齋藤健氏は、通商産業省、埼玉県副知事を経て政治の世界へ進み、農林水産、法務、経済産業という異なる分野で大臣を務めてきた政治家です。
官僚になる前には、野球や柔道、ハンドボールに打ち込んだ少年・学生時代がありました。官僚から地方行政、選挙政治へと活動の場所を変えてきた歩みを、本人の言葉も交えながらたどります。
- 体育会ハンドボールと通産官僚の実務を経験してきた
- 埼玉県副知事を経て、自民党公募から国政へ転じた
- 農水・法務・経産の3閣僚で異なる政策分野を担当した
齋藤健の生い立ち|写真店の家庭で育ち、柔道と野球に夢中になった少年時代
齋藤健氏は1959年6月14日、東京都に生まれました。家庭は、両親が二人で経営する小さな写真店でした。
幼いころは父親に勧められ、保育園の年長ごろから柔道場へ通いました。小学2年生では、体育大学を出たばかりの担任から、友人同士のけんかを止める「喧嘩止め係」を任されたというエピソードが残っています。
一方で好きだったのが野球です。小学4年生のころにはエースで4番を務め、将来はプロ野球選手になりたいと考えていました。
毎日のように白球を追っていましたが、5年生ごろになると関心は中学受験へ移ります。スポーツ中心だった生活から勉強へと自然に比重を移していきました。
齋藤健の学歴|早稲田実業から筑駒へ ハンドボールに打ち込んだ学生時代
中学は早稲田実業で、本人によれば3年間は受験勉強中心の生活でした。高校は東京教育大学附属駒場高等学校へ進学し、「高校に入ったらスポーツを」と考えて選んだのがハンドボールでした。
東京大学経済学部へ現役で進むと、入学直後から再びハンドボール部へ。1年生のころは4部降格も経験しましたが、3年夏から主将になり、週4日だった練習を週6日に増やしました。
大学に入ったら必ず続けたいと思い、入学式の翌日に入部しました。
出典:自由民主党「『思い出の一枚』齋藤 健 衆議院議員」(2026年4月27日)
主将就任後には関東学生リーグ3部で優勝し、入れ替え戦も勝って2部へ昇格。4年生の夏には、1年生時に全敗した七大学総合体育大会でも優勝しました。
ハンドボールに打ち込んだ結果、東京大学は5年かけて卒業しました。主将を後輩へ譲った5年目にも試合へ出場し、1部との入れ替え戦まで進んでいます。
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 中学校 | 早稲田実業学校中等部 | ― | ― | ― |
| 高校 | 東京教育大学附属駒場高等学校 | ― | 77(後身・筑波大学附属駒場高校の2026年度参考値) | 現在の筑波大学附属駒場高等学校 |
| 大学 | 東京大学 | 経済学部 | 67.5(文科二類・2027年度参考) | 卒業 |
| 大学院 | ハーバード大学ケネディ行政大学院 | 公共政策 | 日本式の偏差値なし | 修了 |
※高校は後身校の現在値を参考として掲載しています。東京大学経済学部は文科二類を参考値とし、海外大学院は日本式偏差値で比較していません。
齋藤健の経歴|通商産業省へ 「困難な仕事」を選んだ官僚時代
大学卒業後の1983年、通商産業省に入りました。中小企業庁では政策金融機関や信用保証制度の運用に携わり、その後も構造不況業種対策、電力・石油を扱うエネルギー行政、IT政策などを経験します。
入省前、忙しいことで知られていた部署への配属を自ら希望しました。大学の厳しい練習を経験したことで、難しい仕事を避けるより、自分から向かおうと考えていたと振り返っています。
一番、忙しいところへ入れてください。絶対、へこたれませんから
出典:日本ハンドボール協会「第2回 齋藤健」(公開日記載なし)
1991年にはハーバード大学ケネディ行政大学院へ留学しました。ジョセフ・ナイ教授らから学ぶ一方、学生自治会の役員選挙にも立候補し、財政委員長を務めています。
帰国後は通商政策局で対米交渉に携わり、1995年の日米自動車交渉では主力メンバーの一人となりました。交渉は約23か月に及び、日米間の通商問題を実務の最前線で経験しました。
1999年には通商産業大臣秘書官となり、その後は資源エネルギー庁やIT政策部門を経て、2001年1月に内閣官房行政改革推進事務局へ出向。道路公団を含む特殊法人改革などに携わりました。
埼玉県副知事から221人の公募へ 官僚を辞めて初めての選挙
2004年8月、上田清司知事の要請を受けて埼玉県副知事へ出向しました。中央省庁を離れ、県行政の立場から企業誘致や商店街振興などを担当します。
次の大きな進路変更は2006年でした。経済産業省を退官し、欠員が生じた衆議院千葉7区の補欠選挙に向けた自民党の候補者公募へ応募します。
応募者221人の中から候補者に選ばれ、4月23日の補欠選挙へ初出馬しました。
結果は86,091票。民主党の太田和美氏が87,046票を獲得し、差は955票でした。初めての選挙では国会議員の議席に届かず、その後も千葉7区で活動を続けます。
009年、野党から始まった国会議員生活再挑戦は2009年の第45回衆議院議員総選挙でした。千葉7区では民主党候補に及ばなかったものの、比例南関東ブロックで復活し、衆議院議員に初当選しました。
この総選挙では自民党が政権を失ったため、議員生活は野党から始まりました。本人公式プロフィールでは、最初の任期に国会質問を37回行ったとしています。
2010年11月9日の衆議院予算委員会でも質問に立ちました。官僚として政策を作る側にいた時代から、国会で政府を問い、法律や予算を審議する側へ立場が変わっていました。
2012年の総選挙では千葉7区で小選挙区初当選を果たし、2期目へ。第2次安倍内閣で環境大臣政務官に就きました。
農林部会長、副大臣を経て農林水産大臣へ
2013年、自民党農林部会長に就任しました。経済産業省出身者が農政の党内調整を担うことになり、TPPや農協改革などをめぐる議論に関わります。
農林部会長は2年間務め、2015年10月には農林水産副大臣へ。2016年の内閣改造後も留任しました。
そして2017年8月、農林水産大臣として初入閣します。部会長、副大臣、大臣と、農政に関わる役割が続きました。
計5年、農政改革に取り組みました。
出典:文春オンライン「斎藤健・前農水相が語る『辞表を出せ事件』と『さいとう犬』の謎」(2018年11月5日)
農水相退任後の2019年には、自民党のTPP・日EU・日米TAG等経済協定対策本部事務総長を務めました。官僚時代に日米自動車交渉を経験した人物が、国会議員として再び通商分野へ関わることになります。
法務大臣として向き合った刑事法・入管・司法外交
2022年11月、法務大臣に就任しました。法務省は刑事・民事の基本法制、出入国在留管理、矯正、再犯防止、人権擁護など、経産・農水とは大きく異なる分野を所管します。
法務行政における喫緊の課題について、一歩でも二歩でも前進させるべく、全力で取り組む所存です。
出典:法務省「第211回国会(常会)衆議院法務委員会における齋藤健法務大臣所信表明」(2023年3月7日)
在任中には、性犯罪に関する刑法・刑事訴訟法改正、出入国管理及び難民認定法の改正などの法案を担当しました。本人公式プロフィールでは、法務大臣として提出した9本の法案が成立したとしています。
2023年には東京でG7司法大臣会合、ASEAN・G7法務大臣特別対話などを含む「司法外交閣僚フォーラム」も開かれました。国内法制だけでなく、法の支配や司法分野の国際協力も担当領域となりました。
24年ぶりに経産省へ戻り、経済産業大臣に
2023年12月14日、経済産業大臣に就任しました。1983年に通商産業省へ入ってから40年後、かつて職員として働いた省庁を大臣として率いることになりました。
通産大臣秘書官だったころに使っていた大臣室を、24年ぶりに今度は大臣として使うことになったと本人は記しています。
やるしかない。今、静かにそう思っております。
出典:さいとう健Official Site「経済産業大臣就任」(2023年12月18日)
経産相としては経済産業政策に加え、GX実行推進、産業競争力、原子力損害賠償・廃炉等支援機構などを担当しました。官僚時代に扱ったエネルギーや産業政策へ、閣僚の立場から再び向き合うことになります。
千葉7区での活動と、国会・党で担ってきた役割
国政では、予算委員会、憲法審査会、厚生労働委員会、農林水産委員会などで役職を経験しました。2024年の第50回、2026年の第51回衆議院議員総選挙でも千葉7区で当選しています。
党内では農林部会だけでなく、税制調査会、団体総局、中央政治大学院などでも活動してきました。中央政治大学院では2023年、若手政治家が歴史を学ぶ「背骨勉強会」を立案しています。
政治家や学生の人材育成については、知識だけでなく異なる立場や時代を知る経験を重視する姿勢を示しています。歴史書を読むことも、過去を追体験する方法の一つとして挙げています。
一にも二にも多様な経験が必要だ。
出典:自由民主党「『一にも二にも多様な経験が必要』中央政治大学院が『まなびと塾』を開催」(2026年6月10日)
齋藤健氏が取り組んできた5つの政策テーマ
中小企業の価格転嫁と賃上げ環境
経済産業大臣在任中、原材料費や人件費の上昇分を取引価格へ反映できる環境整備を進めました。発注側企業の価格交渉・価格転嫁状況を調査し、企業名の公表や指導・助言を通じて取引慣行の改善を図る取り組みです。
大企業の賃上げだけでなく、取引先となる中小企業が原資を確保できるかという観点から、価格転嫁を賃上げ政策の一部として位置付けました。
AI・次世代半導体と経済安全保障
AIに必要な国内の計算資源整備では、民間事業者による設備投資への支援を進めました。生成AIの普及によって計算能力への需要が急速に高まる中、国内で利用できる基盤を確保する政策です。
次世代半導体ではRapidusの研究開発計画を支援し、2024年度には最大5,900億円の追加支援方針を示しました。前工程だけでなく後工程を含めた製造基盤を国内に構築する方向が示されました。
エネルギー安全保障とGX
エネルギー政策では、再生可能エネルギーの導入拡大、送電網整備、省エネルギー、水素・CCSなどの脱炭素技術を進める一方、原子力については安全性の確保を前提とした再稼働を政府方針として進めました。
2024年には、将来の産業構造や電力需要も踏まえたGX2040ビジョンとエネルギー基本計画の検討が進められました。
街の書店を産業政策の対象へ
経産相時代には、経済産業省内に書店振興プロジェクトチームを設置しました。書店が存在しない自治体の増加や、流通・返品慣行、デジタル化などを含め、出版・書店を取り巻く構造的な課題を扱う取り組みです。
書店を単なる小売店舗としてではなく、地域文化や新しい知識との接点を担う場として取り上げたことは、経産相在任期の政策テーマの一つになりました。
こども食堂・こども宅食への政府備蓄米
2020年11月の衆議院予算委員会では、こども宅食などへの政府備蓄米提供を取り上げました。2021年2月から、こども食堂・こども宅食等を対象とする備蓄米の無償交付が始まりました。
制度はその後も拡充され、2025年度には、こども食堂・こども宅食の申請回数上限が年度内5回から12回へ引き上げられ、1団体当たり600キログラムを12回、最大7.2トンまで申請できる仕組みとなりました。
本人が振り返る、生い立ちから初当選まで
2026年に公式YouTubeで始めた長尺のトークでは、人生で大きかった決断を軸に、生い立ち、大学、就職、最初の当選までを本人自身が振り返っています。
齋藤健氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
中小企業の価格転嫁と賃上げ環境
「サプライチェーン全体で価格転嫁を進めていく徹底的な対策が必要だと認識しています。」
中小企業の賃上げ原資を確保するため、発注側を含むサプライチェーン全体で価格転嫁を進める必要性を述べた。
このテーマの関連発言をさらに見る 1件
価格交渉・価格転嫁の実態調査、企業名公表、経営トップへの指導助言などの施策を説明した。
国会会議録で発言全文を見るAI・デジタル産業基盤
「AIの利活用の推進と開発力強化に向けて、私は官民の投資を促すことは極めて重要な課題だという認識をしています。」
生成AIを幅広い産業の基盤となり得る技術と位置付け、AIモデル開発や計算資源整備への官民投資を促す考えを示した。
このテーマの関連発言をさらに見る 1件
デジタル赤字と経済安全保障を踏まえ、生成AIの開発に不可欠な計算資源を国内に確保する取り組みを説明した。
国会会議録で発言全文を見るエネルギー安全保障とGX
「安定的で安価なエネルギー供給を確保することが、まさに国益そのものであると理解しております。」
日本の低いエネルギー自給率を踏まえ、S+3Eの原則の下で安定供給と経済性を確保することを基本方針として示した。
このテーマの関連発言をさらに見る 1件
GXについて、先行投資支援とカーボンプライシングなどを組み合わせ、脱炭素と産業競争力強化、経済成長を同時に進める方針を説明した。
国会会議録で発言全文を見る書店振興
「町中にある書店というものが今どんどん激減をしているということについて危機感を感じている」
町の書店の減少を問題として捉え、経済産業省内にプロジェクトチームを設けて既存のコンテンツ産業振興策や中小企業支援策の活用を検討していると説明した。
このテーマの関連発言をさらに見る 1件
紙の書店、デジタル書籍、図書館がそれぞれの役割を持って共存することが文化や教養の維持に資するとの考えを示した。
国会会議録で発言全文を見るこども食堂・こども宅食への政府備蓄米活用
「備蓄米は農水省のものではなくて、政府のものであり、なおかつ国民のものであると思います」
政府備蓄米の扱いについて、こども宅食などへの活用も含め、国民が納得できる運用を求めた。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
齋藤健氏の現在情報
2026年2月の第51回衆院選後も千葉7区を政治活動の基盤とし、国会審議に加えて党の地方組織運営や政治人材育成に携わっています。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2006年 4月23日 | 衆議院小選挙区(千葉県第7区)選出議員補欠選挙 初出馬。自民党候補者公募で221人から選出。太田和美氏の87,046票に対し955票差。 | 千葉県 第7区 | 自由民主党 | 落選 | 86091 2位 |
| 2009年 8月30日 | 第45回衆議院議員総選挙 衆議院議員初当選。小選挙区では内山晃氏に次ぐ2位。 | 千葉県 第7区 | 自由民主党 | 当選 (比例復活) | 104262 2位 |
| 2012年 12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙 千葉7区で小選挙区初当選。 | 千葉県 第7区 | 自由民主党 | 当選 | 104839 1位 |
| 2014年 12月14日 | 第47回衆議院議員総選挙 3期目当選。 | 千葉県 第7区 | 自由民主党 | 当選 | 111030 1位 |
| 2017年 10月22日 | 第48回衆議院議員総選挙 農林水産大臣在任中の総選挙で4期目当選。 | 千葉県 第7区 | 自由民主党 | 当選 | 115731 1位 |
| 2021年 10月31日 | 第49回衆議院議員総選挙 5期目当選。 | 千葉県 第7区 | 自由民主党 | 当選 | 127548 1位 |
| 2024年 10月27日 | 第50回衆議院議員総選挙 6期目当選。 | 千葉県 第7区 | 自由民主党 | 当選 | 82606 1位 |
| 2026年 2月8日 | 第51回衆議院議員総選挙 7期目当選。 | 千葉県 第7区 | 自由民主党 | 当選 | 100339 1位 |
- 現職、選挙区、当選回数、生年月日、主要役職、公式サイト・X・YouTube
- 出生、大学、官僚歴、埼玉県副知事、政界入り、国会・閣僚歴、政策
- 生年月日、出身地、通商産業省・内閣官房・埼玉県副知事歴、農林水産大臣歴
- 経済産業大臣就任、担当分野、官僚・政治経歴
- 東京大学ハンドボール部時代と本人発言
- 法務大臣としての政策方針、刑事司法、外国人との共生、司法外交
- 2023年12月の経済産業大臣就任と本人発言
- 政府備蓄米支援の経緯と2025年度の拡充内容
- 2006年補選から2026年第51回総選挙までの選挙実施記録・結果
- 早稲田実業、東京教育大学附属駒場高校、東京大学、ハンドボール部、通産省入省時の本人発言
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月24日 現況情報、第51回衆議院議員総選挙結果、党役職、国会役職、公式SNS・YouTubeを確認し、新規記事を作成。
- 2026年9月24日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。




















