鍵となる『スタートアップ』」(2024年3月1日)
2025年には、九州工業大学発の株式会社TriOrbと、同大学の学生が代表を務めるKick Space Technologiesが「起業家甲子園・起業家万博」で総務大臣賞を受賞しました。武内氏も地元大学から新しい事業が生まれる動きとして紹介しています。
行政組織そのものでも、2026年に「北九州市DX・AI人財戦略」を策定しました。人材を研修するだけではなく、育成した職員が実際の業務や市民サービスで成果を出せる環境まで一体で整える方針です。
さらに同年8月には「北九州市フィジカルAI共生都市戦略」を策定。ものづくり企業、ロボット産業、大学、実証フィールドを生かし、AIをロボットや車両など現実世界の機械へ組み込む分野で、研究開発から事業化、産業集積、市民生活への実装までを進める計画を打ち出しました。
文化を街の魅力として外へ発信する
産業や行政改革だけでなく、文化やエンターテインメントも都市の魅力を高める資源として扱っています。2023年には、平成中村座が小倉へ戻ることが発表されました。
武内氏は市民から公演を望む声を何度も聞いていたとして、発表を自身のXでも紹介しました。地域の文化資源を市外へ届け、訪れる理由を増やす発信です。
北九州市はその後、新しい都市ビジョンで「グローバル挑戦都市」を掲げました。企業や人を呼び込む経済政策と、住んでいる人が街を誇れる文化・生活環境の双方を都市政策の材料として扱っています。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2019年 4月7日 | 福岡県知事選挙 自由民主党推薦 | 福岡県 | 無所属 | 落選 | 345,085票 2位 |
| 2023年 2月5日 | 北九州市長選挙 | 北九州市 | 無所属 | 当選 | 126,839票 1位 |
武内和久氏の議会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の議会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
成長産業と企業誘致
「企業の誘致、集積、そしてそこで働く人の人材づくり」
企業誘致と産業集積、人材育成を一体で進め、市の産業構造をより稼げる方向へ転換していく考えを説明した。
子育て負担と学校給食
「少しでも子育て世帯の負担を減らし」
物価高騰下での子育て世帯の負担軽減を重視し、安心して子どもを産み育てられる環境づくりや学校給食費の負担軽減を進める考えを示した。
経験人材の活用と地域の担い手
「ベテランの経験」
若者だけでなく経験を持つ人材も地域経済や企業活動の担い手として活用し、産業成長と人手不足への対応を進める考えを示した。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
動画で見る武内和久氏
北九州市が公開している約50分の講演では、武内氏自身の話し方とともに、市役所という組織や北九州で働くことへの考えをまとまった長さで確認できます。
武内和久氏の現在情報
企業誘致・投資促進と行財政改革を軸に、人口社会増の定着、子育て・教育、DX・AI、フィジカルAIなどの施策を進めています。令和7年度について北九州市は、人口社会動態が2年連続プラスとなり、企業立地投資額とU・Iターン就職決定者数が3年連続で過去最高になったと公表しています。
※商品リンクにはアフィリエイトリンクを含みます。
- 2026年9月時点の北九州市長が武内和久氏であることを確認
- 生年月日、学歴、厚生省、民間企業、メディア、大学、会社経営、市長就任などの主要経歴を確認
- 出生・幼少期、学生時代、厚生省入省の背景、前職、福岡県知事選後の活動、公式SNSを確認
- 厚生省入省後の部署、英国大使館勤務、国際・年金・医政分野、官民交流によるマッキンゼー勤務、本人発言を確認
- 就任時の行財政改革、財政の模様替え、成長政策の基本姿勢を確認
- 2024年の社会動態プラス492人、1964年以来60年ぶりの転入超過を確認
- 企業誘致の重点分野、データセンター等の誘致目標、投資決定額1兆円目標を確認
- 令和7年度決算、市税収入、市債残高、人口社会動態、企業立地、U・Iターンなどの現況を確認
- 2019年福岡県知事選の党派、候補者、得票数、当落を確認
- 2023年北九州市長選の候補者、党派、得票数、武内氏の初当選を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月28日 自治体公式の市長発言・議会答弁等を一次情報としてテーマ別に確認し、一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月11日 記事を新規作成。現況情報を確認




















