猪瀬直樹の経歴・学歴と生い立ち|ノンフィクション作家から東京都知事、参議院議員へ

猪瀬直樹
ひと目でわかるプロフィール 猪瀬直樹
いのせ なおき
出身地
長野県飯山市
初当選
2012年(東京都知事選挙)
最終学歴
明治大学大学院政治経済学研究科政治学専攻修士課程
主な前職
会社員、大学教員・研究者、新聞記者・ジャーナリスト
政界入り
専門職から、首長から
生年月日 1946年11月20日
血液型 AB型

猪瀬直樹氏は、ノンフィクション作家として日本社会の制度や権力構造を取材し、やがて行政改革の実務へ入り、東京都副知事、東京都知事、参議院議員へと活動の場を移してきた人物です。

長野での少年期、学生運動後の模索、政治思想史家・橋川文三との出会い、作家としての調査活動、道路公団民営化、東京都政、知事辞職、そして国政への復帰まで、その歩みを時系列でたどります。

猪瀬直樹氏を理解する3つのポイント
  1. 長野で育ち、学生運動と大学院での学びを経て、調査型ノンフィクションの世界へ進みました。
  2. 官僚機構や公共事業を取材する立場から、行政改革と東京都政の実務へ活動を広げました。
  3. 東京都知事辞職後の期間を挟み、75歳で国政選挙へ挑戦しました。

猪瀬直樹の生い立ち|父の死と長野の学校生活――「用意された道」への疑問

猪瀬直樹氏は1946年11月20日、長野県飯山市に生まれました。3歳半ほどだった1950年5月、父を狭心症で亡くしています。

信州大学教育学部附属長野小学校では、本人の回想によれば成績表のない教育環境で過ごし、屋外で遊んだり昆虫を追ったりすることが好きな少年でした。その後、信州大学教育学部附属長野中学校へ進みます。

中学時代はトンネルのようで、早く抜け出たいと思った。

出典:猪瀬直樹公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

附属中学校から長野県長野高等学校へ進学しました。当時はそのまま有力大学へ進む道が周囲から当然視される環境でしたが、高校2年ごろから、あらかじめ用意された進路を歩くことに疑問を持つようになったと本人は振り返っています。

猪瀬直樹の学歴|医学部志望の浪人から信州大学へ

学歴一覧猪瀬直樹の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校信州大学教育学部附属長野小学校―――
中学校信州大学教育学部附属長野中学校―――
高校長野県長野高等学校―69(2026年度版)―
大学信州大学人文学部経済学科旧学科のため現行組織と単純比較しない卒業
大学院明治大学大学院政治経済学研究科修士課程大学院は偏差値で単純比較しない修了

※旧学科・大学院は現在偏差値へ単純換算していません。

高校卒業後は1年間浪人し、東京の予備校で医学部を目指しました。しかし受験は思うようにいかず、1966年、松本市にある信州大学人文学部へ進みます。

一度東京へ出た後に長野県へ戻った経験について、本人は後年、東京と松本という異なる場所を往復したことが物事を一つの視点だけで見ない「複眼的な思考」につながったと記しています。

大学時代は全国的に学生運動が激しくなった時期と重なりました。猪瀬氏自身も地方国立大学の全共闘議長を務めましたが、やがて議論が空転していく運動のあり方から距離を置くようになります。

1970年3月に信州大学を卒業。東京へ移り、その後の進路を模索するなかで、政治思想や近代日本を研究対象として掘り下げていきました。

橋川文三と明治大学大学院――書く仕事を選ぶまで

1972年、明治大学大学院政治経済学研究科へ進学します。そこで師事したのが、近代日本の政治思想史を研究していた橋川文三でした。

でも橋川先生に出会わなかったら、たぶん僕は『ミカドの肖像』を書こうとはしなかっただろう。

出典:猪瀬直樹公式サイト「1972年~」(公開日記載なし)

大学院では3年間学び、修士論文を提出して1975年に修士課程を修了しました。卒業後は美術関係の出版社に勤務し、編集・出版の現場を経験します。

会社勤めを続けるより、自分で調べ、自分の名前で書く仕事を選びます。1979年には中野駅の北側に小さな仕事場を借り、雑誌への執筆を本格化しました。ノンフィクション作家・本田靖春の仕事にも強い刺激を受けたと記しています。

調査する作家――『昭和16年夏の敗戦』から『ミカドの肖像』へ

1980年代に入ると、近現代日本の政治、戦争、天皇制、官僚機構、都市空間などを題材にした作品を相次いで発表します。1983年には『昭和16年夏の敗戦』などを刊行しました。

1987年には、皇室をめぐる都市空間や記号を追った『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。1996年には『日本国の研究』で文藝春秋読者賞を受賞しました。

作品の題材は過去の歴史だけではありませんでした。特殊法人、公共事業、道路行政など、巨大な制度の資金や意思決定を資料から追う取材を重ね、行政改革の議論へ接点を広げていきます。

著作活動はその後も続いています。過去の作品が時代を経て別の媒体へ展開した際にも、本人のアカウントから発信しています。

道路公団民営化――取材対象から改革の現場へ

作家として制度を調べてきた猪瀬氏は、2000年代に政府の改革関連会議へ参加するようになります。2000年に政府税制調査会委員、2001年に行政改革断行評議会委員を務めました。

そして2002年6月、道路関係四公団民営化推進委員会の委員に就任。日本道路公団など四公団の民営化を議論する7人の委員の一人となりました。

委員会は同年12月、民営化後の組織や債務返済などについて意見書を小泉純一郎首相へ提出しました。その後、政府・国会で制度設計と法整備が進み、2005年に道路関係四公団は民営化されました。

民営化後の道路行政についても、猪瀬氏は後年まで自らの見解を発信しています。

猪瀬直樹の経歴|東京都副知事――改革を行政の現場へ

2007年6月、石原慎太郎知事の下で東京都副知事に就任しました。同じ時期には地方分権改革推進委員会委員も務め、国と地方の役割分担をめぐる議論にも参加しています。

東日本大震災と福島第一原発事故の後には、東京都が大株主だった東京電力の経営改革にも関わりました。都は2012年、顧客サービスを重視する経営理念の明記、情報公開、設備投資への競争原理導入、高効率火力への更新などを株主提案として示しました。

東電は不退転の覚悟で、みずからの経営改革に取り組まなければいけません。

出典:東京都議会「平成24年第2回定例会 代表質問」(公開日記載なし)

2012年都知事選――副知事から選挙で選ばれる首長へ

2012年に副知事を退任すると、東京都知事選へ立候補します。政治・行政に長く関わっていましたが、本人が選挙へ立候補するのはこれが初めてでした。

2012年12月16日の東京都知事選で4,338,936票を獲得し、初当選。東京都知事に就任しました。

2013年3月には、都営新宿線と東京メトロ半蔵門線が同じホームを使いながら改札で分断されていた九段下駅の「壁」を撤去。乗り換え時間の短縮に加え、岩本町駅と秋葉原駅の乗換駅指定や運賃割引など、地下鉄サービスの一体化が進められました。

同年9月には、国際オリンピック委員会が2020年夏季オリンピック・パラリンピックの開催都市に東京を選定しました。猪瀬氏は東京都知事として招致活動に携わりました。

知事時代の本人公式Xでは、政策だけでなく東京都内の文化行事なども直接発信していました。

000万円問題と東京都知事辞職

2013年11月、2012年の都知事選前に徳洲会グループ側から5000万円を受け取っていたことが明らかになりました。猪瀬氏は当初、選挙資金ではなく個人的な借入金で、すでに返却したものだと説明しました。

都議会では借入れの経緯や資金の扱いをめぐる質疑が続きました。12月19日の記者会見で、猪瀬氏は東京都知事を辞職する意向を表明しました。

それはお借りすべきでなかったというふうに思っております。

出典:東京都「猪瀬知事記者会見」(2013年12月19日)

2014年3月28日、東京地検特捜部は、5000万円を都知事選の選挙運動費用収支報告書に記載しなかったとして、公職選挙法違反で略式起訴しました。東京簡易裁判所は同日、罰金50万円の略式命令を出し、猪瀬氏は即日納付しました。公民権も5年間停止されました。

刑事処分の対象は、5000万円を選挙運動費用収支報告書に記載しなかった公職選挙法違反でした。捜査では5000万円が実際に選挙運動へ使われた形跡は確認されていないと報じられています。

大阪府・大阪市特別顧問から、75歳の参院選へ

知事退任後も作家活動を続け、2015年12月には大阪府・大阪市の特別顧問に就任しました。この任期は2022年5月まで続きます。

その2022年、日本維新の会から参議院比例代表へ立候補しました。東京都知事選以来、およそ9年半ぶりの選挙でした。

2022年7月10日の参議院議員通常選挙で44,211.978票を獲得し、比例代表から初当選。日本維新の会の名簿登載者では得票5位でした。同年8月には党の参議院幹事長に就任しました。

人生年表 猪瀬直樹さんの歩み
1946年11月20日
長野県飯山市で生まれる
1950年5月
父が急死
3歳半ごろ、狭心症で父を亡くす
1966年4月
信州大学人文学部へ入学
1年間の浪人を経て進学
1970年3月
信州大学人文学部を卒業
1972年4月
明治大学大学院へ進学
政治思想史家・橋川文三のもとで学ぶ
1975年
明治大学大学院政治経済学研究科修士課程を修了
1979年
雑誌への執筆を本格化
中野駅近くに仕事場を借りる
1987年
『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞
2002年6月
道路関係四公団民営化推進委員会委員に就任
2007年6月
東京都副知事に就任
2012年12月16日
東京都知事選挙で初当選
2013年12月
東京都知事を辞任
徳洲会グループ側からの5000万円受領問題を受け退任
2014年3月28日
公職選挙法違反で略式起訴・略式命令
罰金50万円、公民権停止5年
2015年12月
大阪府・大阪市特別顧問に就任
2022年7月10日
参議院議員通常選挙で初当選
日本維新の会の比例代表候補として当選
2022年8月
日本維新の会参議院幹事長に就任

猪瀬直樹の政策・政治姿勢|社会保障の設計

参議院では厚生労働委員会に所属し、医療費や年金制度などを継続的に取り上げています。都政時代とは異なり、国の社会保障制度そのものが主な質疑対象になっています。

OTC類似薬の保険適用

2025年には、市販薬と成分や効能が近い「OTC類似薬」を医療保険でどこまで給付するかを取り上げました。猪瀬氏は、対象となる薬を保険給付から外し、処方箋を介さない購入へ移す方向を提案しています。

この案は猪瀬氏側からの政策提案であり、当時そのまま制度化されたものではありません。本人は後にも、自ら国会質疑で用いた資料と政策方針について発信しています。

処方箋と調剤医療費

同じ医療費改革では、処方箋枚数の増加と調剤医療費の関係、調剤報酬に設けられている各種加算にも着目しています。2025年5月の厚生労働委員会では、薬局に支払われる技術料などの仕組みを示しながら、医療費を抑える観点から制度見直しを質問しました。

在職老齢年金制度

年金分野では、一定以上の賃金を得る高齢者の厚生年金を減額する在職老齢年金制度について、働く高齢者の就業意欲や人手不足との関係を問題にしています。

在職老齢年金制度を撤廃せよ

出典:国会会議録検索システム「第217回国会 参議院厚生労働委員会 第18号」(2025年6月5日)

第3号被保険者制度

2025年6月には、会社員などに扶養される配偶者が自ら国民年金保険料を納めず基礎年金を受け取る第3号被保険者制度を集中的に質疑しました。共働き世帯や単身者との負担の公平性、就業調整との関係を取り上げ、制度廃止を含む検討を求めています。

また、制度の実情について調査研究するとした改正法の規定に対しては、結論を先送りしないよう検討期限を明確にすることも求めました。

生活保護の医療扶助

2026年6月の厚生労働委員会では、生活保護受給者の医療扶助を扱いました。受給者を国民健康保険や後期高齢者医療制度へ加入させる案、少額の定額負担や1割負担を設ける場合の考え方、医療扶助費が減少した場合の財源の扱いを政府に質問しています。

EVとエネルギー転換

社会保障以外では、自動車の電動化やエネルギー転換についても著作やSNSを通じて発信を続けています。2026年8月にはEV普及をめぐる本人の見方を投稿しました。

選挙歴 猪瀬直樹の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
東京都知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
初出馬・初当選。
東京都 無所属 当選 4,338,936票 1位
第26回参議院議員通常選挙
定数:50 比例復活:該当なし
参議院議員として初当選。日本維新の会は比例代表で8議席を獲得。
比例代表 日本維新の会 当選 44,211.978票 日本維新の会名簿登載者中5位

猪瀬直樹氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

地方分権と自治体の自立

GXと地方自治体の脱炭素政策

地域医療と医師確保

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

映像で聞く猪瀬直樹

本人の話し方や、著作の背景を長めの説明で確認できる公式YouTube動画です。

猪瀬直樹氏の現在情報

2026年9月15日 時点
現在の公職 参議院議員
現在の所属 日本維新の会
選挙区・選出地域 参議院比例代表
現在の期・任期 参議院議員1期目
現在の主な役職
日本維新の会参議院幹事長

参議院では医療費、年金、生活保護制度などの社会保障改革を継続的に取り上げています。2026年6月には生活保護受給者の公的医療保険加入や医療扶助の自己負担のあり方について質疑しました。

関連書籍
猪瀬直樹さんの著書・関連書籍
太陽の男 石原慎太郎伝
書籍
太陽の男 石原慎太郎伝
著者:猪瀬直樹 / 出版社:中央公論新社 / 発売日:2025年12月23日頃
太陽の男 石原慎太郎伝
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著者:猪瀬直樹 / 出版社:中央公論新社 / 発売日:2023年01月19日
ペルソナ 三島由紀夫伝
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著者:猪瀬直樹 / 出版社:中央公論新社 / 発売日:2025年11月20日頃

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政治人生の転機 猪瀬直樹の政治人生の転機
01
2002年6月
道路関係四公団民営化推進委員へ
道路公団などを取材してきた作家の立場から、政府の民営化推進委員会委員に就任。
なぜ転機なのか 調査・執筆を通じた行政批判から、制度改革を議論する当事者側へ立場が移ったため。
02
2012年12月
東京都知事に初当選
副知事を退任し、東京都知事選で初めて選挙へ立候補して当選。
なぜ転機なのか 任命職から、有権者の投票で選ばれる首長へ移ったため。
03
2013年12月
5000万円問題で東京都知事を辞任
徳洲会グループ側から受け取った5000万円をめぐる問題を受け、知事辞職を表明。
なぜ転機なのか 就任約1年で東京都知事の職を失い、その後に公職選挙法違反の刑事処分を受けたため。
04
2022年7月
75歳で参議院議員に初当選
日本維新の会から比例代表に立候補し、国政選挙で初当選。
なぜ転機なのか 東京都知事辞任後、約8年半を経て選挙で公職へ復帰し、地方行政から国政へ活動の場を移したため。
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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